「神経筋接合部」の版間の差分

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== 構造  ==
== 構造  ==


 図は脊椎動物の神経筋接合部を模式的に示したものである。神経終末と筋肉細胞間には[[シナプス間隙]](シナプスクレフト)と呼ばれる間隙構造があり、筋肉細胞側にはヒダのような陥没構造が見られる。間隙内には[[基底膜]]と呼ばれる[[細胞外マトリックス]]が存在している。[[wikipedia:JA:コラーゲン|コラーゲン]]IV、[[wikipedia:JA:ラミニン|ラミニン]]、[[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[wikipedia:JA:ヘパラン硫酸|ヘパラン硫酸]][[wikipedia:JA:プロテオグリカン|プロテオグリカン]]などが主な成分である。[[前シナプス]]側である[[神経終末]]には、[[神経伝達物質]]、[[アセチルコリン]]を含んだ[[シナプス小胞]]が多数存在し、特に、シナプス小胞が集まっている場所を[[アクティブゾーン]]と呼ぶ。アクティブゾーン近傍には、[[電位依存性カルシウムチャンネル]]が存在し、[[運動神経]]の興奮に伴って、速やかな伝達物質放出が可能になっている。小胞にはこれ以外に、電子密度の高い部分を持つ[[有芯小胞]]もある。[[後シナプス]]側には、伝達物質を受け取るための伝達物質受容体が集合しており、1平方μmあたり、約1万個にも達する。接合部から離れた部位では1平方μmあたり10個程度であることから、その集合度合いは驚異的である。神経筋接合部には神経と筋線維だけでなく、[[シュワン細胞]]も存在し、神経終末を覆っている。このシュワン細胞の覆いは、神経終末を保護する働きがある。それ以外にも、神経損傷の際の神経リモデリングなど、積極的に神経筋接合部の形成・維持機能に関わっていることが明らかになりつつある<ref name="ref1">Nichols JG, Martin AR, Wallace BG, Fuchs PA. In From Neuron to Brain, Fourth Edition, Chapter 11.</ref>, <ref><pubmed> 8428377 </pubmed></ref>, <ref name="ref3"><pubmed> 10202544 </pubmed></ref>。  
 図は脊椎動物の神経筋接合部を模式的に示したものである。神経終末と筋肉細胞間には[[シナプス間隙]](シナプスクレフト)と呼ばれる間隙構造があり、筋肉細胞側にはヒダのような陥没構造が見られる。間隙内には[[基底膜]]と呼ばれる[[細胞外マトリックス]]が存在している。[[wikipedia:JA:コラーゲン|コラーゲン]]IV、[[wikipedia:JA:ラミニン|ラミニン]]、[[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[wikipedia:JA:ヘパラン硫酸|ヘパラン硫酸]][[wikipedia:JA:プロテオグリカン|プロテオグリカン]]などが主な成分である。[[前シナプス]]側である[[神経終末]]には、[[神経伝達物質]]、[[アセチルコリン]]を含んだ[[シナプス小胞]]が多数存在し、特に、シナプス小胞が集まっている場所を[[アクティブゾーン]]と呼ぶ。アクティブゾーン近傍には、[[電位依存性カルシウムチャンネル]]が存在し、[[運動神経]]の興奮に伴って、速やかな伝達物質放出が可能になっている。小胞にはこれ以外に、電子密度の高い部分を持つ[[有芯小胞]]もある。[[後シナプス]]側には、伝達物質を受け取るための伝達物質受容体が集合しており、1平方μmあたり、約1万個にも達する。接合部から離れた部位では1平方μmあたり10個程度であることから、その集合度合いは驚異的である。神経筋接合部には神経と筋線維だけでなく、[[シュワン細胞]]も存在し、神経終末を覆っている。このシュワン細胞の覆いは、神経終末を保護する働きがある。それ以外にも、神経損傷の際の神経リモデリングなど、積極的に神経筋接合部の形成・維持機能に関わっていることが明らかになりつつある<ref name=ref1>Nichols JG, Martin AR, Wallace BG, Fuchs PA. In From Neuron to Brain, Fourth Edition, Chapter 11.</ref>, <ref><pubmed> 8428377 </pubmed></ref>, <ref name=ref3><pubmed> 10202544 </pubmed></ref>。  


== 神経伝達機構  ==
== 神経伝達機構  ==


 神経筋接合部は、神経科学研究の良い材料として使われてきた。特に、神経伝達物質放出機構に関する研究が行われ、数々の重要な知見が得られた。最初に、脊椎動物の神経筋接合部を用いて、神経終末からアセチルコリンが放出され、筋収縮が起こるという化学伝達について言及された<ref name="ref4"><pubmed> 16994763 </pubmed></ref>。また、[[wikipedia:JA:カエル|カエル]]の神経筋接合部を用いて、神経伝達物質放出には、神経終末膜の脱分極時に細胞外の[[カルシウム]]イオンが必要であることが、[[カルシウム]]イオンの微小イオン電気泳動法による投与により示された<ref><pubmed>6040160</pubmed></ref>。さらに、アセチルコリン放出は、一定の単位ずつ行われるという[[量子仮説]]が提唱された<ref><pubmed>14946732</pubmed></ref>。カエルの神経筋接合部の微小終板電位を測定すると、電位の大きさは、最小のものの整数倍になっており、伝達物質放出の量子性が推測された。通常の終板電位に対しても、哺乳類神経筋接合部において、高マグネシウム下での測定により、量子性について確認された<ref><pubmed>13320372</pubmed></ref>。また、ヘビの神経筋接合部において、非常に細いガラス電極を用いたアセチルコリンの微小電気泳動法による投与により、ひとつの量子は、アセチルコリン約7000分子からなることが示された<ref><pubmed>171380</pubmed></ref>。 最初に精製され遺伝子配列が決定された神経伝達物質受容体は、アセチルコリン受容体である<ref name="ref9"><pubmed>7724666</pubmed></ref>。  
 神経筋接合部は、神経科学研究の良い材料として使われてきた。特に、神経伝達物質放出機構に関する研究が行われ、数々の重要な知見が得られた。最初に、脊椎動物の神経筋接合部を用いて、神経終末からアセチルコリンが放出され、筋収縮が起こるという化学伝達について言及された<ref name="ref4"><pubmed> 16994763 </pubmed></ref>。また、[[wikipedia:JA:カエル|カエル]]の神経筋接合部を用いて、神経伝達物質放出には、神経終末膜の脱分極時に細胞外の[[カルシウム]]イオンが必要であることが、[[カルシウム]]イオンの微小イオン電気泳動法による投与により示された<ref><pubmed>6040160</pubmed></ref>。さらに、アセチルコリン放出は、一定の単位ずつ行われるという[[量子仮説]]が提唱された<ref><pubmed>14946732</pubmed></ref>。カエルの神経筋接合部の微小終板電位を測定すると、電位の大きさは、最小のものの整数倍になっており、伝達物質放出の量子性が推測された。通常の終板電位に対しても、哺乳類神経筋接合部において、高マグネシウム下での測定により、量子性について確認された<ref><pubmed>13320372</pubmed></ref>。また、ヘビの神経筋接合部において、非常に細いガラス電極を用いたアセチルコリンの微小電気泳動法による投与により、ひとつの量子は、アセチルコリン約7000分子からなることが示された<ref><pubmed>171380</pubmed></ref>。 最初に精製され遺伝子配列が決定された神経伝達物質受容体は、アセチルコリン受容体である<ref name=ref9><pubmed>7724666</pubmed></ref>。  


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== シナプス形成に関わる分子機構  ==
== シナプス形成に関わる分子機構  ==


 脊椎動物の神経筋接合部を用いて、発生過程におけるシナプス形成過程の分子機構の研究が進められた。基底膜のように神経筋接合部特有の構造もあるが、基本的なシナプス前後の構造、例えば、アクティブゾーンや受容体集積部位などは、神経―神経間のシナプスと同様の構造であり、共通のシナプス形成機構が存在すると考えられ、良いモデル系となっている。Xenopus胚から単離・培養された神経筋接合部のモデル系を用いて、神経が筋繊維に接触前の成長円錐の状態でも神経伝達物質を放出することができること<ref><pubmed>6312327</pubmed></ref>、神経終末が筋肉細胞に接触すると、数秒以内にアセチルコリン放出が観測され、20分後には放出量の増大が見られた。このことから、筋肉細胞と神経終末が接触すると数分以内に、機能的なシナプス結合が形成されることが明らかになった<ref><pubmed>2723739</pubmed></ref>。シナプス構造の分化過程のうちシナプス部へのアセチルコリン受容体の集積は、最初に、神経終末が筋肉細胞に接触してから、数時間以内に始まる。神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体の集積は、コリン作動性神経終末特異的であり、神経細胞から集積を促す分子が分泌されていると考えられ、アグリンという蛋白質が同定された<ref><pubmed>1329871</pubmed></ref>。アグリンは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、ラミニンやヘパリン、ヘパリン結合タンパク質、インテグリンなどと相互作用する部位をもち<ref><pubmed>9430625</pubmed></ref>、運動神経終末から分泌され、シナプス間隙内の基底膜成分の一つとして組み込まれる。さらに、アグリンの受容体の一部として、muscle-specific receptor tyrosine kinase (MuSK)が同定され<ref><pubmed>8653786</pubmed></ref>、以降、シナプス後部の構造構築に働く細胞内シグナル機構の研究が盛んに行われている。近年では、分泌型glycoproteinである[[Wnt]]がMuSKのリガンドとして働く可能性が示され<ref><pubmed>12165471</pubmed></ref>、研究の新展開が見られる。アセチルコリン受容体の集合だけでなく、合成も神経細胞の接触により引き起こされ<ref name="ref1" />、神経由来のシナプス特異的な伝達物質受容体の転写を誘導する因子の関与が示唆されている<ref name="ref3" />。生体内において、アセチルコリン受容体の転写は、シナプス直近の核で、他の核よりも高くなっていることが示されている<ref name="ref9" />。  
 脊椎動物の神経筋接合部を用いて、発生過程におけるシナプス形成過程の分子機構の研究が進められた。基底膜のように神経筋接合部特有の構造もあるが、基本的なシナプス前後の構造、例えば、アクティブゾーンや受容体集積部位などは、神経―神経間のシナプスと同様の構造であり、共通のシナプス形成機構が存在すると考えられ、良いモデル系となっている。Xenopus胚から単離・培養された神経筋接合部のモデル系を用いて、神経が筋繊維に接触前の成長円錐の状態でも神経伝達物質を放出することができること<ref><pubmed>6312327</pubmed></ref>、神経終末が筋肉細胞に接触すると、数秒以内にアセチルコリン放出が観測され、20分後には放出量の増大が見られた。このことから、筋肉細胞と神経終末が接触すると数分以内に、機能的なシナプス結合が形成されることが明らかになった<ref><pubmed>2723739</pubmed></ref>。シナプス構造の分化過程のうちシナプス部へのアセチルコリン受容体の集積は、最初に、神経終末が筋肉細胞に接触してから、数時間以内に始まる。神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体の集積は、コリン作動性神経終末特異的であり、神経細胞から集積を促す分子が分泌されていると考えられ、アグリンという蛋白質が同定された<ref><pubmed>1329871</pubmed></ref>。アグリンは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、ラミニンやヘパリン、ヘパリン結合タンパク質、インテグリンなどと相互作用する部位をもち<ref><pubmed>9430625</pubmed></ref>、運動神経終末から分泌され、シナプス間隙内の基底膜成分の一つとして組み込まれる。さらに、アグリンの受容体の一部として、muscle-specific receptor tyrosine kinase (MuSK)が同定され<ref><pubmed>8653786</pubmed></ref>、以降、シナプス後部の構造構築に働く細胞内シグナル機構の研究が盛んに行われている。近年では、分泌型glycoproteinである[[Wnt]]がMuSKのリガンドとして働く可能性が示され<ref><pubmed>12165471</pubmed></ref>、研究の新展開が見られる。アセチルコリン受容体の集合だけでなく、合成も神経細胞の接触により引き起こされ<ref name=ref1 />、神経由来のシナプス特異的な伝達物質受容体の転写を誘導する因子の関与が示唆されている<ref name=ref3 />。生体内において、アセチルコリン受容体の転写は、シナプス直近の核で、他の核よりも高くなっていることが示されている<ref name=ref9 />。  


== シナプス除去に関わる分子機構  ==
== シナプス除去に関わる分子機構  ==
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