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== '''ホスファチジルイノシトールの役割''' == | == '''ホスファチジルイノシトールの役割''' == | ||
ホスファチジルイノシトールの機能は大きく三つに分類される。一つは細胞内情報伝達経路におけるセカンドメッセンジャー物質産生の基質としての機能である。PI(4,5)P<sub>2</sub>からPLCによってDGとIP<sub>3</sub>が産生され、小胞体からのカルシウム放出を促進するのがこの例に当たる。二つ目は細胞内の物質輸送の調節である。<ref>&amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;gt; 18784754 &amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;gt;</ref> ホスファチジルイノシトールは上述の通り、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い。これが細胞内の膜輸送において重要な機能である。三つ目は細胞内シグナル伝達経路の制御である。AktやBtkなど多くのシグナル伝達分子やタンパクキナーゼが脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述のPI3キナーゼシグナル伝達経路はアポトーシスの抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている。<ref>&amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;gt; 16847462 &amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;gt;</ref> さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常はがんや糖尿病の患者に多く認められている。これはがん細胞の増殖や浸潤転移、インスリンによる骨格筋や脂肪細胞への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常がLowe症候群などの遺伝性疾患患者に認められている。 | ホスファチジルイノシトールの機能は大きく三つに分類される。一つは細胞内情報伝達経路におけるセカンドメッセンジャー物質産生の基質としての機能である。PI(4,5)P<sub>2</sub>からPLCによってDGとIP<sub>3</sub>が産生され、小胞体からのカルシウム放出を促進するのがこの例に当たる。二つ目は細胞内の物質輸送の調節である。<ref>&amp;amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt; 18784754 &amp;amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt;</ref> ホスファチジルイノシトールは上述の通り、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い。これが細胞内の膜輸送において重要な機能である。三つ目は細胞内シグナル伝達経路の制御である。AktやBtkなど多くのシグナル伝達分子やタンパクキナーゼが脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述のPI3キナーゼシグナル伝達経路はアポトーシスの抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている。<ref>&amp;amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt; 16847462 &amp;amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt;</ref> さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常はがんや糖尿病の患者に多く認められている。これはがん細胞の増殖や浸潤転移、インスリンによる骨格筋や脂肪細胞への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常がLowe症候群などの遺伝性疾患患者に認められている。 | ||
== '''各ホスファチジルイノシトールの生合成経路とその機能''' == | == '''各ホスファチジルイノシトールの生合成経路とその機能''' == | ||
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=== PI(3)P === | === PI(3)P === | ||
PI(3)Pは酵母から哺乳類まで保存されたホスファチジルイノシトールであり、主に初期エンドソームやエンドソーム中にさらに小さな小胞が存在するmulti-vesicular endosome (MVE)と呼ばれる構造に存在するが、細胞膜、クラスリン被覆小胞や核にも存在することが知られている。 PI(3)Pの生合成はPIがリン酸化される経路とPI(3,5)P2が脱リン酸化される経路が存在する。細胞膜やクラスリン被覆小胞ではPIがクラスIIのPI3キナーゼによってリン酸化されPI(3)Pが産生される。細胞膜ではPI(3)Pは恒常的には存在しておらず、増殖因子などの刺激依存的に一過的に産生されている。一方、エンドソームに局在するPI(3)Pは主にクラスIIIのPI3キナーゼであるVps34によって産生される。Vps34はPIのみを基質としてPI(3)Pを産生する酵素である。エンドソームにはSACファミリーのホスファターゼであるFIG4/SAC3によってPI(3,5)P2が脱リン酸化されてPI(3)Pが産生される経路も存在し、エンドソームでの小胞輸送を制御している。一方、myotubularinファミリーのホスファターゼであるMTM1やMTMR2はPI(3)Pを脱リン酸化して細胞内PI(3)P量を調節する役割を担っている。 PI(3)Pはエンドソームの融合に重要である。PI(3)PはFYVEドメインやphoxドメインを持つ分子をエンドソームに局在させる<ref>&amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;gt; 18784754 &amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;gt;</ref>。例えば、EEA1はそのFYVEドメインでPI(3)Pと結合し、一方でRab5 GTPアーゼを結合してエンドソーム融合を促進する。実際細胞内のPI(3)Pを取り除くと、初期エンドソームを介したタンパク質の輸送が遅くなったり、増殖因子受容体のリソソームへの取込みが阻害されたりする。インスリンシグナルにおけるグルコーストランスポーターGLUT4の細胞膜への移行にもPI(3)Pが正の役割を果たしていることが明らかとなっている。最近、PI(3)Pがアミノ酸飢餓などによって誘導されるオートファジー構造(オートプァゴソーム)の形成に積極的な働きをすることが明らかとなった。この構造は細胞における病原体の感染防御に必要であるが、Vps34とAtg6, Bif-1などの分子が結合してこの構造の形成が促進され、同時にPI(3)Pが産生される。PI(3)Pはオートファゴソームの形成に直接関与しているだけでなく、オートファジー形成を促進するmTORの活性化も制御している。mTORはがんや糖尿病と密接な関係があるが、PI(3)Pとこれらの病気の関係は明らかになっていない。 | PI(3)Pは酵母から哺乳類まで保存されたホスファチジルイノシトールであり、主に初期エンドソームやエンドソーム中にさらに小さな小胞が存在するmulti-vesicular endosome (MVE)と呼ばれる構造に存在するが、細胞膜、クラスリン被覆小胞や核にも存在することが知られている。 PI(3)Pの生合成はPIがリン酸化される経路とPI(3,5)P2が脱リン酸化される経路が存在する。細胞膜やクラスリン被覆小胞ではPIがクラスIIのPI3キナーゼによってリン酸化されPI(3)Pが産生される。細胞膜ではPI(3)Pは恒常的には存在しておらず、増殖因子などの刺激依存的に一過的に産生されている。一方、エンドソームに局在するPI(3)Pは主にクラスIIIのPI3キナーゼであるVps34によって産生される。Vps34はPIのみを基質としてPI(3)Pを産生する酵素である。エンドソームにはSACファミリーのホスファターゼであるFIG4/SAC3によってPI(3,5)P2が脱リン酸化されてPI(3)Pが産生される経路も存在し、エンドソームでの小胞輸送を制御している。一方、myotubularinファミリーのホスファターゼであるMTM1やMTMR2はPI(3)Pを脱リン酸化して細胞内PI(3)P量を調節する役割を担っている。 PI(3)Pはエンドソームの融合に重要である。PI(3)PはFYVEドメインやphoxドメインを持つ分子をエンドソームに局在させる<ref>&amp;amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt; 18784754 &amp;amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt;</ref>。例えば、EEA1はそのFYVEドメインでPI(3)Pと結合し、一方でRab5 GTPアーゼを結合してエンドソーム融合を促進する。実際細胞内のPI(3)Pを取り除くと、初期エンドソームを介したタンパク質の輸送が遅くなったり、増殖因子受容体のリソソームへの取込みが阻害されたりする。インスリンシグナルにおけるグルコーストランスポーターGLUT4の細胞膜への移行にもPI(3)Pが正の役割を果たしていることが明らかとなっている。最近、PI(3)Pがアミノ酸飢餓などによって誘導されるオートファジー構造(オートプァゴソーム)の形成に積極的な働きをすることが明らかとなった。この構造は細胞における病原体の感染防御に必要であるが、Vps34とAtg6, Bif-1などの分子が結合してこの構造の形成が促進され、同時にPI(3)Pが産生される。PI(3)Pはオートファゴソームの形成に直接関与しているだけでなく、オートファジー形成を促進するmTORの活性化も制御している。mTORはがんや糖尿病と密接な関係があるが、PI(3)Pとこれらの病気の関係は明らかになっていない。 | ||
=== PI(3,4)P<sub>2</sub> === | === PI(3,4)P<sub>2</sub> === | ||
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=== Class I ホスファチジルイノシトール3キナーゼとPI3キナーゼシグナル伝達経路 === | === Class I ホスファチジルイノシトール3キナーゼとPI3キナーゼシグナル伝達経路 === | ||
PI 3キナーゼの中でもClass I PI3キナーゼはPI(4,5)P<sub>2</sub>からPI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生する酵素である。調節サブユニット(p85やp101など)と活性サブユニット(p110)の二つのサブユニットから構成される。EGFやPDGFなどの増殖因子やLPAなどによってチロシンキナーゼ型受容体やGタンパク質共役型受容体が活性化されると、調節サブユニットがチロシンリン酸化された受容体に結合し、構造変化を起こすことによって活性サブユニットと結合できるようになる。刺激依存的に活性化されたPI3キナーゼは細胞膜においてPI(4,5)P<sub>2</sub>をリン酸化し、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生させる。<ref>&amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;gt; 16847462 &amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;gt;</ref> 産生されたPI(3,4,5)P<sub>3</sub>はAktのPHドメインと結合し、Aktを細胞膜へ局在させる。その結果、AktはPDK1やmTORC2によってリン酸化されて、そのタンパク質リン酸化酵素活性が活性化される。 Aktの下流にはp70 S6キナーゼ,GSK3,FoxOなどタンパク質合成を促進する分子、糖代謝、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、高血糖症、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている。 | PI 3キナーゼの中でもClass I PI3キナーゼはPI(4,5)P<sub>2</sub>からPI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生する酵素である。調節サブユニット(p85やp101など)と活性サブユニット(p110)の二つのサブユニットから構成される。EGFやPDGFなどの増殖因子やLPAなどによってチロシンキナーゼ型受容体やGタンパク質共役型受容体が活性化されると、調節サブユニットがチロシンリン酸化された受容体に結合し、構造変化を起こすことによって活性サブユニットと結合できるようになる。刺激依存的に活性化されたPI3キナーゼは細胞膜においてPI(4,5)P<sub>2</sub>をリン酸化し、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生させる。<ref>&amp;amp;amp;amp;amp;lt;pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt; 16847462 &amp;amp;amp;amp;amp;lt;/pubmed&amp;amp;amp;amp;amp;gt;</ref> 産生されたPI(3,4,5)P<sub>3</sub>はAktのPHドメインと結合し、Aktを細胞膜へ局在させる。その結果、AktはPDK1やmTORC2によってリン酸化されて、そのタンパク質リン酸化酵素活性が活性化される。 Aktの下流にはp70 S6キナーゼ,GSK3,FoxOなどタンパク質合成を促進する分子、糖代謝、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、高血糖症、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている。 | ||
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このようにポリホスホイノシチドホスファターゼの多くがホスファターゼドメイン以外の機能ドメインを介して他のタンパク質と結合している。このため、細胞内の特定な部分に局在する場合が多く、それぞれの分子が非常に特異的な機能を担っていると考えられている。ポリホスホイノシタイドホスファターゼがキナーゼと比べて、多くの種類の分子が存在する理由である。<br> | このようにポリホスホイノシチドホスファターゼの多くがホスファターゼドメイン以外の機能ドメインを介して他のタンパク質と結合している。このため、細胞内の特定な部分に局在する場合が多く、それぞれの分子が非常に特異的な機能を担っていると考えられている。ポリホスホイノシタイドホスファターゼがキナーゼと比べて、多くの種類の分子が存在する理由である。<br> | ||
<references/><br>1. Vicinanza M. et al. Function and dysfunction of the PI system in membrane trafficking. EMBO J., 27, 2457-2470. PMID: 18784754<br>2. Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462<br>3. McCrea H. J. and De Camilli P. Mutations in Phosphoinositide Metabolizing Exzymes and Human Disease Physiology 24, 8-16 (2009)<br>4. Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462 | <references/><br>1. Vicinanza M. et al. Function and dysfunction of the PI system in membrane trafficking. EMBO J., 27, 2457-2470. PMID: 18784754<br>2. Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462<br>3. McCrea H. J. and De Camilli P. Mutations in Phosphoinositide Metabolizing Exzymes and Human Disease Physiology 24, 8-16 (2009)<br>4. Engelman J. A. et al. The evolution of phosphatidylinositol 3-kinasess as regulatos of growth and metabolism. Nature Reviews in Genetics, 7, 606-619 (2006) PMID: 16847462 |
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