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==高速液体クロマトグラフィー== | ==高速液体クロマトグラフィー== | ||
高速液体クロマトグラフィーは、古くから脳内のタンパク質の精製・分取、神経伝達物質やペプチドなど生理活性物質の分析など多岐にわたり用いられてきた手法である。なぜなら、これらの物質に対して親和力が働く固定相( | 高速液体クロマトグラフィーは、古くから脳内のタンパク質の精製・分取、神経伝達物質やペプチドなど生理活性物質の分析など多岐にわたり用いられてきた手法である。なぜなら、これらの物質に対して親和力が働く固定相(カラム)と移動相(溶媒、緩衝液など)を適切に選択することにより、目的物質を妨害物質から分離し、分取・分析できるからである。固定相には疎水性相互作用、イオン性結合など分子間で相互作用する弱い親和力や分子ふるいなどを利用するものがあり、目的物質の性質を考えて選択する。一方、物質群を分離する上で親和力の調節も重要であり、溶媒や緩衝液などの移動相は物質の固定相に対する親和力の強弱を調節する役割を持つ。そこで、物質を固定相から溶出するにあたり、固定相に対する親和力がほどよくなるようにあらかじめ混合した移動相や、固定相に対して親和力が異なる2液以上の溶媒や緩衝液を装置内で比率を変えながら混合した移動相を選択するところに工夫や経験が必要である。高速液体クロマトグラフは、このように選択肢が豊富にある固定相および移動相を組み合わせることにより高い分離を達成することが可能な装置である。そこで本稿では脳科学分野で生理活性物質の分析に必要な装置(高速液体クロマトグラフ)の基本構成とグルタミン酸を始めとするアミノ酸の分析、カテコールアミンやインドールアミンとその代謝物の一斉分析などに焦点を絞り解説する。 | ||
==原理== | ==原理== | ||
高速液体クロマトグラフィーとは、物質が固定相(カラム)とこれに接して流れる移動相(液体)との親和力の違いから一定の比率で分布し、その比率が物質によって異なる事を利用して分離する方法である。現在では、物質の精製や分析には欠かせない存在となっている。高速液体クロマトグラフィーには、[[wikipedia:JA:イオン交換|イオン交換]]、[[wikipedia:Reversed-phase chromatography|逆相]]、[[wikipedia:High-performance_liquid_chromatography#Normal-phase_chromatography|順相]]、[[wikipedia:High-performance_liquid_chromatography#Size-exclusion_chromatography|サイズ排除]]([[ゲル濾過]])、[[wikipedia:JA:アフィニティークロマトグラフィー|アフィニティー]]など様々な方法がある<ref name=ref1> '''入江 照四''' <br />高速液体クロマトグラフ 科学機器入門[増補改訂版]<br />''東京科学機器協会'', 2010, 180-181</ref>。 | |||
===高速液体クロマトグラフィーの基本構成=== | ===高速液体クロマトグラフィーの基本構成=== | ||
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様々な検出器が開発されており紫外可視吸光度(UV/Vis)検出器、[[蛍光]]検出器、電気化学検出器、質量分析計、蒸発光散乱検出器などが用いられている。HPLCにおいて、最も汎用的な検出器はUV/Vis 検出器であり、次いで蛍光検出器、電気化学検出器の順である。 | 様々な検出器が開発されており紫外可視吸光度(UV/Vis)検出器、[[蛍光]]検出器、電気化学検出器、質量分析計、蒸発光散乱検出器などが用いられている。HPLCにおいて、最も汎用的な検出器はUV/Vis 検出器であり、次いで蛍光検出器、電気化学検出器の順である。 | ||
==== データ処理ソフトウェア ==== | ==== データ処理ソフトウェア ==== | ||
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====測定例2(スイッチングバルブ法)==== | ====測定例2(スイッチングバルブ法)==== | ||
図3-Aに示したHPLCの構成で、アイソクラティック法を用いて脳組織のホモジネートを分析した。<br />移動相は2種類あり、移動相Aに[[wikipedia:JA:クエン酸|クエン酸]]−リン酸緩衝液 pH 5.8, 12%アセトニトリル、移動相Bにクエン酸−リン酸緩衝液 pH 6.2, 25%アセトニトリルを用い15分間で1分析を行った。スイッチングバルブは、インジェクションから1分30秒で切り替わり、12分後に元の流路に戻るセッティングをした。蛍光誘導化試薬は、OPA試薬5 mgをメタノール200 μlで溶解した後、2メルカプトエタノール5 μl、0.1 M Na<sub>2</sub>CO<sub>3</sub>溶液800 μl加え、調製した。試料の前処理は、測定例(1)と同様に行い、上清を1200倍に希釈して15 μlをHPLCサンプルにした。蛍光誘導化のため、オートサンプラーのサンプルラックを12 ℃に冷却、蛍光誘導化試薬15 μl、サンプル15 μlを加え30 ℃で2分間インキュベートし、誘導体化されたサンプル10 | 図3-Aに示したHPLCの構成で、アイソクラティック法を用いて脳組織のホモジネートを分析した。<br />移動相は2種類あり、移動相Aに[[wikipedia:JA:クエン酸|クエン酸]]−リン酸緩衝液 pH 5.8, 12%アセトニトリル、移動相Bにクエン酸−リン酸緩衝液 pH 6.2, 25%アセトニトリルを用い15分間で1分析を行った。スイッチングバルブは、インジェクションから1分30秒で切り替わり、12分後に元の流路に戻るセッティングをした。蛍光誘導化試薬は、OPA試薬5 mgをメタノール200 μlで溶解した後、2メルカプトエタノール5 μl、0.1 M Na<sub>2</sub>CO<sub>3</sub>溶液800 μl加え、調製した。試料の前処理は、測定例(1)と同様に行い、上清を1200倍に希釈して15 μlをHPLCサンプルにした。蛍光誘導化のため、オートサンプラーのサンプルラックを12 ℃に冷却、蛍光誘導化試薬15 μl、サンプル15 μlを加え30 ℃で2分間インキュベートし、誘導体化されたサンプル10 μlをインジェクションした。高感度でグルタミン酸とGABAを15分以内で分析できる。 | ||
===神経伝達物質の分析(電気化学検出法)=== | |||
=== | ====電気化学検出の原理==== | ||
[[ | : [[wikipedia:JA:酸化還元活性|酸化還元活性]]を有する物質を高感度に検出する方法である。一定の電位を印加した電極上で物質が[[wikipedia:JA:酸化|酸化]]又は[[wikipedia:JA:還元|還元]]された時に流れる電流を検出する。電流量は濃度に比例する為、定量分析が可能である。検出器には、電流測定検出器 (Amperometric detector) と電量検出器(Coulometric detector) の2種類があり、一般的にHPLCにおいては電流測定検出器を用いることが多い。これは、電量検出器に比べて電解効率が大幅に低いものの、良いシグナルノイズ比・感度が得られるためである。検出セルは作用電極、参照電極、対極電極からなり、作用電極は測定対象に応じて[[wikipedia:JA:グラッシーカーボン|グラッシーカーボン]]、[[wikipedia:JA:グラファイト|グラファイト]]、[[wikipedia:JA:白金|白金]]などを使用する。電気化学検出は1950年代にKemuraによって最初にクロマトグラフィーの検出法として用いられ、1960年代後半から1970年代前半にかけてAdamsらにより[[カテコールアミン]]および[[wikipedia:JA:アスコルビン酸|アスコルビン酸]]の分析に応用された。それからさらなる改良が重ねられ、現在神経伝達物質およびその代謝物の定量方法として、一般的な技術となっている。詳細な測定原理や方法については、Meffordによる総説<ref name=ref2><pubmed>6163932</pubmed></ref>やZapataらのプロトコル<ref name=ref3><pubmed>19575473</pubmed></ref>等が参考となる。 | ||
=== | ====アセチルコリンおよびコリン==== | ||
[[アセチルコリン]]のHPLC-ECDを用いた分析は、1983年にPotterらによって最初に報告された。アセチルコリンは電気化学的に不活性である為、分離用の本カラムの下流に[[アセチルコリンエステラーゼ]] (AChE)および [[コリンオキシダーゼ]] (ChO) を固定化した酵素カラムを配置し、オンラインで加水分解・酸化することで生成した[[wikipedia:JA:過酸化水素|過酸化水素]]を白金電極にて検出する (印加電圧 +450 mV vs Ag/AgCl) 。陽イオン交換カラムとともに、移動相にリン酸緩衝液を用いることで、アセチルコリンとコリンの分離、そして短時間分析の両立が可能である。 | |||
====モノアミンおよびその代謝物==== | |||
グラファイト電極に +700 mV 程度の電位を印加することでカテコールアミン([[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]等)や、インドールアミン([[セロトニン]]等)、およびその代謝物の酸化反応をfmolオーダーで検出する(図4-A)。酸化還元電位は物質に固有であり、印加電位を変えることで選択的な検出が可能である。カテコールアミンは特に酸化を受けやすく、印加電位を +500 mV 程度まで下げることで選択的に検出することができる。 | グラファイト電極に +700 mV 程度の電位を印加することでカテコールアミン([[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]等)や、インドールアミン([[セロトニン]]等)、およびその代謝物の酸化反応をfmolオーダーで検出する(図4-A)。酸化還元電位は物質に固有であり、印加電位を変えることで選択的な検出が可能である。カテコールアミンは特に酸化を受けやすく、印加電位を +500 mV 程度まで下げることで選択的に検出することができる。 | ||
HPLCにおける各成分の分離はアイソクラティック法で行われ、移動相に用いる有機溶媒の種類および濃度、イオンペア試薬の濃度、 pH が大きな影響を及ぼす。有機溶媒には主にメタノールおよびアセトニトリルが用いられるが、濃度を上げることでアミンとその代謝物の溶出時間は早くなり、イオンペア試薬の濃度を上げることでアミンの溶出時間のみ遅くなる。またpH を上げると、[[ジヒドロキシフェニル酢酸]](DOPAC)や[[ホモバニリン酸]](HVA)など酸性の代謝物の溶出時間は早くなる。最適な印加電圧、移動相条件、カラムの種類を選択することで、脳組織中のモノアミンとその代謝物の一斉分析や、脳透析液中のドーパミンおよびセロトニンの短時間での高感度同時分析も可能である。 | |||
[[ファイル:HPLC 図4_横.jpg|thumb|600px|'''図 4. (A) ドーパミンの酸化反応. (B) 標準物質の分析; 10-100 pg の範囲で定量性がある. (C) マウス線条体抽出物の分析; ドーパミン作動性ニューロンが多いことが分かる. (D) マウス小脳抽出物の分析; 線条体と全く異なる溶出パターンをすることが分かる.'''<br />[分析条件] 装置:エイコム社製システム(デガッサー:DG-300, ポンプ:EP-300, カラムオーブン:ATC-300, 検出器:ECD-300, EICOM), カラム : EICOMPAK SC-50DS (3.0ID × 150 mm, EICOM), 移動相: 83% 0.1 M 酢酸-クエン酸緩衝液(pH 3.5)/17% メタノール(190 mg/L SOS, 5 mg/L EDTA•2Na を含む), 流速:0.5 mL/min, 作用電極: グラファイト電極(WE-3G, EICOM), 印加電圧:+750 mV vs. Ag/AgCl(RE-100, EICOM), 注入量:10 μl, 温度: 25℃,<br /> | |||
MHPG:3-Methoxy-4-hydroxyphenylglycol, NA:Noradrenaline, AD:Adrenaline, DOPAC:3,4-dihydroxy-phenylacetic acid, NM:Normethanephrine, DA:Dopamine, 5-HIAA:5-Hydroxyindoleacetic acid, ISO:Isoproterenol, HVA:Homovanillic acid, 3-MT:3-Methoxytyramine, 5-HT:5-Hydroxytryptamine]] | |||
[測定例] マウス脳組織中のモノアミンとその代謝物の一斉分析(図4-B,C,D) | [測定例] マウス脳組織中のモノアミンとその代謝物の一斉分析(図4-B,C,D) |
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