「イオン選択性フィルター」の版間の差分

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==[[カリウムチャネル]]の選択性フィルター==
==[[カリウムチャネル]]の選択性フィルター==
[[Image:1K4Cside1.jpg|300px|thumb|right|図1 KcsAチャネルを横から見た図(左)と選択性フィルター部の拡大図(右)。TVGYGのみ主鎖も表示されている。赤い部分がカルボニル基の酸素原子。紫の球はS1とS3に位置するカリウムイオン]] [[カリウムチャネル]]の選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトには[[カリウムチャネル]]だけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。[[カリウムチャネル]]は四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。1998年のMacKinnonらによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々の[[カリウムチャネル]]の結晶構造解析により、[[カリウムチャネル]]の透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref><ref><pubmed>11689935</pubmed></ref>。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンのカルボニル基の酸素原子が[[イオンチャネル]]の中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。[[カリウムチャネル]]のイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、水チャネルを発見したAgreとともに2003年のノーベル化学賞を受賞している。
[[Image:1K4Cside1.jpg|300px|thumb|right|'''図1.KcsAチャネルを横から見た図(左)と選択性フィルター部の拡大図(右)'''<br>TVGYGのみ主鎖も表示されている。赤い部分がカルボニル基の酸素原子。紫の球はS1とS3に位置するカリウムイオン]]
 
 [[カリウムチャネル]]の選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトには[[カリウムチャネル]]だけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。[[カリウムチャネル]]は四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。1998年のMacKinnonらによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々の[[カリウムチャネル]]の結晶構造解析により、[[カリウムチャネル]]の透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる<ref><pubmed>9525859</pubmed></ref><ref><pubmed>11689935</pubmed></ref>。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンのカルボニル基の酸素原子が[[イオンチャネル]]の中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。[[カリウムチャネル]]のイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、水チャネルを発見したAgreとともに2003年のノーベル化学賞を受賞している。


==[[ナトリウムチャネル]]と[[カルシウムチャネル]]の選択性フィルター==
==[[ナトリウムチャネル]]と[[カルシウムチャネル]]の選択性フィルター==
[[Image:NavAb top1.png|300px|thumb|right|図2 NavAbチャネルの選択性フィルター。E177の側鎖(シアン)が表示されている。]] 哺乳類の電位依存性[[ナトリウムチャネル]](Nav)と電位依存性[[カルシウムチャネル]](Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性[[カリウムチャネル]](Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると考えられている。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインからアスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、リジン(K)、アラニン(A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。
[[Image:NavAb top1.png|300px|thumb|right|'''図2.NavAbチャネルの選択性フィルター'''<br>E177の側鎖(シアン)が表示されている。]]
 
 哺乳類の電位依存性[[ナトリウムチャネル]](Nav)と電位依存性[[カルシウムチャネル]](Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性[[カリウムチャネル]](Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると考えられている。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインからアスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、リジン(K)、アラニン(A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。
 
 原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性[[ナトリウムチャネル]]が存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている<ref><pubmed>21743477</pubmed></ref>。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。NaChBacという別の原核生物由来の[[ナトリウムチャネル]]では、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。
 原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性[[ナトリウムチャネル]]が存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている<ref><pubmed>21743477</pubmed></ref>。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。NaChBacという別の原核生物由来の[[ナトリウムチャネル]]では、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。


==プロトンチャネルの選択性フィルター==
==プロトンチャネルの選択性フィルター==
電位依存性プロトンチャネル(Hv, VSOP)はKvチャネルやNavチャネルの[[膜電位センサー]]ドメインのみからできているような構造を持つ、4回膜貫通型で2量体の[[イオンチャネル]]である。二つのサブユニットそれぞれにイオン透過路が存在し、KvチャネルやNavチャネルのような明確なポア構造を持たず、イオン選択性フィルターの機構もまったく異なる。Hv1チャネルでは1回目の膜貫通セグメント(S1)上の112番目のアスパラギン酸(D)がイオン選択性を決めている<ref><pubmed>22020278</pubmed></ref><ref><pubmed>22196334</pubmed></ref>。このD112を別のアミノ酸に変えると、プロトンの透過性がなくなったり、陰イオンを通すようになったりする。[[膜電位センサー]]ドメインとポアドメインが明確に分かれているKvチャネルやNavチャネルとは異なり、Hv1チャネルはひとつのドメインで[[膜電位センサー]]とイオン透過路の両方の機能を兼ね備えていることになる。
 電位依存性プロトンチャネル(Hv, VSOP)はKvチャネルやNavチャネルの[[膜電位センサー]]ドメインのみからできているような構造を持つ、4回膜貫通型で2量体の[[イオンチャネル]]である。二つのサブユニットそれぞれにイオン透過路が存在し、KvチャネルやNavチャネルのような明確なポア構造を持たず、イオン選択性フィルターの機構もまったく異なる。Hv1チャネルでは1回目の膜貫通セグメント(S1)上の112番目のアスパラギン酸(D)がイオン選択性を決めている<ref><pubmed>22020278</pubmed></ref><ref><pubmed>22196334</pubmed></ref>。このD112を別のアミノ酸に変えると、プロトンの透過性がなくなったり、陰イオンを通すようになったりする。[[膜電位センサー]]ドメインとポアドメインが明確に分かれているKvチャネルやNavチャネルとは異なり、Hv1チャネルはひとつのドメインで[[膜電位センサー]]とイオン透過路の両方の機能を兼ね備えていることになる。


==その他の[[イオンチャネル]]の選択性フィルター==
==その他の[[イオンチャネル]]の選択性フィルター==
ニコチン性アセチルコリン受容体は非選択性カチオン(陽イオン)チャネルである。ポアが6.5 x 6.5 Åと大きく、ナトリウムイオンなど各種陽イオンを水和したままで通すと考えられる。ファミリーには[[グリシン]]受容体や[[GABA受容体]]など陰イオン透過性のイオンチャネルも存在する。M1-M2ループの0’位に存在するリジン、あるいはアルギニン残基がプロトン化しているかどうかが電荷選択性に重要である。陽イオン選択性チャネルではこの残基がプロトン化しないように埋っているが、陰イオン選択性チャネルではイオン透過路に露出してプロトン化されていて陰イオンをひきつけると考えられる<ref><pubmed>21602825</pubmed></ref>。
 ニコチン性アセチルコリン受容体は非選択性カチオン(陽イオン)チャネルである。ポアが6.5 x 6.5 Åと大きく、ナトリウムイオンなど各種陽イオンを水和したままで通すと考えられる。ファミリーには[[グリシン]]受容体や[[GABA受容体]]など陰イオン透過性のイオンチャネルも存在する。M1-M2ループの0’位に存在するリジン、あるいはアルギニン残基がプロトン化しているかどうかが電荷選択性に重要である。陽イオン選択性チャネルではこの残基がプロトン化しないように埋っているが、陰イオン選択性チャネルではイオン透過路に露出してプロトン化されていて陰イオンをひきつけると考えられる<ref><pubmed>21602825</pubmed></ref>。
 
 その他[[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]]やP2X受容体等、各種[[リガンド依存性チャネル]]も非選択性カチオンチャネルである。[[カルシウム]]の透過性に多少の違いはあるものの、おそらく同様に各種陽イオンを水和したままで通していると思われる。
 その他[[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]]やP2X受容体等、各種[[リガンド依存性チャネル]]も非選択性カチオンチャネルである。[[カルシウム]]の透過性に多少の違いはあるものの、おそらく同様に各種陽イオンを水和したままで通していると思われる。
 [[GABA受容体]]も含めた多くの[[塩素チャネル]]は非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれる[[塩素チャネル]]は14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかの&alpha;へリックスの末端が電気双極子モーメントによって正の電荷を帯びており、塩素イオンが結合しやすい環境になっていると考えられる<ref><pubmed>11796999</pubmed></ref>。
 [[GABA受容体]]も含めた多くの[[塩素チャネル]]は非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれる[[塩素チャネル]]は14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかの&alpha;へリックスの末端が電気双極子モーメントによって正の電荷を帯びており、塩素イオンが結合しやすい環境になっていると考えられる<ref><pubmed>11796999</pubmed></ref>。


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*[[リガンド依存性チャネル]]
*[[リガンド依存性チャネル]]


== 参考文献 ==


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(執筆者:中條浩一、久保義弘 担当編集委員:尾藤晴彦)
(執筆者:中條浩一、久保義弘 担当編集委員:尾藤晴彦)

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