16,040
回編集
細 (→生化学的性質) |
細編集の要約なし |
||
3行目: | 3行目: | ||
シナプス後肥厚(シナプス後肥厚部ともいう)とは[[シナプス]]膜直下、細胞質側に存在する多数の[[蛋白質]]の複合体である。当初、[[電子顕微鏡]]によるシナプスの観察から、シナプス直下のみ電子線を通しにくく、細胞膜が肥厚してみれるからこのように名付けられた。シナプス膜直下に有ることから、シナプスの構造や機能に密接な関わりがあることが推定され、多くの研究がなされてきた。[[wikipedea:ja:生化学|生化学]]的に単離する事も可能で、シナプスの構造蛋白質、調節蛋白質など数百種類に及ぶ分子を含む事が判っている。 | シナプス後肥厚(シナプス後肥厚部ともいう)とは[[シナプス]]膜直下、細胞質側に存在する多数の[[蛋白質]]の複合体である。当初、[[電子顕微鏡]]によるシナプスの観察から、シナプス直下のみ電子線を通しにくく、細胞膜が肥厚してみれるからこのように名付けられた。シナプス膜直下に有ることから、シナプスの構造や機能に密接な関わりがあることが推定され、多くの研究がなされてきた。[[wikipedea:ja:生化学|生化学]]的に単離する事も可能で、シナプスの構造蛋白質、調節蛋白質など数百種類に及ぶ分子を含む事が判っている。 | ||
[[Image:PSD_3D_reconstruction.jpg|thumb|right|'''樹状突起(D)、樹状突起棘とPSD(赤)の立体再構築'''<br>T - 細型棘、 M - 茸状棘と穿孔シナプス(ラット、海馬)SpacekとHarrisによる。許可を得て転載。]] | [[Image:PSD_3D_reconstruction.jpg|thumb|right|'''樹状突起(D)、樹状突起棘とPSD(赤)の立体再構築'''<br>T - 細型棘、 M - 茸状棘と穿孔シナプス(ラット、海馬)SpacekとHarrisによる。許可を得て転載。]] | ||
[[ファイル:PSD EM.png|thumb|right|'''電子顕微鏡による精製したPSD画像'''<br>スケールバー:100 nm。LismanとReeseによる<ref name=petersen_j_neurosci><pubmed>14657186</pubmed></ref> | [[ファイル:PSD EM.png|thumb|right|'''電子顕微鏡による精製したPSD画像'''<br>スケールバー:100 nm。LismanとReeseによる<ref name=petersen_j_neurosci><pubmed>14657186</pubmed></ref>。許可を得て転載。]] | ||
== 電子顕微鏡像 == | == 電子顕微鏡像 == | ||
Palayは、シナプスを電子顕微鏡で観察する事で、シナプスの直下の膜が他の部分に比べて電子密度が高い事に気づいた<ref><pubmed>13357542</pubmed></ref>。その後、この構造はAkertらによりpostsynaptic density(PSD)と名付けられた<ref><pubmed>4186645</pubmed></ref>。シナプスの膜直下に有ることから、シナプスの構造や機能に密接な関わりがあることが容易に推定され、多くの研究がなされてきた。 | Palayは、シナプスを電子顕微鏡で観察する事で、シナプスの直下の膜が他の部分に比べて電子密度が高い事に気づいた<ref><pubmed>13357542</pubmed></ref>。その後、この構造はAkertらによりpostsynaptic density(PSD)と名付けられた<ref><pubmed>4186645</pubmed></ref>。シナプスの膜直下に有ることから、シナプスの構造や機能に密接な関わりがあることが容易に推定され、多くの研究がなされてきた。 | ||
9行目: | 9行目: | ||
GrayはPSDがシナプスの後部にのみ認められる非対称シナプス(Gray I型シナプス)に加え、シナプス前部にも認められる対称シナプス(Gray II型シナプス)が有ることを見いだした<ref><pubmed>13829103</pubmed></ref>。I型シナプスは円形の[[シナプス顆粒]]を持つのに対し、II型は楕円形のシナプス顆粒を持つ。現在では、I型シナプスが、[[グルタミン酸]]性[[興奮性シナプス]]、II型シナプスが[[GABA性]][[抑制性シナプス]]であるとされており、電子顕微鏡的に観察されたシナプスの機能を推定する手がかりとなっている。 | GrayはPSDがシナプスの後部にのみ認められる非対称シナプス(Gray I型シナプス)に加え、シナプス前部にも認められる対称シナプス(Gray II型シナプス)が有ることを見いだした<ref><pubmed>13829103</pubmed></ref>。I型シナプスは円形の[[シナプス顆粒]]を持つのに対し、II型は楕円形のシナプス顆粒を持つ。現在では、I型シナプスが、[[グルタミン酸]]性[[興奮性シナプス]]、II型シナプスが[[GABA性]][[抑制性シナプス]]であるとされており、電子顕微鏡的に観察されたシナプスの機能を推定する手がかりとなっている。 | ||
[[海馬]][[CA1]][[錐体細胞]]の場合では、PSDの面積0.05-0.3 µm<sup>2</sup>、厚さ20 nm程度である。また、場合によってはシナプス直下で連続した構造ではなく、切れ目が有りそのようなPSDは穿孔PSD(perforated PSD)と呼ばれている<ref><pubmed> 1613552 </pubmed></ref>。そのようなPSDは茸状(mushroom)[[樹状突起棘]] | [[海馬]][[CA1]][[錐体細胞]]の場合では、PSDの面積0.05-0.3 µm<sup>2</sup>、厚さ20 nm程度である。また、場合によってはシナプス直下で連続した構造ではなく、切れ目が有りそのようなPSDは穿孔PSD(perforated PSD)と呼ばれている<ref><pubmed> 1613552 </pubmed></ref>。そのようなPSDは茸状(mushroom)[[樹状突起棘]]に形成された一般に大きなシナプスに認められるが、穿孔の成因と生理学的意義はよく判っていない。しかし、一般にPSDが大きなシナプスは、シナプス前終末も大きく、ドックしているシナプス顆粒の数も多いため、より効率の良いシナプス伝達に関与していると思われる。 | ||
ReeseらはPSDを[[電子顕微鏡断層撮影]]で観察し、PSD中に様々な形状の蛋白質粒子を見いだし分類した上、それぞれを既知のPSD分子種に当てはめている<ref><pubmed> 18326622 </pubmed></ref>。 | ReeseらはPSDを[[電子顕微鏡断層撮影]]で観察し、PSD中に様々な形状の蛋白質粒子を見いだし分類した上、それぞれを既知のPSD分子種に当てはめている<ref><pubmed> 18326622 </pubmed></ref>。 | ||
17行目: | 17行目: | ||
これにより、PSDを構成する分子を同定することも可能となった。 順により強い界面活性剤処理を行うことにより、PSD I、II、IIIとしてPSDに強固に結合している分子を分別していくことも可能である。 ただし、標品には通常シナプス後部にはあまり存在しない分子(例えば[[塩基性ミエリン蛋白質]])も混入することも知られており、取れてきた標品の中に含まれている分子が本当にPSD由来であるかは、別に[[免疫染色]]などで確認する必要が有る。 | これにより、PSDを構成する分子を同定することも可能となった。 順により強い界面活性剤処理を行うことにより、PSD I、II、IIIとしてPSDに強固に結合している分子を分別していくことも可能である。 ただし、標品には通常シナプス後部にはあまり存在しない分子(例えば[[塩基性ミエリン蛋白質]])も混入することも知られており、取れてきた標品の中に含まれている分子が本当にPSD由来であるかは、別に[[免疫染色]]などで確認する必要が有る。 | ||
[[ファイル:PSD_proteins2.png|thumb|right|'''PSD蛋白質'''<ref name=sheng_ann_rev_biochem><pubmed> 17243894 </pubmed></ref><ref name=peng_mol_cell_proteomics><pubmed>15020595</pubmed></ref>]] | [[ファイル:PSD_proteins2.png|thumb|right|'''PSD蛋白質'''<ref name=sheng_ann_rev_biochem><pubmed> 17243894 </pubmed></ref><ref name=peng_mol_cell_proteomics><pubmed>15020595</pubmed></ref>許可を得て転載。]] | ||
[[ファイル:PSD_proteins.png|thumb|right|'''PSD画分のSDS-PAGE像'''<br>Major 51000はCaMKIIである事が後に判明する。Siekevitzらによる<ref name=Carlin_J_Cell_Biol><pubmed>7410481</pubmed></ref>。許可を得て転載。]] | |||
Kennedyらは、PSD分画に再現性よく多く認められる約45kDの蛋白質が、[[Ca2+/calmodulin依存性タンパク質キナーゼ|Ca<sup>2+</sup>/calmodulin依存性タンパク質キナーゼ]](CaMKII)αである事を見いだした<ref><pubmed> 6580651 </pubmed></ref>。この量は他の蛋白質と比べても多いが、CaMKIIはサンプル調整時の[[虚血]]によりPSDに移行することが知られており<ref><pubmed> 7931307 </pubmed></ref>、それによる影響で過大評価されている可能性があるが、それでもなお最も多い蛋白質の一つであることには間違えがない。CaMKIIは他の情報伝達分子に比べ、数十倍以上多く、これはCaMKIIが単に情報伝達分子であるだけではなく、PSDに於ける構造因子であることも示唆する。実際に岡本らはCaMKIIβがアクチンを束化する活性があることを見いだしている<ref><pubmed> 17404223 </pubmed></ref>。 | Kennedyらは、PSD分画に再現性よく多く認められる約45kDの蛋白質が、[[Ca2+/calmodulin依存性タンパク質キナーゼ|Ca<sup>2+</sup>/calmodulin依存性タンパク質キナーゼ]](CaMKII)αである事を見いだした<ref><pubmed> 6580651 </pubmed></ref>。この量は他の蛋白質と比べても多いが、CaMKIIはサンプル調整時の[[虚血]]によりPSDに移行することが知られており<ref><pubmed> 7931307 </pubmed></ref>、それによる影響で過大評価されている可能性があるが、それでもなお最も多い蛋白質の一つであることには間違えがない。CaMKIIは他の情報伝達分子に比べ、数十倍以上多く、これはCaMKIIが単に情報伝達分子であるだけではなく、PSDに於ける構造因子であることも示唆する。実際に岡本らはCaMKIIβがアクチンを束化する活性があることを見いだしている<ref><pubmed> 17404223 </pubmed></ref>。 | ||
68行目: | 69行目: | ||
| * | | * | ||
|- | |- | ||
! scope="row" | [[ | ! scope="row" | [[SAPAP]]1-4/[[GKAP]] | ||
| 150 | | 150 | ||
| 171 | | 171 | ||
75行目: | 76行目: | ||
| 150 | | 150 | ||
| 310 | | 310 | ||
|} | |} | ||
Shengらは一個のPSDの[[wikipedia:ja:分子量|分子量]]とその要素の構成比から、一個のPSDの中にある分子の数を推定した<ref name=sheng_ann_rev_biochem><pubmed> 17243894 </pubmed></ref><ref><pubmed>16507876</pubmed></ref>。それによると多い蛋白質で数百個の単位で存在することが判った。 この数値は、杉山らが独立に[[GFP]]融合蛋白質、[[免疫染色]]と[[蛍光]]標準ビーズを組み合わせた実験から得られた数字と驚くほど一致している<ref name=sugiyama_nature_method><pubmed> 16118638 </pubmed></ref>。また、電気生理学的解析によっても一つのシナプスに存在する受容体数は数十から数百個であり、妥当な数字である。 | Shengらは一個のPSDの[[wikipedia:ja:分子量|分子量]]とその要素の構成比から、一個のPSDの中にある分子の数を推定した<ref name=sheng_ann_rev_biochem><pubmed> 17243894 </pubmed></ref><ref><pubmed>16507876</pubmed></ref>。それによると多い蛋白質で数百個の単位で存在することが判った。 この数値は、杉山らが独立に[[GFP]]融合蛋白質、[[免疫染色]]と[[蛍光]]標準ビーズを組み合わせた実験から得られた数字と驚くほど一致している<ref name=sugiyama_nature_method><pubmed> 16118638 </pubmed></ref>。また、電気生理学的解析によっても一つのシナプスに存在する受容体数は数十から数百個であり、妥当な数字である。 | ||
92行目: | 92行目: | ||
==将来展望== | ==将来展望== | ||
当初、PSDの観察に用いられてきた電子顕微鏡は、生組織に用いることが出来ないと言う大きな欠点が有った。一方で、光学顕微鏡は生組織を観察できるが、[[wikipedia:ja:分解能|分解能]]に限度が有り、PSDの詳しい構造はみることが出来ない。最近、[[超高解像度顕微鏡]]と呼ばれる技術が開発され、100 | 当初、PSDの観察に用いられてきた電子顕微鏡は、生組織に用いることが出来ないと言う大きな欠点が有った。一方で、光学顕微鏡は生組織を観察できるが、[[wikipedia:ja:分解能|分解能]]に限度が有り、PSDの詳しい構造はみることが出来ない。最近、[[超高解像度顕微鏡]]と呼ばれる技術が開発され、100 nm以下の分解能で構造を観察することが出来るようになりつつ有る。STED<ref><pubmed> 21889466</pubmed></ref>、STORM/PALM<ref><pubmed> 21144999</pubmed>、structured illuminationなどの方法が有るが、それぞれに一長一短があり、光[[wikipedia:Photobleach|褪色]]などの問題を抱えるが、将来的には生細胞でのPSD動態観察に応用可能であると期待される。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |