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[[Image:戸島図2.png|thumb|right|350px|<b>図2.サイクリックAMP依存性シグナル伝達経路</b>]] | [[Image:戸島図2.png|thumb|right|350px|<b>図2.サイクリックAMP依存性シグナル伝達経路</b>]] | ||
サイクリックAMPは環状[[wikipedia:ja:ヌクレオチド|ヌクレオチド]]の一種で、細胞外リガンドに応じた細胞の多種多様な生理的応答を媒介する代表的な[[細胞内情報伝達物質]]([[セカンドメッセンジャー]])の一つである(図1)。細胞質において[[アデニル酸シクラーゼ]](adenylyl cyclase; AC)の働きにより[[wikipedia:ja:アデノシン三リン酸|アデノシン三リン酸]]([[wikipedia:adenosine triphosphate|adenosine triphosphate]]; [[wikipedia:ATP|ATP]])から合成され、[[環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ]]([[cyclic nucleotide phosphodiesterase]]; [[PDE]])の働きにより速やかに分解されて[[アデノシン5'-リン酸]]([[5'-AMP]])となる。サイクリックAMPは、[[分化]]、[[wikipedia:ja:生存|生存]]、[[wikipedia:ja:極性|極性]]形成、[[突起伸長]]、[[軸索ガイダンス]]、[[軸索再生]]、[[シナプス伝達]]、[[シナプス可塑性]]、[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]分泌など多種多彩な過程に関与する。 | |||
== サイクリックAMPとは == | == サイクリックAMPとは == | ||
サイクリックAMP(3'-5'- | サイクリックAMP(3'-5'-アデノシン一リン酸)は、[[wikipedia:ja:アデノシン|アデノシン]]の[[wikipedia:ja:リボース|リボース]]の3'位、5'位とリン酸が環状になった構造をとる環状ヌクレオチドの一種で、細胞外リガンドに応じた細胞の多種多様な生理的応答を媒介する代表的な細胞内情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)の一つである(図1)。サイクリックAMPは、細胞質においてアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)の働きによりアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate; ATP)から合成され、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiesterase; PDE)の働きにより速やかに分解されてアデノシン5'-リン酸(5'-AMP)となる。この合成と分解のバランスにより細胞内サイクリックAMP濃度が規定される。サイクリックAMPの[[効果器]]分子としては、[[プロテインキナーゼA]](cAMP-dependent protein kinase A; PKA)、[[Epac]](exchange protein directly activated by cAMP)、[[CNGチャネル]](cyclic nucleotide gated channel; CNG channel)の3種が良く知られており、多種多様なサイクリックAMP下流シグナルを媒介する(図2)。神経細胞においてサイクリックAMPは、分化、生存、極性形成、突起伸長、軸索ガイダンス、軸索再生、シナプス伝達、シナプス可塑性、ホルモン分泌など多種多彩な過程に関与する。 | ||
環状構造を持つAMPとしては、RNA[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]の際に中間体として生成される2'-3'-アデノシン一リン酸も存在するが、生理的により重要性の高い3'-5'-アデノシン一リン酸を一般にサイクリックAMPと略記する。本項目においても全て3'-5'-アデノシン一リン酸について解説する。 | |||
== サイクリックAMPの合成 == | == サイクリックAMPの合成 == | ||
サイクリックAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)<ref><pubmed> 17615394 </pubmed></ref>は、ATPを基質としてサイクリックAMP | サイクリックAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)<ref><pubmed> 17615394 </pubmed></ref>は、ATPを基質としてサイクリックAMP と[[wikipedia:ja:ピロリン酸|ピロリン酸]]へ変換する除去付加酵素で、形質膜に存在する[[膜貫通型アデニル酸シクラーゼ]](transmembrane adenylyl cyclase; tmAC)と、細胞質中に存在する[[可溶性アデニル酸シクラーゼ]](soluble adenylyl cyclase; sAC)に大別される。 | ||
=== 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ === | === 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ === | ||
膜貫通型アデニル酸シクラーゼ(transmembrane adenylyl cyclase; | 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ(transmembrane adenylyl cyclase; tmAC)は12回膜貫通領域を持ち、その触媒部位は、細胞質側で6番目と7番目の膜貫通領域間を繋ぐ領域に存在するC1ドメインと、同じく細胞質側に露出したC末端に存在するC2ドメインが二量体化して構成される。膜貫通型アデニル酸シクラーゼを介してサイクリックAMP濃度上昇を誘発する細胞外リガンドとしては、[[アドレナリン]]、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[PGE2]]、[[アデノシン]]、[[PACAP]]、[[SDF1]]等多数の[[神経伝達物質]]やホルモンがあるが、これらの[[代謝調節型受容体]]は7回膜貫通型の[[Gタンパク質共役型受容体]]であり、一般に[[Gs]]タイプの[[三量体Gタンパク質]]を介して膜貫通型アデニル酸シクラーゼを活性化する。逆に、[[Gi]]タイプの三量体Gタンパク質を介する受容体は、膜貫通型アデニル酸シクラーゼを抑制することでサイクリックAMP濃度を減少させる。また、[[Ca<sup>2+</sup>]]、[[Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン]]、[[プロテインキナーゼA]]、[[プロテインキナーゼC]]、[[CaMキナーゼ]]等の作用によっても膜貫通型アデニル酸シクラーゼの活性は調節を受ける。哺乳類においては9種類([[AC1]]―[[AC9]])の膜貫通型アデニル酸シクラーゼが同定されており、脳神経系においては全種類が存在しているが、特にAC1と[[AC8]]が強い発現が見られる。 | ||
=== 可溶性アデニル酸シクラーゼ === | === 可溶性アデニル酸シクラーゼ === | ||
細胞質タンパク質である可溶性アデニル酸シクラーゼ(soluble adenylyl cyclase; | 細胞質タンパク質である可溶性アデニル酸シクラーゼ(soluble adenylyl cyclase; sAC)は、N末端側にC1ドメインとC2ドメインの二つの触媒部位を持ち、その触媒活性はタンパク質分解によりC末端側が切り離されることで上昇する。また、[[wikipedia:ja:炭酸水素イオン|炭酸水素イオン]](HCO<sub>3</sub><sup><sub>-</sub></sup>)とCa<sup>2+</sup>の存在により触媒活性が上昇することも知られている。可溶性アデニル酸シクラーゼは[[wikipedia:ja:精巣|精巣]]で最も発現が強いが、神経系にも発現している。 | ||
== サイクリックAMPの分解 == | == サイクリックAMPの分解 == | ||
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=== 環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ === | === 環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ === | ||
サイクリックAMPおよびサイクリックGMPの分解酵素である環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiesterase; PDE)<ref><pubmed> 17307970 </pubmed></ref> | サイクリックAMPおよびサイクリックGMPの分解酵素である環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiesterase; PDE)<ref><pubmed> 17307970 </pubmed></ref>は、細胞質においてサイクリックAMP/[[サイクリックGMP]]の環状リン酸ジエステル結合を5'-AMP/[[5'-GMP]]に加水分解する酵素で、哺乳類においては21種類([[PDE1A]]-[[C]]、[[2A]]、[[3A]]、[[3B]]、[[4A]]-[[D]]、[[5A]]、[[6A]]-[[C]]、[[7A]]、[[7B]]、[[8A]]、[[8B]]、[[9A]]、[[10A]]、[[11A]])が同定されている。脳神経系においてはほぼ全てのアイソフォームが発現しているが、[[PDE6]]は網膜、PDE1Cは[[嗅上皮]]に顕著な発現が見られる。基質選択性は個々のアイソフォームごとに異なり、[[PDE4]]、[[PDE7]]、[[PDE8]]はサイクリックAMPのみを、[[PDE5]]、[[PDE6]]、[[PDE9]]はサイクリックGMPのみを、それ以外は両方を分解する。活性制御機構もアイソフォームごとに異なるが、基本的な様式としては、環状ヌクレオチドの直接結合や、サイクリックAMP/サイクリックGMPの主要な効果器であるプロテインキナーゼA/プロテインキナーゼGによるリン酸化によって活性化され、上昇した環状ヌクレオチド濃度を速やかに元のレベルに低下させるという負のフィードバック制御を担う。これ以外にも、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン、[[CaMキナーゼII]]、プロテインキナーゼC、[[PI3キナーゼ]]等によっても活性調節を受ける。 | ||
== サイクリックAMPの効果器 == | == サイクリックAMPの効果器 == | ||
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=== プロテインキナーゼA === | === プロテインキナーゼA === | ||
プロテインキナーゼA(cAMP-dependent protein kinase A; PKA)<ref><pubmed> 11749379 </pubmed></ref> | プロテインキナーゼA(cAMP-dependent protein kinase A; PKA)<ref><pubmed> 11749379 </pubmed></ref>は、サイクリックAMP依存的に活性化される[[セリン/スレオニンリン酸化酵素]]で、最も重要かつ広範に働くサイクリックAMP効果器である。プロテインキナーゼAは、サイクリックAMP 結合部位を持つ調節サブユニット二つと、リン酸化触媒部位を持つ触媒サブユニット二つにより構成される四量体ホロ酵素であり、サイクリックAMPが調節サブユニットに結合すると、調節サブユニットと触媒サブユニットの結合が解離し、これにより触媒サブユニットのリン酸化活性が出現する。調節サブユニットは[[RIα]]、[[RIβ]]、[[RIIα]]、[[RIIβ]]の4種、触媒サブユニットは[[Cα]]、[[Cβ]]、[[Cγ]]の3種があり、[[wikipedia:ja:ホロ酵素|ホロ酵素]]としては調節サブユニットの種類によってタイプIとタイプIIの二種のアイソフォームに分類される。サイクリックAMP親和性はタイプIの方がより高い。 | ||
プロテインキナーゼAによりリン酸化を受ける基質タンパク質は、[[電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[電位依存性Na+チャネル]]、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、[[IP<sub>3</sub>受容体]]等のイオンチャネル、[[Ena/VASP]]、[[SCG10]]等の[[細胞骨格]]制御因子、[[単量体Gタンパク質]][[RhoA]]、[[接着分子]][[α4インテグリン]]、[[ミオシン軽鎖キナーゼ]]等、非常に多くの種類が同定されている。また、[[CREB]]([[cAMP response element binding protein]])<ref name="ref2"><pubmed> 20223527 </pubmed></ref>、[[NF-κB]]、[[NFAT]]等の転写因子をリン酸化することで遺伝子発現をも制御する。 | |||
=== Epac === | === Epac === | ||
Exchange protein directly activated by cAMP(Epac)<ref><pubmed> 19912228 </pubmed></ref>は、細胞接着や細胞極性、分泌など様々な細胞機能に関与する単量体Gタンパク質の一種である[[Rap]]の[[グアニンヌクレオチド交換因子]]([[guanine nucleotide exchange factor]]; [GEF]])として発見された。[[Epac1]]と[[Epac2]]の2種類のアイソフォームが存在し、さらにEpac2には[[Epac2A]]と[[Epac2B]]の2種のスプライスバリアントが存在する。Epac1とEpac2Bには一箇所、Epac2Aには二箇所のサイクリックAMP結合ドメインが存在し、サイクリックAMP結合によりGEF活性が上昇する。Epac1は[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]と[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]に発現が多いが、脳を含む他の多くの組織にも偏在している。一方Epac2は脳と[[wikipedia:ja:副腎|副腎]]に顕著な発現が見られる。Rap以外のEpac効果器として、[[R-Ras]]、[[ホスホリパーゼC]]、[[MAPキナーゼ]]、[[Akt]]、[[PI3キナーゼ]]等が同定されている。 | |||
=== CNGチャネル === | === CNGチャネル === | ||
CNGチャネル([[cyclic nucleotide gated channel]]; [[CNG channel]])<ref><pubmed> 12087135 </pubmed></ref>は、[[網膜光受容器]]と[[嗅覚神経細胞]]において発見された非選択性の[[カチオンチャネル]]で、サイクリックAMPまたはサイクリックGMPが直接結合することで開口する。嗅覚神経細胞においては、匂い分子が[[匂い分子受容体]](Gタンパク質共役型受容体)に結合すると、Gタンパク質を介して膜貫通型アデニル酸シクラーゼが活性化され、これにより産生されたサイクリックAMPがCNGチャネルを開口させることで細胞外から[[wikipedia:Na+|Na<sup>+</sup>]]やCa<sup>2+</sup>が流入し、受容器電位が発生する。光・匂い受容器以外にもCNGチャネルは多くの神経細胞や[[グリア細胞]]にも発現が見られる。 | |||
== サイクリックAMPシグナルの局在化機構 == | == サイクリックAMPシグナルの局在化機構 == | ||
プロテインキナーゼAの触媒サブユニットは、[[A kinase anchoring protein]]([[AKAP]])と総称されるタンパク質に結合することで特定の細胞内コンパートメントに局在化される<ref><pubmed> 15573134 </pubmed></ref>。AKAPはプロテインキナーゼA以外にも多くの機能タンパク質と結合することでシグナル分子複合体形成のプラットホームとなる。環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼの多くもAKAPと結合する。これにより、サイクリックAMPシグナルの局在化が可能になると考えられている。例えば、[[AKAP79/150]]はプロテインキナーゼAを[[シナプス後肥厚]]に局在させ、シナプス後膜上の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]、AMPA型グルタミン酸受容体、[[L型電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]等の活性を制御することでシナプス伝達を調節する。また、AKAPの一種である[[Wiskott-Aldrich verprolin-homology protein 1]]([[WAVE1]])は、神経成長円錐のアクチン骨格にプロテインキナーゼA、[[Rac]]、[[Arp2/3]]複合体などを局在化させることで細胞運動に関与する。 | |||
== 神経系におけるサイクリックAMPの作用 == | == 神経系におけるサイクリックAMPの作用 == | ||
サイクリックAMPは、発生期から成熟期に至るまでの神経細胞の多種多彩な機能の調節に関与する。以下に一部の代表例を列挙する。発生期において神経細胞の分化、生存、突起伸長を促進する[[神経栄養因子]]は、サイクリックAMP濃度上昇を促す<ref><pubmed> 10027292 </pubmed></ref>。神経極性形成過程において、サイクリックAMPが上昇した一本の神経突起は[[軸索]]に分化し、それ以外の神経突起は樹状突起に分化する<ref><pubmed> 21416623 </pubmed></ref>。[[ネトリン1]]や神経成長因子等の誘引性軸索ガイダンス因子は、[[成長円錐]]内のサイクリックAMP濃度を上昇させる<ref><pubmed> 21386859 </pubmed></ref>。成長円錐内のサイクリックAMP濃度は[[軸索ガイダンス因子]]に対する成長円錐の応答性決定に重要で、高サイクリックAMP濃度状態では成長円錐は誘引され、低サイクリックAMP濃度状態では同じガイダンス因子に対して反発を呈する。損傷を受けた成体中枢神経軸索の再生は困難であるが、サイクリックAMP濃度を薬剤により高めることで軸索再生促進および運動機能回復が見られる<ref><pubmed> 17720160 </pubmed></ref>。[[シナプス前終末]]におけるサイクリックAMP濃度上昇は神経伝達物質の放出を促進する<ref><pubmed> 16183914 </pubmed></ref>。シナプス後部において、シナプス伝達効率の長期増強に関わるAMPA型グルタミン酸受容体のシナプス後膜への挿入は、プロテインキナーゼA依存的リン酸化によって誘発される<ref><pubmed> 15013227 </pubmed></ref>。シナプス伝達効率の[[後期長期増強]]は遺伝子の転写とタンパク質合成に依存する過程であるが、この転写はプロテインキナーゼA依存的な転写因子CREBのリン酸化によって誘発される<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 15803158 </pubmed></ref>。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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<references /> | <references /> | ||
(執筆者:戸島拓郎、上口裕之 担当編集委員:尾藤晴彦) |