「電気穿孔法」の版間の差分

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 電気穿孔の端緒は、1950年代に膜電位の測定法が研究されていた時期、あるレベル以上の電気パルスをランビエ絞輪に与えると膜電位が失われる発見に遡る<ref name=ref1><pubmed>13461864</pubmed></ref>。ほぼ10年後、強い電気パルスが大腸菌を殺し、菌からβ−ガラクトシダーゼを溶出させることが観察され、電気パルスは細胞膜を破壊できると考えられるようになった<ref name=ref2><pubmed>4969954</pubmed></ref>。その後、電気パルスで赤血球からヘモグロビンを溶出させる実験などが進み、適切な条件下では細胞膜は一度壊れた後でも機能を回復できることがわかった<ref name=ref3><pubmed>13222</pubmed></ref>。さらに、電気パルスを与えた赤血球に外からスクロースなどを入れることに成功し、電気パルスは細胞膜に穴(pore)を空け、穴が閉じることにより元に戻るとの概念が登場した<ref name=ref4><pubmed>895849</pubmed></ref>。また、赤血球にDNAやRNAを入れる実験なども行われた<ref name=ref5><pubmed>184398</pubmed></ref>。実際に細胞膜に穴が空いた像は、低浸透圧の条件下、赤血球を用いて電子顕微鏡で観察された<ref name=ref6><pubmed>2383626</pubmed></ref>。しかし、等張液でも同様の穴が空くかには疑問が呈されている<ref name=ref7><pubmed>19016008</pubmed></ref>。<br>
 電気穿孔の端緒は、1950年代に膜電位の測定法が研究されていた時期、あるレベル以上の電気パルスをランビエ絞輪に与えると膜電位が失われる発見に遡る<ref name=ref1><pubmed>13461864</pubmed></ref>。ほぼ10年後、強い電気パルスが大腸菌を殺し、菌からβ−ガラクトシダーゼを溶出させることが観察され、電気パルスは細胞膜を破壊できると考えられるようになった<ref name=ref2><pubmed>4969954</pubmed></ref>。その後、電気パルスで赤血球からヘモグロビンを溶出させる実験などが進み、適切な条件下では細胞膜は一度壊れた後でも機能を回復できることがわかった<ref name=ref3><pubmed>13222</pubmed></ref>。さらに、電気パルスを与えた赤血球に外からスクロースなどを入れることに成功し、電気パルスは細胞膜に穴(pore)を空け、穴が閉じることにより元に戻るとの概念が登場した<ref name=ref4><pubmed>895849</pubmed></ref>。また、赤血球にDNAやRNAを入れる実験なども行われた<ref name=ref5><pubmed>184398</pubmed></ref>。実際に細胞膜に穴が空いた像は、低浸透圧の条件下、赤血球を用いて電子顕微鏡で観察された<ref name=ref6><pubmed>2383626</pubmed></ref>。しかし、等張液でも同様の穴が空くかには疑問が呈されている<ref name=ref7><pubmed>19016008</pubmed></ref>。<br>
 1982年、Neumannらは電気パルスを用い、培養細胞のマウスL細胞にチミジンキナーゼ遺伝子を導入することに成功した<ref name=ref8><pubmed>6329708</pubmed></ref>。続いて、他の研究者が植物のプロトプラスト<ref name=ref9><pubmed>3862099</pubmed></ref>や大腸菌<ref name=ref10><pubmed>3286620</pubmed></ref>にも遺伝子導入できることを示した。初期には、温度や電圧、パルスの幅や回数に加え、減衰波や矩形波のパルスなどいろいろと試されたが、減衰波のパルスを生む装置は比較的簡単に作れることもあり、減衰波パルスが主流となった。ES細胞など培養細胞への遺伝子導入には、過去のデータが集積しているなどの理由で、減衰波パルスが用いられることが多い。<br>
 1982年、Neumannらは電気パルスを用い、培養細胞のマウスL細胞にチミジンキナーゼ遺伝子を導入することに成功した<ref name=ref8><pubmed>6329708</pubmed></ref>。続いて、他の研究者が植物のプロトプラスト<ref name=ref9><pubmed>3862099</pubmed></ref>や大腸菌<ref name=ref10><pubmed>3286620</pubmed></ref>にも遺伝子導入できることを示した。初期には、温度や電圧、パルスの幅や回数に加え、減衰波や矩形波のパルスなどいろいろと試されたが、減衰波のパルスを生む装置は比較的簡単に作れることもあり、減衰波パルスが主流となった。ES細胞など培養細胞への遺伝子導入には、過去のデータが集積しているなどの理由で、減衰波パルスが用いられることが多い。<br>
 しかし、減衰波パルスを用いる実験系で至適な遺伝子導入効率を得るためには、ある程度の細胞死を避けることはできない。一方、Takahashiらによりパルス幅の長い低電圧の矩形波を用いれば、細胞の高い生存率と遺伝子導入効率の両方を実現できることが示された<ref name=ref11><pubmed>21963197</pubmed></ref>。この条件をMuramatsuらは応用し、ニワトリ胚に遺伝子導入できることを初めて示した<ref name=ref12><pubmed>21963197</pubmed></ref>。さらに、ピンセット型の電極を用いることにより、子宮や卵黄囊の外側から電気パルスを与えることでマウス胎仔にも遺伝子導入できることが示された<ref name="ref13">'''Tetsuichiro Saito'''<br>Analysis of mammalian neuronal diversity using in vivo electroporation. ''The 607th National Institute of Genetics Colloquium, Mishima, Japan'':1999</ref><ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref>。  
 しかし、減衰波パルスを用いる実験系で至適な遺伝子導入効率を得るためには、ある程度の細胞死を避けることはできない。一方、Takahashiらによりパルス幅の長い低電圧の矩形波を用いれば、細胞の高い生存率と遺伝子導入効率の両方を実現できることが示された<ref name=ref11><pubmed>1907340</pubmed></ref>。この条件をMuramatsuらは応用し、ニワトリ胚に遺伝子導入できることを初めて示した<ref name=ref12><pubmed>9016787</pubmed></ref>。さらに、ピンセット型の電極を用いることにより、子宮や卵黄囊の外側から電気パルスを与えることでマウス胎仔にも遺伝子導入できることが示された<ref name="ref13">'''Tetsuichiro Saito'''<br>Analysis of mammalian neuronal diversity using in vivo electroporation. ''The 607th National Institute of Genetics Colloquium, Mishima, Japan'':1999</ref><ref name=ref14><pubmed>11784059</pubmed></ref>。  


==適用例と手法==
==適用例と手法==
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===胎仔や組織の細胞の電気穿孔法===
===胎仔や組織の細胞の電気穿孔法===
 子宮内のマウス胎仔やニワトリ胚、体外培養胚、器官培養などの細胞に関しては、核酸を注入後、ピンセット型電極やニードル電極などで胎仔や組織を挟み、低電圧で長時間の矩形波パルスを複数回与える。例えば、胎生13.5日のマウス胎仔には40 V, 50 msecの矩形波パルスを1秒に1回ずつ5回与えるなどの条件が使われ、至適電圧は胎仔の発生のステージで異なる。ほとんど全てのマウス胎仔に遺伝子導入できる条件でも、電気穿孔で細胞死が増加しないことが確認されている<ref name=ref15><pubmed>21963197</pubmed></ref><ref name=ref16><pubmed>21963197</pubmed></ref>。電極と遺伝子導入される細胞が近接している必要はなく、子宮の外側から電気パルスを与えても脳内などへの遺伝子導入が可能である。パルス作製装置にはBEX社のCUY21などが用いられる。siRNAなどのRNAを導入することにより、標的タンパク質の発現を生体内で効率よく抑えることにも用いられる<ref name=ref17><pubmed>21963197</pubmed></ref>。
 子宮内のマウス胎仔やニワトリ胚、体外培養胚、器官培養などの細胞に関しては、核酸を注入後、ピンセット型電極やニードル電極などで胎仔や組織を挟み、低電圧で長時間の矩形波パルスを複数回与える。例えば、胎生13.5日のマウス胎仔には40 V, 50 msecの矩形波パルスを1秒に1回ずつ5回与えるなどの条件が使われ、至適電圧は胎仔の発生のステージで異なる。ほとんど全てのマウス胎仔に遺伝子導入できる条件でも、電気穿孔で細胞死が増加しないことが確認されている<ref name=ref15><pubmed>15750183</pubmed></ref><ref name=ref16><pubmed>17406448</pubmed></ref>。電極と遺伝子導入される細胞が近接している必要はなく、子宮の外側から電気パルスを与えても脳内などへの遺伝子導入が可能である。パルス作製装置にはBEX社のCUY21などが用いられる。siRNAなどのRNAを導入することにより、標的タンパク質の発現を生体内で効率よく抑えることにも用いられる<ref name=ref17><pubmed>18723012</pubmed></ref>。
 生体内の細胞への電気穿孔はin vivo electroporationと呼ばれる。体外培養胚などへの電気穿孔はex vivo electroporationと呼ばれることもある。マウス胎仔のin vivo electroporationでは、子宮の外からDNAなどを注入し、子宮の外側を電極で挟むことで電気穿孔するin utero electroporationが一般的である。in utero electroporation後の胎仔は子宮とともに母体に戻せば、生育でき出産も可能である<ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref>。一方、胎生12.5日以前では子宮の外から胎仔が見にくいなどの理由により、子宮壁を切開後にDNAなどを注入し、胎仔の入った卵黄囊を電極で挟み電気穿孔するexo utero electroporationも用いられる<ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref><ref name=ref18><pubmed>21963197</pubmed></ref>。exo utero electroporationを施した胎仔は子宮壁を縫わずに母体に戻すことで生育可能であるが、出産後の仔マウスが必要な場合、母マウスは自力で出産できないため出産期に帝王切開を要する。
 生体内の細胞への電気穿孔はin vivo electroporationと呼ばれる。体外培養胚などへの電気穿孔はex vivo electroporationと呼ばれることもある。マウス胎仔のin vivo electroporationでは、子宮の外からDNAなどを注入し、子宮の外側を電極で挟むことで電気穿孔するin utero electroporationが一般的である。in utero electroporation後の胎仔は子宮とともに母体に戻せば、生育でき出産も可能である<ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref>。一方、胎生12.5日以前では子宮の外から胎仔が見にくいなどの理由により、子宮壁を切開後にDNAなどを注入し、胎仔の入った卵黄囊を電極で挟み電気穿孔するexo utero electroporationも用いられる<ref name=ref14><pubmed>11784059</pubmed></ref><ref name=ref18><pubmed>12657654</pubmed></ref>。exo utero electroporationを施した胎仔は子宮壁を縫わずに母体に戻すことで生育可能であるが、出産後の仔マウスが必要な場合、母マウスは自力で出産できないため出産期に帝王切開を要する。
 脳室に注入された分子は、脳室から漏れ出なければ拡散による希釈が限定的であるため、脳室の周囲の細胞への導入は比較的容易である。胎仔期の神経幹細胞や神経前駆細胞は脳室に接しており、遺伝子導入の格好の標的となる。大脳などでは、発生の時期により神経幹細胞から生み出される神経細胞の種類が異なるため、時期を選ぶことにより特定の種類の神経細胞のみで遺伝子を発現することが可能となる<ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref><ref name=ref15><pubmed>21963197</pubmed></ref>。同一の胎仔に異なる時期で2回電気穿孔することもできる<ref name=ref15><pubmed>21963197</pubmed></ref>。<br>
 脳室に注入された分子は、脳室から漏れ出なければ拡散による希釈が限定的であるため、脳室の周囲の細胞への導入は比較的容易である。胎仔期の神経幹細胞や神経前駆細胞は脳室に接しており、遺伝子導入の格好の標的となる。大脳などでは、発生の時期により神経幹細胞から生み出される神経細胞の種類が異なるため、時期を選ぶことにより特定の種類の神経細胞のみで遺伝子を発現することが可能となる<ref name=ref14><pubmed>21963197</pubmed></ref><ref name=ref15><pubmed>21963197</pubmed></ref>。同一の胎仔に異なる時期で2回電気穿孔することもできる<ref name=ref15><pubmed>15750183</pubmed></ref>。<br>
 ニワトリやマウス以外の動物にも応用されており、大脳の他にも脊髄<ref name=ref18><pubmed>21963197</pubmed></ref>や小脳<ref name=ref17><pubmed>21963197</pubmed></ref>、網膜<ref name=ref19><pubmed>21963197</pubmed></ref>、筋肉<ref name=ref20><pubmed>21963197</pubmed></ref>、精巣<ref name=ref21><pubmed>21963197</pubmed></ref>など多くの組織でin vivo electroporationを用いた遺伝子導入に成功している。<br>
 ニワトリやマウス以外の動物にも応用されており、大脳の他にも脊髄<ref name=ref18><pubmed>12657654</pubmed></ref>や小脳<ref name=ref17><pubmed>18723012</pubmed></ref>、網膜<ref name=ref19><pubmed>14603031</pubmed></ref>、筋肉<ref name=ref20><pubmed>9743122</pubmed></ref>、精巣<ref name=ref21><pubmed>11150518</pubmed></ref>など多くの組織でin vivo electroporationを用いた遺伝子導入に成功している。<br>
 胎仔や組織のレベルで遺伝子を解析できる点が最大の長所であり、熟練すればマウス胎仔で9割近い生存率と9割を越える遺伝子導入効率が得られるが、技術的に注意を要する点があるのが欠点である。遺伝子は陽極側の細胞のみに限定的に導入される特長を有するため、陰極側の遺伝子導入されない部位との比較が容易であり、遺伝子の機能や発現制御機構の解析に威力を発揮する。
 胎仔や組織のレベルで遺伝子を解析できる点が最大の長所であり、熟練すればマウス胎仔で9割近い生存率と9割を越える遺伝子導入効率が得られるが、技術的に注意を要する点があるのが欠点である。遺伝子は陽極側の細胞のみに限定的に導入される特長を有するため、陰極側の遺伝子導入されない部位との比較が容易であり、遺伝子の機能や発現制御機構の解析に威力を発揮する。


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