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プリオン仮説<br>プリオン病の病原体について、1982年にPrusinerが「プリオン病の病原体は、タンパク質からのみ構成されているプリオン(prion: proteinaceous infectous particle)であり、核酸を含有していない」とするプリオン仮説を提唱した<ref name=ref2 />。これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、核酸分解酵素による処理や紫外線などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、フェノール、グアニジン塩酸塩、尿素などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。<br>プリオン仮説を支持する実験結果にプリオン遺伝子(''PRNP'')欠損(PrP<sup>-/-</sup>)マウスを利用した実験がある。PrP-/-マウスではPrP<sup>C</sup>もPrP<sup>Sc</sup>も存在しない。そのためプリオン仮説が正しければPrP-/-マウスは病原性のプリオンに感染せずプリオン病を発病しないはずである。感染実験の結果、野生型マウスでは感染しプリオン病を発病する条件においても、PrP-/-マウスではプリオンに感染せずプリオン病は発病せず、プリオンの感染・伝播にはPrP<sup>C</sup>が必要であることを示している<ref><pubmed> 8100741 </pubmed></ref>。さらに、PrP<sup>C</sup>からPrP<sup>Sc</sup>への変換が試験管内で起きることや<ref><pubmed> 7913989 </pubmed></ref>、大腸菌から精製したPrPをPrP<sup>Sc</sup>様の構造に試験管内で変換することによって感染性のあるPrPを作成できることが知られており<ref><pubmed> 15286374 </pubmed></ref>、これらの結果はプリオン仮説を強く支持している。一方でプリオン病は未知のスローウイルスが原因であるとの主張もある。<br>プリオンの感染・伝播のメカニズムについては現在のところよくわかっていないが、PrP<sup>C</sup>とPrP<sup>Sc</sup>が直接相互作用することによって、PrP<sup>C</sup>からPrP<sup>Sc</sup>への変換が起きていると考えられている。哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、熱、放射線、ホルマリンなどの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。 | プリオン仮説<br>プリオン病の病原体について、1982年にPrusinerが「プリオン病の病原体は、タンパク質からのみ構成されているプリオン(prion: proteinaceous infectous particle)であり、核酸を含有していない」とするプリオン仮説を提唱した<ref name=ref2 />。これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、核酸分解酵素による処理や紫外線などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、フェノール、グアニジン塩酸塩、尿素などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。<br>プリオン仮説を支持する実験結果にプリオン遺伝子(''PRNP'')欠損(PrP<sup>-/-</sup>)マウスを利用した実験がある。PrP-/-マウスではPrP<sup>C</sup>もPrP<sup>Sc</sup>も存在しない。そのためプリオン仮説が正しければPrP-/-マウスは病原性のプリオンに感染せずプリオン病を発病しないはずである。感染実験の結果、野生型マウスでは感染しプリオン病を発病する条件においても、PrP-/-マウスではプリオンに感染せずプリオン病は発病せず、プリオンの感染・伝播にはPrP<sup>C</sup>が必要であることを示している<ref><pubmed> 8100741 </pubmed></ref>。さらに、PrP<sup>C</sup>からPrP<sup>Sc</sup>への変換が試験管内で起きることや<ref><pubmed> 7913989 </pubmed></ref>、大腸菌から精製したPrPをPrP<sup>Sc</sup>様の構造に試験管内で変換することによって感染性のあるPrPを作成できることが知られており<ref><pubmed> 15286374 </pubmed></ref>、これらの結果はプリオン仮説を強く支持している。一方でプリオン病は未知のスローウイルスが原因であるとの主張もある。<br>プリオンの感染・伝播のメカニズムについては現在のところよくわかっていないが、PrP<sup>C</sup>とPrP<sup>Sc</sup>が直接相互作用することによって、PrP<sup>C</sup>からPrP<sup>Sc</sup>への変換が起きていると考えられている。哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、熱、放射線、ホルマリンなどの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。 | ||
プリオンの特徴<br>プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup> | プリオンの特徴<br>プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている<ref><pubmed> 21947062 </pubmed></ref>。<br>また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。<br>他の生物におけるプリオン<br>菌類におけるプリオン<br>タンパク質のみからなる感染性因子(遺伝因子)としてのプリオンは、酵母やカビなどの菌類においても見出されており、精力的に研究が行われている。菌類におけるプリオンの発見は1994年にWicknerが出芽酵母(''Saccharomyces cerevisiae'')の[''URE3'']や[''PSI''<sup>+</sup>]といった細胞質性の遺伝因子がプリオンの要素を満たしており、それぞれUre2、Sup35タンパク質が構造変化を起こしたものが原因となっていることを発見した<ref><pubmed> 7909170 </pubmed></ref>。その後、出芽酵母ではRnq1、Swi1、Cyc8などいくつかのプリオンとなるタンパク質(プリオン化タンパク質)が同定されている<ref name=ref3 />。また、分裂酵母のCinやタマホコリカビの[Het-s]などもプリオンであると考えられている。出芽酵母において発見されたプリオンタンパク質の特徴の一つとして、グルタミンとアスパラギンに富んだドメインを有しており、このドメインが構造変化に大きく寄与していると考えられている。また、出芽酵母では100を超えるタンパク質がそのようなドメインを有し、プリオン化する可能性が高いと考えられている。一方、動物のPrPタンパク質や[Het-s]の原因タンパク質であるHET-sはそのようなドメインを有していない。また、出芽酵母においてもそのようなドメインを有さないプリオン化タンパク質としてMod5が同定され、さらに多くのタンパク質がプリオン化する可能性があると考えられている。<br>出芽酵母は、モデル生物として広く利用されている生物であり、プリオン研究においても有用なモデル生物として利用されてきた。特に大腸菌から精製したプリオン化タンパク質を酵母内に導入することで酵母をプリオン化させる、タンパク質の凝集体の性質の違いによってプリオン株の違いが引き起こされる、などプリオン仮説を強く支持するような研究結果が出芽酵母において報告されている<ref><pubmed> 15029196 </pubmed></ref>。<br>プリオン病を引き起こす動物のプリオンと違い、酵母プリオンは宿主細胞に対して毒性を示すことは少ない。むしろ酵母プリオンは宿主細胞に対して有益であることがあるのではないかという考え方が広がっている。実際、いくつかの酵母プリオンはストレス環境下への応答などに関与していることが示唆されている。また、自然界に存在する野生株酵母においてSup35などいくつかのタンパク質がプリオン化していることが発見され、酵母プリオンが宿主細胞に対して有益であるとの主張を支持している。一方で酵母プリオンも動物プリオンと同様に病気の状態であるという主張も存在している。<br>長期記憶におけるプリオン<br>ショウジョウバエやアメフラシの神経細胞におけるcytoplasmic polyadenylation element binding protein (CPEB)はプリオンのように振る舞うことによって、長期記憶の形成と維持に関わっていることがわかってきている。アメフラシ(''Aplysia'')は神経細胞が大きいため神経細胞研究のモデル生物として利用されている。アメフラシのCPEB(ApCPEB)はシナプスの活性に依存してプリオン化状態に類似したオリゴマーを形成することがわかっており、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 20144764 </pubmed></ref>。ショウジョウバエにおけるCPEBの一つであるOrb2も同様のオリゴマーを形成し、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 22284910 </pubmed></ref>。これらのことから、神経細胞におけるCPEBのプリオン化状態に類似したオリゴマー形成が長期記憶の形成・維持に重要であることがわかり、プリオンが長期記憶の形成・維持という細胞機能の制御に重要であることを示している。 | ||
関連項目<br>神経変性疾患<br>アミロイドタンパク質<br> | 関連項目<br>神経変性疾患<br>アミロイドタンパク質<br> | ||
参考文献<br><references /> | 参考文献<br><references /> |
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