「脳神経」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
{{Infobox Brain
| Width = 250
| 名称 = 脳神経
| 英語 = Cranial nerves
| ラテン語 = nervus cranialis (plural: nervi craniales)
| 略号 =
| マップ = 脳神経の図
| マップ脚注 = 脳を下から見た図。
| 画像 = training.seer.cancer.gov - illu cranial nerves1.jpg
| 脚注 = 脳神経の起始の位置と支配対象
| 画像2 =
| 脚注2 =
| 上位構造 =
| 構成要素 =
| 動脈 =
| 静脈 =
| SylviusID_s = 061
| NeuroNamesID = 1227
| NIF = Cranial nerve
| MeshName = Cranial Nerves
| グレイの解剖学 = 195
| GrayPage =
}}
英語名:cranial nerves  
英語名:cranial nerves  


 脳神経とは、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]神経系のなかで、[[脳]]に出入りする末梢神経のことをいう。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]、[[wikipedia:ja:爬虫類|爬虫類]]、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]では主要なものとして左右12対ある。他に、ヒトにおいては痕跡的であるが、下級脊椎動物で発達しているものとして、第I脳神経に関連の深い、[[wikipedia:ja:終神経|終神経]] terminal nerve と[[wikipedia:ja:鋤鼻神経|鋤鼻神経]] vomeronasal nerve があげられる。脳神経は一部をのぞき、大部分は頭部の器官に分布する。脳神経に対して脊髄に出入りする末梢神経のことは脊髄神経という。  
 脳神経とは、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]神経系のなかで、[[脳]]に出入りする末梢神経のことをいう。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]、[[wikipedia:ja:爬虫類|爬虫類]]、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]では主要なものとして左右12対ある。他に、ヒトにおいては痕跡的であるが、下級脊椎動物で発達しているものとして、第I脳神経に関連の深い、[[wikipedia:ja:終神経|終神経]] terminal nerve と[[wikipedia:ja:鋤鼻神経|鋤鼻神経]] vomeronasal nerve があげられる。脳神経は一部をのぞき、大部分は頭部の器官に分布する。脳神経に対して脊髄に出入りする末梢神経のことは脊髄神経という。 [[Image:脳神経の構成.png|thumb|400px|<b>図.脳神経の構成</b><br />文献&lt;span class=]]'''R. Nieuwenhuys, J. Voogd, Chr. Van Huijzen'''&lt;br&gt;The Human Central Nervous System. A Synopsis and Atlas&lt;br&gt;''Springer-Verlag'', Berlin Heidelberg New York, 1978 より改変" class="fck_mw_frame fck_mw_right" /&gt;


== 12対の脳神経とその働き  ==
== 12対の脳神経とその働き  ==
[[Image:脳神経の構成.png|thumb|300px|<b>図.脳神経の構成</b><br />Nieuwenhuysら(1978)より改変]]


脳の前方から後方にかけて順に現われる12対の第I~第XII脳神経(大概はローマ数字表記を用いる)は下記のように固有の名称をもつ。ここでは主にヒトを例に、哺乳動物の12対脳神経のそれぞれについて概略を述べる。  
脳の前方から後方にかけて順に現われる12対の第I~第XII脳神経(大概はローマ数字表記を用いる)は下記のように固有の名称をもつ。ここでは主にヒトを例に、哺乳動物の12対脳神経のそれぞれについて概略を述べる。  


=== 第I脳神経 ===
=== 第I脳神経 ===


別名:[[wikipedia:ja:嗅神経|嗅神経]] olfactory nerve  
別名:[[wikipedia:ja:嗅神経|嗅神経]] olfactory nerve  
39行目: 13行目:
 [[嗅覚]]をつかさどる。[[wikipedia:ja:鼻腔|鼻腔]]粘膜[[嗅上皮]]にある[[嗅覚受容細胞]]表面の線毛にある[[受容体]]で[[wikipedia:ja:におい|におい]]分子をとらえる。嗅覚受容細胞は双極性の感覚細胞で、末梢側の受容体でとらえられた嗅覚情報は中枢側の[[嗅糸]]と呼ばれる神経[[軸索]]に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束をなす。嗅神経とは総称で、いくつものこれらの束すべてを指す。嗅糸は[[wikipedia:ja:頭蓋骨|頭蓋骨]]の[[wikipedia:ja:篩骨|篩骨]][[wikipedia:ja:篩板|篩板]]にある[[wikipedia:ja:篩骨孔|篩骨孔]]を通って脳の[[嗅球]]に達し、そこで[[僧帽細胞]]などに[[シナプス]]結合して、脳内の[[嗅覚中枢]]へにおい情報を伝える。  
 [[嗅覚]]をつかさどる。[[wikipedia:ja:鼻腔|鼻腔]]粘膜[[嗅上皮]]にある[[嗅覚受容細胞]]表面の線毛にある[[受容体]]で[[wikipedia:ja:におい|におい]]分子をとらえる。嗅覚受容細胞は双極性の感覚細胞で、末梢側の受容体でとらえられた嗅覚情報は中枢側の[[嗅糸]]と呼ばれる神経[[軸索]]に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束をなす。嗅神経とは総称で、いくつものこれらの束すべてを指す。嗅糸は[[wikipedia:ja:頭蓋骨|頭蓋骨]]の[[wikipedia:ja:篩骨|篩骨]][[wikipedia:ja:篩板|篩板]]にある[[wikipedia:ja:篩骨孔|篩骨孔]]を通って脳の[[嗅球]]に達し、そこで[[僧帽細胞]]などに[[シナプス]]結合して、脳内の[[嗅覚中枢]]へにおい情報を伝える。  


=== 第II脳神経 ===
=== 第II脳神経 ===


別名:視神経 optic nerve  
別名:視神経 optic nerve  
45行目: 19行目:
 [[視覚]]をつかさどる。眼の[[網膜]]の[[光受容体]]で受容した視覚情報は網膜内で[[神経節細胞]]に伝えられる。神経節細胞の神経軸索(ヒトで約120万本)は眼球の後部で一本に束ねられ、脳にむかう。脳に入るところ([[視交叉]])までのこの束を視神経という。神経節細胞軸索は視神経、視交叉、[[視索]]を経て脳の[[間脳]]の[[外側膝状体]]、[[視床枕]]に、さらに一部は[[上丘腕]]をも経て[[中脳]]の[[上丘]]に達する。外側膝状体、上丘において脳内の神経細胞とシナプス結合し、中枢に視覚情報を伝える。視交叉においては、ヒトでは、両眼の鼻側半球の網膜からの神経軸索が反対側の中枢に、また耳側半球の網膜からの軸索は同側の中枢につながる(この場合、半交差という。一方、たとえばウサギのように動物種によっては全交差とみなされるものもある。視交叉欠損は異常表現型として発現する。)伝統的に視神経は末梢神経に分類されてはいるが、発生学的にみると、網膜とともに脳から発生してくるものであり、脳の[[髄膜]]と[[グリア細胞]](末梢神経を被うシュワン細胞ではない)に被われているため、厳密には[[中枢神経]]系に属する構造とみなすべきものである。  
 [[視覚]]をつかさどる。眼の[[網膜]]の[[光受容体]]で受容した視覚情報は網膜内で[[神経節細胞]]に伝えられる。神経節細胞の神経軸索(ヒトで約120万本)は眼球の後部で一本に束ねられ、脳にむかう。脳に入るところ([[視交叉]])までのこの束を視神経という。神経節細胞軸索は視神経、視交叉、[[視索]]を経て脳の[[間脳]]の[[外側膝状体]]、[[視床枕]]に、さらに一部は[[上丘腕]]をも経て[[中脳]]の[[上丘]]に達する。外側膝状体、上丘において脳内の神経細胞とシナプス結合し、中枢に視覚情報を伝える。視交叉においては、ヒトでは、両眼の鼻側半球の網膜からの神経軸索が反対側の中枢に、また耳側半球の網膜からの軸索は同側の中枢につながる(この場合、半交差という。一方、たとえばウサギのように動物種によっては全交差とみなされるものもある。視交叉欠損は異常表現型として発現する。)伝統的に視神経は末梢神経に分類されてはいるが、発生学的にみると、網膜とともに脳から発生してくるものであり、脳の[[髄膜]]と[[グリア細胞]](末梢神経を被うシュワン細胞ではない)に被われているため、厳密には[[中枢神経]]系に属する構造とみなすべきものである。  


=== 第III脳神経 ===
=== 第III脳神経 ===


別名:動眼神経 oculomotor nerve  
別名:動眼神経 oculomotor nerve  
51行目: 25行目:
 運動神経による[[眼球運動]]と、[[副交感神経]]([[自律神経系]]のひとつ)による[[瞳孔運動]]をつかさどる。  
 運動神経による[[眼球運動]]と、[[副交感神経]]([[自律神経系]]のひとつ)による[[瞳孔運動]]をつかさどる。  


 運動神経細胞の細胞体は中脳上丘のレベルで、[[中心灰白質]]の前方部に位置する一対の[[動眼神経核]]にあり、その細胞体からでる神経軸索は束となって中脳内を前方(腹側)に進み、中脳脳底の[[脚間窩]]において脳をはなれ、左右一本ずつの動眼神経となる。副交感神経は動眼神経核の吻側で、より内側部に位置する[[エディンガー・ウェストファル核]]([[動眼神経副核]])の細胞からでて、運動神経に交じって脳をでる(動眼神経は運動性と自律性の2種類の要素をふくむことになる)。動眼神経は吻側方向に進み、[[wikipedia:ja:頭蓋上眼窩裂|頭蓋上眼窩裂]]を通って眼窩にでたのち、上枝と下枝にわかれながら、4種類の[[wikipedia:ja:外眼筋|外眼筋]]([[wikipedia:ja:上直筋|上直筋]]、[[wikipedia:ja:下直筋|下直筋]]、[[wikipedia:ja:内側直筋|内側直筋]]、[[wikipedia:ja:下斜筋|下斜筋]])と[[wikipedia:ja:上眼瞼挙筋|上眼瞼挙筋]]を支配する。    
 運動神経細胞の細胞体は中脳上丘のレベルで、[[中心灰白質]]の前方部に位置する一対の[[動眼神経核]]にあり、その細胞体からでる神経軸索は束となって中脳内を前方(腹側)に進み、中脳脳底の[[脚間窩]]において脳をはなれ、左右一本ずつの動眼神経となる。副交感神経は動眼神経核の吻側で、より内側部に位置する[[エディンガー・ウェストファル核]]([[動眼神経副核]])の細胞からでて、運動神経に交じって脳をでる(動眼神経は運動性と自律性の2種類の要素をふくむことになる)。動眼神経は吻側方向に進み、[[wikipedia:ja:頭蓋上眼窩裂|頭蓋上眼窩裂]]を通って眼窩にでたのち、上枝と下枝にわかれながら、4種類の[[wikipedia:ja:外眼筋|外眼筋]]([[wikipedia:ja:上直筋|上直筋]]、[[wikipedia:ja:下直筋|下直筋]]、[[wikipedia:ja:内側直筋|内側直筋]]、[[wikipedia:ja:下斜筋|下斜筋]])と[[wikipedia:ja:上眼瞼挙筋|上眼瞼挙筋]]を支配する。      


 下枝からは[[毛様体神経節]]へ副交感神経線維が伸び、[[節後神経細胞]]に[[シナプス]]結合する。この後の節後線維と神経節に到達した[[交感神経]]([[交感神経節]]からくる)、[[感覚神経]]([[三叉神経]]の枝、[[眼神経]]からくる)が一緒になって[[短毛様体神経]]をなし、[[毛様体筋]]、[[瞳孔括約筋]]、[[角膜]]などを支配する。  
 下枝からは[[毛様体神経節]]へ副交感神経線維が伸び、[[節後神経細胞]]に[[シナプス]]結合する。この後の節後線維と神経節に到達した[[交感神経]]([[交感神経節]]からくる)、[[感覚神経]]([[三叉神経]]の枝、[[眼神経]]からくる)が一緒になって[[短毛様体神経]]をなし、[[毛様体筋]]、[[瞳孔括約筋]]、[[角膜]]などを支配する。  


=== 第IV脳神経 ===
=== 第IV脳神経 ===


別名:滑車神経 trochlear nerve  
別名:滑車神経 trochlear nerve  
63行目: 37行目:
 滑車神経の細胞体は動眼神経核の尾方([[延髄]]側)に続き、中脳[[下丘]]レベルの中心灰白質前方部にある。滑車神経の根は神経核からでると中心灰白質の淵に沿うように外側後方(背側)に進み、下丘の尾側端のレベルの背側表面に達し、そこで左右交差する。交差後、滑車神経は中脳外側縁に沿って頭蓋内を吻側前方(腹側)にはしり、上眼窩裂では動眼神経の上で、眼神経(三叉神経第1枝)の下を通って眼窩にでて上斜筋に分布する。滑車神経は脳の後側(背側)から出る唯一の脳神経であり、視神経以外で左右交差する神経はこの滑車神経のみである。  
 滑車神経の細胞体は動眼神経核の尾方([[延髄]]側)に続き、中脳[[下丘]]レベルの中心灰白質前方部にある。滑車神経の根は神経核からでると中心灰白質の淵に沿うように外側後方(背側)に進み、下丘の尾側端のレベルの背側表面に達し、そこで左右交差する。交差後、滑車神経は中脳外側縁に沿って頭蓋内を吻側前方(腹側)にはしり、上眼窩裂では動眼神経の上で、眼神経(三叉神経第1枝)の下を通って眼窩にでて上斜筋に分布する。滑車神経は脳の後側(背側)から出る唯一の脳神経であり、視神経以外で左右交差する神経はこの滑車神経のみである。  


=== 第V脳神経 ===
=== 第V脳神経 ===


別名:三叉神経 trigeminal nerve  
別名:三叉神経 trigeminal nerve  
75行目: 49行目:
 一方、感覚神経細胞の末梢枝はそれぞれ眼神経、上顎神経、下顎神経どれかに加わりながら、顔面、頭部の末梢器官(皮膚、[[wikipedia:ja:粘膜|粘膜]]、[[脳硬膜]]など)に分布する。  
 一方、感覚神経細胞の末梢枝はそれぞれ眼神経、上顎神経、下顎神経どれかに加わりながら、顔面、頭部の末梢器官(皮膚、[[wikipedia:ja:粘膜|粘膜]]、[[脳硬膜]]など)に分布する。  


=== 第VI脳神経 ===
=== 第VI脳神経 ===


別名:外転神経 abducens nerve  
別名:外転神経 abducens nerve  
83行目: 57行目:
 神経細胞体は橋の[[顔面神経丘]]の直下に位置する[[外転神経核]]にある。神経軸索は核をでると橋被蓋を前方(腹側)にほぼ直進し、橋と延髄の境界から脳をでて束をなし、外転神経となる。これは吻側に向かい、上眼窩裂から眼窩にでて外側直筋に達する。  
 神経細胞体は橋の[[顔面神経丘]]の直下に位置する[[外転神経核]]にある。神経軸索は核をでると橋被蓋を前方(腹側)にほぼ直進し、橋と延髄の境界から脳をでて束をなし、外転神経となる。これは吻側に向かい、上眼窩裂から眼窩にでて外側直筋に達する。  


=== 第VII脳神経 ===
=== 第VII脳神経 ===


別名:顔面神経 facial nerve  
別名:顔面神経 facial nerve  
95行目: 69行目:
 顔面神経に含まれる副交感神経性の細胞は[[上唾液核]](橋被蓋の顔面神経核背内側の網様体に散在する細胞群)にある。ここから出る軸索([[節前線維]])は中間神経に加わり、鼓索神経や[[舌神経]]を通って[[顎下神経節]]に、あるいは大錐体神経を通って[[翼口蓋神経節]]に至り、そこの節細胞にシナプス連結する。この節細胞の軸索(節後線維)はさらに末梢の神経分枝に入って遠位向かう。前者の場合、[[wikipedia:ja:顎下線|顎下線]]や[[wikipedia:ja:舌下腺|舌下腺]]に、後者の場合、涙腺や口蓋などの[[wikipedia:ja:粘膜腺|粘膜腺]]を支配する。  
 顔面神経に含まれる副交感神経性の細胞は[[上唾液核]](橋被蓋の顔面神経核背内側の網様体に散在する細胞群)にある。ここから出る軸索([[節前線維]])は中間神経に加わり、鼓索神経や[[舌神経]]を通って[[顎下神経節]]に、あるいは大錐体神経を通って[[翼口蓋神経節]]に至り、そこの節細胞にシナプス連結する。この節細胞の軸索(節後線維)はさらに末梢の神経分枝に入って遠位向かう。前者の場合、[[wikipedia:ja:顎下線|顎下線]]や[[wikipedia:ja:舌下腺|舌下腺]]に、後者の場合、涙腺や口蓋などの[[wikipedia:ja:粘膜腺|粘膜腺]]を支配する。  


=== 第VIII脳神経 ===
=== 第VIII脳神経 ===
別名:内耳神経 vestibulocochlear nerve  


 [[聴覚]]を司る蝸牛神経 cochlear nerve と[[平衡覚]]を司る前庭神経 vestibular nerve の2種類の感覚神経からなる。
別名:内耳神経 vestibulocochlear nerve  
 
 [[聴覚]]を司る蝸牛神経 cochlear nerve と[[平衡覚]]を司る前庭神経 vestibular nerve の2種類の感覚神経からなる。  


 蝸牛神経の細胞は双極性あるいは偽単極性の神経細胞で、[[蝸牛]](側頭骨[[wikipedia:ja:骨迷路|骨迷路]]にある渦巻状の空洞で[[蝸牛管]]という聴覚器官をおさめる)の基部の骨の中([[ローゼンタール管]] Rosenthal’s canal)に埋まっている多数の[[らせん神経節]](蝸牛神経節)に存在する。その末梢突起は[[コルチ器]]の[[内・外有毛細胞]]からの音情報を受け、この情報は中枢突起に伝えられる。これら中枢突起は一つに束ねられて蝸牛神経となり、[[内耳孔]]を通って頭蓋内へと進む。蝸牛神経は前庭神経と並んでともに小脳橋角から(顔面神経の外側に位置しながら)脳に入り、聴覚の中枢伝導路のはじまりである[[蝸牛神経核]]群の神経細胞にシナプス結合し情報を伝える。蝸牛神経には上記の求心性の線維のほか、脳の[[上オリーブ核]]から末梢器官の有毛細胞を支配する遠心性の線維が含まれている。  
 蝸牛神経の細胞は双極性あるいは偽単極性の神経細胞で、[[蝸牛]](側頭骨[[wikipedia:ja:骨迷路|骨迷路]]にある渦巻状の空洞で[[蝸牛管]]という聴覚器官をおさめる)の基部の骨の中([[ローゼンタール管]] Rosenthal’s canal)に埋まっている多数の[[らせん神経節]](蝸牛神経節)に存在する。その末梢突起は[[コルチ器]]の[[内・外有毛細胞]]からの音情報を受け、この情報は中枢突起に伝えられる。これら中枢突起は一つに束ねられて蝸牛神経となり、[[内耳孔]]を通って頭蓋内へと進む。蝸牛神経は前庭神経と並んでともに小脳橋角から(顔面神経の外側に位置しながら)脳に入り、聴覚の中枢伝導路のはじまりである[[蝸牛神経核]]群の神経細胞にシナプス結合し情報を伝える。蝸牛神経には上記の求心性の線維のほか、脳の[[上オリーブ核]]から末梢器官の有毛細胞を支配する遠心性の線維が含まれている。  


 前庭神経の細胞は双極性で[[前庭神経節]]([[スカルパ神経節]] Scarpa’s ganglion、内耳孔底部の骨迷路に多数埋まっている)にあり、ここからでる短い末梢突起は前庭の感覚器(回転運動情報を受容する[[半規管と耳石器|三半規管]]膨大部3か所の内壁、頭の位置移動に伴う重力変化情報を受容する[[球形嚢斑]]および[[卵形嚢斑]])の有毛細胞を支配する。神経節細胞の中枢突起はひとつの前庭神経束にまとまり、蝸牛神経とともに、延髄に入る。延髄では[[外側前庭核]]に投射しながら、多くの軸索は上行枝と下行枝に2分する。上行枝は[[上前庭核]]へ終わり、下行枝は[[下前庭核]]と[[内側前庭核]]に終止する。前庭神経には上記の求心性線維のほか、少数の遠心性の線維(外側核内側の網様体中に散在する細胞に起こり、感覚上皮を支配する)も含まれる。遠心性線維の機能はわかっていない。
 前庭神経の細胞は双極性で[[前庭神経節]]([[スカルパ神経節]] Scarpa’s ganglion、内耳孔底部の骨迷路に多数埋まっている)にあり、ここからでる短い末梢突起は前庭の感覚器(回転運動情報を受容する[[半規管と耳石器|三半規管]]膨大部3か所の内壁、頭の位置移動に伴う重力変化情報を受容する[[球形嚢斑]]および[[卵形嚢斑]])の有毛細胞を支配する。神経節細胞の中枢突起はひとつの前庭神経束にまとまり、蝸牛神経とともに、延髄に入る。延髄では[[外側前庭核]]に投射しながら、多くの軸索は上行枝と下行枝に2分する。上行枝は[[上前庭核]]へ終わり、下行枝は[[下前庭核]]と[[内側前庭核]]に終止する。前庭神経には上記の求心性線維のほか、少数の遠心性の線維(外側核内側の網様体中に散在する細胞に起こり、感覚上皮を支配する)も含まれる。遠心性線維の機能はわかっていない。  
 
=== 第IX脳神経  ===


=== 第IX脳神経 ===
別名:舌咽神経 glossopharyngeal nerve  
別名:舌咽神経 glossopharyngeal nerve  


 運動、知覚、味覚、副交感性線維を含む混合神経である。  
 運動、知覚、味覚、副交感性線維を含む混合神経である。  


 運動神経の細胞体は延髄の[[擬核]]吻側部にあり、ここからの軸索線維は外側前方(腹側)にすすみ、[[下小脳脚]]の下縁から数本の根をなして脳をでる。[[下唾液核]]にある副交感性細胞からの線維(節前線維)も同様にこれらの根に加わり、これら数本の根は束ねられて一本の舌咽神経となる。一方、感覚神経の細胞体(偽単極性の細胞)はこの神経が頭蓋の[[頸静脈孔]]を出るあたりに形成されている、上・下の[[舌咽神経節]]にある。ここから伸びる中枢突起もこれらの根を通って延髄にはいり、末梢枝の受容した感覚情報を[[孤束核]](舌後1/3からの味覚)、三叉神経脊髄路核([[wikipedia:ja:扁桃|扁桃]]、[[wikipedia:ja:咽頭|咽頭]]、[[wikipedia:ja:舌|舌]]、[[wikipedia:ja:中耳|中耳]]、[[wikipedia:ja:頸動脈小体|頸動脈小体]]からの知覚)に送る。運動性の線維の末梢枝は[[wikipedia:ja:茎突咽頭筋|茎突咽頭筋]]を支配する。副交感神経は[[耳神経節]]にはいり、そこでシナプス交換して、そこからは節後線維となって唾液腺に分布する(分泌機能制御)。また、感覚神経、副交感神経の一部(舌咽神経咽頭枝)はつぎに述べる迷走神経の喉頭咽頭枝に合流して喉頭の粘膜に分布する。
 運動神経の細胞体は延髄の[[擬核]]吻側部にあり、ここからの軸索線維は外側前方(腹側)にすすみ、[[下小脳脚]]の下縁から数本の根をなして脳をでる。[[下唾液核]]にある副交感性細胞からの線維(節前線維)も同様にこれらの根に加わり、これら数本の根は束ねられて一本の舌咽神経となる。一方、感覚神経の細胞体(偽単極性の細胞)はこの神経が頭蓋の[[頸静脈孔]]を出るあたりに形成されている、上・下の[[舌咽神経節]]にある。ここから伸びる中枢突起もこれらの根を通って延髄にはいり、末梢枝の受容した感覚情報を[[孤束核]](舌後1/3からの味覚)、三叉神経脊髄路核([[wikipedia:ja:扁桃|扁桃]]、[[wikipedia:ja:咽頭|咽頭]]、[[wikipedia:ja:舌|舌]]、[[wikipedia:ja:中耳|中耳]]、[[wikipedia:ja:頸動脈小体|頸動脈小体]]からの知覚)に送る。運動性の線維の末梢枝は[[wikipedia:ja:茎突咽頭筋|茎突咽頭筋]]を支配する。副交感神経は[[耳神経節]]にはいり、そこでシナプス交換して、そこからは節後線維となって唾液腺に分布する(分泌機能制御)。また、感覚神経、副交感神経の一部(舌咽神経咽頭枝)はつぎに述べる迷走神経の喉頭咽頭枝に合流して喉頭の粘膜に分布する。  


=== 第X脳神経 ===
=== 第X脳神経 ===


別名:迷走神経 vagus nerve  
別名:迷走神経 vagus nerve  


 運動、知覚、副交感神経を含む混合神経で、他のどの脳神経よりも分布領域が広く、頸部から胸部、腹部半ば過ぎまでの臓器を支配する。  
 運動、知覚、副交感神経を含む混合神経で、他のどの脳神経よりも分布領域が広く、頸部から胸部、腹部半ば過ぎまでの臓器を支配する。    


 迷走神経の根(8-10本)は舌咽神経のそれより尾側で、下小脳脚と下オリーブ核のあいだの窪みを出入りする。これらは一本に束ねられ、頸静脈孔を通って頭蓋をでる。舌咽神経同様、頸静脈孔を出たあたりに上・下の迷走神経節があり、そこに偽単極性神経細胞(感覚性)を含む。両神経節付近からは上位の舌咽神経との連結枝([[迷走神経耳介枝]]、これはひいては上位の顔面神経とも連なる)や下位の副神経、舌下神経、第1-2[[頚神経]]、[[上頚神経節]]([[交感神経]]の細胞があり、末梢に節後線維をだす)との連結枝をもちながら、同時に頸部支配枝(迷走神経喉頭咽頭枝、上喉頭神経)をだし、胸腹部臓器の分布に向かう。    
 迷走神経の根(8-10本)は舌咽神経のそれより尾側で、下小脳脚と下オリーブ核のあいだの窪みを出入りする。これらは一本に束ねられ、頸静脈孔を通って頭蓋をでる。舌咽神経同様、頸静脈孔を出たあたりに上・下の迷走神経節があり、そこに偽単極性神経細胞(感覚性)を含む。両神経節付近からは上位の舌咽神経との連結枝([[迷走神経耳介枝]]、これはひいては上位の顔面神経とも連なる)や下位の副神経、舌下神経、第1-2[[頚神経]]、[[上頚神経節]]([[交感神経]]の細胞があり、末梢に節後線維をだす)との連結枝をもちながら、同時に頸部支配枝(迷走神経喉頭咽頭枝、上喉頭神経)をだし、胸腹部臓器の分布に向かう。    
121行目: 97行目:
 運動神経の細胞体は延髄の迷走神経背側(運動)核にあり、[[wikipedia:ja:気管支|気管支]]、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]、[[wikipedia:ja:食道|食道]]、[[wikipedia:ja:胃|胃]]、[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]と一部[[wikipedia:ja:大腸|大腸]]の[[wikipedia:ja:不随意筋|不随意筋]]に分布する。感覚神経の細胞体は上述の上・下迷走神経節にあり、中枢突起は末梢の受容した情報を孤束核(喉頭蓋と喉頭蓋谷からの味覚、支配域の内臓感覚)や三叉神経脊髄路核([[wikipedia:ja:耳甲介|耳甲介]]の皮膚知覚)におくると考えられている。副交感神経の節前線維の細胞体は疑核にあり、節前線維は迷走神経末梢枝にまじって各支配器官(呼吸器、心臓、食道、胃、腸管など)まで達する。個々の器官壁には微小な神経節が多数あって、そこから短い節後線維がでてくる。これは他の脳神経とは異なる支配形態で迷走神経に特徴的である。  
 運動神経の細胞体は延髄の迷走神経背側(運動)核にあり、[[wikipedia:ja:気管支|気管支]]、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]、[[wikipedia:ja:食道|食道]]、[[wikipedia:ja:胃|胃]]、[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]と一部[[wikipedia:ja:大腸|大腸]]の[[wikipedia:ja:不随意筋|不随意筋]]に分布する。感覚神経の細胞体は上述の上・下迷走神経節にあり、中枢突起は末梢の受容した情報を孤束核(喉頭蓋と喉頭蓋谷からの味覚、支配域の内臓感覚)や三叉神経脊髄路核([[wikipedia:ja:耳甲介|耳甲介]]の皮膚知覚)におくると考えられている。副交感神経の節前線維の細胞体は疑核にあり、節前線維は迷走神経末梢枝にまじって各支配器官(呼吸器、心臓、食道、胃、腸管など)まで達する。個々の器官壁には微小な神経節が多数あって、そこから短い節後線維がでてくる。これは他の脳神経とは異なる支配形態で迷走神経に特徴的である。  


=== 第XI脳神経 ===
=== 第XI脳神経 ===


別名:副神経 accessory nerve  
別名:副神経 accessory nerve  
129行目: 105行目:
 運動神経の細胞体は脊髄(上位頸髄)の外側角(脊髄神経の運動神経細胞が脊髄前角にあることとの違いに注意)にあり、神経根は多数、[[側索]]を貫いて出てくる。一本に束ねられた神経束は[[wikipedia:ja:脊柱管|脊柱管]]を上行し、[[wikipedia:ja:大後頭孔|大後頭孔]]より頭蓋内にはいり、いわゆる副神経脳神経部分と合流して、今度は舌咽神経、迷走神経とともに頸静脈孔より頭蓋のそとに出る。頭蓋内にいちど逆戻りする点は他の脳神経にない特徴である。副神経は頸部を下降しながら[[wikipedia:ja:胸鎖乳突筋|胸鎖乳突筋]]と[[wikipedia:ja:僧帽筋|僧帽筋]]に分布する。  
 運動神経の細胞体は脊髄(上位頸髄)の外側角(脊髄神経の運動神経細胞が脊髄前角にあることとの違いに注意)にあり、神経根は多数、[[側索]]を貫いて出てくる。一本に束ねられた神経束は[[wikipedia:ja:脊柱管|脊柱管]]を上行し、[[wikipedia:ja:大後頭孔|大後頭孔]]より頭蓋内にはいり、いわゆる副神経脳神経部分と合流して、今度は舌咽神経、迷走神経とともに頸静脈孔より頭蓋のそとに出る。頭蓋内にいちど逆戻りする点は他の脳神経にない特徴である。副神経は頸部を下降しながら[[wikipedia:ja:胸鎖乳突筋|胸鎖乳突筋]]と[[wikipedia:ja:僧帽筋|僧帽筋]]に分布する。  


=== 第XII脳神経 ===
=== 第XII脳神経 ===


別名:舌下神経 hypoglossal nerve  
別名:舌下神経 hypoglossal nerve  
137行目: 113行目:
 運動性神経細胞は延髄後部の[[中心灰白質]]腹内側に位置する[[舌下神経核]]にある。ここから出た神経は前方(腹側)に進み、錐体のすぐ外側の前外側溝 anterolateral sulcus を抜けて延髄を離れる。神経根(10-15本)は束ねられ、舌下神経管を通って頭蓋の外にでる。この神経管をでると硬膜枝を出した後、C1前枝からの枝と合流し、[[wikipedia:ja:内頸動脈|内頸動脈]]のわきを過ぎて舌の深部を走り、舌のほとんどの筋([[wikipedia:ja:頤舌筋|頤舌筋]]など骨付着筋や[[wikipedia:ja:上縦舌筋|上縦舌筋]]など内在性の筋)に分布する。[[wikipedia:ja:口蓋舌筋|口蓋舌筋]]は迷走神経(あるいは舌咽神経?)支配とされている。C1前枝のほか、上頚神経節(交感神経)、迷走神経(副交感神経)との交通枝もあるが、それらの成分は、固有の舌下神経支配領域以外に向かう枝に含まれると考えられている。  
 運動性神経細胞は延髄後部の[[中心灰白質]]腹内側に位置する[[舌下神経核]]にある。ここから出た神経は前方(腹側)に進み、錐体のすぐ外側の前外側溝 anterolateral sulcus を抜けて延髄を離れる。神経根(10-15本)は束ねられ、舌下神経管を通って頭蓋の外にでる。この神経管をでると硬膜枝を出した後、C1前枝からの枝と合流し、[[wikipedia:ja:内頸動脈|内頸動脈]]のわきを過ぎて舌の深部を走り、舌のほとんどの筋([[wikipedia:ja:頤舌筋|頤舌筋]]など骨付着筋や[[wikipedia:ja:上縦舌筋|上縦舌筋]]など内在性の筋)に分布する。[[wikipedia:ja:口蓋舌筋|口蓋舌筋]]は迷走神経(あるいは舌咽神経?)支配とされている。C1前枝のほか、上頚神経節(交感神経)、迷走神経(副交感神経)との交通枝もあるが、それらの成分は、固有の舌下神経支配領域以外に向かう枝に含まれると考えられている。  


<span style="display: none; " id="1338906889409S">&nbsp;</span>
<span style="display: none;" id="1338906889409S">&nbsp;</span>  


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==


*[[脊髄神経]]
*[[脊髄神経]]


<br>


== 引用文献  ==


== 参考文献  ==
<references />
 
Gray’s Anatomy: R. Warwick and P. L. Williams (Eds.), 35th edition, Longman Ltd., Edinburgh, GB, 1973.


Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: A. Brodal, 3rd edition, Oxford University Press, New York, USA, 1981.
== その他の文献  ==


The Human Central Nervous System. A Synopsis and Atlas: R. Nieuwenhuys, J. Voogd, Chr. Van Huijzen, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg New York, 1978.  
#'''R. Warwick and P. L. Williams (Eds.)'''<br>Gray’s Anatomy: 35th edition<br>''Longman Ltd.'', Edinburgh, GB, 1973.  
#'''A. Brodal'''&lt;br&gt;Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: 3rd edition&lt;br&gt;''Oxford University Press'', New York, USA, 1981.


<br> (執筆者:端川 勉 担当編集委員:藤田一郎)
<br> <br> (執筆者:端川 勉 担当編集委員:藤田一郎)

案内メニュー