「迷路」の版間の差分

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=== T迷路およびY迷路  ===
=== T迷路およびY迷路  ===


[[Image:Uekita fig2.jpg|thumb|right|300px|'''図2 T迷路(左)とY迷路(右)'''<br>図の下方がスタート地点で、上方の2走路が選択走路である。場所課題では迷路の周囲に手掛りとなる刺激を配置する。]]<br> 3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(図2a)、Y字状に設置されたものがY迷路(図2b)である。3本の走路のうち1本が出発走路で2本が選択走路である。基本的にはT迷路とY迷路では以下の課題を同じ手続きで実施できる。ただし、走路の間隔が120度のY迷路では全ての走路の間隔が等しいため、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき行動の測定にはY迷路が適している。  
[[Image:Uekita fig2.jpg|thumb|right|300px|'''図2 T迷路(左)とY迷路(右)'''<br>図の下方がスタート地点で、上方の2走路が選択走路である。]]<br> 3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(図2a)、Y字状に設置されたものがY迷路(図2b)である。3本の走路のうち1本が出発走路で2本が選択走路である。基本的にはT迷路とY迷路では以下の課題を同じ手続きで実施できる。ただし、走路の間隔が120度のY迷路では全ての走路の間隔が等しいため、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき行動の測定にはY迷路が適している。  


==== 場所課題  ====
==== 場所課題  ====
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=== 放射状迷路  ===
=== 放射状迷路  ===


[[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 8方向放射状迷路'''<br>全ての走路に報酬を置く空間作業記憶課題を示している。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]]<br> 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(図. 3)。もともとラットの空間記憶を測定するために考案されたが、報酬の置き方により記憶の様々な側面を測定できる。また、項目数を増やすために12本や24本走路が使用されることもある。  
[[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 8方向放射状迷路'''<br>中央プラットフォームから出発させ、走路の先端のカップに報酬を獲得させる。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]]<br> 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(図. 3)。もともとラットの空間記憶を測定するために考案されたが、報酬の置き方により記憶の様々な側面を測定できる。また、項目数を増やすために12本や24本走路が使用されることもある。  


==== 空間作業記憶課題  ====
==== 空間作業記憶課題  ====
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=== 水迷路  ===
=== 水迷路  ===


[[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|図4 水迷路]]<br>空間学習を測定する課題としてMorris (1981)<ref>'''Morris RGM'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref>によって考案された。通常、水の入った大きな円形プールの水面下の定位置に逃避台が沈められている。プールの水は不透明で、沈められた逃避台は見えない(図. 4)。水深は通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる<ref><pubmed>12467123</pubmed></ref>。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。  
[[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|'''図4 水迷路'''<br>プール中の1か所にある逃避台(点線円筒)まで泳ぐことを訓練する。○△□は装置外刺激を示す。]]<br> 空間学習を測定する課題としてMorris (1981)<ref>'''Morris RGM'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref>によって考案された。水の入った大きな円形プールの中にある逃避台まで泳ぐことを訓練する課題である(図.4)。水深は通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる<ref><pubmed>12467123</pubmed></ref>。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。  


==== 場所課題  ====
==== 場所課題  ====


 この課題は空間参照記憶のみを要する課題で、空間作業記憶を考慮する必要がないため、1日複数回の訓練が可能である。また、ノーマルな動物において学習が早く成績が安定しているため幅広い分野で用いられている。動物の頭を壁側に向け、仮想の東西南北の1か所からスタートさせ、逃避台に到達するまでの時間(逃避潜時)を測定する。試行を繰り返すうちに、動物は逃避台の位置を憶え、短時間で逃避台に到達できるようになる。ビデオトラッキングによる遊泳の軌跡の分析を行うと、訓練初期には壁沿いに円を描くような軌跡やプール全体にランダムに広がる軌跡が見られるが、20試行程度行うと、どのスタート地点から出発しても逃避台まで直線的な軌跡が描かれる。これは動物が装置外刺激との関係において逃避台位置を学習したためである。このような課題は場所課題と呼ばれる。場所学習が成立したかどうかは、プローブテストにより確認することができる。このテストでは逃避台を取り去り、プールを扇形に4分割して各象限での遊泳時間を計測する。学習が成立していると、訓練時に逃避台のあった位置の横断回数が多く、その象限で泳ぐ時間も長くなる。海馬破壊やNMDA受容体の阻害はいずれも課題の獲得障害をもたらすが、獲得後の再訓練においては海馬破壊が課題の遂行障害をもたらすのに対し、NMDA受容体の阻害は遂行を妨げない<ref name="morris"><pubmed>2552039</pubmed></ref>。  
 逃避台は水面下の定位置に逃避台が沈められている。プールの水は不透明で、沈められた逃避台は見えない。逃避台は動物の頭を壁側に向け、仮想の東西南北の1か所からスタートさせ、逃避台に到達するまでの時間(逃避潜時)を測定する。試行を繰り返すうちに、動物は逃避台の位置を憶え、短時間で逃避台に到達できるようになる。ビデオトラッキングによる遊泳の軌跡の分析を行うと、訓練初期には壁沿いに円を描くような軌跡やプール全体にランダムに広がる軌跡が見られるが、20試行程度行うと、どのスタート地点から出発しても逃避台まで直線的な軌跡が描かれる。これは動物が装置外刺激との関係において逃避台位置を学習したためである。このような課題は場所課題と呼ばれる。場所学習が成立したかどうかは、プローブテストにより確認することができる。このテストでは逃避台を取り去り、プールを扇形に4分割して各象限での遊泳時間を計測する。学習が成立していると、訓練時に逃避台のあった位置の横断回数が多く、その象限で泳ぐ時間も長くなる。この課題は空間参照記憶のみを要する課題で、空間作業記憶を考慮する必要がないため、1日複数回の訓練が可能である。また、ノーマルな動物において学習が早く成績が安定しているため幅広い分野で用いられている。海馬破壊やNMDA受容体の阻害はいずれも課題の獲得障害をもたらすが、獲得後の再訓練においては海馬破壊が課題の遂行障害をもたらすのに対し、NMDA受容体の阻害は遂行を妨げない<ref name="morris"><pubmed>2552039</pubmed></ref>。  


==== 手掛り課題  ====
==== 手掛り課題  ====
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 逃避台位置が1日の複数試行においては変化しないが、翌日には異なる位置に逃避台を移して訓練を行うという課題である。各訓練日の第1試行が見本試行となり、動物は迷路内をランダムに泳ぎ、逃避台を探す。それ以降の試行が選択試行となる。各訓練日の第1試行で潜時が長いが、第2試行以降の潜時は大きく短縮される。これは、第1試行において逃避台到達後に周囲を見渡すことにより、この位置で逃避できたというイベント記憶が形成されることによる。この記憶は翌日には有効でないため、作業記憶とみなされる場合もある。第1試行と第2試行の逃避潜時の短縮の度合い(節約率)が評価される。また、第1試行と第2試行の間の試行間間隔を操作することにより、脳損傷や薬理学的処置、その他の実験的処置による記憶障害の遅延依存性について評価することができる。海馬損傷ラットでは15秒遅延条件においても障害を示すが、NMDA受容体阻害ラットは20分以上の遅延条件で障害を示すことが報告されている<ref><pubmed>10226773</pubmed></ref>。  
 逃避台位置が1日の複数試行においては変化しないが、翌日には異なる位置に逃避台を移して訓練を行うという課題である。各訓練日の第1試行が見本試行となり、動物は迷路内をランダムに泳ぎ、逃避台を探す。それ以降の試行が選択試行となる。各訓練日の第1試行で潜時が長いが、第2試行以降の潜時は大きく短縮される。これは、第1試行において逃避台到達後に周囲を見渡すことにより、この位置で逃避できたというイベント記憶が形成されることによる。この記憶は翌日には有効でないため、作業記憶とみなされる場合もある。第1試行と第2試行の逃避潜時の短縮の度合い(節約率)が評価される。また、第1試行と第2試行の間の試行間間隔を操作することにより、脳損傷や薬理学的処置、その他の実験的処置による記憶障害の遅延依存性について評価することができる。海馬損傷ラットでは15秒遅延条件においても障害を示すが、NMDA受容体阻害ラットは20分以上の遅延条件で障害を示すことが報告されている<ref><pubmed>10226773</pubmed></ref>。  
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=== バーンズ迷路  ===
=== バーンズ迷路  ===


[[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|図5 バーンズ迷路]]<br> ラットが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である(図. 5)。円形のテーブルの外周に見かけの等しい18個の穴があり、そのうちの1つのみがトンネルとなっており、暗い場所へと逃避することができる。トンネルへと続く正しい穴の場所は、装置外刺激の空間的な関係性によって識別できる。テーブル中央の小さな円筒に動物を入れ、円筒を持ち上げて試行を開始する。訓練により、動物は逃避可能な穴に直線的に向かうようになる。逃避潜時や誤反応(逃避穴以外の穴をのぞいた回数)を学習測度として用いる。Morris水迷路と同様に訓練後に全ての穴を逃避できないようにしてプローブテストを行うことも可能である。この時、逃避穴のあった位置での滞在時間を学習の測度とする。<br>この他、バーンズ迷路を用いた帰巣行動(homing)に関する研究も多い。ラットやマウスが巣穴を離れて餌を探索し、巣穴に餌を持ち帰る性質をもつ。正常なラットは目隠しをしても直線的な道筋で巣穴まで戻ってくるが、海馬損傷ラットでは帰巣方向が不正確になる<ref><pubmed>10560926</pubmed></ref>。この帰巣行動は経路統合に依存したものとみなされ、海馬において内的な運動手掛りを統合しながらルートをたどる処理が行われていると考えられている。  
[[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|'''図5 バーンズ迷路'''<br>明るく照らされされた迷路におかれたラットは、決まった位置にある暗い穴へと逃げ込む。それ以外の穴はダミーで逃げ込むことができない。○△□は装置外刺激を示す。]]<br> ラットが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である(図. 5)。円形のテーブルの外周に見かけの等しい18個の穴があり、そのうちの1つのみがトンネルとなっており、暗い場所へと逃避することができる。トンネルへと続く正しい穴の場所は、装置外刺激の空間的な関係性によって識別できる。テーブル中央の小さな円筒に動物を入れ、円筒を持ち上げて試行を開始する。訓練により、動物は逃避可能な穴に直線的に向かうようになる。逃避潜時や誤反応(逃避穴以外の穴をのぞいた回数)を学習測度として用いる。Morris水迷路と同様に訓練後に全ての穴を逃避できないようにしてプローブテストを行うことも可能である。この時、逃避穴のあった位置での滞在時間を学習の測度とする。<br>この他、バーンズ迷路を用いた帰巣行動(homing)に関する研究も多い。ラットやマウスが巣穴を離れて餌を探索し、巣穴に餌を持ち帰る性質をもつ。正常なラットは目隠しをしても直線的な道筋で巣穴まで戻ってくるが、海馬損傷ラットでは帰巣方向が不正確になる<ref><pubmed>10560926</pubmed></ref>。この帰巣行動は経路統合に依存したものとみなされ、海馬において内的な運動手掛りを統合しながらルートをたどる処理が行われていると考えられている。  
 
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=== 高架式十字迷路  ===
=== 高架式十字迷路  ===


[[Image:Uekita fig6.jpg|thumb|right|250px|図6 高架式十字迷路]]<br> 十字に交わる4本の走路をもつ高架式迷路である。古くは他の迷路と同様に特定の走路に報酬を置き、その位置を学習させる場所課題の実施に用いられてきた。この迷路を使用した初期の実験において、海馬認知地図仮説が証明された<ref>'''O'Keefe J, Conway DH'''<br>On the trail of the hippocampal engram.<br>''Physiological Psychology'':1980,8,229-238</ref>。近年、高架式十字迷路は不安の測定に使用されることが多い。4本のうち2本の走路は高い壁があり(closed arm)、残りの2本は壁がなく解放された走路である(open arm) (図.6)。狭く暗いところを好む齧歯類は、closed armでの滞在時間が長くなる。不安レベルが低下するとopen armへの進出が増加し、逆に不安レベルが高まるとopen armへの進出が減少する。それぞれの走路での滞在時間のほかに移動距離も測定し、活動レベルの影響を考慮しておく必要がある<ref><pubmed>16035954</pubmed></ref>。  
[[Image:Uekita fig6.jpg|thumb|right|250px|'''図6 高架式十字迷路'''<br>不安を測定する場合、2本の走路には高い壁を設置して使用する。壁あり走路をclosed arm、壁なし走路をopen armと呼ぶ。]]<br> 十字に交わる4本の走路をもつ高架式迷路である。古くは他の迷路と同様に特定の走路に報酬を置き、その位置を学習させる場所課題の実施に用いられてきた。この迷路を使用した初期の実験において、海馬認知地図仮説が証明された<ref>'''O'Keefe J, Conway DH'''<br>On the trail of the hippocampal engram.<br>''Physiological Psychology'':1980,8,229-238</ref>。近年、高架式十字迷路は不安の測定に使用されることが多い。4本のうち2本の走路は高い壁があり(closed arm)、残りの2本は壁がなく解放された走路である(open arm) (図.6)。狭く暗いところを好む齧歯類は、closed armでの滞在時間が長くなる。不安レベルが低下するとopen armへの進出が増加し、逆に不安レベルが高まるとopen armへの進出が減少する。それぞれの走路での滞在時間のほかに移動距離も測定し、活動レベルの影響を考慮しておく必要がある<ref><pubmed>16035954</pubmed></ref>。  


重要な関連語:空間記憶 認知地図 (迷路の解説で)<br>(執筆者:上北朋子、イラスト作成:奥村紗音美、担当編集委員:入來篤史)  
重要な関連語:空間記憶 認知地図 (迷路の解説で)<br>(執筆者:上北朋子、イラスト作成:奥村紗音美、担当編集委員:入來篤史)  
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