「血液脳関門」の版間の差分

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== 歴史 ==
== 歴史 ==


  血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)の概念提唱のさきがけとなったのは、1695年にイギリスの生理学者Humphrey Ridleyが、「水銀を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」ことを'The Anatomy of the Brain<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Sam Smith and Benjamin Walford, Printers to the Royal Society'':1695</ref>'に発表したことである<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>。Ridley の発見から190年後の1886年に、細菌学者Paul Ehrlichは、生きている動物の血管内にさまざまな色素を注入し脳組織染色を試みた結果、塩基性色素であるメチレンブルーを注入したときのみ染色に成功した。1913年には、Ehrlichの弟子であったEdwin Goldmanが、酸性色素であるトリパンブルーを血管内に投与した場合には、一部の特殊な部位を除いて脳実質は染色されず、一方で脳室内に投与した場合には脳は染まるが他の末梢臓器は染まらないことを見出した。これらの発見をきっかけに、血液と脳実質の間には関門が存在するとして、BBBの概念が提唱された。当初は、BBBは血液と脳を隔てる単なる物理的障壁と考えられてきた。しかし近年では、分子生物学や、''in vitro''モデル細胞株の樹立など細胞生物的な手法の導入によって、BBBの機能は分子レベルでの解明が飛躍的に進んでいる。現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念へと塗り替えられている<ref name="ref1"><pubmed> 17619998 </pubmed></ref>。このBBBの機能は、薬という異物の脳移行を制限することから、中枢作用薬の開発成功率を大幅に下げる一因と位置づけられている。特に、がん細胞において抗がん剤耐性因子として同定されたP-糖タンパク(P-glycoprotein/ P-gp/ ABCB1/MDR1/mdr1a)<ref><pubmed> 7910522 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1357522 </pubmed></ref>やBreast Cancer Resistance Protein (BCRP/ABCG2/MXR/ABCP)<ref><pubmed> 15805252 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12438926 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15255930 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16181433 </pubmed></ref>がBBBにおいて、薬物排出ポンプとして発現機能しているとした1990年-2000年初期の発見は、BBBの物質輸送研究に大きなインパクトを与えた。このほかP-糖タンパクやBCRP以外にも、BBBに発現して物質輸送を担う多様なトランスポーターや受容体の分子レベルでの同定が進み、脳機能を支援・防御する動的インターフェースの一躍を担っていることが明らかにされ<ref name="ref1" />、BBBの受容体を標的とした薬物送達システムの開発も進んだ<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)」<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name="ref2" /><ref name=ref4><pubmed> 22401960 </pubmed>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref>、で完成し、これらの定量情報を基にBBBのヒトと動物との種差が解明された。さらに、BBBにおけるトランスポーターの発現量と''in vitro''で計測可能な単分子活性を基にしたBBB物質輸送の再構築法<ref name="ref8"><pubmed> 21828264 </pubmed></ref>の開発が進んでおり、ヒトBBBにおける薬物を含めた物質輸送の予測系の基盤技術が構築されつつある。
  血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)の概念提唱のさきがけとなったのは、1695年にイギリスの生理学者Humphrey Ridleyが、「水銀を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」ことを'The Anatomy of the Brain<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Sam Smith and Benjamin Walford, Printers to the Royal Society'':1695</ref>'に発表したことである<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>。Ridley の発見から190年後の1886年に、細菌学者Paul Ehrlichは、生きている動物の血管内にさまざまな色素を注入し脳組織染色を試みた結果、塩基性色素であるメチレンブルーを注入したときのみ染色に成功した。1913年には、Ehrlichの弟子であったEdwin Goldmanが、酸性色素であるトリパンブルーを血管内に投与した場合には、一部の特殊な部位を除いて脳実質は染色されず、一方で脳室内に投与した場合には脳は染まるが他の末梢臓器は染まらないことを見出した。これらの発見をきっかけに、血液と脳実質の間には関門が存在するとして、BBBの概念が提唱された。当初は、BBBは血液と脳を隔てる単なる物理的障壁と考えられてきた。しかし近年では、分子生物学や、''in vitro''モデル細胞株の樹立など細胞生物的な手法の導入によって、BBBの機能は分子レベルでの解明が飛躍的に進んでいる。現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念へと塗り替えられている<ref name="ref1"><pubmed> 17619998 </pubmed></ref>。このBBBの機能は、薬という異物の脳移行を制限することから、中枢作用薬の開発成功率を大幅に下げる一因と位置づけられている。特に、がん細胞において抗がん剤耐性因子として同定されたP-糖タンパク(P-glycoprotein/ P-gp/ ABCB1/MDR1/mdr1a)<ref><pubmed> 7910522 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1357522 </pubmed></ref>やBreast Cancer Resistance Protein (BCRP/ABCG2/MXR/ABCP)<ref><pubmed> 15805252 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12438926 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15255930 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16181433 </pubmed></ref>がBBBにおいて、薬物排出ポンプとして発現機能しているとした1990年-2000年初期の発見は、BBBの物質輸送研究に大きなインパクトを与えた。このほかP-糖タンパクやBCRP以外にも、BBBに発現して物質輸送を担う多様なトランスポーターや受容体の分子レベルでの同定が進み、脳機能を支援・防御する動的インターフェースの一躍を担っていることが明らかにされ<ref name="ref1" />、BBBの受容体を標的とした薬物送達システムの開発も進んだ<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)」<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name=ref2 /><ref name=ref4><pubmed> 22401960 </pubmed>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref>で完成し、これらの定量情報を基にBBBのヒトと動物との種差が解明された。さらに、BBBにおけるトランスポーターの発現量と''in vitro''で計測可能な単分子活性を基にしたBBB物質輸送の再構築法<ref name="ref8"><pubmed> 21828264 </pubmed></ref>の開発が進んでおり、ヒトBBBにおける薬物を含めた物質輸送の予測系の基盤技術が構築されつつある。


== 構造と役割 ==
== 構造と役割 ==
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