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しばしば(8割程度に)合併する症状として、睡眠麻痺(金縛り体験)と入眠時幻覚(寝入りばなの生々しい悪夢体験)がある。DalyとYossはMayo Clinicでの多数症例検討から居眠り反復、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺の組合せをナルコレプシーの4徴として提唱し<ref name=ref2>'''Yoss RE, Daly DD.'''<br>Narcolepsy. <br>''The Medical clinics of North America.'' 1960;44:953-68.</ref>、ナルコレプシーが広く認知されるようになった。入眠時幻覚は典型的には「閉めたはずの寝室のドアから何者かが入ってくるのを感じる」「体を触られる、押し付けられる」などという幻視と体感幻覚が中心で、その精神病理学的特徴として、睡眠麻痺に伴う無動、ありありとした実在感(実体的意識性)、そして強い恐怖感が指摘されている<ref name=ref3>'''西山 詮, 本多 裕, 鈴木 二郎, 高橋 康郎'''<br>ナルコレプシーの治療経過中に生じた幻覚症について<br>''精神医学''. 1966;8:49-55.</ref>。夜間の熟睡障害(主に中途覚醒、夢と現実が混合する浅眠の持続もある)も半数以上に合併する。なおチェコスロバキアのBedřich Rothは多くの過眠症を観察・分類して、ナルコレプシーの特徴は短時間の居眠りであり、長時間の居眠りを示す特発性過眠症と異なることを記述している(英訳<ref name=ref4>'''Roth B.'''<br>Narcolepsy and Hypersomnia.<br>Basel: Karger; 1980.</ref>)。すなわち特発性過眠症との比較では、30分以内の短い居眠りでサッパリと爽快感をもって覚醒することが鑑別点となる。 | しばしば(8割程度に)合併する症状として、睡眠麻痺(金縛り体験)と入眠時幻覚(寝入りばなの生々しい悪夢体験)がある。DalyとYossはMayo Clinicでの多数症例検討から居眠り反復、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺の組合せをナルコレプシーの4徴として提唱し<ref name=ref2>'''Yoss RE, Daly DD.'''<br>Narcolepsy. <br>''The Medical clinics of North America.'' 1960;44:953-68.</ref>、ナルコレプシーが広く認知されるようになった。入眠時幻覚は典型的には「閉めたはずの寝室のドアから何者かが入ってくるのを感じる」「体を触られる、押し付けられる」などという幻視と体感幻覚が中心で、その精神病理学的特徴として、睡眠麻痺に伴う無動、ありありとした実在感(実体的意識性)、そして強い恐怖感が指摘されている<ref name=ref3>'''西山 詮, 本多 裕, 鈴木 二郎, 高橋 康郎'''<br>ナルコレプシーの治療経過中に生じた幻覚症について<br>''精神医学''. 1966;8:49-55.</ref>。夜間の熟睡障害(主に中途覚醒、夢と現実が混合する浅眠の持続もある)も半数以上に合併する。なおチェコスロバキアのBedřich Rothは多くの過眠症を観察・分類して、ナルコレプシーの特徴は短時間の居眠りであり、長時間の居眠りを示す特発性過眠症と異なることを記述している(英訳<ref name=ref4>'''Roth B.'''<br>Narcolepsy and Hypersomnia.<br>Basel: Karger; 1980.</ref>)。すなわち特発性過眠症との比較では、30分以内の短い居眠りでサッパリと爽快感をもって覚醒することが鑑別点となる。 | ||
その他の随伴症状として、ナルコレプシーには若年性の肥満、Ⅱ型糖尿病<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>が多く、背景にエネルギー代謝の低下が報告されている<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。また多汗症など体温調節異常も多く、深部体温と末梢体温の勾配が少なく熱を放散しやすい特徴が知られる<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。睡眠障害については周期性四肢運動障害、レム睡眠行動障害、さらに肥満をきたした場合には睡眠時無呼吸症候群合併も多い<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。 | その他の随伴症状として、ナルコレプシーには若年性の肥満、Ⅱ型糖尿病<ref name=ref5><pubmed>3518018</pubmed></ref>が多く、背景にエネルギー代謝の低下が報告されている<ref name=ref6><pubmed>19639760</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>19928388</pubmed></ref>。また多汗症など体温調節異常も多く、深部体温と末梢体温の勾配が少なく熱を放散しやすい特徴が知られる<ref name=ref8><pubmed>17162991</pubmed></ref>。睡眠障害については周期性四肢運動障害、レム睡眠行動障害、さらに肥満をきたした場合には睡眠時無呼吸症候群合併も多い<ref name=ref9><pubmed>17681883</pubmed></ref>。 | ||
== 診断(診断基準、鑑別診断) == | == 診断(診断基準、鑑別診断) == | ||
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狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 | 狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 | ||
ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel<ref name=ref10></ref>が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され<ref name=ref11></ref> <ref name=ref12></ref> <ref name=ref13></ref> <ref name=ref14></ref>、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref16></ref>、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンA蛋白濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。 2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)<ref name=ref21></ref>(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能<ref name=ref22></ref>)では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。 | ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel<ref name=ref10><pubmed>13781811</pubmed></ref>が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され<ref name=ref11>'''Rechtschaffen A, Wolpert EA, Dement WC, Mitchell SA, Fisher C.'''<br>Nocturnal Sleep of Narcoleptics.<br>''Electroencephalography and clinical neurophysiology.'' 1963;15:599-609.</ref> <ref name=ref12>'''Takahashi Y, Jimbo M.'''<br>Polyraphic study of narcoleptic syndrome with special reference to hypnagogic hallucinations and cataplexy.<br>''Folia psychiatrica et neurologica japonica.'' 1963;7:343-7.</ref> <ref name=ref13>'''Hishikawa Y, Kaneko Z.'''<br>Electroencephalographic Study on Narcolepsy.<br>''Electroencephalography and clinical neurophysiology.'' 1965;18:249-59.</ref> <ref name=ref14>'''Suzuki J.'''<br>Narcoleptic syndrome and paradoxical sleep. <br>''Folia psychiatrica et neurologica japonica.'' 1966;20:123-49.</ref>、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され<ref name=ref15><pubmed>6597978</pubmed></ref> <ref name=ref16>'''Honda Y, Asaka A, Tanaka Y, Juji T.'''<br>Discrimination of narcoleptic patients by using genetic markers and HLA. <br>''Sleep Res.'' 1983;12:254.</ref>、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた<ref name=ref17><pubmed>11179016</pubmed></ref>。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンA蛋白濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである<ref name=ref18><pubmed>12374492</pubmed></ref>。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる<ref name=ref19><pubmed>10973318</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>11055430</pubmed></ref>。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。 2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)<ref name=ref21>American Academy of Sleep Medicine. <br>The international classification of sleep disorders, 2nd ed.:Diagnostic & coding manual. <br>Westchester: American Academy of Sleep Medicine; 2005.</ref>(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能<ref name=ref22>米国睡眠学会, 日本睡眠学会診断分類委員会訳.<br>睡眠障害国際分類第2版 診断とコードの手引き. <br>東京: 医学書院; 2010.</ref>)では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。 | ||
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== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
ナルコレプシーの不思議な病態は二つの基本的な障害にまとめられる<ref name=ref23></ref>。ひとつは睡眠覚醒リズムの多相化である。通常ヒトの睡眠は他の動物と異なり一日一回まとめて睡眠をとる単相性睡眠を示す。日中の反復する居眠りと、夜間の頻回の中途覚醒は、睡眠や覚醒の位相が維持できず睡眠や覚醒の位相が細かく分断化されることとして説明できる。もうひとつはレム睡眠関連症状である。レム睡眠の構成要素のうち、活発な夢体験や筋緊張消失が意識水準と解離して覚醒中や半覚醒中に生じることが、入眠時幻覚や睡眠麻痺、情動脱力発作の基盤として説明される。最近、この基本的障害の神経生物学的背景が理解されてきた。視床下部前部の睡眠中枢VLPOとモノアミン性の覚醒中枢が、相互に抑制性神経入力をすることに基づいて、Saperらは視床下部が睡眠覚醒のスイッチ仮説を提唱している<ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref>。このモデルにおいて、オレキシンはスイッチを覚醒側に押して安定させる役割をはたす。ナルコレプシーではオレキシン神経の機能低下により、1.スイッチが不安定となって覚醒維持ができなくなり頻回の居眠りが生じ、睡眠覚醒リズムの多相化につながる、また2.睡眠と覚醒の位相の切り替え後に睡眠覚醒の状態がすぐ安定化しないため、覚醒と特にレム睡眠の中間的な寝ぼけ状態が遷延し、レム睡眠関連症状の背景となる、という内容である。 | ナルコレプシーの不思議な病態は二つの基本的な障害にまとめられる<ref name=ref23>'''高橋 康郎'''<br>ナルコレプシーと逆説睡眠<br>''最新医学''. 1971;26:98-105.</ref>。ひとつは睡眠覚醒リズムの多相化である。通常ヒトの睡眠は他の動物と異なり一日一回まとめて睡眠をとる単相性睡眠を示す。日中の反復する居眠りと、夜間の頻回の中途覚醒は、睡眠や覚醒の位相が維持できず睡眠や覚醒の位相が細かく分断化されることとして説明できる。もうひとつはレム睡眠関連症状である。レム睡眠の構成要素のうち、活発な夢体験や筋緊張消失が意識水準と解離して覚醒中や半覚醒中に生じることが、入眠時幻覚や睡眠麻痺、情動脱力発作の基盤として説明される。最近、この基本的障害の神経生物学的背景が理解されてきた。視床下部前部の睡眠中枢VLPOとモノアミン性の覚醒中枢が、相互に抑制性神経入力をすることに基づいて、Saperらは視床下部が睡眠覚醒のスイッチ仮説を提唱している<ref name=ref24><pubmed>16251950</pubmed></ref>。このモデルにおいて、オレキシンはスイッチを覚醒側に押して安定させる役割をはたす。ナルコレプシーではオレキシン神経の機能低下により、1.スイッチが不安定となって覚醒維持ができなくなり頻回の居眠りが生じ、睡眠覚醒リズムの多相化につながる、また2.睡眠と覚醒の位相の切り替え後に睡眠覚醒の状態がすぐ安定化しないため、覚醒と特にレム睡眠の中間的な寝ぼけ状態が遷延し、レム睡眠関連症状の背景となる、という内容である。 | ||
ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない<ref name=ref19 />。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること<ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル<ref name=ref25><pubmed>10458611</pubmed></ref>とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない<ref name=ref19 />。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること<ref name=ref26><pubmed>16597649</pubmed></ref>、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること<ref name=ref27><pubmed>20975052</pubmed></ref>、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ||
慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)<ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある<ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている<ref name=ref30 />。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと<ref name=ref33>< | 慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)<ref name=ref28><pubmed>19412176</pubmed></ref>。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある<ref name=ref29><pubmed>20403960</pubmed></ref>。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された<ref name=ref30><pubmed>20160349</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>20614846</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>20614847</pubmed></ref>。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている<ref name=ref30 />。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと<ref name=ref33>'''Matsuki K, Juji T, Honda Y.'''<br>Immunological features of narcolepsy in Japan.<br>In: Honda Y, Juji T, editors. HLA in Narcolepsy. <br>Berlin: Springer-Verlag; 1988. p. 150-7.</ref>、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと<ref name=ref34><pubmed>2353575</pubmed></ref>、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず<ref name=ref35><pubmed>16774153</pubmed></ref>、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること<ref name=ref19 /> <ref name=ref36><pubmed>19687452</pubmed></ref>、があげられる。通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なるため、研究により病態生理の探究が進むことが望まれる。 | ||