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 エンハンサーは多くの場合、ゲノムの非翻訳領域に存在する。多くの遺伝子には、複数のエンハンサーが存在する。また、エンハンサーには、転写制御因子の結合する配列が1個以上存在する。エンハンサーとそれに結合する転写制御因子が多様なため、遺伝子はそれぞれ複雑な発現制御を受けている。いつどの細胞で転写がおきるのかを、エンハンサーが中心になって制御していることが多い。例えば、多細胞生物の発生では、細胞の分化の方向性を規定する様々な遺伝子の発現が正確に制御されているが、これにはエンハンサーが重要な役割を担っている。  
 エンハンサーは多くの場合、ゲノムの非翻訳領域に存在する。多くの遺伝子には、複数のエンハンサーが存在する。また、エンハンサーには、転写制御因子の結合する配列が1個以上存在する。エンハンサーとそれに結合する転写制御因子が多様なため、遺伝子はそれぞれ複雑な発現制御を受けている。いつどの細胞で転写がおきるのかを、エンハンサーが中心になって制御していることが多い。例えば、多細胞生物の発生では、細胞の分化の方向性を規定する様々な遺伝子の発現が正確に制御されているが、これにはエンハンサーが重要な役割を担っている。  


 これまでのエンハンサーに関する知識は、限られた数の遺伝子によって得られたものであったが、最近のハイスループットな技術(ChIP-chip, ChIP-Seq)により、エンハンサーを中心としたエピジェネティックな遺伝子発現制御についての理解が近年進みつつある<ref><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref><pubmed>22487374</pubmed></ref>。エンハンサーは、ヒストンの化学的修飾を通してエピジェネティックな情報を保持し、遺伝子発現制御に影響を与えていると考えられている。  
 これまでのエンハンサーに関する知識は、限られた数の遺伝子によって得られたものであったが、最近のハイスループットな技術(ChIP-chip, ChIP-Seq)により、エンハンサーを中心としたエピジェネティックな遺伝子発現制御についての理解が近年進みつつある<ref><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed>22487374</pubmed></ref>。エンハンサーは、ヒストンの化学的修飾を通してエピジェネティックな情報を保持し、遺伝子発現制御に影響を与えていると考えられている。  


== 作用機序 ==
== 作用機序 ==


 転写制御因子がエンハンサーに結合すると、メディエーター(mediator)が転写制御因子に結合する。メディエーターは、約30のサブユニットからなるタンパク質複合体で、プロモーターに結合した転写基本因子(TFIIDなど)とエンハンサーに結合した転写制御因子の双方に結合する。すると、DNAはループを形成して、エンハンサーとプロモーターは近づくようになる。RNAポリメラーゼIIは、転写基本因子、メディエーターならびにプロモーターに結合できるようになり、転写が開始する<ref><pubmed>20940737</pubmed></ref><ref><pubmed>21330129</pubmed></ref><ref><pubmed>20720539</pubmed></ref>。  
 転写制御因子がエンハンサーに結合すると、メディエーター(mediator)が転写制御因子に結合する。メディエーターは、約30のサブユニットからなるタンパク質複合体で、プロモーターに結合した転写基本因子(TFIIDなど)とエンハンサーに結合した転写制御因子の双方に結合する。すると、DNAはループを形成して、エンハンサーとプロモーターは近づくようになる。RNAポリメラーゼIIは、転写基本因子、メディエーターならびにプロモーターに結合できるようになり、転写が開始する<ref><pubmed>20940737</pubmed></ref><ref><pubmed>21330129</pubmed></ref><ref><pubmed>20720539</pubmed></ref>。  
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 エンハンサーは、ヒストンの種類または翻訳後修飾に関して、他の領域と異なる特徴を持つ。エンハンサーでは、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化されている(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。さらに、H3.3やH2A.Zと呼ばれるヒストンを含むヌクレオソームが存在する<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。このヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定な性質を持つため解体されやすく、転写制御因子がこのヌクレオソームに置き換わってDNAに結合しやすくなると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーターにも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。<br>  
 エンハンサーは、ヒストンの種類または翻訳後修飾に関して、他の領域と異なる特徴を持つ。エンハンサーでは、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化されている(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。さらに、H3.3やH2A.Zと呼ばれるヒストンを含むヌクレオソームが存在する<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。このヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定な性質を持つため解体されやすく、転写制御因子がこのヌクレオソームに置き換わってDNAに結合しやすくなると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーターにも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。<br>  


 転写の活性化の状態によって、エンハンサーにおけるヒストンの翻訳後修飾が異なる例が報告されている。ヒトES細胞において、転写が活性化されている遺伝子のエンハンサーでは、ヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されているが(H3K27ac)、転写がおきていない遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されている(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。ES細胞を分化させた時、新たに転写が活性化される遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されていたヒストンがアセチル化される(H3K27me3 → H3K27ac)。逆に、分化する前は発現していて、分化した後に転写が抑制される遺伝子のエンハンサーでは、アセチル化されていたヒストンがメチル化される(H3K27ac → H3K27me3)。他の系においても、様々なヒストンの翻訳後修飾がみつかっており、遺伝子発現制御との関係が調べられている。<br>  
 転写の活性化の状態によって、エンハンサーにおけるヒストンの翻訳後修飾が異なる例が報告されている。ヒトES細胞において、転写が活性化されている遺伝子のエンハンサーでは、ヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されているが(H3K27ac)、転写がおきていない遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されている(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。ES細胞を分化させた時、新たに転写が活性化される遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されていたヒストンがアセチル化される(H3K27me3 → H3K27ac)。逆に、分化する前は発現していて、分化した後に転写が抑制される遺伝子のエンハンサーでは、アセチル化されていたヒストンがメチル化される(H3K27ac → H3K27me3)。他の系においても、様々なヒストンの翻訳後修飾がみつかっており、遺伝子発現制御との関係が調べられている<ref name=ref7 />。<br>  


 最近になって、enhancer RNA (eRNA)とよばれるRNAがエンハンサーにおいて双方向に転写されて産生されることが見いだされた<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。エンハンサーが機能するときに産生されるが、エンハンサーの機能に関与しているかどうかは、まだよくわかっていない。一方、100塩基長以上の長さを持つノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を調節する場合がある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。このlncRNAのほとんどは、一方向に転写されることにより産生され、ポリアデニル化される。このlncRNAのうち、''ncRNA-a7''と呼ばれるlncRNAをsiRNA法で阻害すると、近傍の遺伝子の転写が抑制される。''ncRNA-a7''遺伝子をリポーター遺伝子と連結すると、''ncRNA-a7''遺伝子の方向に関係なくリポーター遺伝子の転写が誘導される。このlncRNAが転写を誘導する詳しいメカニズムはまだよくわかっていない。ENCODEプロジェクトによると、これまで「junk DNA」であると考えられてきたヒトゲノムの領域から、9640のlncRNAが転写されることがわかった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。これらのlncRNAもまた、''ncRNA-a7''と同様に遺伝子の発現を制御している可能性がある。<br>  
 最近になって、enhancer RNA (eRNA)とよばれるRNAがエンハンサーにおいて双方向に転写されて産生されることが見いだされた<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。エンハンサーが機能するときに産生されるが、エンハンサーの機能に関与しているかどうかは、まだよくわかっていない。一方、100塩基長以上の長さを持つノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を調節する場合がある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。このlncRNAのほとんどは、一方向に転写されることにより産生され、ポリアデニル化される。このlncRNAのうち、''ncRNA-a7''と呼ばれるlncRNAをsiRNA法で阻害すると、近傍の遺伝子の転写が抑制される。''ncRNA-a7''遺伝子をリポーター遺伝子と連結すると、''ncRNA-a7''遺伝子の方向に関係なくリポーター遺伝子の転写が誘導される。このlncRNAが転写を誘導する詳しいメカニズムはまだよくわかっていない。ENCODEプロジェクトによると、これまで「junk DNA」であると考えられてきたヒトゲノムの領域から、9640のlncRNAが転写されることがわかった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。これらのlncRNAもまた、''ncRNA-a7''と同様に遺伝子の発現を制御している可能性がある。<br>  
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