「トリプレット病」の版間の差分

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| [[精神遅滞]]、[[自閉症]]、巨大[[wikipedia:ja:睾丸|睾丸]]
| [[精神遅滞]]、[[自閉症]]、巨大[[wikipedia:ja:睾丸|睾丸]]
|-
|-
| Fragile XE症候群
| FRAXE  
| FRAXE  
| [http://omin.org/entry/309548 309548]  
| [http://omin.org/entry/309548 309548]  
44行目: 45行目:
| (CCG)n  
| (CCG)n  
| FMR2  
| FMR2  
|
| 4-39  
| 4-39  
| >200  
| >200  
| 精神遅滞
| 精神遅滞
|-
|-
| フリードライヒ失調症
| FRDA  
| FRDA  
| #229300  
| #229300  
54行目: 57行目:
| (GAA)n  
| (GAA)n  
| Frataxin  
| Frataxin  
|
| 6-32  
| 6-32  
| 200-1700  
| 200-1700  
| 感覚性失調、[[wikipedia:ja:心筋症|心筋症]]、[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]
| 感覚性失調、[[wikipedia:ja:心筋症|心筋症]]、[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
| colspan="9" | Toxic Gain of Function(伸長ポリグルタミン鎖)によるもの
| colspan="11" | Toxic Gain of Function(伸長ポリグルタミン鎖)によるもの
|-
|-
| ハンチントン病
| HD  
| HD  
| #143100  
| #143100  
66行目: 71行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| Huntingtin  
| Huntingtin  
|
| 6-34  
| 6-34  
| 36-121  
| 36-121  
| [[舞踏病]]、[[ジストニア]]、[[認知症]]、精神症状
| [[舞踏病]]、[[ジストニア]]、[[認知症]]、精神症状
|-
|-
| 球脊髄性筋萎縮症
| SBMA  
| SBMA  
| #313200  
| #313200  
76行目: 83行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| Androgen receptor  
| Androgen receptor  
|
| 9-36  
| 9-36  
| 38-62  
| 38-62  
| 筋力低下、[[wikipedia:ja:女性化乳房|女性化乳房]]
| 筋力低下、[[wikipedia:ja:女性化乳房|女性化乳房]]
|-
|-
| 脊髄小脳変性症
| SCA1  
| SCA1  
| #164400  
| #164400  
86行目: 95行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| ATXN1  
| ATXN1  
|
| 19-38  
| 19-38  
| 39-82  
| 39-82  
| [[小脳失調]]、[[構音障害]]、認知症
| [[小脳失調]]、[[構音障害]]、認知症
|-
|-
|
| SCA2  
| SCA2  
| #183090  
| #183090  
96行目: 107行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| ATXN2  
| ATXN2  
|
| 13-31  
| 13-31  
| 35-500  
| 35-500  
| 小脳失調、[[wikipedia:ja:腱反射|腱反射]]消失、緩徐眼球運動
| 小脳失調、[[wikipedia:ja:腱反射|腱反射]]消失、緩徐眼球運動
|-
|-
|
| SCA3  
| SCA3  
| #109150  
| #109150  
106行目: 119行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| ATXN3  
| ATXN3  
|
| 14-40  
| 14-40  
| 61-84  
| 61-84  
| 小脳失調、[[パーキンソニズム]]、下肢の痙性
| 小脳失調、[[パーキンソニズム]]、下肢の痙性
|-
|-
|
| SCA6  
| SCA6  
| #183086  
| #183086  
116行目: 131行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| CACNA1A  
| CACNA1A  
|
| 4-19  
| 4-19  
| 19-33  
| 19-33  
| 小脳失調、構音障害、眼振
| 小脳失調、構音障害、眼振
|-
|-
|
| SCA7  
| SCA7  
| #164500  
| #164500  
126行目: 143行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| ATXN7  
| ATXN7  
|
| 4-35  
| 4-35  
| 37-306  
| 37-306  
| 小脳失調、[[視力障害]]
| 小脳失調、[[視力障害]]
|-
|-
|
| SCA17  
| SCA17  
| #607136  
| #607136  
136行目: 155行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| TBP  
| TBP  
|
| 25-42  
| 25-42  
| 47-63  
| 47-63  
| 小脳失調、[[てんかん]]、認知症、精神症状
| 小脳失調、[[てんかん]]、認知症、精神症状
|-
|-
|
| DRPLA  
| DRPLA  
| #125370  
| #125370  
145行目: 166行目:
| エクソン  
| エクソン  
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| Antrophin  
| Antrophin
| 7-34  
| 7-34  
| 49-88  
| 49-88  
| 小脳失調、[[舞踏病アテトーゼ]]、認知症、[[ミオクローヌスてんかん]]
| 小脳失調、[[舞踏病アテトーゼ]]、認知症、[[ミオクローヌスてんかん]]
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
| colspan="9" | Toxic Gain of Function(RNA)によるもの
| colspan="11" | Toxic Gain of Function(RNA)によるもの
|-
|-
|
| DM1  
| DM1  
| #160900  
| #160900  
158行目: 181行目:
| (CTG)n  
| (CTG)n  
| DMPK  
| DMPK  
|
| 5-37  
| 5-37  
| >50  
| >50  
| [[ミオトニア]]、筋力低下、心伝導障害、精神遅滞、[[wikipedia:ja:白内障|白内障]]、糖尿病、性巣萎縮
| [[ミオトニア]]、筋力低下、心伝導障害、精神遅滞、[[wikipedia:ja:白内障|白内障]]、糖尿病、性巣萎縮
|-
|-
|
| FXTAS  
| FXTAS  
| #300623  
| #300623  
168行目: 193行目:
| (CGC)n  
| (CGC)n  
| FMRP  
| FMRP  
|
| 6-50  
| 6-50  
| 55-200  
| 55-200  
| 小脳失調、[[振戦]]、パーキンソニズム
| 小脳失調、[[振戦]]、パーキンソニズム
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
|- style="background-color: rgb(169, 169, 169);"
| colspan="9" | 発症機序が不明
| colspan="11" | 発症機序が不明
|-
|-
|
| SCA8  
| SCA8  
| #608768  
| #608768  
180行目: 207行目:
| (CTG)n  
| (CTG)n  
| SCA8 RNA  
| SCA8 RNA  
|
| 15-50  
| 15-50  
| 71-1300  
| 71-1300  
| 小脳失調、構音障害、[[眼振]]
| 小脳失調、構音障害、[[眼振]]
|-
|-
|
| SCA12  
| SCA12  
| #604326  
| #604326  
190行目: 219行目:
| (CAG)n  
| (CAG)n  
| PPP2R2B  
| PPP2R2B  
|
| 7-32  
| 7-32  
| 51-78  
| 51-78  
| 小脳失調、振戦、認知症
| 小脳失調、振戦、認知症
|-
|-
|
| HDL2  
| HDL2  
| #606438  
| #606438  
200行目: 231行目:
| (CTG)n  
| (CTG)n  
| HDL2-CAG  
| HDL2-CAG  
|
| 6-28  
| 6-28  
| >41  
| >41  
212行目: 244行目:
== 機能喪失の機構を介した疾患  ==
== 機能喪失の機構を介した疾患  ==


=== 脆弱X症候群 (Fragile X症候群; FRAXA)  ===
=== 脆弱X症候群 ===
 
Fragile X症候群(FRAXA)


 Xq27.3に位置する''[[FMR1]]''遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ &lt; 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。''FMR1''はRNA結合分子[[FMRP]]をコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍の''FMR1''遺伝子[[プロモーター]]領域の[[CpGアイランド]]が過剰な[[wikipedia:ja:メチル化|メチル化]]修飾を受けるため''FMR1''遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として[[注意欠陥]]と[[多動性]]、[[自閉症]]様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には[[側頭葉]]・[[後頭葉]]の[[大脳皮質]][[神経細胞]]の[[スパイン]]の形態や数の異常が報告されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>.FMRPはグループ1[[代謝型グルタミン酸受容体]](mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている<ref><pubmed>15219735</pubmed></ref>。  
 Xq27.3に位置する''[[FMR1]]''遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ &lt; 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。''FMR1''はRNA結合分子[[FMRP]]をコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍の''FMR1''遺伝子[[プロモーター]]領域の[[CpGアイランド]]が過剰な[[wikipedia:ja:メチル化|メチル化]]修飾を受けるため''FMR1''遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として[[注意欠陥]]と[[多動性]]、[[自閉症]]様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には[[側頭葉]]・[[後頭葉]]の[[大脳皮質]][[神経細胞]]の[[スパイン]]の形態や数の異常が報告されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>.FMRPはグループ1[[代謝型グルタミン酸受容体]](mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている<ref><pubmed>15219735</pubmed></ref>。  


=== Fragile XE症候群 (FRAXE)  ===
=== Fragile XE症候群 ===
 
FRAXE


 Xq28に位置する''[[FMR2]]''遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による[[伴性劣性遺伝疾患]]で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR2''遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパク質は核内に存在し、[[転写因子]]として機能すると考えられているが詳細は不明である。  
 Xq28に位置する''[[FMR2]]''遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による[[伴性劣性遺伝疾患]]で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR2''遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパク質は核内に存在し、[[転写因子]]として機能すると考えられているが詳細は不明である。  


=== フリードライヒ失調症 (FRDA)  ===
=== フリードライヒ失調症 ===
 
FRDA


 欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、''[[FRDA]]''遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による[[wikipedia:ja:常染色体劣性遺伝|常染色体劣性遺伝]]性疾患。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、[[固有感覚]]の障害による[[運動失調]]、振戦、構音障害、眼振などを示す。[[wikipedia:ja:凹足|凹足]]・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、[[後索]]や[[脊髄小脳路]]・[[皮質脊髄路]]・[[後根]]などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルに''FRDA''遺伝子[[点突然変異]]を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。  
 欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、''[[FRDA]]''遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による[[wikipedia:ja:常染色体劣性遺伝|常染色体劣性遺伝]]性疾患。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、[[固有感覚]]の障害による[[運動失調]]、振戦、構音障害、眼振などを示す。[[wikipedia:ja:凹足|凹足]]・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、[[後索]]や[[脊髄小脳路]]・[[皮質脊髄路]]・[[後根]]などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルに''FRDA''遺伝子[[点突然変異]]を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。  
232行目: 270行目:
[[Image:ポリグルタミン病態仮説.png|thumb|right|400px|<b>図.ポリグルタミン病の病態仮説</b><br />伸長したポリグルタミン鎖はホストタンパク質のコンフォーメーションを変化させ、細胞内に次第に蓄積するとともに[[インタラクトーム]]に変化をきたす。これらの変化は細胞内のさまざまなプロセスに複雑な変化を及ぼし病態発症に導く。]]  
[[Image:ポリグルタミン病態仮説.png|thumb|right|400px|<b>図.ポリグルタミン病の病態仮説</b><br />伸長したポリグルタミン鎖はホストタンパク質のコンフォーメーションを変化させ、細胞内に次第に蓄積するとともに[[インタラクトーム]]に変化をきたす。これらの変化は細胞内のさまざまなプロセスに複雑な変化を及ぼし病態発症に導く。]]  


=== 球脊髄性筋萎縮症 (SBMA)  ===
=== 球脊髄性筋萎縮症 ===
 
SBMA


 [[アンドロゲン]]レセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長による[[wikipedia:ja:X染色体劣性遺伝性|X染色体劣性遺伝性]]の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や[[線維束攣縮]]を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には[[脊髄前角細胞]]、[[延髄]]の[[下位運動ニュ−ロン]]、[[後根神経節]]細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で[[核内封入体]]を形成する。  
 [[アンドロゲン]]レセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長による[[wikipedia:ja:X染色体劣性遺伝性|X染色体劣性遺伝性]]の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や[[線維束攣縮]]を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には[[脊髄前角細胞]]、[[延髄]]の[[下位運動ニュ−ロン]]、[[後根神経節]]細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で[[核内封入体]]を形成する。  


=== ハンチントン病 (HD)  ===
=== ハンチントン病 ===
 
HD


 ハンチンチンタンパク質N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''[[HTT]]''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病([[不随意運動]]の一種)に加えて、[[記銘力障害]]、[[人格変化]]、[[うつ]]などの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には[[尾状]]核と[[被殻]]の著明な萎縮が特徴的で、[[GABA]]作動性の投射細胞である[[中型有棘神経細胞]](medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に[[線条体]]から投射を受ける[[淡蒼球]]も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、[[小脳]][[プルキンエ細胞]]は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチンタンパク質の生理機能については不明な点が多いが、タンパク質間相互作用を介する[[HEATリピート構造]]を多数有することから、多彩な生理機能に関与する[[足場(scaffold)タンパク質]]であると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。  
 ハンチンチンタンパク質N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''[[HTT]]''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病([[不随意運動]]の一種)に加えて、[[記銘力障害]]、[[人格変化]]、[[うつ]]などの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には[[尾状]]核と[[被殻]]の著明な萎縮が特徴的で、[[GABA]]作動性の投射細胞である[[中型有棘神経細胞]](medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に[[線条体]]から投射を受ける[[淡蒼球]]も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、[[小脳]][[プルキンエ細胞]]は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチンタンパク質の生理機能については不明な点が多いが、タンパク質間相互作用を介する[[HEATリピート構造]]を多数有することから、多彩な生理機能に関与する[[足場(scaffold)タンパク質]]であると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。  
270行目: 312行目:
== 機能獲得の機構を介した疾患 (2) RNA機能獲得による疾患  ==
== 機能獲得の機構を介した疾患 (2) RNA機能獲得による疾患  ==


=== 筋緊張性ジストロフィー 1型 (DM1)  ===
=== 筋緊張性ジストロフィー 1型 ===
 
DM1


 [[ミオトニア]]([[筋強直症]]、myotonia)と進行性の筋萎縮・筋力低下を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患で、白内障、[[wikipedia:ja:心伝導障害|心伝導障害]]、[[wikipedia:ja:インスリン|インスリン]]抵抗性糖尿病、[[睡眠障害]]、精巣萎縮、[[wikipedia:ja:高ガンマグロブリン血症|高ガンマグロブリン血症]]、認知症、若年禿頭などを伴う全身性の疾患である。変異アレルでは''[[DMPK]]''遺伝子の3’UTR領域に存在するCTGリピートが50から数1000の範囲で伸長している。表現促進現象が認められ、ほとんど無症状の母親患者が重症型の臨床症状を示す子供を出生することがある。先天型DM1は生下時の筋緊張低下と全身の著明な筋力低下が特徴で、しばしば呼吸不全を来たし早期に死亡する。  
 [[ミオトニア]]([[筋強直症]]、myotonia)と進行性の筋萎縮・筋力低下を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患で、白内障、[[wikipedia:ja:心伝導障害|心伝導障害]]、[[wikipedia:ja:インスリン|インスリン]]抵抗性糖尿病、[[睡眠障害]]、精巣萎縮、[[wikipedia:ja:高ガンマグロブリン血症|高ガンマグロブリン血症]]、認知症、若年禿頭などを伴う全身性の疾患である。変異アレルでは''[[DMPK]]''遺伝子の3’UTR領域に存在するCTGリピートが50から数1000の範囲で伸長している。表現促進現象が認められ、ほとんど無症状の母親患者が重症型の臨床症状を示す子供を出生することがある。先天型DM1は生下時の筋緊張低下と全身の著明な筋力低下が特徴で、しばしば呼吸不全を来たし早期に死亡する。  
276行目: 320行目:
 DM1の発症機構として、変異アレルから転写された伸長CUGリピートを有するRNAのtoxic gain of functionの機構が考えられている。患者筋では転写された伸長CUGリピートを有するRNAの多くは細胞質内へは移行せず核内にfociを形成してとどまる。伸長CUGリピートは、少なくとも2種類の[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]の制御に関与するRNA結合タンパク質([[MBLN]]と[[CUG-BP1]])のRNA結合能に影響を及ぼすことが知られている。MBLNとCUG-BP1いずれもCUGリピートに結合するが、DM1細胞においては、MBLNの機能が低下し、一方CUG-BP1の機能が亢進し、結果として特定の遺伝子の選択的スプライシングに変化をきたし、病態発症に導くというモデルが提唱されている<ref name="ref2"><pubmed>16776586</pubmed></ref>。実際DM1患者組織においては、特定の遺伝子 ([[CLCN-1]], [[IR]], [[SERCA2]], [[RYR1]], [[APP]], [[MAPT]]など)の選択的スプライシングに異常が認められている<ref name="ref2" />。例えば、患者筋組織では[[塩化物イオンチャネル]]の1つCLCN-1チャネルの胎児型アイソフォームの発現の残存が認められるが、このアイソフォームは分解を受けやすい不安定なチャネルに翻訳されるため、患者筋組織ではCLCN-1チャネルの発現が低下し、ミオトニアを発症させると考えられる。  
 DM1の発症機構として、変異アレルから転写された伸長CUGリピートを有するRNAのtoxic gain of functionの機構が考えられている。患者筋では転写された伸長CUGリピートを有するRNAの多くは細胞質内へは移行せず核内にfociを形成してとどまる。伸長CUGリピートは、少なくとも2種類の[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]の制御に関与するRNA結合タンパク質([[MBLN]]と[[CUG-BP1]])のRNA結合能に影響を及ぼすことが知られている。MBLNとCUG-BP1いずれもCUGリピートに結合するが、DM1細胞においては、MBLNの機能が低下し、一方CUG-BP1の機能が亢進し、結果として特定の遺伝子の選択的スプライシングに変化をきたし、病態発症に導くというモデルが提唱されている<ref name="ref2"><pubmed>16776586</pubmed></ref>。実際DM1患者組織においては、特定の遺伝子 ([[CLCN-1]], [[IR]], [[SERCA2]], [[RYR1]], [[APP]], [[MAPT]]など)の選択的スプライシングに異常が認められている<ref name="ref2" />。例えば、患者筋組織では[[塩化物イオンチャネル]]の1つCLCN-1チャネルの胎児型アイソフォームの発現の残存が認められるが、このアイソフォームは分解を受けやすい不安定なチャネルに翻訳されるため、患者筋組織ではCLCN-1チャネルの発現が低下し、ミオトニアを発症させると考えられる。  


=== 脆弱X関連振戦/運動失調症候群 (Fragile X-Associated Tremor Ataxia; FXTAS)  ===
=== 脆弱X関連振戦/運動失調症候群 ===
 
Fragile X-Associated Tremor Ataxia; FXTAS


 脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55-200回程度のpremutationを持つ男性で発症し,成人期(通常50才以上)発症,小脳失調,企図振戦、認知機能障害、末梢神経障害、自律神経障害などの症状を呈する。病理学的には[[中小脳脚]]の空胞変性・プルキンエ細胞の脱落に加えて、脳内ニューロン・[[アストロサイト]]でユビキチン陽性核内封入体が認められる。アジア人では本性の発症頻度は稀であるとされるが、最近本邦でも患者の存在が報告されている。
同程度のpremutation expansionを有する保因者の女性のうち、約20%では早期[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]機能不全症(premature ovarian failure)を来たしたり、FXTASの症状の一部を発症することが報告されている。premutation expansionを有する患者の脳ではFMR1 mRNAの発現が亢進しており、一方FMR1 CGGリピートを含むRNAを[[ショウジョウバエ]]複眼に過剰発現させると[[光受容体]]が変性し、核内封入体形成も認められること<ref><pubmed>12948442</pubmed></ref>からFXTASの発症にはRNA機能獲得の機構が関与しているものと考えられる。FXTAS患者神経細胞ではCGGリピートを含むRNAが核内封入体でfociを形成し、[[hnRNP-A2]], [[MBNL]], [[Sam68]]などの RNA結合タンパク質も取り込まれている<ref><pubmed>16246864</pubmed></ref>。これらのことから、FXTAS患者神経細胞でもDM1と同じく特定の遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変化し、病態発症に導くのではないかとの考えが提唱されている。  
 脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55-200回程度のpremutationを持つ男性で発症し,成人期(通常50才以上)発症,小脳失調,企図振戦、認知機能障害、末梢神経障害、自律神経障害などの症状を呈する。病理学的には[[中小脳脚]]の空胞変性・プルキンエ細胞の脱落に加えて、脳内ニューロン・[[アストロサイト]]でユビキチン陽性核内封入体が認められる。アジア人では本性の発症頻度は稀であるとされるが、最近本邦でも患者の存在が報告されている。
同程度のpremutation expansionを有する保因者の女性のうち、約20%では早期[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]機能不全症(premature ovarian failure)を来たしたり、FXTASの症状の一部を発症することが報告されている。premutation expansionを有する患者の脳ではFMR1 mRNAの発現が亢進しており、一方FMR1 CGGリピートを含むRNAを[[ショウジョウバエ]]複眼に過剰発現させると[[光受容体]]が変性し、核内封入体形成も認められること<ref><pubmed>12948442</pubmed></ref>からFXTASの発症にはRNA機能獲得の機構が関与しているものと考えられる。FXTAS患者神経細胞ではCGGリピートを含むRNAが核内封入体でfociを形成し、[[hnRNP-A2]], [[MBNL]], [[Sam68]]などの RNA結合タンパク質も取り込まれている<ref><pubmed>16246864</pubmed></ref>。これらのことから、FXTAS患者神経細胞でもDM1と同じく特定の遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変化し、病態発症に導くのではないかとの考えが提唱されている。  
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 ''PPP2R2B''遺伝子の5’非翻訳領域に存在するCAGリピートの伸長による常染色体優性遺伝性疾患。''PPP2R2B''は脳特異的に発現し、[[PP2A フォスファターゼ]]をコードする。CAGリピートの伸長がどのようなメカニズムで病態発症につながるのかは不明である。  
 ''PPP2R2B''遺伝子の5’非翻訳領域に存在するCAGリピートの伸長による常染色体優性遺伝性疾患。''PPP2R2B''は脳特異的に発現し、[[PP2A フォスファターゼ]]をコードする。CAGリピートの伸長がどのようなメカニズムで病態発症につながるのかは不明である。  


=== Huntington disease-like 2 (HDL2) ===
=== Huntington disease-like 2  ===
 
HDL2


 ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、また[[BACトランスジェニックマウス]]を用いた解析で、JPH3アンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示された<ref><pubmed>21555070</pubmed></ref>ことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3ノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3'' がコードする[[junctophilin-3]]の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある<ref><pubmed>22367996</pubmed></ref>。  
 ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、また[[BACトランスジェニックマウス]]を用いた解析で、JPH3アンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示された<ref><pubmed>21555070</pubmed></ref>ことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3ノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3'' がコードする[[junctophilin-3]]の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある<ref><pubmed>22367996</pubmed></ref>。  

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