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Tomokouekita (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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== 迷路を用いた行動実験の歴史 == | == 迷路を用いた行動実験の歴史 == | ||
[[Image:Uekita fig1.jpg|thumb|right|200px|'''図1 LashleyⅢ型迷路'''<br>図の下方がスタート地点で、上方が報酬(黄丸)の置かれたゴールである]]<br> 動物の迷路学習の最初の研究は、Small (1901)<ref>'''W S Small'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、ハンプトン・コート宮殿の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された<ref>'''H Carr,J B Watson'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。視覚、嗅覚、聴覚、ひげからの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、筋運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。その後の研究では、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、より単純化された迷路が使用されるようになった。Lashley(1929)<ref>'''K Lashley'''<br>Brain mechanisms and intelligence: A quantitative study of injuries to the brain.<br>''University of Chicago Press'':1929</ref>の「Ⅲ型迷路」は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける( | [[Image:Uekita fig1.jpg|thumb|right|200px|'''図1 LashleyⅢ型迷路'''<br>図の下方がスタート地点で、上方が報酬(黄丸)の置かれたゴールである]]<br> 動物の迷路学習の最初の研究は、Small (1901)<ref>'''W S Small'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、ハンプトン・コート宮殿の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された<ref>'''H Carr,J B Watson'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。視覚、嗅覚、聴覚、ひげからの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、筋運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。その後の研究では、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、より単純化された迷路が使用されるようになった。Lashley(1929)<ref>'''K Lashley'''<br>Brain mechanisms and intelligence: A quantitative study of injuries to the brain.<br>''University of Chicago Press'':1929</ref>の「Ⅲ型迷路」は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける(図1)。この課題をラットに学習させた後に皮質の様々な部位を損傷し、同じ課題のテストを行った。再学習の成績は、損傷の場所に関わらず、損傷の量が大きくなるにつれて悪くなった。Lashleyは脳における記憶のありかをつきとめることはできなかったが、学習の脳基盤を明らかにしようとしたこの研究は、記憶の神経心理学研究の先駆けとなった。 | ||
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=== T迷路およびY迷路 === | === T迷路およびY迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig2.jpg|thumb|right|300px|'''図2 T迷路(左)とY迷路(右)'''<br>図の下方がスタート地点で、上方の2走路が選択走路である。]]<br> 3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路( | [[Image:Uekita fig2.jpg|thumb|right|300px|'''図2 T迷路(左)とY迷路(右)'''<br>図の下方がスタート地点で、上方の2走路が選択走路である。]]<br> 3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(図2右)、Y字状に設置されたものがY迷路(図2左)である。3本の走路のうち1本が出発走路で2本が選択走路である。基本的にはT迷路とY迷路では以下の課題を同じ手続きで実施できる。ただし、走路の間隔が120度のY迷路では全ての走路の間隔が等しいため、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき行動の測定にはY迷路が適している。 | ||
==== 場所課題 ==== | ==== 場所課題 ==== | ||
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=== 放射状迷路 === | === 放射状迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 8方向放射状迷路'''<br>中央プラットフォームから出発させ、走路の先端のカップに報酬を獲得させる。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]]<br> 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある( | [[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 8方向放射状迷路'''<br>中央プラットフォームから出発させ、走路の先端のカップに報酬を獲得させる。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]]<br> 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(図3)。もともとラットの空間記憶を測定するために考案されたが、報酬の置き方により記憶の様々な側面を測定できる。また、項目数を増やすために12本や24本走路が使用されることもある。 | ||
==== 空間作業記憶課題 ==== | ==== 空間作業記憶課題 ==== | ||
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=== 水迷路 === | === 水迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|'''図4 水迷路'''<br>プール中の1か所にある逃避台(点線円筒)まで泳ぐことを訓練する。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]]<br> 空間学習を測定する課題としてMorris (1981)<ref>'''R G M Morris'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref> | [[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|'''図4 水迷路'''<br>プール中の1か所にある逃避台(点線円筒)まで泳ぐことを訓練する。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]]<br> 空間学習を測定する課題としてMorris (1981)<ref>'''R G M Morris'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref>によって考案された。水の入った大きな円形プールの中にある逃避台まで泳ぐことを訓練する課題である(図4)。水深は通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる<ref><pubmed>12467123</pubmed></ref>。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。 | ||
==== 場所課題 ==== | ==== 場所課題 ==== | ||
77行目: | 77行目: | ||
=== バーンズ迷路 === | === バーンズ迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|'''図5 バーンズ迷路'''<br>明るく照らされされた迷路におかれたラットは、決まった位置にある暗い穴へと逃げ込む。それ以外の穴はダミーで逃げ込むことができない。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]]<br> ラットが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である( | [[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|'''図5 バーンズ迷路'''<br>明るく照らされされた迷路におかれたラットは、決まった位置にある暗い穴へと逃げ込む。それ以外の穴はダミーで逃げ込むことができない。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]]<br> ラットが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である(図5)。円形のテーブルの外周に見かけの等しい18個の穴があり、そのうちの1つのみがトンネルとなっており、暗い場所へと逃避することができる。トンネルへと続く正しい穴の場所は、装置外刺激の空間的な関係性によって識別できる。テーブル中央の小さな円筒に動物を入れ、円筒を持ち上げて試行を開始する。訓練により、動物は逃避可能な穴に直線的に向かうようになる。逃避潜時や誤反応(逃避穴以外の穴をのぞいた回数)を学習測度として用いる。Morris水迷路と同様に訓練後に全ての穴を逃避できないようにしてプローブテストを行うことも可能である。この時、逃避穴のあった位置での滞在時間を学習の測度とする。<br>この他、バーンズ迷路を用いた帰巣行動(homing)に関する研究も多い。ラットやマウスが巣穴を離れて餌を探索し、巣穴に餌を持ち帰る性質をもつ。正常なラットは目隠しをしても直線的な道筋で巣穴まで戻ってくるが、海馬損傷ラットでは帰巣方向が不正確になる<ref><pubmed>10560926</pubmed></ref>。この帰巣行動は経路統合に依存したものとみなされ、海馬において内的な運動手掛りを統合しながらルートをたどる処理が行われていると考えられている。 | ||
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=== 高架式十字迷路 === | === 高架式十字迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig6.jpg|thumb|right|250px|'''図6 高架式十字迷路'''<br>不安を測定する場合、2本の走路には高い壁を設置して使用する。壁あり走路をclosed arm、壁なし走路をopen armと呼ぶ。]]<br> 十字に交わる4本の走路をもつ高架式迷路である。古くは他の迷路と同様に特定の走路に報酬を置き、その位置を学習させる場所課題の実施に用いられてきた。この迷路を使用した初期の実験において、海馬認知地図仮説が証明された<ref>'''J O'Keefe,D H Conway'''<br>On the trail of the hippocampal engram.<br>''Physiological Psychology'':1980,8,229-238</ref>。近年、高架式十字迷路は不安の測定に使用されることが多い。4本のうち2本の走路は高い壁があり(closed arm)、残りの2本は壁がなく解放された走路である(open arm) ( | [[Image:Uekita fig6.jpg|thumb|right|250px|'''図6 高架式十字迷路'''<br>不安を測定する場合、2本の走路には高い壁を設置して使用する。壁あり走路をclosed arm、壁なし走路をopen armと呼ぶ。]]<br> 十字に交わる4本の走路をもつ高架式迷路である。古くは他の迷路と同様に特定の走路に報酬を置き、その位置を学習させる場所課題の実施に用いられてきた。この迷路を使用した初期の実験において、海馬認知地図仮説が証明された<ref>'''J O'Keefe,D H Conway'''<br>On the trail of the hippocampal engram.<br>''Physiological Psychology'':1980,8,229-238</ref>。近年、高架式十字迷路は不安の測定に使用されることが多い。4本のうち2本の走路は高い壁があり(closed arm)、残りの2本は壁がなく解放された走路である(open arm) (図6)。狭く暗いところを好む齧歯類は、closed armでの滞在時間が長くなる。不安レベルが低下するとopen armへの進出が増加し、逆に不安レベルが高まるとopen armへの進出が減少する。それぞれの走路での滞在時間のほかに移動距離も測定し、活動レベルの影響を考慮しておく必要がある<ref><pubmed>16035954</pubmed></ref>。 | ||
重要な関連語:空間記憶 認知地図 (迷路の解説で)<br>(執筆者:上北朋子、イラスト作成:奥村紗音美、担当編集委員:入來篤史) | 重要な関連語:空間記憶 認知地図 (迷路の解説で)<br>(執筆者:上北朋子、イラスト作成:奥村紗音美、担当編集委員:入來篤史) |
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