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===強迫性障害 (OCD) に対する認知行動療法の作用機序===
===強迫性障害 (OCD) に対する認知行動療法の作用機序===


 本人の意思とは無関係に頭に浮かび苦痛を呼びおこす考え(強迫観念)とその強迫観念を打ち消すために反復的に行われる不合理な行為(強迫行為)を主症状とするOCD を対象としたCBTでは、治療後に、患者の右尾状核における脳活動の有意な変化や、前頭眼窩皮質―線条体―視床間の神経回路(Cortico-Striatal-Thalamic-cortical loops: CSTCループ)における関連活動の消失が見出されている<ref name=ref1><pubmed>1514872</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>9870412</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>。
 本人の意思とは無関係に頭に浮かび苦痛を呼びおこす考え(強迫観念)とその強迫観念を打ち消すために反復的に行われる不合理な行為(強迫行為)を主症状とするOCD を対象としたCBTでは、治療後に、患者の右尾状核における脳活動の有意な変化や、前頭眼窩皮質―線条体―視床間の神経回路(Cortico-Striatal-Thalamic-cortical loops: CSTCループ)における関連活動の消失が見出されている<ref name=ref1><pubmed>1514872</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>9870412</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>20236568</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>14561429</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>8629886</pubmed></ref>。


 OCDの病態生理においては、このCSTCループの重要性が指摘されている<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。SCTCループの重要な機能のひとつとして報酬/罰処理がある<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。すなわち、CSTCループは、自身にとって一体どのような行動をとると利益あるいは不利益になるのかという随伴関係について把握し、その行動を増やしたり減らしたりすることで習慣的な行動の形成に関与するとされているのである。同時に、一度学習された随伴関係について学習し直すことで、これまでの行動習慣を変化させる機能(感情的な切り替え)についても重要な役割を果たしていることが示されている<ref name=ref4><pubmed>12040063</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>。このことから、OCD患者は特定の行動と不安の現象という誤った随伴関係を学習することで強迫行動を獲得するが、CSTCループの機能異常によりその誤った随伴関係を再学習することに困難が生じていると考えられている。
 OCDの病態生理においては、このCSTCループの重要性が指摘されている<ref name=ref25><pubmed>9829024</pubmed></ref>。SCTCループの重要な機能のひとつとして報酬/罰処理がある<ref name=ref7><pubmed>11110834</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>9607763</pubmed></ref>。すなわち、CSTCループは、自身にとって一体どのような行動をとると利益あるいは不利益になるのかという随伴関係について把握し、その行動を増やしたり減らしたりすることで習慣的な行動の形成に関与するとされているのである。同時に、一度学習された随伴関係について学習し直すことで、これまでの行動習慣を変化させる機能(感情的な切り替え)についても重要な役割を果たしていることが示されている<ref name=ref4><pubmed>12040063</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>4963561</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>10769312</pubmed></ref>。このことから、OCD患者は特定の行動と不安の現象という誤った随伴関係を学習することで強迫行動を獲得するが、CSTCループの機能異常によりその誤った随伴関係を再学習することに困難が生じていると考えられている。


===恐怖症スペクトラムに対する認知行動療法の作用機序===
===恐怖症スペクトラムに対する認知行動療法の作用機序===


 恐怖症は、特定の対象に対する強烈な恐怖と、その対象に対する回避行動を主症状とする障害である。恐怖の対象が、血液や高所ということもあれば、対人交流や自身の身体症状ということもある(対人の場合は社交不安障害、身体症状の場合はパニック障害とされる)。こうした恐怖症スペクトラムに対するCBTでは、実施後に、治療前に高かった辺縁系領域(扁桃体や海馬、海馬傍回)、前帯状皮質 (ACC) 背側部、島などの活動量が有意に減少し、健常者と同程度の活動量になったことが報告されている<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。
 恐怖症は、特定の対象に対する強烈な恐怖と、その対象に対する回避行動を主症状とする障害である。恐怖の対象が、血液や高所ということもあれば、対人交流や自身の身体症状ということもある(対人の場合は社交不安障害、身体症状の場合はパニック障害とされる)。こうした恐怖症スペクトラムに対するCBTでは、実施後に、治療前に高かった辺縁系領域(扁桃体や海馬、海馬傍回)、前帯状皮質 (ACC) 背側部、島などの活動量が有意に減少し、健常者と同程度の活動量になったことが報告されている<ref name=ref9><pubmed>17425531</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>11982446</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>12595193</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>16889985</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>17902000</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>16087353</pubmed></ref>。


 これまでの基礎研究では、扁桃体や海馬、嗅内皮質は、恐怖条件づけの消去学習を生じるうえで重要な役割を果たすことが明らかになっている<ref name=ref3><pubmed>17435934</pubmed></ref>。恐怖症スペクトラム障害に対するCBTは、エクスポージャー法による恐怖条件づけ記憶の消去学習であることを考慮すると、CBT後の扁桃体や海馬といった辺縁系領域の活動減少は、消去学習メカニズムと密接に関与している可能性が考えられる<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。なお、島は、認知・情動・行動の統合を担い多様な精神機能に関与するといわれるが、とりわけ刺激の出現によって生じた内的身体感覚の変化(e.g.,心拍数の増加や痛み)の主観的体験において重要な役割を果たしていることが指摘されている<ref name=ref5><pubmed>12154366</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。一方、背側ACCは、脅威刺激について意識的な評価を行ったり、感情状態を努力してコントロールしたりするうえで重要な役割を担うことが示唆されている<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。したがって、こうした領域における脳活動レベルの正常化は、恐怖条件づけ記憶の消去や、恐怖の対象や自身の身体感覚に対する過大評価の緩和、そして強烈な情動反応の消失などと関連している可能性が示唆されている。
 これまでの基礎研究では、扁桃体や海馬、嗅内皮質は、恐怖条件づけの消去学習を生じるうえで重要な役割を果たすことが明らかになっている<ref name=ref3><pubmed>17435934</pubmed></ref>。恐怖症スペクトラム障害に対するCBTは、エクスポージャー法による恐怖条件づけ記憶の消去学習であることを考慮すると、CBT後の扁桃体や海馬といった辺縁系領域の活動減少は、消去学習メカニズムと密接に関与している可能性が考えられる<ref name=ref22><pubmed>16164763</pubmed></ref>。なお、島は、認知・情動・行動の統合を担い多様な精神機能に関与するといわれるが、とりわけ刺激の出現によって生じた内的身体感覚の変化(e.g.,心拍数の増加や痛み)の主観的体験において重要な役割を果たしていることが指摘されている<ref name=ref5><pubmed>12154366</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>19414044</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>20512376</pubmed></ref>。一方、背側ACCは、脅威刺激について意識的な評価を行ったり、感情状態を努力してコントロールしたりするうえで重要な役割を担うことが示唆されている<ref name=ref17><pubmed>19786103</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>12946879</pubmed></ref>。したがって、こうした領域における脳活動レベルの正常化は、恐怖条件づけ記憶の消去や、恐怖の対象や自身の身体感覚に対する過大評価の緩和、そして強烈な情動反応の消失などと関連している可能性が示唆されている。


===うつ病に対する認知行動療法の作用機序===
===うつ病に対する認知行動療法の作用機序===


 うつ病に対するCBTでは、治療後に、腹外側前頭前皮質 (VLPFC) や海馬や海馬傍回といった辺縁系領域、後帯状皮質 (PCC)、背側ACCなどの有意な活動変化が見出されている (Fu et al., 2008; Goldapple et al., 2004; Kennedy et al., 2007; Ritchey et al., 2010)。しかしながら、治療後の変化の向きや変化が生じる脳領域については研究間で異なり、OCDや恐怖症スペクトラム障害ほど一貫した知見が得られていない。これはうつ病が多様なサブタイプを有し、重症度や併存疾患の有無といった点で、その病像が極めて多岐にわたるためであると考えられる。
 うつ病に対するCBTでは、治療後に、腹外側前頭前皮質 (VLPFC) や海馬や海馬傍回といった辺縁系領域、後帯状皮質 (PCC)、背側ACCなどの有意な活動変化が見出されている<ref name=ref11><pubmed>18550030</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>14706942</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>17475737</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>20934190</pubmed></ref> 。しかしながら、治療後の変化の向きや変化が生じる脳領域については研究間で異なり、OCDや恐怖症スペクトラム障害ほど一貫した知見が得られていない。これはうつ病が多様なサブタイプを有し、重症度や併存疾患の有無といった点で、その病像が極めて多岐にわたるためであると考えられる。


 治療手段が薬物療法であれCBTであれ、うつ症状寛解後は、VLPFC活動の有意な減少が認められている<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13 /> <ref name=ref14 />。しかし、CBTでは、薬物療法とは異なり、背側ACCやPCC、さらに扁桃体や海馬にも何らかの変化を生じさせて抑うつ症状を改善している可能性が示唆される<ref name=ref11 /> <ref name=ref13 /> <ref name=ref14 /> <ref name=ref21 />。とりわけ治療前には、情動刺激を呈示されても、うつ病患者の扁桃体や海馬はほとんど賦活しなかったものの、治療後には、両者が賦活するようになっていたことが示した研究もある<ref name=ref21 />。また、情動刺激処理時の扁桃体活動量が相対的に高い患者ほど、CBT後にうつ症状が改善した程度も大きかったという報告もある (Siegle, Carter and Thase 2006)。これらの知見から、うつ病患者では、扁桃体を中心とする辺縁系領域は本来期待される程度には働いておらず、CBTはその働きを活性化させることで抑うつ症状の改善を導く可能性も示唆される。
 治療手段が薬物療法であれCBTであれ、うつ症状寛解後は、VLPFC活動の有意な減少が認められている<ref name=ref11><pubmed>18550030</pubmed></ref> <ref name=ref13 /> <ref name=ref14 />。しかし、CBTでは、薬物療法とは異なり、背側ACCやPCC、さらに扁桃体や海馬にも何らかの変化を生じさせて抑うつ症状を改善している可能性が示唆される<ref name=ref11 /> <ref name=ref13 /> <ref name=ref14 /> <ref name=ref21 />。とりわけ治療前には、情動刺激を呈示されても、うつ病患者の扁桃体や海馬はほとんど賦活しなかったものの、治療後には、両者が賦活するようになっていたことが示した研究もある<ref name=ref21 />。また、情動刺激処理時の扁桃体活動量が相対的に高い患者ほど、CBT後にうつ症状が改善した程度も大きかったという報告もある (Siegle, Carter and Thase 2006)。これらの知見から、うつ病患者では、扁桃体を中心とする辺縁系領域は本来期待される程度には働いておらず、CBTはその働きを活性化させることで抑うつ症状の改善を導く可能性も示唆される。


 いずれにしても、うつ病におけるCBTの神経作用メカニズムについては、サブタイプや重症度、合併症なども考慮に入れて、更に細やかな検討がなされることが必要である。
 いずれにしても、うつ病におけるCBTの神経作用メカニズムについては、サブタイプや重症度、合併症なども考慮に入れて、更に細やかな検討がなされることが必要である。

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