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ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル<ref name=ref25><pubmed>10458611</pubmed></ref>とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない<ref name=ref19 />。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること<ref name=ref26><pubmed>16597649</pubmed></ref>、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること<ref name=ref27><pubmed>20975052</pubmed></ref>、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル<ref name=ref25><pubmed>10458611</pubmed></ref>とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない<ref name=ref19 />。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること<ref name=ref26><pubmed>16597649</pubmed></ref>、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること<ref name=ref27><pubmed>20975052</pubmed></ref>、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。 | ||
慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)<ref name=ref28><pubmed>19412176</pubmed></ref>。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある<ref name=ref29><pubmed>20403960</pubmed></ref>。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された<ref name=ref30><pubmed>20160349</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>20614846</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>20614847</pubmed></ref>。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている<ref name=ref30 />。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと<ref name=ref33>'''Matsuki K, Juji T, Honda Y.'''<br>Immunological features of narcolepsy in Japan.<br>In: Honda Y, Juji T, editors. HLA in Narcolepsy. | 慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPとの関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)<ref name=ref28><pubmed>19412176</pubmed></ref>。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある<ref name=ref29><pubmed>20403960</pubmed></ref>。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された<ref name=ref30><pubmed>20160349</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>20614846</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>20614847</pubmed></ref>。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている<ref name=ref30 />。一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと<ref name=ref33>'''Matsuki K, Juji T, Honda Y.'''<br>Immunological features of narcolepsy in Japan.<br>In: Honda Y, Juji T, editors. <br>''HLA in Narcolepsy.'' Berlin: Springer-Verlag; 1988. p. 150-7.</ref>、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと<ref name=ref34><pubmed>2353575</pubmed></ref>、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず<ref name=ref35><pubmed>16774153</pubmed></ref>、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること<ref name=ref19 /> <ref name=ref36><pubmed>19687452</pubmed></ref>、があげられる。通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なるため、研究により病態生理の探究が進むことが望まれる。 | ||
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一般にナルコレプシー患者は薬物反応性がよい。現在の中枢刺激剤による薬物療法は対症療法にすぎず、寝不足をなくすものではない点は強調すべきである。また患者は消極的で諦めやすい性格変化を来しやすく、服薬指導や副作用の知識と対応の仕方をあらかじめ十分伝えることが、治療上大切である。 | 一般にナルコレプシー患者は薬物反応性がよい。現在の中枢刺激剤による薬物療法は対症療法にすぎず、寝不足をなくすものではない点は強調すべきである。また患者は消極的で諦めやすい性格変化を来しやすく、服薬指導や副作用の知識と対応の仕方をあらかじめ十分伝えることが、治療上大切である。 | ||
日中の過眠症状に対しては、精神刺激薬を用いる。現在我が国ではモダフィニール(モディオダール:半減期9.9-14.8hr)、メチルフェニデート(リタリン:半減期2.6-2.7hr,作用時間4-6hr)、ペモリン(ベタナミン:半減期小児7-8.6hr、成人12hr)の3剤が主に用いられる。精神刺激薬を夕方以降に服用すると夜間睡眠が障害されるため、半減期を念頭において服用時刻に注意することが特に重要である。副作用を観察しつつ漸増し日常社会生活維持ができる覚醒効果が得られるまで増量する。精神刺激薬は交感神経刺激作用をもつため、短期的には動悸、焦燥感、口渇、食欲抑制、頭痛、羞明などの副作用が多く見られる。長期的副作用としては、耐性・依存の形成および神経過敏から精神病症状の惹起が問題となる。一般には過眠症での依存形成は少ない(1-3%以下)<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>が、常用量以上の服用では精神病症状が増加する(14%)とされる。なおメチルフェニデートは2007年に乱用が社会問題となり、医療機関、医師、薬局が登録制となり流通委員会が管理する体制となった。メチルフェニデートの新規処方にあたってはMSLTによる確認と重症度把握を行うことが原則である(日本睡眠学会:ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン)。ペモリンはADHD小児への大量投与で肝不全が報告され、定期的肝機能検査が必要とされる<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref>。ただ過眠症患者で肝不全の報告はなく日本では重要な治療選択肢として継続されている。 | 日中の過眠症状に対しては、精神刺激薬を用いる。現在我が国ではモダフィニール(モディオダール:半減期9.9-14.8hr)、メチルフェニデート(リタリン:半減期2.6-2.7hr,作用時間4-6hr)、ペモリン(ベタナミン:半減期小児7-8.6hr、成人12hr)の3剤が主に用いられる。精神刺激薬を夕方以降に服用すると夜間睡眠が障害されるため、半減期を念頭において服用時刻に注意することが特に重要である。副作用を観察しつつ漸増し日常社会生活維持ができる覚醒効果が得られるまで増量する。精神刺激薬は交感神経刺激作用をもつため、短期的には動悸、焦燥感、口渇、食欲抑制、頭痛、羞明などの副作用が多く見られる。長期的副作用としては、耐性・依存の形成および神経過敏から精神病症状の惹起が問題となる。一般には過眠症での依存形成は少ない(1-3%以下)<ref name=ref37><pubmed>17475553</pubmed></ref>が、常用量以上の服用では精神病症状が増加する(14%)とされる。なおメチルフェニデートは2007年に乱用が社会問題となり、医療機関、医師、薬局が登録制となり流通委員会が管理する体制となった。メチルフェニデートの新規処方にあたってはMSLTによる確認と重症度把握を行うことが原則である(日本睡眠学会:ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン)。ペモリンはADHD小児への大量投与で肝不全が報告され、定期的肝機能検査が必要とされる<ref name=ref38><pubmed>10566901</pubmed></ref>。ただ過眠症患者で肝不全の報告はなく日本では重要な治療選択肢として継続されている。 | ||
情動脱力発作および入眠時幻覚や睡眠麻痺に対しては、レム睡眠抑制作用がある薬剤を用いる。最も強力なのは三環系抗うつ薬のクロミプラミン(アナフラニール)で著効を示す。日中の眠気や消化器系の副作用(悪心・食欲低下)が生じる場合があり、就寝前服用が多い。情動脱力発作が生活上の支障となる場合は日中にも用いられる。禁忌(緑内障・尿閉)や眠気の副作用が強い場合にはSSRIやSNRIも選択肢となる。なおレム睡眠阻害薬を急に中断すると、情動脱力発作の重積状態が生じる場合があり、注意すべきである。 | 情動脱力発作および入眠時幻覚や睡眠麻痺に対しては、レム睡眠抑制作用がある薬剤を用いる。最も強力なのは三環系抗うつ薬のクロミプラミン(アナフラニール)で著効を示す。日中の眠気や消化器系の副作用(悪心・食欲低下)が生じる場合があり、就寝前服用が多い。情動脱力発作が生活上の支障となる場合は日中にも用いられる。禁忌(緑内障・尿閉)や眠気の副作用が強い場合にはSSRIやSNRIも選択肢となる。なおレム睡眠阻害薬を急に中断すると、情動脱力発作の重積状態が生じる場合があり、注意すべきである。 | ||
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== 疫学と経過 == | == 疫学と経過 == | ||
ナルコレプシーの有病率は日本で多く600人に1人(0.16-0.18%)<ref name=ref39>< | ナルコレプシーの有病率は日本で多く600人に1人(0.16-0.18%)<ref name=ref39>'''Honda Y.'''<br>Census of narcolepsy, cataplexy and sleep life among teen-agers in Fujisawa city. <br>''Sleep Res.'' 1979;8:191.</ref> <ref name=ref40>'''Tashiro T, Kanbayashi T, Iijima S, Hishikawa Y.'''<br>An epidemiological study on prevalence of narcolepsy in Japanese. <br>''Journal of sleep research.'' 1992;1:228.</ref>、世界的には人口10万人に15-47人(2-5000人に1人)と報告されている<ref name=ref41>'''Partinen M, Hublin C.'''<br>Epidemiology of sleep disorders. In: Kryger M, Roth T, Dement W, editors. Principles and practice of sleep medicine, fifth edition. <br>St. Louis: Elsevier; 2011. p. 694-715.</ref> <ref name=ref42><pubmed>18342261</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>8210228</pubmed></ref>。また人口10万あたり年間発生率は0.79-1.37人とされる<ref name=ref44><pubmed>11902429</pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed>17310860</pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed>22470463</pubmed></ref>。 | ||
ナルコレプシーは10歳代に日中の居眠りの反復で発症し、その後情動脱力発作が生じるのが一般的経過である。発症は13-4歳の思春期に多い<ref name=ref47>< | ナルコレプシーは10歳代に日中の居眠りの反復で発症し、その後情動脱力発作が生じるのが一般的経過である。発症は13-4歳の思春期に多い<ref name=ref47>'''Honda Y.'''<br>Clinical features of narcolepsy: Japanese experiences. In: Honda Y, Juji T, editors. <br>''HLA in Narcolepsy.'' Berlin: Springer-Verlag; 1988. p. 24-57.</ref>。ただ中国北部では発症ピークが5歳程度早く<ref name=ref48><pubmed>21532956</pubmed></ref>、またフランス人では40歳前後にも小さな峰をもつ二峰性の発症分布をとる<ref name=ref49><pubmed>11739821</pubmed></ref>など、人種差がある。発症は急性経過をとる場合が多く、眠気がはじまった日を特定できる場合も多い。受診者は男性に多い傾向があるが性差はないとされる。症状の消長(寛解増悪)を示さない点は、一般的な自己免疫疾患とは異なる臨床経過である。情動脱力発作は自然経過で軽減する場合が多くみられるが、眠気は長期持続しやすい特徴がある。 | ||
最近発症契機として環境因子、特に感染症既往が注目を集めている。HLA遺伝子型(後述)を合わせた対照群について人種と社会経済的階層を補正した上で比較すると、ナルコレプシー群では連鎖球菌性の咽頭炎の既往をもつものが5.4倍多く<ref name=ref50><pubmed></pubmed></ref>、発症後まもない症例ではA群溶鎖菌(ASO)の抗体価が高いこと(発症3年以内のナルコレプシー群では4割が抗体価400以上であるのに対し対照群では5%以下)<ref name=ref51><pubmed></pubmed></ref>、ASO抗体価高値群で思春期前の小児の非定型な運動症状がより多いこと(一部はA群溶連菌感染後に生じる小舞踏病や溶連菌感染に随伴して生じる自己免疫性神経精神障害(PANDA)と類似している)<ref name=ref52><pubmed></pubmed></ref>などである。またフィンランドでインフルエンザワクチン接種後に特に17歳以下の小児の発症率が12.7倍に増加すること<ref name=ref46 /> <ref name=ref53><pubmed></pubmed></ref>、若年小児発症がもともと多い中国北部では2009年のインフルエンザ流行に伴って受診者が3倍に増加したこと(7割が10歳以下)<ref name=ref54><pubmed></pubmed></ref>も報告された。日本ではインフルエンザ流行に伴うナルコレプシー発症増加は報告されていない。免疫賦活が発症促進的であるが、そこに特定の地域や民族といった環境要因が関わると考えられる。今後の検証が必要である。 | 最近発症契機として環境因子、特に感染症既往が注目を集めている。HLA遺伝子型(後述)を合わせた対照群について人種と社会経済的階層を補正した上で比較すると、ナルコレプシー群では連鎖球菌性の咽頭炎の既往をもつものが5.4倍多く<ref name=ref50><pubmed>19732319</pubmed></ref>、発症後まもない症例ではA群溶鎖菌(ASO)の抗体価が高いこと(発症3年以内のナルコレプシー群では4割が抗体価400以上であるのに対し対照群では5%以下)<ref name=ref51><pubmed>19725248</pubmed></ref>、ASO抗体価高値群で思春期前の小児の非定型な運動症状がより多いこと(一部はA群溶連菌感染後に生じる小舞踏病や溶連菌感染に随伴して生じる自己免疫性神経精神障害(PANDA)と類似している)<ref name=ref52><pubmed>21930661</pubmed></ref>などである。またフィンランドでインフルエンザワクチン接種後に特に17歳以下の小児の発症率が12.7倍に増加すること<ref name=ref46 /> <ref name=ref53><pubmed> 22470453</pubmed></ref>、若年小児発症がもともと多い中国北部では2009年のインフルエンザ流行に伴って受診者が3倍に増加したこと(7割が10歳以下)<ref name=ref54><pubmed>21866560</pubmed></ref>も報告された。日本ではインフルエンザ流行に伴うナルコレプシー発症増加は報告されていない。免疫賦活が発症促進的であるが、そこに特定の地域や民族といった環境要因が関わると考えられる。今後の検証が必要である。 | ||
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