「気づき」の版間の差分

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類語・同義語:意識、consciousness
類語・同義語:意識、consciousness


「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の哲学では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象([[閾下知覚]]や[[変化盲]]や[[両眼視野闘争]]など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな領野から同定されている。
「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の哲学では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象([[閾下知覚]]や[[変化盲]]や[[両眼視野闘争]]など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな脳領域から見つかっている。


== 気づきとは ==
== 気づきとは ==
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== 気づきの視覚心理学 ==
== 気づきの視覚心理学 ==


なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと視覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。
なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと知覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。以下、視覚心理学での知見を紹介するが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚、触覚などでも見られる。


たとえば、[[閾下知覚]]([[implicit perception]])では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。
たとえば、[[閾下知覚]]([[implicit perception]])では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。
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* 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
* 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
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[[両眼視野闘争]]([[binocular rivalry]])<ref><pubmed> 11823801 </pubmed></ref>や[[運動誘発盲]]([[motion-induced blindness]])<ref><pubmed> 11459058 </pubmed></ref>などのように、知覚的には非常に[[サリエンシー]]が高いものが一定期間見えなく(気づきが無くなる)なる現象。<br />
[[両眼視野闘争]]([[binocular rivalry]])<ref><pubmed> 11823801 </pubmed></ref>や[[運動誘発盲]]([[motion-induced blindness]])<ref><pubmed> 11459058 </pubmed></ref>などのように、知覚的には非常に[[サリエンシー]]が高いものが一定期間見えなくなったり、また見えるようになったりと気づきが交代する現象。
 
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* 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
* 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
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刺激を非常に弱いものにして検出閾値ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。
提示する刺激強度を弱めて検出閾値ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。
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ここでは視覚における現象を挙げたが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚、触覚などでも見られる。


== 気づきの脳内メカニズム  ==
== 気づきの脳内メカニズム  ==
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上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。たとえば、上述の[[意味的プライミング効果]]([[semantic priming]])を用いることで、文字刺激の気づきの有無が脳内のさまざまな領域の活動を変えることが明らかになっている<ref><pubmed> 9783584 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11426233 </pubmed></ref>。
上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。たとえば、上述の[[意味的プライミング効果]]([[semantic priming]])を用いることで、文字刺激の気づきの有無が脳内のさまざまな領域の活動を変えることが明らかになっている<ref><pubmed> 9783584 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11426233 </pubmed></ref>。


上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている<ref><pubmed> 19540794 </pubmed></ref>。
上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている<ref><pubmed> 19540794 </pubmed></ref>。閾値近辺での知覚については、たとえばHeegerらによる初期視覚野の応答についての機能イメージングの仕事がある<ref><pubmed> 12627164 </pubmed></ref>。


動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。
動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。
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たとえば、[[半側空間無視]]では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも網膜依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である<ref><pubmed> 10195103 </pubmed></ref>。
たとえば、[[半側空間無視]]では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも網膜依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である<ref><pubmed> 10195103 </pubmed></ref>。


[[盲視]]では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験(consciousness)が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、意識と気づきがべつものである場合には気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ<ref name=ref1></ref>は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)<ref name=ref1></ref>。
[[盲視]]では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば、もし意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、もし意識と気づきがべつものであるならば、心理的な気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ<ref name=ref1></ref>は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)<ref name=ref1></ref>。


== 「暗黙の気づき」 ==
== 「暗黙の」気づき ==


「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによってそとからの指示に気づいている証拠を見いだすことが出来る。[[植物状態]] ([[vegetative state]])の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、[[補足運動野]]([[supplementary motor area]]: [[SMA]])での脳活動の上昇が[[機能的核磁気共鳴画像法]] ([[functional magnetic resonance imaging]]: [[fMRI]])によって検出された<ref><pubmed> 16959998 </pubmed></ref>。この現象のことを「暗黙の気づき」(covert awareness)<ref><pubmed> 17698699 </pubmed></ref>もしくはCovert consciousness<ref><pubmed> 23351798 </pubmed></ref>と呼ぶことがある。
「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによって外からの指示に気づきがあるという証拠を見いだすことが出来る。[[植物状態]] ([[vegetative state]])の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、[[補足運動野]]([[supplementary motor area]]: [[SMA]])での脳活動の上昇が[[機能的核磁気共鳴画像法]] ([[functional magnetic resonance imaging]]: [[fMRI]])によって検出された<ref><pubmed> 16959998 </pubmed></ref>。この現象のことを「暗黙の」気づき(covert awareness)<ref><pubmed> 17698699 </pubmed></ref>もしくはcovert consciousness<ref><pubmed> 23351798 </pubmed></ref>と呼ぶことがある。


また、[[盲視]]([[blindsight]])や[[閾下知覚]]([[implicit perception]])のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある<ref><pubmed> 10643478 </pubmed></ref>。しかしこのときのawarenessは[[知覚]]([[perception]])とほとんど同義である。
また、[[盲視]]([[blindsight]])や[[閾下知覚]]([[implicit perception]])のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある<ref><pubmed> 10643478 </pubmed></ref>。しかしこのときのawarenessは[[知覚]]([[perception]])とほとんど同義である。
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