「情動」の版間の差分

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=== <br>&nbsp;'''情動の中枢起源説'''  ===
=== <br>&nbsp;'''情動の中枢起源説'''  ===


 ジェームズ-ランゲ説に対する代表的な批判として「情動の中枢起源説(central theory of emotion)」が知られる。この仮説は生理学者のウォルター・ブラッドフォード・キャノン(Walter Bradford Cannon)によってはじめに提唱され、続けてその仮説を実証したフィリップ・バード (Philip Bird)の二名の名前をとってキャノン・バード説と呼ばれる(Cannon, 1927)。
 ジェームズ-ランゲ説に対する代表的な批判として「情動の中枢起源説(central theory of emotion)」が知られる。この仮説は生理学者のウォルター・ブラッドフォード・キャノン(Walter Bradford Cannon)によってはじめに提唱され、続けてその仮説を実証したフィリップ・バード (Philip Bird)の二名の名前をとってキャノン・バード説と呼ばれる(Cannon, 1927)。  


 彼らは、ジェームズ-ランゲ説の問題点として、1)どのような刺激が情動反応を引き起こす刺激内容の記述が不明確であること、2)身体の生理的反応が同様であっても異なる情動が生じること、3)末梢反応の誘発を阻害してもなお情動が誘発される点などを指摘し、情動の主観的体験は、脳にもたらされる身体情報から生じるのではなく、脳における感情的刺激の評価の結果生ずるものと主張した。  
 彼らは、ジェームズ-ランゲ説の問題点として、1)どのような刺激が情動反応を引き起こす刺激内容の記述が不明確であること、2)身体の生理的反応が同様であっても異なる情動が生じること、3)末梢反応の誘発を阻害してもなお情動が誘発される点などを指摘し、情動の主観的体験は、脳にもたらされる身体情報から生じるのではなく、脳における感情的刺激の評価の結果生ずるものと主張した。  
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==== <br>'''情動刺激の検出・評価'''  ====
==== <br>'''情動刺激の検出・評価'''  ====


 扁桃体と情動機能に深い関わりがあることを示した例として、ハインリッヒ・クリューバー(Heinrich Klüver)とポール・ビューシー(Paul Bucy)により見出されたクリューバー・ビューシー症候群(Kluver-Bucy syndrome)が知られる。彼らは扁桃体を含む両側側頭葉の切除されたサルが、恐れをはじめとする基本的情動反応を欠き、本来サルにとっての脅威刺激である蛇や蜘蛛への恐怖反応を示さず、むしろそれらを手づかみし口にもってゆく口唇傾向や対象を選ばない食欲、性行動の異常を観察した。
 扁桃体と情動機能に深い関わりがあることを示した例として、ハインリッヒ・クリューバー(Heinrich Klüver)とポール・ビューシー(Paul Bucy)により見出されたクリューバー・ビューシー症候群(Kluver-Bucy syndrome)が知られる。彼らは扁桃体を含む両側側頭葉の切除されたサルが、恐れをはじめとする基本的情動反応を欠き、本来サルにとっての脅威刺激である蛇や蜘蛛への恐怖反応を示さず、むしろそれらを手づかみし口にもってゆく口唇傾向や対象を選ばない食欲、性行動の異常を観察した。  


 その後の動物実験、損傷脳研究(Adolphs et al., 1994)、ヒトを対象とした神経イメージング研究(Morris et al., 1998; Nomura et al., 2004)等においても、扁桃体がクモ、ヘビ、恐怖表情などの個体への脅威を示すシグナルの検出にかかわることがほぼ一貫して見出されている。この他にも扁桃体は、関与の程度は少ないものの他者の幸福情動を検出し(Adams et al., 2003)、外向性などの個人要因をも修飾しうるように、扁桃体は、基本情動の検出・認識、出力の基礎を成すものと考えられている。  
 その後の動物実験、損傷脳研究(Adolphs et al., 1994)、ヒトを対象とした神経イメージング研究(Morris et al., 1998; Nomura et al., 2004)等においても、扁桃体がクモ、ヘビ、恐怖表情などの個体への脅威を示すシグナルの検出にかかわることがほぼ一貫して見出されている。この他にも扁桃体は、関与の程度は少ないものの他者の幸福情動を検出し(Adams et al., 2003)、外向性などの個人要因をも修飾しうるように、扁桃体は、基本情動の検出・認識、出力の基礎を成すものと考えられている。  
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 外界より入力された情報は、扁桃体の評価結果にもとづき脳幹、視床下部を介して末梢に出力される。そうした身体情報はふたたび上向系の伝達経路より脳に入力され、島皮質等を経由し、腹内側前頭前野へ投射される。こうした身体信号により基づく表象、および情動が思考や推論といった高次の認知過程を方向づけることが知られている。  
 外界より入力された情報は、扁桃体の評価結果にもとづき脳幹、視床下部を介して末梢に出力される。そうした身体情報はふたたび上向系の伝達経路より脳に入力され、島皮質等を経由し、腹内側前頭前野へ投射される。こうした身体信号により基づく表象、および情動が思考や推論といった高次の認知過程を方向づけることが知られている。  


 例えば、ギャンブリング課題での意思決定の質は腹内側前頭前野を損傷すると低下する。ギャンブリング課題とは、一般的に複数あるカードの山のいずれからからカードを1枚づつ引いてゆき、カードに書かれている金額を獲得したり失ったりする中で、より多くの金額を稼ぐことを目指すものである。カードの山にはハイリスク・ハイリターン、およびローリスク・ローリターンのものがあり、前者の山からカードを引き続けると中長期的には必ず損をするよう確率的に固定されている。健常の場合、課題の進行に伴ってリスキーな前者の山を避けるようになるが、腹内側前頭前野の損傷者は短期的に得られる大報酬にこだわり続けた結果、大きく損をする。また後者においては、危険な山からカードを引く際の本来生じるはずの予期的な身体において生じるSCR(Skin Conductance Response)の減弱が観察される(Bechara et al., 1996)。こうした知見より、腹内側前頭前野は中・長期的な展望に立った意思決定を導くための基盤であること、および中枢-末梢の機能的連関のもと、リスクが回避され、意思決定が最適化されていることがわかる。 <br>
 例えば、ギャンブリング課題での意思決定の質は腹内側前頭前野を損傷すると低下する。ギャンブリング課題とは、一般的に複数あるカードの山のいずれからからカードを1枚づつ引いてゆき、カードに書かれている金額を獲得したり失ったりする中で、より多くの金額を稼ぐことを目指すものである。カードの山にはハイリスク・ハイリターン、およびローリスク・ローリターンのものがあり、前者の山からカードを引き続けると中長期的には必ず損をするよう確率的に固定されている。健常の場合、課題の進行に伴ってリスキーな前者の山を避けるようになるが、腹内側前頭前野の損傷者は短期的に得られる大報酬にこだわり続けた結果、大きく損をする。また後者においては、危険な山からカードを引く際の本来生じるはずの予期的な身体において生じるSCR(Skin Conductance Response)の減弱が観察される(Bechara et al., 1996)。こうした知見より、腹内側前頭前野は中・長期的な展望に立った意思決定を導くための基盤であること、および中枢-末梢の機能的連関のもと、リスクが回避され、意思決定が最適化されていることがわかる。 <br>  


= <br> '''関連項目'''&nbsp;  =
= <br> '''関連項目'''&nbsp;  =


*情動
*情動  
*感情
*感情  
*パペッツの回路
*パペッツの回路  
*機能的核磁気共鳴装置
*機能的核磁気共鳴装置  
*扁桃体
*扁桃体  
*視床下部
*視床下部  
*島
*島  
*腹内側前頭前野
*腹内側前頭前野  
*ソマティック・マーカー
*ソマティック・マーカー  
*ギャンブリング課題
*ギャンブリング課題  
*
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= '''参考文献'''  =
= '''参考文献'''  =


1. Lange, C. G. (1885). The mechanism of the emotions. In: Rand, B. (ed.), The classical psychologist. Boston: Houghton Mifflin. Pp. 672-685.
1. Lange, C. G. (1885). The mechanism of the emotions. In: Rand, B. (ed.), The classical psychologist. Boston: Houghton Mifflin. Pp. 672-685.  


3. Damasio, A. R., Tranel, D., &amp; Damasio, H. C. (1991). Somatic markers and the guidance of behavior: theory and preliminary testing. In: Levin, H. S., Eisenberg, H. M., and Benton, L. B., (eds.), Frontal lobe function and dysfunction. New York: Oxford University Press.James, W. 1894 Physical basis of emotion. Psychological Review, 1, 516-529.  
3. Damasio, A. R., Tranel, D., &amp; Damasio, H. C. (1991). Somatic markers and the guidance of behavior: theory and preliminary testing. In: Levin, H. S., Eisenberg, H. M., and Benton, L. B., (eds.), Frontal lobe function and dysfunction. New York: Oxford University Press.James, W. 1894 Physical basis of emotion. Psychological Review, 1, 516-529.  
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14. Bechara, A., Tranel, D., Damasio, H., &amp; Damasio, A. R. (1996). Failure to respond autonomically to anticipated future outcomes following damage to prefrontal cortex. Cerebral Cortex. 6, 215-225.  
14. Bechara, A., Tranel, D., Damasio, H., &amp; Damasio, A. R. (1996). Failure to respond autonomically to anticipated future outcomes following damage to prefrontal cortex. Cerebral Cortex. 6, 215-225.  


 
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(執筆者:野村理朗 担当編集委員:定藤規弘)
(執筆者:野村理朗 担当編集委員:定藤規弘)
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