「顔表情認知」の版間の差分

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顔表情認知とは、他者の顔の表情から情動を認識・処理することを指す。行動研究から、顔表情はすばやく認識されることや、顔表情認知には様々な処理が関与することが示されている。また、神経科学研究から、顔表情認知には上側頭溝や扁桃体といった様々な脳部位が関与し、そうした脳部位の活動が数百ミリ秒以内というすばやい段階で起こることが示されている。
顔表情認知とは、他者の顔の表情から情動を認識・処理することを指す。行動研究から、顔表情はすばやく認識されることや、顔表情認知には様々な処理が関与することが示されている。また、神経科学研究から、顔表情認知には上側頭溝や扁桃体といった様々な脳部位が関与し、そうした脳部位の活動が数百ミリ秒以内というすばやい段階で起こることが示されている。  


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= 顔表情認知の行動研究<br><br>  =
= 顔表情認知の行動研究<br><br>  =


顔表情認知は対人コミュニケーションにおいて重要な役割を果たす。Mehrabian (1972)は、表情や声のトーンやメッセージの内容を変えて、聞き手が受ける好意度を調べた[1]。その結果、メッセージの内容と声のトーンが与えた影響はそれぞれ7%と38%であったのに比べ、表情が与えた影響は55%と大きいものであったことを報告している。
顔表情認知は対人コミュニケーションにおいて重要な役割を果たす。Mehrabian (1972)は、表情や声のトーンやメッセージの内容を変えて、聞き手が受ける好意度を調べた[1]。その結果、メッセージの内容と声のトーンが与えた影響はそれぞれ7%と38%であったのに比べ、表情が与えた影響は55%と大きいものであったことを報告している。 <br>顔表情に示される基本情動(例えば恐怖や幸福)は的確に認識され、これは文化を超えてヒトに普遍的な信号であることが示されている。例えば、Ekman &amp; Friesen (1971)は、西洋人との接触が少ないパプアニューギニア人を対象に、西洋人の表情写真に対する認識成績を調べた。その結果、ほとんどの表情を偶然より高いレベルで認識した[2]。 <br>顔表情認知においては、情動の認識に加えて、様々な処理が遂行される。例えば、表情を見たとき、注意が引きつけられ[3]、主観的および身体的な情動反応が喚起され[4]、表情模倣が起こる[5]ことが示されている。 <br>また、顔表情認知は、すばやく、意識下の段階で遂行されることが示されている。例えば、Murphy &amp; Zajonc (1993)は、怒りあるいは幸福の表情を意識的には見えないように短時間だけ呈示し、直後に無関係な図形を呈示してこれに対する好意度評定を求めた[6]。その結果、直前に怒り表情が呈示されていた場合には図形に対する好意度評定が低下するといった影響を示している。  
<br>顔表情に示される基本情動(例えば恐怖や幸福)は的確に認識され、これは文化を超えてヒトに普遍的な信号であることが示されている。例えば、Ekman &amp; Friesen (1971)は、西洋人との接触が少ないパプアニューギニア人を対象に、西洋人の表情写真に対する認識成績を調べた。その結果、ほとんどの表情を偶然より高いレベルで認識した[2]。
<br>顔表情認知においては、情動の認識に加えて、様々な処理が遂行される。例えば、表情を見たとき、注意が引きつけられ[3]、主観的および身体的な情動反応が喚起され[4]、表情模倣が起こる[5]ことが示されている。
<br>また、顔表情認知は、すばやく、意識下の段階で遂行されることが示されている。例えば、Murphy &amp; Zajonc (1993)は、怒りあるいは幸福の表情を意識的には見えないように短時間だけ呈示し、直後に無関係な図形を呈示してこれに対する好意度評定を求めた[6]。その結果、直前に怒り表情が呈示されていた場合には図形に対する好意度評定が低下するといった影響を示している。


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== <br>前頭眼窩野<br><br>  ==
== <br>前頭眼窩野<br><br>  ==


機能的脳画像研究から、前頭眼窩野が、情動表情に対して中性表情の場合よりも高く活動することが示されている[18]。脳損傷研究から、前頭眼窩野の損傷により表情認識に障害が起こることが報告されている[19]。前頭眼窩野は扁桃体と密な機能的関係を持ちその活動を調整するとされており[20]、表情認知においても扁桃体と関連して情動的な処理を遂行することが考えられる。<br>
機能的脳画像研究から、前頭眼窩野が、情動表情に対して中性表情の場合よりも高く活動することが示されている[18]。脳損傷研究から、前頭眼窩野の損傷により表情認識に障害が起こることが報告されている[19]。前頭眼窩野は扁桃体と密な機能的関係を持ちその活動を調整するとされており[20]、表情認知においても扁桃体と関連して情動的な処理を遂行することが考えられる。<br>  


== <br> 大脳基底核・島<br><br>  ==
== <br> 大脳基底核・島<br><br>  ==


機能的脳画像研究から、嫌悪の表情に対して、中性表情の場合に比べて大脳基底核および島が強く活動することが示されている[21]。また、嫌悪の表情を見ているときや、嗅覚刺激を嗅いで嫌悪情動を感じているときに、島の同じ領域が活動することが示されている[22]。また、脳損傷研究から、大脳基底核と島に損傷がある患者において、嫌悪表情の認識が特異的に障害されることが報告されている[23]。こうした知見から、大脳基底核および島は、特に嫌悪の情動の場合に、情動反応の喚起およびその情報を活用した情動認識に関与していると考えられる。
機能的脳画像研究から、嫌悪の表情に対して、中性表情の場合に比べて大脳基底核および島が強く活動することが示されている[21]。また、嫌悪の表情を見ているときや、嗅覚刺激を嗅いで嫌悪情動を感じているときに、島の同じ領域が活動することが示されている[22]。また、脳損傷研究から、大脳基底核と島に損傷がある患者において、嫌悪表情の認識が特異的に障害されることが報告されている[23]。こうした知見から、大脳基底核および島は、特に嫌悪の情動の場合に、情動反応の喚起およびその情報を活用した情動認識に関与していると考えられる。  


 
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= 顔表情認知の脳活動の時間特性<br><br>  =
= 顔表情認知の脳活動の時間特性<br><br>  =


電気生理学研究から、顔表情認知の脳活動の時間情報が報告されている。<br>
電気生理学研究から、顔表情認知の脳活動の時間情報が報告されている。<br> 多くの事象関連電位研究で報告されるのが、刺激呈示後200~400ミリ秒に後方部で記録されるEarly posterior negativity (EPN)と呼ばれる陰性変動である。この成分の振幅は、情動表情に対して中性表情よりも高くなることが報告されている[24]。さらに、この成分の振幅は情動表情の検出速度や主観的な情動評定と対応することが示されており[25]、表情に対する注意・知覚過程を反映すると考えられる。 <br> またいくつかの事象関連電位研究からは、より初期の刺激呈示後約170ミリ秒に後方部で記録されるN170と呼ばれる陰性変動で、情動表情に対する振幅の促進が報告されている[26]。この成分が顔についての新皮質での最初の視覚分析にあたるとされており[27]、表情の視覚処理への影響がすばやいものであることが示唆される。<br> また深部脳波研究からは、扁桃体において刺激呈示後50~150ミリ秒という速い段階で、恐怖表情に対して、中性表情より強い活動が起こることが報告されている[28]。こうした扁桃体の活動は、表情に対するすばやい情動反応の喚起に関わっていると考えられ、また視覚野の活動調整に関与している可能性が示唆される。<br>  
多くの事象関連電位研究で報告されるのが、刺激呈示後200~400ミリ秒に後方部で記録されるEarly posterior negativity (EPN)と呼ばれる陰性変動である。この成分の振幅は、情動表情に対して中性表情よりも高くなることが報告されている[24]。さらに、この成分の振幅は情動表情の検出速度や主観的な情動評定と対応することが示されており[25]、表情に対する注意・知覚過程を反映すると考えられる。 <br>  
またいくつかの事象関連電位研究からは、より初期の刺激呈示後約170ミリ秒に後方部で記録されるN170と呼ばれる陰性変動で、情動表情に対する振幅の促進が報告されている[26]。この成分が顔についての新皮質での最初の視覚分析にあたるとされており[27]、表情の視覚処理への影響がすばやいものであることが示唆される。<br>
また深部脳波研究からは、扁桃体において刺激呈示後50~150ミリ秒という速い段階で、恐怖表情に対して、中性表情より強い活動が起こることが報告されている[28]。こうした扁桃体の活動は、表情に対するすばやい情動反応の喚起に関わっていると考えられ、また視覚野の活動調整に関与している可能性が示唆される。<br>  


= 残されている問題<br><br>  =
= 残されている問題<br><br>  =
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(執筆者:佐藤弥、担当編集委員:定藤規弘)<br><br>
(執筆者:澤田玲子・佐藤弥、担当編集委員:定藤規弘)<br><br>
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