「外傷後ストレス障害」の版間の差分

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==== 抗うつ薬  ====
==== 抗うつ薬  ====


 PTSDに対する薬物療法として、[[セルトラリン]]、[[パロキセチン]]、[[フルオキセチン]]といった選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が海外の複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている<ref name="ref1">'''Edna B.Foa, Terence M. Keane, Mattew J.Friedman, Judith A. Cohen'''<br>Effective Treatment for PTSD: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies<br>''Guilford press'':2008</ref>。また、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]](serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)である[[venlafaxine]]も第一選択として推奨されている<ref name="ref1" />が、日本では厚生労働省に承認されていない薬剤である。[[三環系抗うつ薬]]である[[imipramine]]、[[amitriptyline]]もランダム化比較試験で効果が認められている<ref name="ref1" />が、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapineは小規模のランダム化比較試験で有効性が示され<ref name="ref1" />、trazodoneは小規模のオープン試験で有効性を示した研究報告がある<ref name="ref1" />。  
 PTSDに対する薬物療法として、[[セルトラリン]]、[[パロキセチン]]、[[フルオキセチン]]といった選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が海外の複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている<ref name="ref1">'''Edna B.Foa, Terence M. Keane, Mattew J.Friedman, Judith A. Cohen'''<br>Effective Treatment for PTSD: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies<br>''Guilford press'':2008</ref>。また、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]](serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)である[[ベンラファキシン]]も第一選択として推奨されている<ref name="ref1" />が、日本では厚生労働省に承認されていない薬剤である。[[三環系抗うつ薬]]である[[イミプラミン]]、[[アミノトリプチリン]]もランダム化比較試験で効果が認められている<ref name="ref1" />が、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、[[ミトラザピン]]は小規模のランダム化比較試験で有効性が示され<ref name="ref1" />、[[トラゾドン]]は小規模のオープン試験で有効性を示した研究報告がある<ref name="ref1" />。  


 米国ではparoxetineとsertralineがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。
 米国ではパロキセチンとセルトラリンがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。


==== モノアミン酸化酵素阻害薬  ====
==== モノアミン酸化酵素阻害薬  ====
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 [[モノアミン酸化酵素阻害薬]](MAOI)は食事制限などを厳密に遵守する必要がある薬剤で、[[phenelzine]]のBとD症状への効果が示されている<ref name="ref1" />。phenelzineは日本では[[wikipedia:ja:厚生労働省|厚生労働省]]に承認されていない。  
 [[モノアミン酸化酵素阻害薬]](MAOI)は食事制限などを厳密に遵守する必要がある薬剤で、[[phenelzine]]のBとD症状への効果が示されている<ref name="ref1" />。phenelzineは日本では[[wikipedia:ja:厚生労働省|厚生労働省]]に承認されていない。  


==== 拮抗アドレナリン拮抗薬 ====
====アドレナリン阻害薬 ====


 拮抗アドレナリン拮抗薬には[[prazosin]]、[[propranolol]]、[[clonidine]]、[[guanfacine]]が含まれる。このうち、guanfacineは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の低下などの可能性に留意する必要がある。prazosinは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている<ref name="ref1" />。propranololは小児を対象とした試験で[[過覚醒]]と[[再体験]]への有効性が示されている<ref name="ref1" />。clonidineはオープン試験で[[解離症状]]に有効である可能性が報告されている<ref name="ref1" />。  
 アドレナリン阻害薬には[[プラゾシン]]、[[プロプラノロール]]、[[クロニジン]]、[[グアンファシン]]が含まれる。このうち、グアンファシンは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の低下などの可能性に留意する必要がある。プラゾシンは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている<ref name="ref1" />。プロプラノロールは小児を対象とした試験で[[過覚醒]]と[[再体験]]への有効性が示されている<ref name="ref1" />。クロニジンはオープン試験で[[解離症状]]に有効である可能性が報告されている<ref name="ref1" />。  


==== 非定型抗精神病薬  ====
==== 非定型抗精神病薬  ====


 [[非定型抗精神病薬]]である[[risperidone]]、[[olanzapine]]、[[quetiapine]]はSSRIで症状が残存した時、治療抵抗性のPTSD患者への増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている<ref name="ref1" />。過覚醒、[[攻撃行動]]、妄想や精神病性の症状を呈するPTSD患者への効果も期待されている。  
 [[非定型抗精神病薬]]である[[リスペリドン]]、[[オランザピン]]、[[ケチアピン]]はSSRIで症状が残存した時、治療抵抗性のPTSD患者への増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている<ref name="ref1" />。過覚醒、[[攻撃行動]]、妄想や精神病性の症状を呈するPTSD患者への効果も期待されている。  


==== Benzodiazepine系薬  ====
==== Benzodiazepine系薬  ====
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 有効性に関して一致した結論には至らず、現時点では治療薬としては推奨されていない<ref name="ref1" />。  
 有効性に関して一致した結論には至らず、現時点では治療薬としては推奨されていない<ref name="ref1" />。  


===  心理療法 ===
=== 心理療法 ===


==== トラウマ焦点化認知行動療法  ====
==== トラウマ焦点化認知行動療法  ====
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 トラウマ焦点化認知行動療法にはPE療法(長時間曝露療法ないし持続エクスポージャー療法と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。  
 トラウマ焦点化認知行動療法にはPE療法(長時間曝露療法ないし持続エクスポージャー療法と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。  


===== PE療法  =====
=====長時間曝露療法=====
Prolonged exposure therapy: PE療法


 Foaが開発したPE療法は感情処理理論に基づいたPTSDの治療法である。週1回90-120分のセッションを10-15週で、 心理教育、不安に対するための呼吸法、実生活内曝露(回避的状況に徐々に接近し馴化を図る)、イメージ曝露(トラウマ体験記憶の想起陳述)、プロセッシング(非機能的認知の修正)を行う。多数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、飛鳥井らが行った日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている<ref><pubmed>21171135</pubmed></ref>。  
:Foaが開発したPE療法は感情処理理論に基づいたPTSDの治療法である。週1回90-120分のセッションを10-15週で、 心理教育、不安に対するための呼吸法、実生活内曝露(回避的状況に徐々に接近し馴化を図る)、イメージ曝露(トラウマ体験記憶の想起陳述)、プロセッシング(非機能的認知の修正)を行う。多数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、飛鳥井らが行った日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている<ref><pubmed>21171135</pubmed></ref>。  


===== CPT  =====
=====認知処理療法=====
Cognitive processing therapy: CPT


 Resikらによって考案されたPTSDに特化した治療で、認知療法の技法に加えて、トラウマ体験内容の筆記と朗読による曝露が特徴とされる。レイプ被害者のPTSDを中心にエビデンスが蓄積され、現在はアメリカの退役軍人局でPE療法と共に推奨される治療法となっている。ランダム化比較試験でPE療法と比較して同等の治療効果が確認されている<ref><pubmed>12182270</pubmed></ref>。  
:Resikらによって考案されたPTSDに特化した治療で、認知療法の技法に加えて、トラウマ体験内容の筆記と朗読による曝露が特徴とされる。レイプ被害者のPTSDを中心にエビデンスが蓄積され、現在はアメリカの退役軍人局でPE療法と共に推奨される治療法となっている。ランダム化比較試験でPE療法と比較して同等の治療効果が確認されている<ref><pubmed>12182270</pubmed></ref>。  


===== 認知療法  =====
===== 認知療法  =====
   
   
 Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。
:Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。


===== 子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法 =====
===== 子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法 =====


 子どものPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのが認知行動療法(TF-CBT)である。その構成要素はPRACTICEの頭文字で表されており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(トラウマ記憶への漸進的曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子合同セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心と発達の強化)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。  
:子どものPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのが認知行動療法(TF-CBT)である。その構成要素はPRACTICEの頭文字で表されており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(トラウマ記憶への漸進的曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子合同セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心と発達の強化)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。  
 
====眼球運動による脱感作と再処理法====
Eye Movement Desensitization and Reprocessing (EMDR)


==== EMDR  ====
 Shapiroが開発したEMDRはCBTと並び効果のある治療法で、海外での複数のランダム化比較試験で成人のPTSDに対する有効性が証明されている。8つの段階から構成され、1セッションは60-90分で実施される。状態の確認、心理教育の後、治療者が指をリズミックに左右に動かし、患者はそれを追視しながら、トラウマ体験の想起、肯定的な認知の想起、身体感覚の確認を行う。
 Shapiroが開発したEMDRはCBTと並び効果のある治療法で、海外での複数のランダム化比較試験で成人のPTSDに対する有効性が証明されている。8つの段階から構成され、1セッションは60-90分で実施される。状態の確認、心理教育の後、治療者が指をリズミックに左右に動かし、患者はそれを追視しながら、トラウマ体験の想起、肯定的な認知の想起、身体感覚の確認を行う。


== 疫学 ==
== 疫学==
 
[[Image:PTSD Kessler USA.jpg|thumb|350px|'''図1.原因による有病率の違い'''<br>Kesslerらによる全米疫学調査:1995より]]
[[Image:PTSD Kessler USA.jpg|thumb|350px|'''図1.原因による有病率の違い'''<br>Kesslerらによる全米疫学調査:1995より]] 
 
 1995年にKesslerらが行った全米疫学調査<ref><pubmed>7492257</pubmed></ref>ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された。
 1995年にKesslerらが行った全米疫学調査<ref><pubmed>7492257</pubmed></ref>ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された。


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