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英語名: | 英語名: calcium 独:calcium, Kalzium 仏:calcium | ||
カルシウムは原子番号20の金属元素。元素記号はCa。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]周期表第2族[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]アルカリ土類元素の一種で、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]を含む動物の代表的な[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]ミネラル([[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]必須元素)である。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]骨や[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]歯の形成のみならず、カルシウムイオン(Ca<sup>2+</sup>)は細胞内[[シグナル伝達]]を担う代表的な[[セカンドメッセンジャー]]の一つであり、広範な細胞機能の制御に関与している。 | |||
脳神経系においても、[[神経伝達物質]]放出、[[シナプス可塑性]]、神経[[細胞死]]のトリガーとなるものであり、また各種[[グリア細胞]]機能の制御に不可欠である。本稿では、このCa<sup>2+</sup>依存性シグナルの基本的性質について解説する。 | 脳神経系においても、[[神経伝達物質]]放出、[[シナプス可塑性]]、神経[[細胞死]]のトリガーとなるものであり、また各種[[グリア細胞]]機能の制御に不可欠である。本稿では、このCa<sup>2+</sup>依存性シグナルの基本的性質について解説する。 | ||
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== 発見の歴史 == | == 発見の歴史 == | ||
[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]江橋節郎は1950年代後半からの先駆的研究により、細胞内Ca<sup>2+</sup>が[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]骨格筋収縮を制御するという機構を提唱した。そして1965年に[[カルシウム結合タンパク質]]である[[トロポニン]]を発見し、Ca<sup>2+</sup>依存性シグナルの存在を世界に先駆けて証明した<ref><pubmed>5857096</pubmed></ref>。次いで1970年には[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]垣内史郎とWai Yiu Cheungにより[[カルモジュリン]]が発見され、Ca<sup>2+</sup>が筋収縮のみならず広範な細胞機能を制御することが明確になった<ref><pubmed>4320714</pubmed></ref><ref><pubmed>4315350</pubmed></ref>。 | |||
さらに[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]Roger Y Tsienによる[[カルシウム指示薬]]の開発<ref><pubmed>3838314</pubmed></ref>により、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度を生細胞にて[[蛍光イメージング]]法で測定することが可能になり、Ca<sup>2+</sup>ウェーブやCa<sup>2+</sup>オシレーションといった、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の複雑な時空間動態が明らかとなった。 | |||
== メカニズム == | == メカニズム == | ||
[[細胞膜]]および[[小胞体]]膜上に存在する各種のCa<sup>2+</sup>[[ポンプ]]により、細胞質のCa<sup>2+</sup>濃度は静止時には数十nM (10<sup>-8</sup>~10<sup>-7</sup> M)程度に保たれる。これは細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度(~10<sup>-3</sup> M)の一万分の一以下という非常に低い濃度であり、他の生体内無機イオンではこれほど大きな細胞内外の濃度差は見られない。以下に示すCa<sup>2+</sup> | [[細胞膜]]および[[小胞体]]膜上に存在する各種のCa<sup>2+</sup>[[ポンプ]]により、細胞質のCa<sup>2+</sup>濃度は静止時には数十nM (10<sup>-8</sup>~10<sup>-7</sup> M)程度に保たれる。これは細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度(~10<sup>-3</sup> M)の一万分の一以下という非常に低い濃度であり、他の生体内無機イオンではこれほど大きな細胞内外の濃度差は見られない。以下に示すCa<sup>2+</sup>チャネルを経て[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]細胞質にCa<sup>2+</sup>が供給されることによりCa<sup>2+</sup>濃度が上昇し、カルシウム結合タンパク質を介して様々な細胞内シグナルが活性化される。 | ||
細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナルの特筆すべき性質は、その局所性である。例えば単一の[[樹状突起スパイン]]に限局したCa<sup>2+</sup> | 細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナルの特筆すべき性質は、その局所性である。例えば単一の[[樹状突起スパイン]]に限局したCa<sup>2+</sup>濃度上昇が惹起され、これにより入力特異的な[[シナプス可塑性]]等の制御が実現されている。この局所性にはCa<sup>2+</sup>チャネルの限局やスパインの構造のみならず、Ca<sup>2+</sup>ポンプによる速やかな除去や、高濃度のカルシウム結合タンパク質によるCa<sup>2+</sup>[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]拡散の阻害、等が重要な寄与を果たしている。 | ||
=== 細胞外からの流入 === | === 細胞外からの流入 === | ||
Ca<sup>2+</sup>に対して透過性をもつ[[イオンチャネル]] | Ca<sup>2+</sup>に対して透過性をもつ[[イオンチャネル]]を介して、大きな[[電気化学的勾配]]に従いCa<sup>2+</sup>が細胞外から細胞質へ流入する。脳神経系においては主に以下に挙げるイオンチャネルが関与する。 | ||
==== 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル ==== | ==== 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル ==== | ||
電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルはその開閉が[[膜電位]]に依存する[[カルシウムチャネル]]である。主に[[神経細胞]] | 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルはその開閉が[[膜電位]]に依存する[[カルシウムチャネル]]である。主に[[神経細胞]]において、細胞膜の[[脱分極]]により開口してCa<sup>2+</sup>を流入させる。電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルの各サブタイプは、それぞれ異なる特徴と生理機能を有する。詳細については [[カルシウムチャネル]]の項を参照のこと。 | ||
==== リガンド依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル ==== | ==== リガンド依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル ==== | ||
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==== その他のCa<sup>2+</sup>チャネル ==== | ==== その他のCa<sup>2+</sup>チャネル ==== | ||
各種の[[感覚]]受容に関与する[[TRPチャネル]]はCa<sup>2+</sup>透過性を示す。各サブタイプが様々な開口制御機構を有しており、神経細胞およびグリア細胞においてCa<sup>2+</sup>流入を担う。 | |||
また[[小胞体]]のCa<sup>2+</sup>枯渇により活性化される[[ストア作動性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]もCa<sup>2+</sup>流入を担う。このストア作動性Ca<sup>2+</sup>チャネルについては長らく分子実体が不明であったが、近年[[Orai1]]が同定された<ref><pubmed>16921385</pubmed></ref><ref><pubmed>16921383</pubmed></ref>。 | |||
=== 小胞体内腔からの放出 === | === 小胞体内腔からの放出 === | ||
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==== イノシトール3リン酸受容体 ==== | ==== イノシトール3リン酸受容体 ==== | ||
[[イノシトール3リン酸受容体]]は、その活性化にセカンドメッセンジャーである[[イノシトール3リン酸]]と細胞質Ca<sup>2+</sup>の両方を必要とする小胞体膜上Ca<sup>2+</sup>チャネルである。特筆すべき点は、細胞質Ca<sup>2+</sup>濃度に対して二相性の反応曲線を示すことである<ref><pubmed>2373998</pubmed></ref>。つまり低Ca<sup>2+</sup>濃度域では濃度上昇に従い開口が促進されるが、ある濃度でそれがピークアウトし、それ以上の濃度域では濃度上昇に従い開口が阻害される。 グリア細胞のような電気的に非興奮性の細胞においては、主要なCa<sup>2+</sup>供給経路となる。また神経細胞においてもCa<sup>2+</sup>シグナルに関与する。 イノシトール3リン酸とCa<sup>2+</sup>の両方を必要とする性質により、二種類の入力を統合する機能を持ち得る。実際、小脳[[プルキンエ細胞]]における[[長期抑圧]]誘導時に、二種類のシナプス入力の[[同期検出]]を担っている<ref><pubmed>11100147</pubmed></ref>。<br> | |||
小胞体以外の細胞内小器官では、[[ミトコンドリア]]が細胞内カルシウムストアとして重要な役割を果たしている。また小胞体-ミトコンドリア間の密接な接合構造が知られており、ここでCa<sup>2+</sup>のやり取りが行なわれていると考えられる。詳細については [[ミトコンドリア]] の項を参照のこと。 | 小胞体以外の細胞内小器官では、[[ミトコンドリア]]が細胞内カルシウムストアとして重要な役割を果たしている。また小胞体-ミトコンドリア間の密接な接合構造が知られており、ここでCa<sup>2+</sup>のやり取りが行なわれていると考えられる。詳細については [[ミトコンドリア]] の項を参照のこと。 | ||
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== 応用 == | == 応用 == | ||
神経細胞では[[活動電位]]の発生に伴いCa<sup>2+</sup>流入が起こるので、カルシウム指示薬を用いて、神経細胞の活動を蛍光イメージングにより検出することが可能である。特に近年、[[ | 神経細胞では[[活動電位]]の発生に伴いCa<sup>2+</sup>流入が起こるので、カルシウム指示薬を用いて、神経細胞の活動を蛍光イメージングにより検出することが可能である。特に近年、[[2光子レーザー走査顕微鏡]]を用いることで、生体内の個々の神経細胞を解像して、その活動を可視化することが可能になった<ref><pubmed>15660108</pubmed></ref>。多数の神経細胞の位置情報と活動情報を一度にかつ正確に得るという、従来は非常に困難であったことを可能にした手法であり、近年活発な応用が進められている。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |