「不安症」の版間の差分

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 不安障害は不安体質の人が何らかの刺激をきっかけに正常の不安が病的な不安に変換した状態であると考えられる。たとえば、パニック障害においては、些細な刺激が高度の危険性ありと誤認されパニック発作が出現し、そのパニック発作自体が脳神経を過敏にして次の発作準備性を高める。この機序を森田は「心身交互作用」とした。広場恐怖ではその症状である回避行動が恐怖対象の拡大(汎化現象)を引き起こし、病気が発展していく。このような機序は強迫性障害ではさらに顕著にみられる(van den Hout & Kindt, 2003)。すなわち、正常範囲の確認行動が対象への熟知性を増し、この熟知性が認知過程を抑制し、回想記憶を障害し、さらなる確認行動を引き起こす。このように、多くの不安障害では、症状そのものが病状を進行させるという悪循環を招く脳内病的機構が存在し、症状の進行と慢性化に寄与している。 
 不安障害は不安体質の人が何らかの刺激をきっかけに正常の不安が病的な不安に変換した状態であると考えられる。たとえば、パニック障害においては、些細な刺激が高度の危険性ありと誤認されパニック発作が出現し、そのパニック発作自体が脳神経を過敏にして次の発作準備性を高める。この機序を森田は「心身交互作用」とした。広場恐怖ではその症状である回避行動が恐怖対象の拡大(汎化現象)を引き起こし、病気が発展していく。このような機序は強迫性障害ではさらに顕著にみられる(van den Hout & Kindt, 2003)。すなわち、正常範囲の確認行動が対象への熟知性を増し、この熟知性が認知過程を抑制し、回想記憶を障害し、さらなる確認行動を引き起こす。このように、多くの不安障害では、症状そのものが病状を進行させるという悪循環を招く脳内病的機構が存在し、症状の進行と慢性化に寄与している。 


== <br>治療  ==
==治療  ==
===薬物療法===
 薬物療法は原因療法ではなく、対症療法である。


 薬物療法は原因療法ではなく、対症療法である。不安全般に効果があるのはGABA系とセロトニン系の神経伝達を活発にする薬物である。GABA系のエンハンサーであるベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZD)は作用発現が早いので初期短期間は使用する価値がある。ただし、血中半減期の長いBZDは依存の恐れはほとんどなく、長期使用に耐える。セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は不安障害の基本薬である。本邦で上市されている4種類のSSRI(フルボキサミン、パロキセチン、サートラリン、エスシタロプラム)は適応する疾病にも効果にも大きな違いはないので、作用時間や副作用及び薬物相互作用の違いを考慮して処方される。また、パニック障害の急性治療におけるプラシボに対するエフェクト・サイズはSSRIも一般の抗うつ薬も0.55で差はない(Otto MW、2001)。SSRIが三環系抗うつ薬に勝るのは副作用がやや少ないことのみである。 強迫性障害をはじめとする不安障害にはSSRIだけでなくドパミン受容体遮断薬も効果を持つ。図1で縦軸の上に行くほどドパミン受容体遮断薬の効果がある。セロトニン・ドパミン遮断薬(SDA)は不安・抑うつを惹起すると考えられている5-HT2受容体を遮断するだけでなく前頭前野のドパミン遊離を増加させ、恐怖の消去を促進することが最近の基礎研究で明らかにされた。このような二重効果のある非定型抗精神病薬を少量使用することは不安障害の治療に重要であろう。 認知行動療法はエビデンスのある精神療法である。不安障害に認知行動療法は大いに適応となる。認知行動療法の効果に関するメタ分析の結果によれば、最も効果量が多いのは強迫性障害で0.64-2.20、それに続き、社交不安障害で0.39-0.86、心的外傷後ストレス障害で0.28-0.96、全般性不安障害で0.05-0.97、パニック障害0.04-0.65であった(Hofmann & Smits、2008)それとは別に、多くの報告は薬物療法の併用を推奨している。 【経過・予後】 各障害の全罹患者の3/4が発症する年齢は、特定の恐怖症:12歳、社交不安障害:15歳、強迫性障害:30歳、広場恐怖&nbsp;: 33歳、PTSD:39歳、パニック障害:40歳、全般性不安障害:47歳である(Kessler RCら、2005)。急性ストレス障害以外すべて慢性の経過をとり、寛解しても再発再燃が多い。10年後の累積寛解率は、パニック障害:0.82、 全般性不安障害:0.50、 パニック障害+広場恐怖:0.42、 社交不安障害:0.35 であり、累積再発率はパニック障害+広場恐怖:0.55、 パニック障害:0.54、全般性不安障害:0.38、社交不安障害:0.34であった(Keller MB、2006)。すなわち、パニック障害は寛解率も再発率も最も高く、社交不安障害は寛解率も再発率も最も低かった。  
 不安全般に効果があるのはGABA系とセロトニン系の神経伝達を活発にする薬物である。GABA系のエンハンサーであるベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZD)は作用発現が早いので初期短期間は使用する価値がある。ただし、血中半減期の長いBZDは依存の恐れはほとんどなく、長期使用に耐える。セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は不安障害の基本薬である。本邦で上市されている4種類のSSRI(フルボキサミン、パロキセチン、サートラリン、エスシタロプラム)は適応する疾病にも効果にも大きな違いはないので、作用時間や副作用及び薬物相互作用の違いを考慮して処方される。また、パニック障害の急性治療におけるプラシボに対するエフェクト・サイズはSSRIも一般の抗うつ薬も0.55で差はない(Otto MW、2001)。SSRIが三環系抗うつ薬に勝るのは副作用がやや少ないことのみである。 強迫性障害をはじめとする不安障害にはSSRIだけでなくドパミン受容体遮断薬も効果を持つ。図1で縦軸の上に行くほどドパミン受容体遮断薬の効果がある。セロトニン・ドパミン遮断薬(SDA)は不安・抑うつを惹起すると考えられている5-HT2受容体を遮断するだけでなく前頭前野のドパミン遊離を増加させ、恐怖の消去を促進することが最近の基礎研究で明らかにされた。このような二重効果のある非定型抗精神病薬を少量使用することは不安障害の治療に重要であろう。
 
===認知行動療法===
 認知行動療法はエビデンスのある精神療法である。不安障害に認知行動療法は大いに適応となる。認知行動療法の効果に関するメタ分析の結果によれば、最も効果量が多いのは強迫性障害で0.64-2.20、それに続き、社交不安障害で0.39-0.86、心的外傷後ストレス障害で0.28-0.96、全般性不安障害で0.05-0.97、パニック障害0.04-0.65であった(Hofmann & Smits、2008)それとは別に、多くの報告は薬物療法の併用を推奨している。  
 
== 経過・予後 ==
 各障害の全罹患者の3/4が発症する年齢は、特定の恐怖症:12歳、社交不安障害:15歳、強迫性障害:30歳、広場恐怖&nbsp;: 33歳、PTSD:39歳、パニック障害:40歳、全般性不安障害:47歳である(Kessler RCら、2005)。急性ストレス障害以外すべて慢性の経過をとり、寛解しても再発再燃が多い。10年後の累積寛解率は、パニック障害:0.82、 全般性不安障害:0.50、 パニック障害+広場恐怖:0.42、 社交不安障害:0.35 であり、累積再発率はパニック障害+広場恐怖:0.55、 パニック障害:0.54、全般性不安障害:0.38、社交不安障害:0.34であった(Keller MB、2006)。すなわち、パニック障害は寛解率も再発率も最も高く、社交不安障害は寛解率も再発率も最も低かった。


== 疫学  ==
== 疫学  ==

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