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[[大脳辺縁系]]の重要な機能の1つは、[[情動]]発現や情動行動の遂行であり、これらの機能に重要な役割を果たしているのが扁桃体である。まず初めに扁桃体の構造について、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]と[[wikipedia:ja:サル|サル]]を比較しながら概説する。[[wikipedia:ja:系統発生|系統発生]]学的にサルとラットでは扁桃体を構成する神経核の発達が異なる。次に、サルとラットの扁桃体内部の線維結合の違いについて概説する。サルにおいては、内側の神経核から外側の神経核への投射が少ないが、ラットにおいてはそのような結合はサルよりも多く、内側と外側の神経核が相互に結合する。さらに、扁桃体への求心性線維と遠心性投射線維について概説する。最後に、扁桃体の破壊によって生じるKlüver-Bucy症候群や、ラットを用いて詳細に調べられてきた扁桃体の情動[[学習]]や情動[[記憶]]の機能、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]のイメージング研究によって提唱されている扁桃体の社会的認知機能を踏まえて、生得的に評価される価値や経験によって獲得された価値を含めた生物学的価値評価全般に扁桃体が重要な役割を果たしていることを提唱する。 | [[大脳辺縁系]]の重要な機能の1つは、[[情動]]発現や情動行動の遂行であり、これらの機能に重要な役割を果たしているのが扁桃体である。まず初めに扁桃体の構造について、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]と[[wikipedia:ja:サル|サル]]を比較しながら概説する。[[wikipedia:ja:系統発生|系統発生]]学的にサルとラットでは扁桃体を構成する神経核の発達が異なる。次に、サルとラットの扁桃体内部の線維結合の違いについて概説する。サルにおいては、内側の神経核から外側の神経核への投射が少ないが、ラットにおいてはそのような結合はサルよりも多く、内側と外側の神経核が相互に結合する。さらに、扁桃体への求心性線維と遠心性投射線維について概説する。最後に、扁桃体の破壊によって生じるKlüver-Bucy症候群や、ラットを用いて詳細に調べられてきた扁桃体の情動[[学習]]や情動[[記憶]]の機能、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]のイメージング研究によって提唱されている扁桃体の社会的認知機能を踏まえて、生得的に評価される価値や経験によって獲得された価値を含めた生物学的価値評価全般に扁桃体が重要な役割を果たしていることを提唱する。 (編集 コメント:辞典としての性質を鑑み、「最初に[[利用者:WikiSysop|Yasunori Hayashi]]を概説する」「[[利用者:WikiSysop|Yasunori Hayashi]]を提唱する」と言った表現ではなく、なるべく内容自体をまとめて頂ければと思います。) | ||
== 扁桃体とは == | == 扁桃体とは == | ||
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[[wikipedia:MacLean|MacLean]]は[[Papezの情動回路]]を“[[大脳辺縁系]]([[辺縁系]]:limbic system)”と名づけ、さらに解剖学的、機能的に関係した構造物として[[視床下部]]の一部、扁桃体、[[前頭葉]][[眼窩皮質]]、および[[側坐核]]を付け加えている。一般的に、間脳を環状にとりまく古い皮質を中心とした領域が大脳辺縁系と呼ばれているが、その定義は研究者によって異なっている。しかし、辺縁系の重要な機能の1つは、情動発現や情動行動の遂行であることに異論はないであろう。これらの機能に重要な役割を果たしているのが扁桃体である。 | [[wikipedia:MacLean|MacLean]]は[[Papezの情動回路]]を“[[大脳辺縁系]]([[辺縁系]]:limbic system)”と名づけ、さらに解剖学的、機能的に関係した構造物として[[視床下部]]の一部、扁桃体、[[前頭葉]][[眼窩皮質]]、および[[側坐核]]を付け加えている。一般的に、間脳を環状にとりまく古い皮質を中心とした領域が大脳辺縁系と呼ばれているが、その定義は研究者によって異なっている。しかし、辺縁系の重要な機能の1つは、情動発現や情動行動の遂行であることに異論はないであろう。これらの機能に重要な役割を果たしているのが扁桃体である。 | ||
== 構造 | ==解剖== | ||
=== 構造 === | |||
[[Image:扁桃体1.png|thumb|300px|'''図1.ラット(左図)とサルの扁桃体の位置と扁桃体を構成する神経核'''<br>ラット(左図);上図は矢状断面図、下図は上図の矢印位置における冠状断面図(Paxinos & Watson, 1997に基づいて作成)<br>サル(右図):上図は右脳の側面図、下図は上図の矢印位置における冠状断面図(Martin & Bowden, 2000に基づいて作成)]] | [[Image:扁桃体1.png|thumb|300px|'''図1.ラット(左図)とサルの扁桃体の位置と扁桃体を構成する神経核'''<br>ラット(左図);上図は矢状断面図、下図は上図の矢印位置における冠状断面図(Paxinos & Watson, 1997に基づいて作成)<br>サル(右図):上図は右脳の側面図、下図は上図の矢印位置における冠状断面図(Martin & Bowden, 2000に基づいて作成)]] | ||
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|} | |} | ||
== | ===内部線維結合 === | ||
[[Image:扁桃体2.png|thumb|300px|'''図2.サルの扁桃体内部の線維結合の模式図'''<br>(<ref>'''Aggleton, J.P., & Saunders, R.C.'''<br>The amygdala-what’s happened in the last decade? <br>In J.P. Aggleton (Ed.), The amygdala: a functional analysis. 2nd ed. <br>New York: Oxford University Press (2000)</ref>に基づいて作成)]] | [[Image:扁桃体2.png|thumb|300px|'''図2.サルの扁桃体内部の線維結合の模式図'''<br>(<ref>'''Aggleton, J.P., & Saunders, R.C.'''<br>The amygdala-what’s happened in the last decade? <br>In J.P. Aggleton (Ed.), The amygdala: a functional analysis. 2nd ed. <br>New York: Oxford University Press (2000)</ref>に基づいて作成)]] | ||
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トレーサーの微量注入法が開発され、扁桃体の神経核間の結合がサルやラットで詳しく調べられるようになった。図2は、サルの扁桃体内部の線維結合を示す模式図である。外側核は基底核、副基底核に主に投射しているが、その他にも中心核、内側核、前皮質核等にも投射している。基底核は主に中心核に線維を投射しており、その他にも内側核、副基底核、扁桃体周囲皮質に弱い線維投射がある。副基底核は主に中心核に投射し、その他に内側核、前と後皮質核、扁桃体周囲皮質にも線維投射がある。中心核と内側核はおもに扁桃体の他の神経核からの投射を受け、視床下部などの[[皮質下核]]や[[脳幹]]部へ線維を投射する。サルにおいては、内側核、中心核などの内側の神経核から外側核、基底核、副基底核といった外側の神経核への投射が少ない。しかし、ラットにおいてはそのような結合はサルよりも多く、内側と外側の神経核が相互に結合する。 | トレーサーの微量注入法が開発され、扁桃体の神経核間の結合がサルやラットで詳しく調べられるようになった。図2は、サルの扁桃体内部の線維結合を示す模式図である。外側核は基底核、副基底核に主に投射しているが、その他にも中心核、内側核、前皮質核等にも投射している。基底核は主に中心核に線維を投射しており、その他にも内側核、副基底核、扁桃体周囲皮質に弱い線維投射がある。副基底核は主に中心核に投射し、その他に内側核、前と後皮質核、扁桃体周囲皮質にも線維投射がある。中心核と内側核はおもに扁桃体の他の神経核からの投射を受け、視床下部などの[[皮質下核]]や[[脳幹]]部へ線維を投射する。サルにおいては、内側核、中心核などの内側の神経核から外側核、基底核、副基底核といった外側の神経核への投射が少ない。しかし、ラットにおいてはそのような結合はサルよりも多く、内側と外側の神経核が相互に結合する。 | ||
== | ==入力 == | ||
扁桃体は[[内臓感覚]]を含めすべての感覚種の求心性線維を受ける。内臓感覚からの入力としては主に[[延髄孤束核]]や[[橋傍腕核]]、あるいは、視床下部などを介して中心核に入力される。嗅覚からの入力は[[嗅球]]から内側核および皮質核へ直接の線維投射がある。[[視覚]]・[[聴覚]]・[[味覚]]および[[体性感覚]]からの入力には2つの投射経路があり、[[視床]]から[[大脳皮質]]を介して扁桃体に入力する投射と、大脳皮質を経由せず直接皮質下核から扁桃体に至る線維投射がある。 | 扁桃体は[[内臓感覚]]を含めすべての感覚種の求心性線維を受ける。内臓感覚からの入力としては主に[[延髄孤束核]]や[[橋傍腕核]]、あるいは、視床下部などを介して中心核に入力される。嗅覚からの入力は[[嗅球]]から内側核および皮質核へ直接の線維投射がある。[[視覚]]・[[聴覚]]・[[味覚]]および[[体性感覚]]からの入力には2つの投射経路があり、[[視床]]から[[大脳皮質]]を介して扁桃体に入力する投射と、大脳皮質を経由せず直接皮質下核から扁桃体に至る線維投射がある。 | ||
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大脳皮質を経由する扁桃体への視覚入力は、[[第一次視覚野]]→[[視覚前野]]→[[下側頭皮質後部]](TEO)→[[下側頭皮質前部]](TE)を介して主に基底外側核群の前外側部に終わる。聴覚入力は、聴覚連合野である上側頭回から基底外側核群の後部に終わる。味覚入力は、島皮質から基底外側核群の内側部や中心核および扁桃体前野に終わる。嗅覚入力は、嗅球から直接皮質核および内側核に、あるいは、[[梨状葉]]皮質前部を介して副基底核に終わる。体性感覚入力は、[[二次体性感覚野]]から[[島皮質]]後部を介して外側核および基底核に終わる。 | 大脳皮質を経由する扁桃体への視覚入力は、[[第一次視覚野]]→[[視覚前野]]→[[下側頭皮質後部]](TEO)→[[下側頭皮質前部]](TE)を介して主に基底外側核群の前外側部に終わる。聴覚入力は、聴覚連合野である上側頭回から基底外側核群の後部に終わる。味覚入力は、島皮質から基底外側核群の内側部や中心核および扁桃体前野に終わる。嗅覚入力は、嗅球から直接皮質核および内側核に、あるいは、[[梨状葉]]皮質前部を介して副基底核に終わる。体性感覚入力は、[[二次体性感覚野]]から[[島皮質]]後部を介して外側核および基底核に終わる。 | ||
== 出力 == | === 出力 === | ||
皮質内側核群は大脳皮質からの情報を基底外側核群を介して受け、その情報を情動および自律反応に関係の深い視床下部および脳幹部へ送る。この遠心性投射線維としては直接下行性に視床下部や脳幹に至る腹側[[扁桃体視床下部路]]と[[分界条]]の2つの投射線維がある。視床下部には、中心核から視床下部外側野の後部に、内側核(および副基底核)から視床下部腹内側核の中心部に線維投射がある。脳幹部には、特に中心核から橋傍腕核、延髄孤束核および[[迷走神経背側運動核]]に線維投射がある。 | 皮質内側核群は大脳皮質からの情報を基底外側核群を介して受け、その情報を情動および自律反応に関係の深い視床下部および脳幹部へ送る。この遠心性投射線維としては直接下行性に視床下部や脳幹に至る腹側[[扁桃体視床下部路]]と[[分界条]]の2つの投射線維がある。視床下部には、中心核から視床下部外側野の後部に、内側核(および副基底核)から視床下部腹内側核の中心部に線維投射がある。脳幹部には、特に中心核から橋傍腕核、延髄孤束核および[[迷走神経背側運動核]]に線維投射がある。 | ||
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== 機能 == | == 機能 == | ||
扁桃体にはすべての感覚情報が収束し、扁桃体はこれらの情報を統合して視床下部などに出力している。これらの神経ネットワークにおいて、扁桃体は生得的に評価される価値や経験によって獲得された価値を含めた生物学的価値評価全般に重要な役割を果たしている。そのため、扁桃体が障害されると、これまでの評価として恐かったものが恐くなくなったり、経験によって恐くなるはずの対象に対して恐くならなかったりするなどの情動異常行動が生じる。(編集コメント:末尾に書かれていたものをここに持ってきました。また、推論の形で書かれていた文章を言い切りの形にしました。ご確認ください) | |||
=== 情動学習と情動記憶 === | === 情動学習と情動記憶 === | ||
学習と記憶の1つのモデルとして考えられているものに脳の中で生じる[[シナプスの可塑性]]がある。シナプスの可塑性によって生じる現象には[[長期増強]]([[long-term potentiation]]; [[LTP]])と[[短期増強]]([[short-term potentiation]]; [[STP]])がある。LTPとは、シナプス前細胞を高頻度で刺激すると、シナプスの伝達効率が変化し、シナプス後細胞で活動電位が起こりやすくなる現象が長期間持続する現象のことである。一方、STPとは、LTPと同様にシナプス後細胞で活動電位が起こりやすくなる現象であるが、LTPよりも持続時間が短く、5分から20分程度持続する現象のことである。このようなシナプスの可塑性が恐怖の[[古典的条件づけ]]の手続きを用いることによって、扁桃体の外側核で生じることが報告されている。恐怖の古典的条件づけとは、音や光などそれ自体では情動反応を喚起しない中性的な刺激([[条件刺激]]: 以下,CS)と,電気ショックなどの恐怖の指標となる反応(以下,恐怖反応)を喚起する刺激(無条件性の恐怖刺激: 以下,恐怖性 US)を対呈示する[[wikipedia:ja: | 学習と記憶の1つのモデルとして考えられているものに脳の中で生じる[[シナプスの可塑性]]がある。シナプスの可塑性によって生じる現象には[[長期増強]]([[long-term potentiation]]; [[LTP]])と[[短期増強]]([[short-term potentiation]]; [[STP]])がある。LTPとは、シナプス前細胞を高頻度で刺激すると、シナプスの伝達効率が変化し、シナプス後細胞で活動電位が起こりやすくなる現象が長期間持続する現象のことである。一方、STPとは、LTPと同様にシナプス後細胞で活動電位が起こりやすくなる現象であるが、LTPよりも持続時間が短く、5分から20分程度持続する現象のことである。このようなシナプスの可塑性が恐怖の[[古典的条件づけ]]の手続きを用いることによって、扁桃体の外側核で生じることが報告されている。恐怖の古典的条件づけとは、音や光などそれ自体では情動反応を喚起しない中性的な刺激([[条件刺激]]: 以下,CS)と,電気ショックなどの恐怖の指標となる反応(以下,恐怖反応)を喚起する刺激(無条件性の恐怖刺激: 以下,恐怖性 US)を対呈示する[[wikipedia:ja:パブロフ|パブロフ]]型の条件づけ手続きである。その結果、条件づけの前には恐怖反応を示さなかったCSに対して恐怖反応を示すようになる。 | ||
また、恐怖の古典的条件づけによって扁桃体外側核で生じるシナプスの可塑性の分子メカニズムも明らかにされつつある。すなわち、[[シナプス後膜]]における細胞内情報伝達系のカスケードは、受容体のタンパク質を一時的にリン酸化するとともに、新しいタンパク質の合成を誘導することで短期増強や長期増強が生じると考えられているが、この[[細胞内情報伝達系]]のカスケードを薬物で阻害し、恐怖の古典的条件づけの獲得や保持を検討するといった方法が用いられている。 | また、恐怖の古典的条件づけによって扁桃体外側核で生じるシナプスの可塑性の分子メカニズムも明らかにされつつある。すなわち、[[シナプス後膜]]における細胞内情報伝達系のカスケードは、受容体のタンパク質を一時的にリン酸化するとともに、新しいタンパク質の合成を誘導することで短期増強や長期増強が生じると考えられているが、この[[細胞内情報伝達系]]のカスケードを薬物で阻害し、恐怖の古典的条件づけの獲得や保持を検討するといった方法が用いられている。 | ||
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これらの結果は,ヒトの扁桃体が他者の視線方向の認知や心の状態の推定に関係することを示唆する。 | これらの結果は,ヒトの扁桃体が他者の視線方向の認知や心の状態の推定に関係することを示唆する。 | ||
=== | === Klüver-Bucy症候群 === | ||
(編集コメント:先に生理学的機能を持ってくるため、疾患との関与は、後に持ってきました) | |||
[[Klüver]]と[[Bucy]]は両側側頭葉が切除されたサルの異常行動を報告している。これらのサルが呈した症候としては、[[精神盲]]、[[視覚性過敏反応]]、[[口唇傾向]]、[[性行動]]の変化、情動性の変化があり、これらの症候をまとめてKlüver-Bucy症候群と呼ばれている。 | |||
精神盲とは動物と非動物、食物と非食物の区別なく全ての物体にためらいもなく接近行動を示す症候である。 | |||
視覚性過敏反応とは環境内で生じた事象や変化に対して強迫的に反応する症候である。 | |||
口唇傾向とは周囲の物体を手当たり次第に口に持って行きなめたりする症候である。 | |||
性行動の変化で特徴的なものとしては、同姓や異種の動物に対しても[[交尾行動]]を行うことである。 | |||
最後の情動性の変化は、以前は強い恐怖反応を示した[[wikipedia:ja:ヘビ|ヘビ]]に対して全く[[恐怖反応]]を示さなるなどの変化が認められる。 | |||
KlüverとBucyらの一連の研究では、側頭葉だけでなく、扁桃体や海馬なども含む側頭葉の広範囲にわたる部位が破壊されていた。その後、さまざまな動物を用いて多くの研究が行われたが、両側の扁桃体を破壊すると上記の症状が出現すると報告されている。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
(編集コメント:文献の引用位置を本文でご指定ください。また、原著をより積極的に引用して頂くと助かります) | |||
<references /> | <references /> | ||