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フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET) 英:Förster resonance energy transfer 英略称:FRET、独:Förster-Resonanzenergietransfer 仏:transfert d'énergie entre molécules fluorescentes   
フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET) 英:Förster resonance energy transfer 英略称:FRET、独:Förster-Resonanzenergietransfer 仏:transfert d'énergie entre molécules fluorescentes   


<br> FRETは、1946年、Theodor Försterによって報告された現象である<ref><pubmed>22352636</pubmed></ref>。Donor となる蛍光体の蛍光スペクトルとAcceptorとなる蛍光体の励起スペクトルに重なりがあるときに、DonorからAcceptorへのエネルギー移動が起きる。蛍光を伴わないエネルギー移動であることから、FRETは、一般的にFluorescence resonance energy transferとして用いられるがFörster resonance energy transferが正しい。緑色蛍光タンパク質(Green fluorescent protein:GFP)の改良に伴うバイオイメージングの発展によって、FRETを基にした細胞内シグナル伝達分子の可視化検出に用いられ、脳神経研究においても、神経細胞、脳スライスなどの組織および個体レベルで応用されている。  
<br> FRETは、1946年、Theodor Försterによって報告された現象である<ref><pubmed>22352636</pubmed></ref>。ドナーとなる蛍光体の蛍光スペクトルとアクセプターとなる蛍光体の励起スペクトルに重なりがあるときに、ドナーからアクセプターへのエネルギー移動が起きる。蛍光を伴わないエネルギー移動であることから、FRETは、一般的にFluorescence resonance energy transferとして用いられるがFörster resonance energy transferが正しい。緑色蛍光タンパク質(Green fluorescent protein:GFP)の改良に伴うバイオイメージングの発展によって、FRETを基にした細胞内シグナル伝達分子の可視化検出に用いられ、脳神経研究においても、神経細胞、脳スライスなどの組織および個体レベルで応用されている。  


<br> [[Image:FRET-図1.jpg|thumb|right|300px|<b>図1:蛍光体が蛍光を発する過程を示したヤブロンスキーダイヤグラム。青色で示した励起光によって、蛍光体の電子が励起状態に到達する。励起された電子は、回転および振動エネルギーを失いながら励起状態の最低準位に行き着く。この電子は緑色で示した蛍光を発して励起状態から基底状態に戻る。実際は、最低準位に行き着く前に基底状態に戻ることもあり、これが蛍光波長の幅に反映される。</b>]] [[Image:FRET-図2new.jpg|thumb|right|250px|<b>図2:励起光によって励起された電子が基底状態に戻る際の減衰曲線。緑の太い線がFRETが起きていない時の減衰曲線。FRETの速度定数が加わることにより速度定数が大きくなり細い緑の線のように減衰曲線の傾斜が大きくなる。</b>]] [[Image:FRET-図3.jpg|thumb|right|300px|<b>図3:Donorの蛍光スペクトルとAcceptorの励起スペクトルに重なりがあるときに、FRETが起きる。黒破線で囲まれたスペクトルは、励起スペクトルを示す。緑色のタンパク質がDonor、赤色タンパク質がAcceptorを示す。</b>]]  
<br> [[Image:FRET-図1.jpg|thumb|right|300px|<b>図1:蛍光体が蛍光を発する過程を示したヤブロンスキーダイヤグラム。青色で示した励起光によって、蛍光体の電子が励起状態に到達する。励起された電子は、回転および振動エネルギーを失いながら励起状態の最低準位に行き着く。この電子は緑色で示した蛍光を発して励起状態から基底状態に戻る。実際は、最低準位に行き着く前に基底状態に戻ることもあり、これが蛍光波長の幅に反映される。</b>]] [[Image:FRET-図2new.jpg|thumb|right|250px|<b>図2:励起光によって励起された電子が基底状態に戻る際の減衰曲線。緑の太い線がFRETが起きていない時の減衰曲線。FRETの速度定数が加わることにより速度定数が大きくなり細い緑の線のように減衰曲線の傾斜が大きくなる。</b>]] [[Image:FRET-図3.jpg|thumb|right|300px|<b>図3:ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの励起スペクトルに重なりがあるときに、FRETが起きる。黒破線で囲まれたスペクトルは、励起スペクトルを示す。緑色のタンパク質がドナー、赤色タンパク質がアクセプターを示す。</b>]]  
[[Image:FRET-図4.jpg|thumb|right|300px|<b>図4:海馬スライスCA1錐体細胞に発現させたGFPのFLIMイメージおよび減衰曲線をBecker&Hickl社software、SPC imageにて取得した。</b>]]  
[[Image:FRET-図4.jpg|thumb|right|300px|<b>図4:海馬スライスCA1錐体細胞に発現させたGFPのFLIMイメージおよび減衰曲線をBecker&Hickl社software、SPC imageにて取得した。</b>]]  


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== 原理  ==
== 原理  ==


図1のヤブロンスキーダイヤグラムのように、Donorの蛍光団の電子が、励起光により基底状態から励起状態に励起される。励起された電子は、回転エネルギーや振動エネルギーを失いながら、励起状態の底近傍まで行き着く。その後、基底状態に戻る際に、蛍光としてエネルギーを放出する。蛍光の減衰曲線は、速度定数を<math>k \ </math>として、図2のように表すことができる。<math>N_0 \ </math>は、励起光によって励起された電子の数、<math>k \ </math>は、励起状態にある電子が基底状態に戻る速度定数である。<math>k \ </math>は、電子が蛍光として基底状態に戻る際の速度定数、熱を発して基底状態に戻るなどの無放射遷移の速度定数の和として表される。今、Donorの近傍(数nmオーダー)に、Donorの蛍光スペクトルと重なる励起スペクトルを持ったAcceptorが存在するとFRETが起きる(図3)。FRETによって電子が起きる速度を<math>k_f \ </math>とすると、Donorの励起された電子が基底状態に戻る速度定数は<math>k+k_f \ </math>となり、蛍光寿命の減少、Donorの蛍光強度の減少、Acceptorの蛍光の増加などが観察される。 <br> FRETの速度定数<math>k_f \ </math>は、以下の式で規定される。  
図1のヤブロンスキーダイヤグラムのように、Donorの蛍光団の電子が、励起光により基底状態から励起状態に励起される。励起された電子は、回転エネルギーや振動エネルギーを失いながら、励起状態の底近傍まで行き着く。その後、基底状態に戻る際に、蛍光としてエネルギーを放出する。蛍光の減衰曲線は、速度定数を<math>k \ </math>として、図2のように表すことができる。<math>N_0 \ </math>は、励起光によって励起された電子の数、<math>k \ </math>は、励起状態にある電子が基底状態に戻る速度定数である。<math>k \ </math>は、電子が蛍光として基底状態に戻る際の速度定数、熱を発して基底状態に戻るなどの無放射遷移の速度定数の和として表される。今、ドナーの近傍(数nmオーダー)に、ドナーの蛍光スペクトルと重なる励起スペクトルを持ったアクセプターが存在するとFRETが起きる(図3)。FRETによって電子が起きる速度を<math>k_f \ </math>とすると、ドナーの励起された電子が基底状態に戻る速度定数は<math>k+k_f \ </math>となり、蛍光寿命の減少、ドナーの蛍光強度の減少、アクセプターの蛍光の増加などが観察される。 <br> FRETの速度定数<math>k_f \ </math>は、以下の式で規定される。  


<br> <math>k_f(r,\kappa) = \frac{k_DQ_D\kappa^2}{r^6}\left(\frac{9000(In10)}{128\pi^5Nn^4}\right)\int_0^\infty F_D(\lambda)\epsilon_A(\lambda)\lambda^4\,d\lambda</math>  
<br> <math>k_f(r,\kappa) = \frac{k_DQ_D\kappa^2}{r^6}\left(\frac{9000(In10)}{128\pi^5Nn^4}\right)\int_0^\infty F_D(\lambda)\epsilon_A(\lambda)\lambda^4\,d\lambda</math>  


<br> ここで、<math>k_D \ </math>はDonor蛍光の速度定数、<math>Q_D \ </math>はDonorの蛍光の量子収率、<math>\kappa \ </math>はDonorとAcceptorの双極子モーメントの配向、<math>r \ </math>はDonorとAcceptorの距離、<math>N \ </math>はアボガドロ数、<math>n \ </math>は溶媒の屈折率、<math>F_D \ </math>は規格化したDonorの発光強度、<math>\epsilon_A \ </math>はAcceptorのモル吸光係数。
<br> ここで、<math>k_D \ </math>はDonor蛍光の速度定数、<math>Q_D \ </math>はドナーの蛍光の量子収率、<math>\kappa \ </math>はドナーとアクセプターの双極子モーメントの配向、<math>r \ </math>はドナーとアクセプターの距離、<math>N \ </math>はアボガドロ数、<math>n \ </math>は溶媒の屈折率、<math>F_D \ </math>は規格化したドナーの発光強度、<math>\epsilon_A \ </math>はアクセプターのモル吸光係数。


<br> 実際に、変数となりうるのは以下の性質である。 <br> 1.距離<math>r \ </math>。式が示すように距離の6乗に反比例する。FRET効率が50%になるときの距離を、フェルスター距離(Förster distance)という。 <br> 2.Donorの蛍光の遷移双極子モーメントとAcceptorの励起光の遷移双極子モーメントの配向<math>\kappa \ </math>。フルオレセインなど、等方的に蛍光の放射が起きる場合には、<math>\kappa^2 \ </math>=<math>\tfrac{2}{3} \ </math>であるが、GFPをはじめとした配向の定まった蛍光タンパク質などは各々の値を取る。  
<br> 実際に、変数となりうるのは以下の性質である。 <br> 1.距離<math>r \ </math>。式が示すように距離の6乗に反比例する。FRET効率が50%になるときの距離を、フェルスター距離(Förster distance)という。 <br> 2.Donorの蛍光の遷移双極子モーメントとAcceptorの励起光の遷移双極子モーメントの配向<math>\kappa \ </math>。フルオレセインなど、等方的に蛍光の放射が起きる場合には、<math>\kappa^2 \ </math>=<math>\tfrac{2}{3} \ </math>であるが、GFPをはじめとした配向の定まった蛍光タンパク質などは各々の値を取る。  
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=== DonorとAcceptorの蛍光強度を測定する方法 ===
=== ドナーとアクセプターの蛍光強度を測定する方法 ===


FRETが起きると、Donorの蛍光強度が減少し、Acceptorの蛍光強度が増加する。測定の際には蛍光強度の変化を測定することになるが、細胞などの試料においては、細胞の形状変化に伴う蛍光強度変化などが起きることから、実際にはドナーとアクセプターの蛍光強度の変化を取得することによって、これらのファクターを除外する。
FRETが起きると、ドナーの蛍光強度が減少し、アクセプターの蛍光強度が増加する。測定の際には蛍光強度の変化を測定することになるが、細胞などの試料においては、細胞の形状変化に伴う蛍光強度変化などが起きることから、実際にはドナーとアクセプターの蛍光強度の変化を取得することによって、これらのファクターを除外する。


=== ドナーの蛍光寿命を測定する方法  ===
=== ドナーの蛍光寿命を測定する方法  ===


蛍光強度測定が、
蛍光強度測定が、
近年、データ処理速度の向上により、一光子のデジタル化時間相関単一光子計数法とパルスレーザーの相性の良さから、時間分解能の向上により、蛍光寿命を比較的短時間で取得することが可能となった。蛍光寿命は、蛍光の減衰曲線の速度定数<math>k \ </math>と逆数の関係にある。 蛍光寿命は、GFPは、2.5nsec、その色彩変異体,黄色蛍光タンパク質YFPでは2.9nsec、mCherryでは1.46nsecの値を取る。FRETが起きるとDonorの蛍光寿命が減少する(図4)。これを基にタンパク質の活性化、相互作用を観察する。  
近年、データ処理速度の向上により、一光子のデジタル化時間相関単一光子計数法とパルスレーザーの相性の良さから、時間分解能の向上により、蛍光寿命を比較的短時間で取得することが可能となった。蛍光寿命は、蛍光の減衰曲線の速度定数<math>k \ </math>と逆数の関係にある。 蛍光寿命は、GFPは、2.5nsec、その色彩変異体,黄色蛍光タンパク質YFPでは2.9nsec、mCherryでは1.5nsecの値を取る。FRETが起きるとドナーの蛍光寿命が減少する(図4)。これを基にタンパク質の活性化、相互作用を観察する。  


=== 異方性を測定する方法  ===
=== 異方性を測定する方法  ===
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個体においてもFRET測定法が導入されている。神経回路ネットワークにおけるシナプスの役割を解明する目的で、フェレットの大脳皮質視覚野にCaMKIIプローブを発現し、片眼剥奪によって、神経回路ネットワークに変化を起こした時のCaMKIIの活性化の変化を観測している<ref><pubmed>22160721</pubmed></ref>。また、神経活動をモニターする目的で、Akemann、Knöpfelらは、膜電位プローブを開発しマウスのヒゲ刺激の入力先である体性感覚野barrel cortexでの入力特異的な神経の活性化を観察している<ref><pubmed>20622860</pubmed></ref>。
個体においてもFRET測定法が導入されている。神経回路ネットワークにおけるシナプスの役割を解明する目的で、フェレットの大脳皮質視覚野にCaMKIIプローブを発現し、片眼剥奪によって、神経回路ネットワークに変化を起こした時のCaMKIIの活性化の変化を観測している<ref><pubmed>22160721</pubmed></ref>。また、神経活動をモニターする目的で、Knöpfelらは、膜電位プローブを開発しマウスのヒゲ刺激の入力先である体性感覚野barrel cortexでの入力特異的な神経の活性化を観察している<ref><pubmed>20622860</pubmed></ref>。
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<br> 病態との関係では、神経細胞内のカルシウム濃度を測定するために、オレゴングリーンの蛍光寿命の変化から、カルシウム濃度を測定し、アストロサイトでのカルシウム濃度が、アルツハイマー様マウスと正常マウスで違うことが報告されている<ref><pubmed>19251629</pubmed></ref>。
<br> 病態との関係では、神経細胞内のカルシウム濃度を測定するために、オレゴングリーンの蛍光寿命の変化から、カルシウム濃度を測定し、アストロサイトでのカルシウム濃度が、アルツハイマー様マウスと正常マウスで違うことが報告されている<ref><pubmed>19251629</pubmed></ref>。
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