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障害認識及び病識は、異なる成因からなる多要因の概念であると近年は考えられるようになっている。たとえばDavid <ref><pubmed>2207510</pubmed></ref>,<ref><pubmed>1422606</pubmed></ref> | 障害認識及び病識は、異なる成因からなる多要因の概念であると近年は考えられるようになっている。たとえばDavid <ref><pubmed>2207510</pubmed></ref>,<ref><pubmed>1422606</pubmed></ref>は病識の概念を二分して、「何らかの疾患に罹患しており、それが精神障害であること」と、「特定の精神的な変化の体験を病的であると認識できる能力」とした。また両概念とも、「あり」「なし」の二分法では記述できないこと、両概念の相互関連性は必ずしも高くないことを示した。そしてこれまでのさまざまな研究における病識欠如の出現率は評価方法と、評価している時期に依存していることを指摘した。Amadorら<ref name=amador_schizophr_bull><pubmed>2047782</pubmed></ref>,<ref><pubmed>8494061</pubmed></ref>は、病識はひとまとまりの症状群ごとに検討されるべき modality-specificなものであり、障害認識及び病識は少なくとも以下の4次元から成り立っていると主張している。1)精神症状や症候や疾病のもたらす変化についての認識、2)疾病についての帰属、および症状や起こってくる変化についての帰属、3)自己概念形成、4)心理的防衛。池淵ら9)は、ICD-10によって統合失調症と診断された31例(社会復帰病棟に入院中の慢性例)を対象に、複数の尺度による評価を試み、3因子(治療遵守と疾病の認識因子、服薬理由の因子、精神症状認識の因子)を抽出した。 | ||
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19世紀にKraepelinが早発性痴呆について記載したときにすでに、疾患の重症度について自覚されないことが典型的であるとし、Bleuler,E.もschizophrenienの呼称を定めた時点で、自己の病態の認識に欠けることを指摘している。1973年のWHOによる国際的なコホート調査では、統合失調症と診断された者のうち病識の欠如が97% に認められた と報告されるなど、統合失調症の疾病特異的な病態であると認識されてきており、病識のことを述べるときにはまず統合失調症が連想される。双極性気分障害での報告など、他の精神障害についても病識の問題は見られるが、本文においてはもっとも研究報告が多い統合失調症における病識に的を絞って記載している。 | 19世紀にKraepelinが早発性痴呆について記載したときにすでに、疾患の重症度について自覚されないことが典型的であるとし、Bleuler,E.もschizophrenienの呼称を定めた時点で、自己の病態の認識に欠けることを指摘している。1973年のWHOによる国際的なコホート調査では、統合失調症と診断された者のうち病識の欠如が97% に認められた と報告されるなど、統合失調症の疾病特異的な病態であると認識されてきており、病識のことを述べるときにはまず統合失調症が連想される。双極性気分障害での報告など、他の精神障害についても病識の問題は見られるが、本文においてはもっとも研究報告が多い統合失調症における病識に的を絞って記載している。 | ||
1990年代になると病識についての操作的基準による量的・多次元的評価尺度が発達し、実証的研究が活発となった。Amadorら<ref><pubmed>2047782</pubmed></ref>やMarkovaら<ref><pubmed>7497711</pubmed></ref>によれば、病識の評価方法は以下の5種類がある。1)1970年代までは患者の自由な陳述を臨床的に記載する方法で、「あり」「なし」に2分される。2)1980年代に開発され、一定の設問への応答を臨床的に記載する方法で、Mental Status Examinationがその例である。3)1970-80年代に用いられた、患者の自由な陳述を一定の評価基準に基づいて採点する方法。1973年に行われたWHOによる国際研究もこの方法で行われた。4)一定の設問への応答を評価基準に基づいて採点する方法。1990年代に実証的研究に使われるようになり、SAI6), SUMD2)がその代表である。5)一定の設問に対し、多項選択で回答するもの。 | 1990年代になると病識についての操作的基準による量的・多次元的評価尺度が発達し、実証的研究が活発となった。Amadorら<ref name=amador_schizophr_bull><pubmed>2047782</pubmed></ref>やMarkovaら<ref><pubmed>7497711</pubmed></ref>によれば、病識の評価方法は以下の5種類がある。1)1970年代までは患者の自由な陳述を臨床的に記載する方法で、「あり」「なし」に2分される。2)1980年代に開発され、一定の設問への応答を臨床的に記載する方法で、Mental Status Examinationがその例である。3)1970-80年代に用いられた、患者の自由な陳述を一定の評価基準に基づいて採点する方法。1973年に行われたWHOによる国際研究もこの方法で行われた。4)一定の設問への応答を評価基準に基づいて採点する方法。1990年代に実証的研究に使われるようになり、SAI6), SUMD2)がその代表である。5)一定の設問に対し、多項選択で回答するもの。 | ||
時代によって統合失調症の診断基準が変化することと、病識の評価方法も変化していることから、たとえば病識欠如の出現率などの調査は時代の制約を受けることになる。本論では主に1990年代以後の実証的手法を用いた研究報告をとりあげている。 | 時代によって統合失調症の診断基準が変化することと、病識の評価方法も変化していることから、たとえば病識欠如の出現率などの調査は時代の制約を受けることになる。本論では主に1990年代以後の実証的手法を用いた研究報告をとりあげている。 | ||
病識についての客観的評価方法が提案されるようになった時期より、後述する病識と脳機能との関連についての実証的研究がおこなわれるようになっている。 | 病識についての客観的評価方法が提案されるようになった時期より、後述する病識と脳機能との関連についての実証的研究がおこなわれるようになっている。 | ||
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Babinskiや Gerstmannが早くから記載しているように、主に左半身麻痺の人において、「麻痺があたかもないように振るまったり、麻痺の存在に関心を示さない」現象が観察されており、anosognosia, denial of illness, lack of insight, organic repressionなどと呼称されてきた。この現象は、健常な知的能力でも発現し、またある障害については自覚しているが、ある障害については気づかないといった選択性があることも知られている。大橋19)はanosognosieを「器質性患者による自己の身体機能欠損の否認」と定義し、左片麻痺の際の麻痺の否認や、Anton症状などの疾病否認を例示し、また関連する病態として、失語や失行の際に見られる機能欠損についての無関心anosodiaphorieや、半側無視症状などを紹介している。大橋の症例では、左片麻痺があるにもかかわらず認めようとしないが、現実に歩こうとはしない、多弁で医師に拒否的で疾病の話を受け入れない、否認を貫く間は多幸的であるなど、統合失調症と極めて相似の病識欠如の病態が示されている。 | Babinskiや Gerstmannが早くから記載しているように、主に左半身麻痺の人において、「麻痺があたかもないように振るまったり、麻痺の存在に関心を示さない」現象が観察されており、anosognosia, denial of illness, lack of insight, organic repressionなどと呼称されてきた。この現象は、健常な知的能力でも発現し、またある障害については自覚しているが、ある障害については気づかないといった選択性があることも知られている。大橋19)はanosognosieを「器質性患者による自己の身体機能欠損の否認」と定義し、左片麻痺の際の麻痺の否認や、Anton症状などの疾病否認を例示し、また関連する病態として、失語や失行の際に見られる機能欠損についての無関心anosodiaphorieや、半側無視症状などを紹介している。大橋の症例では、左片麻痺があるにもかかわらず認めようとしないが、現実に歩こうとはしない、多弁で医師に拒否的で疾病の話を受け入れない、否認を貫く間は多幸的であるなど、統合失調症と極めて相似の病識欠如の病態が示されている。 | ||
以上のように器質疾患でも観察されることから、病識欠如の成因として認知機能障害を想定することが近年行われるようになっている。 | 以上のように器質疾患でも観察されることから、病識欠如の成因として認知機能障害を想定することが近年行われるようになっている。 | ||
病識欠如という現象をセルフモニターの障害として想定する考え方がある。自分の状態を意識する(メタ表象)ためには、ある行動を行うときに一定の目標を自覚しつつ、途中経過を評価し修正することができる(現実の一次表象の照合作業)ことが前提とされ、作動記憶の中央実行系の機能であると考えられている12)。そして中央実行系が障害されると、自発性の減少、保続、場当たり的な行動の増加がおこることが知られ、両側の背外側前頭前野の関与が大きいと考えられている。Amadorら<ref name=amador_schizophr_bull><pubmed>2047782</pubmed></ref>は、障害認識は modality-specificなものであるので、ある特定の高次連合野の障害というよりは、言語、知覚、記憶などの機能の各単位と、作動記憶のような中心的な意識野との連合が不十分ではないかと推論している。 | |||
一方、前頭前野内側部が自己の感情状態、思考、自己の性格特性など自分自身の主観的状態を含む内的表象と密接に関連していることから26)、この部位の関与も推定できる。なお Parelladaら<ref><pubmed>20884756</pubmed></ref>は初回エピソード精神病患者(統合失調症圏53例、それ以外57例)を踏査し、前頭葉および頭頂葉の灰白質の減少が2年後の精神病症状についての病識と有意に相関することを報告している。 | 一方、前頭前野内側部が自己の感情状態、思考、自己の性格特性など自分自身の主観的状態を含む内的表象と密接に関連していることから26)、この部位の関与も推定できる。なお Parelladaら<ref><pubmed>20884756</pubmed></ref>は初回エピソード精神病患者(統合失調症圏53例、それ以外57例)を踏査し、前頭葉および頭頂葉の灰白質の減少が2年後の精神病症状についての病識と有意に相関することを報告している。 | ||
これまでの実証的研究では、Youngら28)は、31例の統合失調症患者を対象に、前頭葉機能を反映すると考えられるWisconsin Card Sorting Test (WCST), verbal fluency test, trail making testを実施し、現在の症状に対する認識と誤った帰属(SUMDによる評価)とが、 WCSTの成績低下と相関していたことを報告しているなど、前頭葉機能と病識との関連を報告したものが多くみられる。 | これまでの実証的研究では、Youngら28)は、31例の統合失調症患者を対象に、前頭葉機能を反映すると考えられるWisconsin Card Sorting Test (WCST), verbal fluency test, trail making testを実施し、現在の症状に対する認識と誤った帰属(SUMDによる評価)とが、 WCSTの成績低下と相関していたことを報告しているなど、前頭葉機能と病識との関連を報告したものが多くみられる。 |