「外傷後ストレス障害」の版間の差分

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 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)は殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスが契機となり起きる障害である。症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、目的を考慮して評価方法を決定するべきである。治療は大きく薬物療法と心理療法に大別される。薬物治療では[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法ではトラウマ焦点化心理療法( PE療法など)やEMDRがランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などが行われている。恐怖の条件付けに関連した扁桃体、内側前頭前野と海馬を含むfear circuitが神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。<br>  
 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)は殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスが契機となり起きる障害である。症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、目的により使い分ける。治療は大きく薬物療法と心理療法に大別される。薬物治療では[[wikipedia:ja:選択的セロトニン再取り込阻害薬|選択的セロトニン再取り込阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法ではトラウマ焦点化心理療法( PE療法など)やEMDRがランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経生理、神経内分泌、脳画像、遺伝子などの研究が行われている。恐怖の条件付けに関連した扁桃体、内側前頭前野と海馬を含むfear circuitが症状発生メカニズムに関連した神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。<br>  


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== &nbsp;PTSDとは&nbsp;  ==
== &nbsp;PTSDとは&nbsp;  ==
<pre>==PTSDとは==</pre>  
<pre>==PTSDとは==</pre>  
  外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重傷を負うないしその危険を伴った出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験したり、目撃したり、直面したりすること(トラウマ体験)が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の精神障害の診断と統計の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision DSM‐Ⅳ‐TR)と世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Disease: ICD-10)があるが、研究では前者が用いられることが多い(下記参照)。&nbsp;<br>  
  外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重傷を負うないしその危険を伴った出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験したり、目撃したり、直面したりすること(トラウマ体験)が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の精神障害の診断と統計の手引き第4版新訂版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision DSM‐Ⅳ‐TR)と世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Disease: ICD-10)があるが、研究では前者が用いられることが多い(下記参照)。&nbsp;<br>  


 症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRに示される再体験症状1項目以上、回避・精神麻痺症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、強い苦痛ないし生活上の機能障害を伴うとPTSDと診断される。  
 症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRに示される再体験症状1項目以上、回避・精神麻痺症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、強い苦痛ないし生活上の機能障害を伴うとPTSDと診断される。  
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== 治療  ==
== 治療  ==
<pre>==治療==</pre>  
<pre>==治療==</pre>  
 PTSD患者では、上記症状や合併障害などのためにトラウマ体験以後の生活がしばしば大きく変化する。例えば、再体験症状、麻痺症状、過覚醒症状のためにそれまで可能であった活動の遂行が困難になったり、周囲から孤立・対立するなど社会的活動が障害されたりする。そのような変化が「異常な体験をした人に現れる正常な反応」であることを伝え、支持的・受容的・共感的な態度で接することはどのような治療を選択する場合にも重要である。また、周囲の言動による二次被害を防止しそのサポートを得るために、周囲に対してのアプローチも同様に重要である。
 PTSD患者では、上記症状や合併障害などのためにトラウマ体験以後の生活がしばしば大きく変化する。例えば、再体験症状、麻痺症状、過覚醒症状のためにそれまで可能であった活動の遂行が困難になったり、周囲から孤立する、引きこもるなど社会的活動が障害されたりする。そのような変化が「異常な体験をした人に現れる正常な反応」であることを伝え、支持的・受容的・共感的な態度で接することはどのような治療を選択する場合にも重要である。また、周囲の言動による二次被害を防止しそのサポートを得るために、周囲に対してのアプローチも同様に重要である。


 PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験(Randomized Contorolled Trial:RCT)で有効性を証明された治療法に認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy:CBT)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法:Eye Movement Desensitization and Reprocessing)、薬物療法がある。2005年のNICE(英国国立医療技術評価機構:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドラインでは、心理療法(CBTないしはEMDR)を基本的な第一選択としている。薬物療法が推奨されるのは、心理療法を患者が望まない時や実施が困難は場合としている。また、2007年に示された全米アカデミーズ医学院PTSD治療評価委員のレポートでは、PTSDへの治療的有効性が確立されているのは曝露療法のみで、その他の心理療法、薬物療法の有効性に関するエビデンスは不十分と結論づけられている。<br>  
 PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験(Randomized Contorolled Trial:RCT)で有効性を証明された治療法に認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy:CBT)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法:Eye Movement Desensitization and Reprocessing)、薬物療法がある。2005年のNICE(英国国立医療技術評価機構:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドラインでは、心理療法(CBTないしはEMDR)を基本的な第一選択としている。薬物療法が推奨されるのは、心理療法を患者が望まない時や実施が困難は場合としている。また、2007年に示された全米アカデミーズ医学院PTSD治療評価委員のレポートでは、PTSDへの治療的有効性が確立されているのは曝露療法のみで、その他の心理療法、薬物療法の有効性に関するエビデンスは不十分と結論づけられている。但し、実際にはPTSDのためのCBT等を実施できる治療者数が限られていることから、多くの患者は薬物と支持的カウンセリングにより治療を受けているのが現状である。<br>  


   
   
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==== <br>抗アドレナリン作動薬  ====
==== <br>抗アドレナリン作動薬  ====
<pre>====抗アドレナリン作動薬====</pre>  
<pre>====抗アドレナリン作動薬====</pre>  
抗アドレナリン作動薬にはprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineが含まれる。このうち、guanfacineは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが血圧の低下の可能性を留意する必要がある。prazosinは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている。prooranololは小児を対象とした試験で過覚醒と再体験への有効性が示されている。clonidineはオープン試験で解離症状に有効である可能性が報告されている。<br><br>  
抗アドレナリン作動薬にはprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineが含まれる。このうち、guanfacineは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが血圧の低下などの可能性に留意する必要がある。prazosinは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている。prooranololは小児を対象とした試験で過覚醒と再体験への有効性が示されている。clonidineはオープン試験で解離症状に有効である可能性が報告されている。<br><br>  


==== 非定型抗精神病薬  ====
==== 非定型抗精神病薬  ====
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==== トラウマ焦点化認知行動療法  ====
==== トラウマ焦点化認知行動療法  ====
<pre>====トラウマ焦点化認知行動療法====</pre>  
<pre>====トラウマ焦点化認知行動療法====</pre>  
トラウマ焦点化認知行動療法にはPE療法(長時間曝露療法ないし持続エクスポージャー療法と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子供へのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。  
トラウマ焦点化認知行動療法にはPE療法(長時間曝露療法ないし持続エクスポージャー療法と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。  


===== PE療法  =====
===== PE療法  =====
<pre>=====PE療法=====
<pre>=====PE療法=====
</pre>  
</pre>  
Foaが開発したPE療法は感情処理理論に基づいたPTSDの治療法である。週1回90-120分のセッションを10-15週で、 心理教育、不安に対するための呼吸法、実生活内曝露、イメージ曝露、プロセッシング(非機能的認知の修正)を行う。多数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、飛鳥井らが行った日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている<ref><pubmed>21171135 </ref>。  
Foaが開発したPE療法は感情処理理論に基づいたPTSDの治療法である。週1回90-120分のセッションを10-15週で、 心理教育、不安に対するための呼吸法、実生活内曝露(回避的状況に徐々に接近し馴化を図る)、イメージ曝露(トラウマ体験記憶の想起陳述)、プロセッシング(非機能的認知の修正)を行う。多数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、飛鳥井らが行った日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている<ref><pubmed>21171135 </ref>。  


===== CPT  =====
===== CPT  =====
<pre>=====CPT=====
<pre>=====CPT=====
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</pre>  
Resikらによって考案されたPTSDに特化した治療で、認知療法の技法に加えて、筆記と朗読による暴露が特徴とされる。レイプ被害者のPTSDを中心にエビデンスが蓄積され、現在はアメリカの退役(復員)軍人局でPE療法と共に推奨される治療法となっている。ランダム化比較試験でPE療法と比較して同等の治療効果が確認されている<ref><pubmed>12182270</ref>。  
Resikらによって考案されたPTSDに特化した治療で、認知療法の技法に加えて、トラウマ体験内容の筆記と朗読による曝露が特徴とされる。レイプ被害者のPTSDを中心にエビデンスが蓄積され、現在はアメリカの退役軍人局でPE療法と共に推奨される治療法となっている。ランダム化比較試験でPE療法と比較して同等の治療効果が確認されている<ref><pubmed>12182270</ref>。  


===== &nbsp; 認知療法  =====
===== &nbsp; 認知療法  =====
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Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。<br>  
Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。<br>  


===== 子供へのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)  =====
===== 子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)  =====
<pre>=====子供へのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)=====
<pre>=====子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)=====
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</pre>  
子供のPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのがTF-CBTである。その構成要素はPRACTICEの頭文字であらわされており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(徐々に行うトラウマ記憶への曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心感の増強)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。<br>  
子どものPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのがTF-CBTである。その構成要素はPRACTICEの頭文字で表されており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(トラウマ記憶への漸進的曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子合同セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心と発達の強化)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。<br>  


==== EMDR  ====
==== EMDR  ====
<pre>====EMDR====</pre>  
<pre>====EMDR====</pre>  
Shapiroが開発したEMDRはCBTと並び効果のある治療法で、海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。 8つの段階から構成され、1セッションは60-90分で実施される。状態の確認、心理教育の後、治療者が指をリズミックに左右に動かし、患者はそれを追視しながら、トラウマ体験の想起、肯定的な認知の想起、身体感覚の確認を行う。海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。
Shapiroが開発したEMDRはCBTと並び効果のある治療法で、海外での複数のランダム化比較試験で成人のPTSDに対する有効性が証明されている。 8つの段階から構成され、1セッションは60-90分で実施される。状態の確認、心理教育の後、治療者が指をリズミックに左右に動かし、患者はそれを追視しながら、トラウマ体験の想起、肯定的な認知の想起、身体感覚の確認を行う。


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&nbsp; 1995年にKesslerらが行った全米疫学調査<ref><pubmed>7492257</ref>ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された(図1)。 [[Image:Tsutsui file 2.jpg|center|392x284px|原因による有病率の違い]]&nbsp; 日本国内のデータも川上が9つの市町村の住民を対象に調査を行い、12か月有病率0.70%、生涯有病率1.27%と報告している<ref>'''川上憲人'''<br>トラウマティックイベントと心的外傷後ストレス障害のリスク:閾値下PTSDの頻度とイベントとの関連.大規模災害や犯罪被害等による精神科疾患の実態把握と介入方法の開発に関する研究<br>''平成21年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)分担研究報告書'':17-25,2010</ref>。  
&nbsp; 1995年にKesslerらが行った全米疫学調査<ref><pubmed>7492257</ref>ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された(図1)。 [[Image:Tsutsui file 2.jpg|center|392x284px|原因による有病率の違い]]&nbsp; 日本国内のデータも川上が9つの市町村の住民を対象に調査を行い、12か月有病率0.70%、生涯有病率1.27%と報告している<ref>'''川上憲人'''<br>トラウマティックイベントと心的外傷後ストレス障害のリスク:閾値下PTSDの頻度とイベントとの関連.大規模災害や犯罪被害等による精神科疾患の実態把握と介入方法の開発に関する研究<br>''平成21年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)分担研究報告書'':17-25,2010</ref>。  


 発症の危険因子については、生命的危険の認知、社会的サポートの認知、トラウマ体験時の感情反応(恐怖、孤立無援感、戦慄、自責、羞恥など)、トラウマ体験時の解離反応、トラウマ体験後の生活ストレス、過去の精神的問題、過去のトラウマ体験、家族の精神的問題、女性、若年者、低学歴、IQ、人種がある→参考文献差し替え<ref><pubmed>19169189</ref>。 <ref>'''飛鳥井望'''<br>PTSDになる人とならない人<br>''臨床精神医学'':157-162,2012</ref>  
 発症の危険因子については、生命的危険の認知、社会的サポートの認知、トラウマ体験時の感情反応(恐怖、孤立無援感、戦慄、自責、羞恥など)、トラウマ体験時の解離反応、トラウマ体験後の生活ストレス、過去の精神的問題、過去のトラウマ体験、家族の精神的問題、女性、若年者、低学歴、IQ、人種がある <ref>'''飛鳥井望'''<br>PTSDになる人とならない人<br>''臨床精神医学'':157-162,2012</ref>


=== 併存障害  ===
=== 併存障害  ===
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== &nbsp;病態メカニズム  ==
== &nbsp;病態メカニズム  ==
<pre> ==病態メカニズム==</pre>  
<pre> ==病態メカニズム==</pre>  
 PTSDの病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな視点からの報告がなされている。
 PTSDの病態メカニズムについて神経生理学研究、神経内分泌研究、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな観点からの報告がなされている。


=== &nbsp;&nbsp;神経心理的知見 ===
=== &nbsp;&nbsp;神経生理学的知見 ===
<pre>===神経心理的知見===</pre>  
<pre>===神経生理学的知見===</pre>  
[[Image:Tutsui file 3.jpg|right|579x347px|fear circuit]] PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。[[恐怖条件づけ]]を司る[[扁桃体]]と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は[[扁桃体]]、内側前頭前野、[[海馬]]などを含んだ神経回路モデルが想定されている(図2)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者の[[海馬]]体積が小さいという報告と、差は認めないする報告<ref><pubmed>11481158</ref>がある。CAPS>65の重症PTSD患者の一卵性の同胞における海馬が小さいことが示され、海馬体積はPTSDの病態に影響を与えていると考えられている<ref><pubmed>12379862</ref>。また、同様の一卵性双生児の研究で、PTSDの影響によるpregenual anterior cingulate cortexの体積減少が示されている<ref><pubmed>17825801</ref>。<br>    
[[Image:Tutsui file 3.jpg|right|579x347px|fear circuit]] PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。[[恐怖条件づけ]]を司る[[扁桃体]]と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は[[扁桃体]]、内側前頭前野、[[海馬]]などを含んだ神経回路(fear-circuit)モデルが想定されている(図2)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者の[[海馬]]体積が小さいという報告と、差は認めないする報告<ref><pubmed>11481158</ref>がある。CAPS>65の重症PTSD患者の一卵性の同胞における海馬が小さいことが示され、海馬体積はPTSDの病態に影響を与えている脆弱因子である可能性が示唆されている<ref><pubmed>12379862</ref>。また、同様の一卵性双生児の研究で、PTSDの影響によるpregenual anterior cingulate cortexの体積減少の可能性も示唆されている<ref><pubmed>17825801</ref>。<br>    


  その他、PTSDがストレス反応であるとの視点からストレス系ホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。  
  その他、PTSDがストレス反応であるとの観点からストレスホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。  


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