「ドーパミン仮説(統合失調症)」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
 統合失調症の病態に関する仮説の一つで、精神疾患の病態仮説としては最も長く精力的に検証が行われてきた仮説の一つである。この仮説の最も確実な根拠はドーパミンD2受容体のアンタゴニストである抗精神病薬が統合失調症の症状に有効な点である。 提唱された当初は統合失調症の病態はドーパミン神経機能の過活動とするものであったが、その後、前頭葉のドーパミン神経機能の低活動性を伴う皮質下のドーパミン神経機能の過活動と修正された。さらに多くの病因が引き起こす共通病態としてドーパミン仮説が捉え直されるようになり今日に至っている。
 統合失調症の病態に関する仮説の一つで、精神疾患の病態仮説としては最も長く精力的に検証が行われてきた仮説の一つである。この仮説の最も確実な根拠は、ドーパミンD2受容体のアンタゴニストである抗精神病薬が統合失調症の症状に有効なことである。 提唱された当初は統合失調症の病態はドーパミン神経機能の過活動とするものであったが、その後、前頭葉のドーパミン神経機能の低活動性を伴う皮質下のドーパミン神経機能の過活動と修正された。さらに多くの病因が引き起こす共通病態としてドーパミン仮説が捉え直されるようになり今日に至っている。


== 歴史 ==
== 歴史 ==


=== 統合失調症の古典的ドーパミン仮説の登場 ===
=== 統合失調症の古典的ドーパミン仮説の登場 ===
 1951年にchlorpromazineがCharpentierやCourvoisierらにより合成され<ref><pubmed> 12677184 </pubmed></ref>、1952年にはDelayとDenikerにより躁病と精神病の患者に投与した結果が報告された。また、その有効用量がパーキンソン様症状など神経学的副作用を起こすことも知られ、chlorpromazineは神経遮断作用がある、とされた。CarlssonとLindqvitは動物実験によりchlorpromazineやその後開発された抗精神病薬haloperidolがドーパミン合成を亢進させることを発見した。これとは別に精神病治療に導入されていたレセルピンがドーパミンや他のモノアミンを枯渇させることが発見された。また、使用による精神病が記載されていたアンフェタミンの中枢神経刺激薬としての作用がドーパミン系に対するものであることが示され、ドーパミン受容体作動薬が統合失調症の精神症状を悪化させることなどの根拠によりJ. van Rossumはドーパミンの過剰産生・放出あるいはドーパミン受容体の過剰刺激や感受性の異常などによるドーパミン系の変調が統合失調症の病因に関与していることを示唆した<ref><pubmed> 5954044 </pubmed></ref>。これにより統合失調症には脳の神経化学的変化が関係していることが初めて示された。<br> 70年代に入り、ドーパミン受容体が同定され、神経遮断薬が中脳辺縁ドーパミン系や黒質線条体ドーパミン系に作用することが発見され、抗精神病薬の臨床効果がドーパミン受容体の結合能に強く相関することが発見され、ドーパミン仮説はより明確なものとなった<ref><pubmed> 1145194 </pubmed></ref><ref><pubmed> 945467 </pubmed></ref>。<br> この時点でのドーパミン仮説は、統合失調症の病態はドーパミン受容体の過剰なシグナル伝達によるものであり、これにより精神病の治療はドーパミン受容体を遮断することであった。これにより、統合失調症患者においてドーパミンバイオマーカーが変化しているという直接的な証拠を求める研究の方向性が示された。<br>  
 1951年にchlorpromazineがCharpentierやCourvoisierらにより合成され<ref><pubmed> 12677184 </pubmed></ref>、1952年にはDelayとDenikerにより躁病と精神病の患者に投与した結果が報告された。また、その有効用量がパーキンソン様症状など神経学的副作用を起こすことも知られ、chlorpromazineは神経遮断作用がある、とされた。CarlssonとLindqvitは動物実験によりchlorpromazineやその後開発された抗精神病薬haloperidolがドーパミン合成を亢進させることを発見した。これとは別に精神病治療に導入されていたレセルピンがドーパミンや他のモノアミンを枯渇させることが発見された。また、使用による精神病が記載されていたアンフェタミンの中枢神経刺激薬としての作用がドーパミン系に対するものであることが示され、ドーパミン受容体作動薬が統合失調症の精神症状を悪化させることなどの根拠によりJ. van Rossumはドーパミンの過剰産生・放出あるいはドーパミン受容体の過剰刺激や感受性の異常などによるドーパミン系の変調が統合失調症の病因に関与していることを示唆した<ref><pubmed> 5954044 </pubmed></ref>。これにより統合失調症には脳の神経化学的変化が関係していることが初めて示された。<br> 70年代に入り、ドーパミン受容体が同定され、神経遮断薬が中脳辺縁ドーパミン系や黒質線条体ドーパミン系に作用することが発見され、抗精神病薬の臨床効果がドーパミン受容体の結合能に強く相関することが発見され、ドーパミン仮説はより明確なものとなった<ref><pubmed> 1145194 </pubmed></ref><ref><pubmed> 945467 </pubmed></ref>。<br> この時点でのドーパミン仮説は、統合失調症の病態はドーパミン受容体の過剰なシグナル伝達によるものであり、それに基づいた精神病の治療はドーパミン受容体を遮断することであった。さらに、統合失調症患者においてドーパミンバイオマーカーが変化している、というドーパミン仮説の直接的な証拠となる研究が求められた。<br>  


=== 統合失調症のドーパミン仮説の証拠を求めて ===
=== 統合失調症のドーパミン仮説の証拠を求めて ===
 1980年代から90年代にかけて、ドーパミン仮説を支持する直接的な証拠を得ることを目指して、髄液、血液、尿、線維芽細胞、死後脳を用いてドーパミンやその前駆体、代謝産物が測定された。しかし、明確な、研究間で一致するような変化は見られなかった。
 1980年代から90年代にかけて、ドーパミン仮説の直接的な証拠を得ることを目指して、髄液、血液、尿、線維芽細胞、死後脳を用いてドーパミンやその前駆体、代謝産物が測定された。しかし、明確な、研究間で一致するような変化は見られなかった。


=== 修正ドーパミン仮説:ドーパミン系の領域特異的失調説 ===
=== 修正ドーパミン仮説:ドーパミン系の領域特異的失調説 ===
 1980年代に統合失調症の症状は陽性症状、陰性症状などに分類して考えられるようになり、抗精神病薬に反応しない一群の患者や陽性症状を緩和する薬物は陰性症状にはあまり効果がなかったり逆に悪化させたりという抗精神病薬による症状別の効果の違いが注目されるようになった。また、D2アンタゴニストとしての効力の弱いクロザピンは統合失調症のドーパミン仮説に対する疑問を呈する薬理学的証拠ともなり、統合失調症を単純にドーパミン機能過剰状態とすることは不十分であることは明らかとなってきた。<br> 抗精神病薬はドーパミン神経系に選択的に効果を及ぼし、定型抗精神病薬はA9, A10細胞に影響を与え、非定型抗精神病薬はA10細胞にのみ影響することが実験的に示されていた<ref><pubmed> 3607497 </pubmed></ref>。統合失調症患者では前頭葉の血流、糖代謝が低下しており、中脳皮質ドーパミン系を活性化すると前頭前野の糖代謝は上昇し、前頭葉の糖代謝の低下はドーパミンアゴニストで回復することも知られていた。1991年に統合失調症の修正ドーパミン仮説の論文が発表された<ref><pubmed> 1681750 </pubmed></ref>。この仮説は統合失調症では脳の部位によりドーパミン系の低活動と過活動とが混在しており、中脳皮質ドーパミン系の低活動が認知障害や陰性症状に関わっており、皮質下ドーパミン系の過活動が陽性症状に関連しているとするものであった。統合失調症の脳部位別機能不全は統合失調症の前頭葉低活性 (hypofrontality) に関する画像研究のメタ解析でも支持され<ref><pubmed> 15352925 </pubmed></ref>、また、非定型抗精神病薬は陰性症状をもつ患者の前頭前野の活動性を上げるなどの証拠が示されている。<br> 修正ドーパミン仮説の問題点としては、本当に統合失調症では脳の活動性のパターンの部位別の違いが本当にドーパミン系のサブシステムの活動性によるものかが示されていない点にある。前頭前野の機能不全は前頭前野におけるドーパミン活動性の低下が一次的なものであり、線条体のドーパミン濃度やD2受容体密度の上昇などは二次的なものと考えられている<ref><pubmed> 7393327 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 11865311 </pubmed></ref>が、動物実験では線条体での過剰なドーパミン放出による二次的なものの可能性も示されており<ref><pubmed> 16476668 </pubmed></ref>、未解決である。<br>  
 1980年代には統合失調症の症状は陽性症状、陰性症状などに分類して考えられるようになり、陽性症状を緩和する薬物は陰性症状にはあまり効果がなかったり逆に悪化させたりという抗精神病薬による症状別の効果の違いが注目されるようになった。また、抗精神病薬に反応しない一群の患者が存在することや抗精神病薬クロザピンがD2アンタゴニストとしての効力が弱い点など、統合失調症のドーパミン仮説に対する疑問を投げかける薬理学的証拠がでてきて、統合失調症を単純にドーパミン機能過剰状態とすることは不十分であることは明らかとなってきた。<br> 抗精神病薬はドーパミン神経系に選択的に効果を及ぼし、定型抗精神病薬はA9, A10細胞に影響を与え、非定型抗精神病薬はA10細胞にのみ影響することが実験的に示されていた<ref><pubmed> 3607497 </pubmed></ref>。統合失調症患者では前頭葉の血流、糖代謝が低下しており、中脳皮質ドーパミン系を活性化すると前頭前野の糖代謝は上昇し、前頭葉の糖代謝の低下はドーパミンアゴニストで回復することも知られていた。1991年に統合失調症の修正ドーパミン仮説の論文が発表された<ref><pubmed> 1681750 </pubmed></ref>。この仮説は統合失調症では脳の部位によりドーパミン系の低活動と過活動とが混在しており、中脳皮質ドーパミン系の低活動が認知障害や陰性症状に関わっており、皮質下ドーパミン系の過活動が陽性症状に関連しているとするものであった。統合失調症の脳部位別機能不全は統合失調症の前頭葉低活性 (hypofrontality) に関する画像研究のメタ解析でも支持され<ref><pubmed> 15352925 </pubmed></ref>、また、非定型抗精神病薬は陰性症状をもつ患者の前頭前野の活動性を上げるなどの証拠が示されている。<br> 修正ドーパミン仮説の問題点としては、本当に統合失調症では脳の活動性のパターンの部位別の違いが本当にドーパミン系のサブシステムの活動性によるものかが示されていない点にある。前頭前野の機能不全は前頭前野におけるドーパミン活動性の低下が一次的なものであり、線条体のドーパミン濃度やD2受容体密度の上昇などは二次的なものと考えられている<ref><pubmed> 7393327 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 11865311 </pubmed></ref>が、動物実験では線条体での過剰なドーパミン放出による二次的なものの可能性も示されており<ref><pubmed> 16476668 </pubmed></ref>、未解決である。<br>  


== ドーパミン仮説を裏付ける証拠 ==
== ドーパミン仮説を裏付ける証拠 ==
39

回編集

案内メニュー