16,039
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
1行目: | 1行目: | ||
英:Hypothalamus | 英:Hypothalamus | ||
視床下部とは、[[間脳]]に位置し、[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]や自律機能の調節を行う総合中枢である。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、[[体温調節の神経回路|体温調節]]や[[ストレス応答]]、[[摂食行動]]や[[睡眠]][[覚醒]]など多様な機能を協調して管理している。[[中脳]]以下の自律機能を司る中枢が[[呼吸運動]]や[[血管運動]]といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は[[交感神経]]・[[副交感神経]]機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の[[恒常性]]維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、[[性行動]]、睡眠といった本能行動の中枢である。[[Image:1視床下部の位置.jpg|thumb|right|300px|<b>図1 脳内における視床下部の位置</b>]] | |||
視床下部とは、[[間脳]]に位置し、[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]や自律機能の調節を行う総合中枢である。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、[[体温調節の神経回路|体温調節]]や[[ストレス応答]]、[[摂食行動]]や[[睡眠]][[覚醒]]など多様な機能を協調して管理している。[[中脳]]以下の自律機能を司る中枢が[[呼吸運動]]や[[血管運動]]といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は[[交感神経]]・[[副交感神経]]機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の[[恒常性]]維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、[[性行動]]、睡眠といった本能行動の中枢である。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
[[Image:2視床下部の神経核.jpg|thumb|right| | [[Image:2視床下部の神経核.jpg|thumb|right|300px|<b>図2 視床下部内の主な神経核</b>]] | ||
視床下部を構成する[[灰白質]]は[[第三脳室]]と接している視床下部脳室周囲層、その外側の視床下部内側野、最も外側に位置する視床下部外側野の3領域に分けられ、それぞれに神経核群が存在している。視床下部は[[下垂体門脈]]と呼ばれる血管系を介して[[下垂体]]とつながっている。下垂体は[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]]、[[wikipedia:ja:副腎皮質|副腎皮質]]、[[wikipedia:ja:性腺|性腺]]といった下位の内分泌腺を刺激するホルモンを分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生される視床下部ホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体からのホルモン分泌を調節している。また、視床下部の一部では[[血液脳関門]]が無い領域が存在し、視床下部に存在する神経細胞が血液、[[脳脊髄液]]に含まれる[[wikipedia:ja:生理活性分子|生理活性分子]]の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの神経核のうち、主なものを記す。 | 視床下部を構成する[[灰白質]]は[[第三脳室]]と接している視床下部脳室周囲層、その外側の視床下部内側野、最も外側に位置する視床下部外側野の3領域に分けられ、それぞれに神経核群が存在している。視床下部は[[下垂体門脈]]と呼ばれる血管系を介して[[下垂体]]とつながっている。下垂体は[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]]、[[wikipedia:ja:副腎皮質|副腎皮質]]、[[wikipedia:ja:性腺|性腺]]といった下位の内分泌腺を刺激するホルモンを分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生される視床下部ホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体からのホルモン分泌を調節している。また、視床下部の一部では[[血液脳関門]]が無い領域が存在し、視床下部に存在する神経細胞が血液、[[脳脊髄液]]に含まれる[[wikipedia:ja:生理活性分子|生理活性分子]]の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの神経核のうち、主なものを記す。 | ||
17行目: | 15行目: | ||
ホメオスタシスは[[自律神経]]系と[[ホルモン]]系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる[[漏斗]]と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は[[下垂体前葉]]からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン([[成長ホルモン放出ホルモン]]、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[プロラクチン放出ホルモン]])あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン([[成長ホルモン抑制ホルモン]]、[[プロラクチン抑制ホルモン]])を分泌している。 | ホメオスタシスは[[自律神経]]系と[[ホルモン]]系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる[[漏斗]]と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は[[下垂体前葉]]からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン([[成長ホルモン放出ホルモン]]、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[プロラクチン放出ホルモン]])あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン([[成長ホルモン抑制ホルモン]]、[[プロラクチン抑制ホルモン]])を分泌している。 | ||
また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核には[[プロオピオメラノコルチン]](Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および[[ | また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核には[[プロオピオメラノコルチン]](Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および[[神経ペプチドY]](Neuropeptide Y: NPY)と[[アグーチ関連ペプチド]](Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現している神経(NPY/AgRP神経)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ホルモンとして知られ、摂食亢進ホルモンとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、[[コカイン・アンフェタミン調節転写産物]](Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRP神経が活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、[[メラノコルチン受容体]]に対するアンタゴニストであるAgRPの分泌を介して、間接的にも摂食行動を促進する。[[wikipedia:ja:脂肪組織|脂肪組織]]で産出される[[摂食抑制ホルモン]]である[[レプチン]]は、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで[[食欲]]の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:胃|胃]]で産出される[[摂食亢進ホルモン]]である[[グレリン]]は弓状核のNPY/AgRP神経を活性化する<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。 | ||
=== 室傍核 === | === 室傍核 === | ||
49行目: | 47行目: | ||
腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドである[[メラニン凝集ホルモン]](MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。 | 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドである[[メラニン凝集ホルモン]](MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。 | ||
== 機能 == | == 機能 == | ||
視床下部は体温調節、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非常に多岐にわたる行動を調節している。こうした調節は単独で機能しているわけではなく、相互に関係する複数の行動を、バランスを取って促進・抑制することで全体的なモードを規定している。例えば、ストレス応答の際は生存確率を高めるために代謝レベルを高めるが、その際には体温や[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]を上昇させ、睡眠や生殖行動を抑制するような統合的な調節が行われている。以下に代表的な機能について記す。 | 視床下部は体温調節、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非常に多岐にわたる行動を調節している。こうした調節は単独で機能しているわけではなく、相互に関係する複数の行動を、バランスを取って促進・抑制することで全体的なモードを規定している。例えば、ストレス応答の際は生存確率を高めるために代謝レベルを高めるが、その際には体温や[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]を上昇させ、睡眠や生殖行動を抑制するような統合的な調節が行われている。以下に代表的な機能について記す。 |