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こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、ギリシャの哲学者アリストテレス (Aristotle) の著作De AnimaとParva Naturaliaまで遡る。 | こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、ギリシャの哲学者アリストテレス (Aristotle) の著作De AnimaとParva Naturaliaまで遡る。 | ||
= | ==メタ認知とは== | ||
メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976)<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognitive aspects of problem solving.<br>''Nature of intelligence. ''1976, 12;231-236</ref> において初めて用いられた。 | メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976)<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognitive aspects of problem solving.<br>''Nature of intelligence. ''1976, 12;231-236</ref> において初めて用いられた。 | ||
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自己の認知活動のモニタリングはメタ認知の根幹を成す。それは基本的な感覚応答から、行動目標を達成する上で複雑に組み合わされる脳内処理過程(高次認知機能)にまで及ぶ。モニタリングされた情報を意識的または無意識的に吟味することで、様々な認知活動の制御が可能となる。例えば、自分の能力と作業の難易度を照合し今後の行動に関して適切な判断を下すこと、行動目標に対して適切な課題を設定すること、状況に応じて適切な方略または道具を選ぶこと、モニタリングそのものを効率的に行うことなどである。これらの適応的な認知活動は、複雑な問題の解決にあたり、いつどのような知識に基づき行動するべきかを把握し実行する能力によって支えられている<ref name=ref1 /><ref>''' T O Nelson, L Narens '''<br>Metamemory: A theoretical framework and new findings.<br>''Academic Press. ''1990</ref><ref>''' J Dunlosky, M J Serra, J M C Baker '''<br>Handbook of applied cognition, Chapter6. <br>''Academic Press. ''2007</ref>。<br> | 自己の認知活動のモニタリングはメタ認知の根幹を成す。それは基本的な感覚応答から、行動目標を達成する上で複雑に組み合わされる脳内処理過程(高次認知機能)にまで及ぶ。モニタリングされた情報を意識的または無意識的に吟味することで、様々な認知活動の制御が可能となる。例えば、自分の能力と作業の難易度を照合し今後の行動に関して適切な判断を下すこと、行動目標に対して適切な課題を設定すること、状況に応じて適切な方略または道具を選ぶこと、モニタリングそのものを効率的に行うことなどである。これらの適応的な認知活動は、複雑な問題の解決にあたり、いつどのような知識に基づき行動するべきかを把握し実行する能力によって支えられている<ref name=ref1 /><ref>''' T O Nelson, L Narens '''<br>Metamemory: A theoretical framework and new findings.<br>''Academic Press. ''1990</ref><ref>''' J Dunlosky, M J Serra, J M C Baker '''<br>Handbook of applied cognition, Chapter6. <br>''Academic Press. ''2007</ref>。<br> | ||
== '''分類''' == | |||
メタ認知の概念の呼び方や定義について、研究者間で必ずしも一致しているわけではないが<ref>'''楠見孝・高橋秀明'''<br>メタ記憶.安西祐一郎ほか(編) 認知科学ハンドブック<br>''共立出版 第5編第4章 ''1992</ref>、「認知についての知識」といった知識的側面と、「認知のプロセスや状態のモニタリングおよびコントロール」といった活動的側面とにおおきくわかれるという点では、研究者間の見解はほぼ一致しているため、以下のように分類できる<ref>'''三宮真智子'''<br>認知心理学4「思考」,市川伸一(編) 第7刷第7章 <br>''東京大学出版会 ''2009</ref>。 | メタ認知の概念の呼び方や定義について、研究者間で必ずしも一致しているわけではないが<ref>'''楠見孝・高橋秀明'''<br>メタ記憶.安西祐一郎ほか(編) 認知科学ハンドブック<br>''共立出版 第5編第4章 ''1992</ref>、「認知についての知識」といった知識的側面と、「認知のプロセスや状態のモニタリングおよびコントロール」といった活動的側面とにおおきくわかれるという点では、研究者間の見解はほぼ一致しているため、以下のように分類できる<ref>'''三宮真智子'''<br>認知心理学4「思考」,市川伸一(編) 第7刷第7章 <br>''東京大学出版会 ''2009</ref>。 | ||
===メタ認知的知識=== | |||
Metacognitive knowledge/awareness<br> | |||
知識に関する知識。メタ認知的知識はさらに、人変数に関する知識、課題変数に関する知識、方略変数に関する知識に分類される。<br> | |||
: | ====人変数に関する知識==== | ||
:人変数に関する知識とは(編集コメント:簡単に定義を御願い致します。) | |||
: | :さらに、「私は考えることは得意だがそれを表現することが苦手だ」というような個人内での比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人内変数に関する知識)、「AさんはBさんよりも想像力に富んでいる」といった個人間の比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人間変数に関する知識)、そして「注意を向けていなかったことは、あまり記憶に残らない。」などの人間の認知についての一般的な知識(一般的な人変数に関する知識)に分類できる。<br> | ||
====課題変数に関する知識==== | |||
: | :「科学論文を読んで理解するほうが、小説を読んで理解するよりも時間がかかる。」といった課題の性質が私たちの認知活動に及ぼす影響についての知識をさす。<br> | ||
====方略変数に関する知識==== | |||
:目的に応じた効果的な方略の使用についての知識をさす。<br> | |||
===メタ認知的活動=== | |||
metacognitive regulation | |||
気づき・感覚・予想・点検・評価といったメタ認知的モニタリングや、目標設定・計画・修正といったメタ認知的コントロールからなる。 | |||
===メタ認知的経験=== | |||
metacognitive experiences | |||
メタ認知的経験は、現在進行形のメタ認知的な経験(活動)のことである。 | |||
=== '''機能''' === | === '''機能''' === | ||
41行目: | 55行目: | ||
問題解決においては自分の理解の状況をモニターすることが必要である。Metcalfeは、問題解決の場面で「なんとなくできそうな感じ」を「もう少しでわかりそうな感じ(Feeling of Warmth:FOW)」とよび、FOWで推定されるメタ認知の機構が記憶検索の過程とは独立である可能性を示した<ref>''' J Metcalfe '''<br>Premonitions of insight predict impending error. <br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory and Cognition. ''1986, 12;623-634</ref>。 | 問題解決においては自分の理解の状況をモニターすることが必要である。Metcalfeは、問題解決の場面で「なんとなくできそうな感じ」を「もう少しでわかりそうな感じ(Feeling of Warmth:FOW)」とよび、FOWで推定されるメタ認知の機構が記憶検索の過程とは独立である可能性を示した<ref>''' J Metcalfe '''<br>Premonitions of insight predict impending error. <br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory and Cognition. ''1986, 12;623-634</ref>。 | ||
= '''メタ認知能力の発達''' = | == '''メタ認知能力の発達''' == | ||
メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、言語能力が未発達である新生児、乳児にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. <br>''The American psychologist. ''1979, 34(10);906-911</ref><ref>''' K Lockl, W Schneider '''<br>Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary. <br>''Metacognition and learning. ''2006, 1(1);15-31</ref><ref><pubmed> 17328698 </pubmed></ref>。<br> | メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、言語能力が未発達である新生児、乳児にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. <br>''The American psychologist. ''1979, 34(10);906-911</ref><ref>''' K Lockl, W Schneider '''<br>Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary. <br>''Metacognition and learning. ''2006, 1(1);15-31</ref><ref><pubmed> 17328698 </pubmed></ref>。<br> | ||
= ''' | == '''動物におけるメタ認知能力''' == | ||
メタ認知はヒトに特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、マカクザルや類人猿<ref><pubmed> 19242741 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20836592 </pubmed></ref>、イルカ<ref name=ref5><pubmed> 19726218 </pubmed></ref>などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、鳥類にはこれまでメタ認知能力は認められていない<ref name=ref5 />。2007年の研究でラットのメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単にオペラント条件付けの法則に従ったとも考えられている<ref><pubmed> 17346969 </pubmed></ref>。<br> | メタ認知はヒトに特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、マカクザルや類人猿<ref><pubmed> 19242741 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20836592 </pubmed></ref>、イルカ<ref name=ref5><pubmed> 19726218 </pubmed></ref>などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、鳥類にはこれまでメタ認知能力は認められていない<ref name=ref5 />。2007年の研究でラットのメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単にオペラント条件付けの法則に従ったとも考えられている<ref><pubmed> 17346969 </pubmed></ref>。<br> | ||
= '''神経基盤''' = | == '''神経基盤''' == | ||
脳損傷患者の症例研究では、前頭前野 (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている<ref name=ref2 />。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている<ref><pubmed> 22492751 </pubmed></ref>。<br> | 脳損傷患者の症例研究では、前頭前野 (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている<ref name=ref2 />。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている<ref><pubmed> 22492751 </pubmed></ref>。<br> | ||
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神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。また統合失調症患者のfMRI研究では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に前内側前頭前野(anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、内側前頭前野とメタ認知の関連が指摘されている<ref><pubmed> 22492746 </pubmed></ref>。 | 神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。また統合失調症患者のfMRI研究では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に前内側前頭前野(anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、内側前頭前野とメタ認知の関連が指摘されている<ref><pubmed> 22492746 </pubmed></ref>。 | ||
= '''各分野におけるメタ認知研究''' = | == '''各分野におけるメタ認知研究''' == | ||
発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。ピアジェ (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた<ref name=ref7>''' H Otani, Robert L Wilner JR. '''<br>Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction. <br>''The Journal of General Psychology. ''2005, 132(4);329-334</ref>。また レフ・ヴィゴツキー(Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。<br> | 発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。ピアジェ (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた<ref name=ref7>''' H Otani, Robert L Wilner JR. '''<br>Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction. <br>''The Journal of General Psychology. ''2005, 132(4);329-334</ref>。また レフ・ヴィゴツキー(Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。<br> | ||
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実験心理学ではモニタリング(自身の記憶に関する判断)と制御(判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。人工知能<ref>''' M T Cox'''<br>Metacognition in computation: A selected research review.<br>''Artificial Intelligence. ''2005, 169(2);104-141</ref>やモデリングの分野においても、メタ認知研究が行われている。<br> | 実験心理学ではモニタリング(自身の記憶に関する判断)と制御(判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。人工知能<ref>''' M T Cox'''<br>Metacognition in computation: A selected research review.<br>''Artificial Intelligence. ''2005, 169(2);104-141</ref>やモデリングの分野においても、メタ認知研究が行われている。<br> | ||
= '''関連項目''' = | == '''関連項目''' == | ||
*[[ | *[[教育心理学]] ([[wikipedia:Educational psychology|Educational psychology]]) | ||
*[[ | *[[教育工学]] ([[wikipedia:Educational technology|Educational technology]]) | ||
*[[ | *[[認識論]] ([[wikipedia:Epistemology|Epistemology]]) | ||
*[[目標定位]] ([[wikipedia:Goal orientation|Goal orientation]]) | *[[目標定位]] ([[wikipedia:Goal orientation|Goal orientation]]) | ||
*[[ | *[[内観]] ([[wikipedia:Introspection|Introspection]]) | ||
*[[ | *[[メタ記憶]] ([[wikipedia:metamemory|metamemory]]) | ||
*[[メタ理解]] ([[wikipedia:metacomprehension|metacomprehension]]) | *[[メタ理解]] ([[wikipedia:metacomprehension|metacomprehension]]) | ||
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*[[メタ感情]] ([[wikipedia:meta-emotion|meta-emotion]]) | *[[メタ感情]] ([[wikipedia:meta-emotion|meta-emotion]]) | ||
*[[ | *[[メタ知識]] ([[wikipedia:metaknowledge|metaknowledge]]) | ||
*[[ | *[[メタ哲学]] ([[wikipedia:metaphilosophy|metaphilosophy]]) | ||
*[[メタ理論]] ([[wikipedia:metatheory|metatheory]]) | *[[メタ理論]] ([[wikipedia:metatheory|metatheory]]) |