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== はじめに == | == はじめに == | ||
日中に過剰な眠気が生じ、睡眠時間が延長する、あるいは不適切な時間に眠りこんでしまう傾向が3カ月以上継続するものを過眠症とよぶ。睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群に伴う夜間睡眠の量的質的な障害を原因とせず、睡眠・覚醒中枢の機能自体が異常をきたすことが過眠症状の原因となる場合を狭義の過眠症とよぶ。その代表がナルコレプシーである。ナルコレプシーの名前は、1880年フランスの神経科医JBE Gélineau(ジェリノー)が、居眠りの反復、およびてんかんとは異なる脱力発作を呈する症例を報告し、これが独立した疾患単位であるとして命名した(英訳(1))。我が国では居眠り病ともよばれる。 | |||
== 症状 == | == 症状 == | ||
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狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 | 狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 | ||
ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel(10)が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され(11-14) | ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel(10)が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され(11-14)、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され(15, 16)、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた(17)。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンA蛋白濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである(18)。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる(19, 20)。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。 | ||
2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)(21)(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能(22))では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。 | 2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)(21)(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能(22))では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。 | ||
== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
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ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル(25)とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない(19)。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること(26)、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること(27)、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル(25)とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない(19)。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること(26)、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること(27)、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ||
慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)(28)。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある(29)。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された(30-32)。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている(30)。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと(33)、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと(34) | 慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)(28)。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある(29)。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された(30-32)。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている(30)。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと(33)、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと(34)、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず(35)、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること(19, 36)、があげられる。通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なるため、研究により病態生理の探究が進むことが望まれる。 | ||
== 治療 == | == 治療 == | ||
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== 疫学と経過 == | == 疫学と経過 == | ||
ナルコレプシーの有病率は日本で多く600人に1人(0.16-0.18%)(39, 40)、世界的には人口10万人に15-47人(2- | ナルコレプシーの有病率は日本で多く600人に1人(0.16-0.18%)(39, 40)、世界的には人口10万人に15-47人(2-5000人に1人)と報告されている(41-43)。また人口10万あたり年間発生率は0.79-1.37人とされる(44-46)。 | ||
ナルコレプシーは10歳代に日中の居眠りの反復で発症し、その後情動脱力発作が生じるのが一般的経過である。発症は13-4歳の思春期に多い(47)。ただ中国北部では発症ピークが5歳程度早く(48)、またフランス人では40歳前後にも小さな峰をもつ二峰性の発症分布をとる(49)など、人種差がある。発症は急性経過をとる場合が多く、眠気がはじまった日を特定できる場合も多い。受診者は男性に多い傾向があるが性差はないとされる。症状の消長(寛解増悪)を示さない点は、一般的な自己免疫疾患とは異なる臨床経過である。情動脱力発作は自然経過で軽減する場合が多くみられるが、眠気は長期持続しやすい特徴がある。 | ナルコレプシーは10歳代に日中の居眠りの反復で発症し、その後情動脱力発作が生じるのが一般的経過である。発症は13-4歳の思春期に多い(47)。ただ中国北部では発症ピークが5歳程度早く(48)、またフランス人では40歳前後にも小さな峰をもつ二峰性の発症分布をとる(49)など、人種差がある。発症は急性経過をとる場合が多く、眠気がはじまった日を特定できる場合も多い。受診者は男性に多い傾向があるが性差はないとされる。症状の消長(寛解増悪)を示さない点は、一般的な自己免疫疾患とは異なる臨床経過である。情動脱力発作は自然経過で軽減する場合が多くみられるが、眠気は長期持続しやすい特徴がある。 | ||
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*[[精神刺激薬]] | *[[精神刺激薬]] | ||
*[[(入眠時)幻覚]] | *[[(入眠時)幻覚]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |