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=== 分泌因子  ===
=== 分泌因子  ===


 分泌因子としてはBMP (bone morphogenetic protein)タンパク質が主要な役割を果たしており、BMP 4とBMP7はニワトリ胚の蓋板の形成時期に表皮外胚葉で一過的に発現する。これらを未分化なニワトリ神経板尾側部の培養液に加えると蓋板の細胞が誘導される。この誘導はnogginやfollistatinなどのBMPシグナルの特異的な阻害剤を用いて阻害することができる<ref><pubmed>9335341</pubmed></ref>。BMP4、BMP7、BMP阻害剤、あるいは活性型BMP受容体(caBMPR1A)などをニワトリHH (Hamburger-Hamilton stage)10期の神経板尾側部にelectroporationで導入する実験によりBMPシグナルは蓋板の発生に必要かつ十分であることが示されている<ref name=chiahikov><pubmed>15148302 </pubmed></ref>, <ref name=Liu><pubmed>14973289</pubmed></ref>。  
 分泌因子としてはBMP (bone morphogenetic protein)タンパク質が主要な役割を果たしており、BMP 4とBMP7はニワトリ胚の蓋板の形成時期に表皮外胚葉で一過的に発現する。これらを未分化なニワトリ神経板尾側部の培養液に加えると蓋板の細胞が誘導される。この誘導はnogginやfollistatinなどのBMPシグナルの特異的な阻害剤を用いて阻害することができる<ref name=Liem><pubmed>9335341</pubmed></ref>。BMP4、BMP7、BMP阻害剤、あるいは活性型BMP受容体(caBMPR1A)などをニワトリHH (Hamburger-Hamilton stage)10期の神経板尾側部にelectroporationで導入する実験によりBMPシグナルは蓋板の発生に必要かつ十分であることが示されている<ref name=Chizhikov><pubmed>15148302 </pubmed></ref>, <ref name=Liu><pubmed>14973289</pubmed></ref>。  


<br> WNT (wingless-related mouse mammary tumour virus integration site)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった<ref name=chiahikov/>。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  
<br> WNT (wingless-related mouse mammary tumour virus integration site)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった<ref name=Chizhikov/>。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  


<br> VitaminA欠乏条件下のウズラの神経管では腹側化が優勢であり、BMP4やWnt1、Msx2などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた<ref><pubmed>15110711</pubmed></ref>。また、レチノイン酸合成酵素Raldh2(aldh1a2)遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御するエンハンサー領域であることが示されている<ref><pubmed>20081195</pubmed></ref>。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  
<br> VitaminA欠乏条件下のウズラの神経管では腹側化が優勢であり、BMP4やWnt1、Msx2などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた<ref><pubmed>15110711</pubmed></ref>。また、レチノイン酸合成酵素Raldh2(aldh1a2)遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御するエンハンサー領域であることが示されている<ref><pubmed>20081195</pubmed></ref>。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  
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=== 内在性因子  ===
=== 内在性因子  ===


 内在性因子としては、LIMホメオドメインを持つ転写因子LHX1Aが知られている。LHX1Aは蓋板の前駆細胞および分化した蓋板の細胞に特異的に発現している。Lhx1a遺伝子に変異を持つDreherマウスでは吻側の蓋板が形成されない&lt;&lt;Millonig 2000&gt;&gt;<ref><pubmed>10693804</pubmed></ref>。ニワトリ脊髄や未分化な神経管吻側部のexplantにLMX1Aを異所性に発現させると蓋板関連分子の発現が誘導される<ref name=chiahikov/>。LMX1Aの発現誘導にはBMPシグナルが必要かつ十分であることが示されている<ref name=chiahikov/>。逆に、LMX1AがないとBMP4は蓋板を誘導できないので、LMX1AはBMPシグナルのメディエーターである<ref name=chiahikov/>。異所性に発現したLMX1Aが蓋板を誘導できる領域は異所性に発現したBMPが誘導できる領域と比べて小さいので、BMPの下流にはLMX1A以外の経路もあると考えられる<ref name=chiahikov/>, <ref name=Liu/>。  
 内在性因子としては、LIMホメオドメインを持つ転写因子LHX1Aが知られている。LHX1Aは蓋板の前駆細胞および分化した蓋板の細胞に特異的に発現している。Lhx1a遺伝子に変異を持つDreherマウスでは吻側の蓋板が形成されない<ref name=Millonig ><pubmed>10693804</pubmed></ref>。ニワトリ脊髄や未分化な神経管吻側部のexplantにLMX1Aを異所性に発現させると蓋板関連分子の発現が誘導される<ref name=Chizhikov/>。LMX1Aの発現誘導にはBMPシグナルが必要かつ十分であることが示されている<ref name=Chizhikov/>。逆に、LMX1AがないとBMP4は蓋板を誘導できないので、LMX1AはBMPシグナルのメディエーターである<ref name=Chizhikov/>。異所性に発現したLMX1Aが蓋板を誘導できる領域は異所性に発現したBMPが誘導できる領域と比べて小さいので、BMPの下流にはLMX1A以外の経路もあると考えられる<ref name=Chizhikov/>, <ref name=Liu/>。  


<br> LMX1BはオルソログであるLMX1Aと同様にニワトリの蓋板の前駆細胞や分化した蓋板細胞に発現し、過剰発現させると機能的な蓋板を誘導する<ref><pubmed>15215291</pubmed></ref>。また、LMX1Aの上流で機能し、異所性に発現させるとLMX1Aの発現を誘導する。マウスではLMX1Bは蓋板で発現しておらず、蓋板の誘導はLMX1Aのみに依存するが、Dreherマウスにおける蓋板形成異常はLMX1Bの過剰発現で部分的に回復するので、機能的には重複があると考えられる。ただし、LMX1BにLMX1Aと似た蓋板誘導能があるのか、LMX1Aとは異なる蓋板誘導経路を活性化しているのかは弁別できない。  
<br> LMX1BはオルソログであるLMX1Aと同様にニワトリの蓋板の前駆細胞や分化した蓋板細胞に発現し、過剰発現させると機能的な蓋板を誘導する<ref name=ChizhikovJN><pubmed>15215291</pubmed></ref>。また、LMX1Aの上流で機能し、異所性に発現させるとLMX1Aの発現を誘導する。マウスではLMX1Bは蓋板で発現しておらず、蓋板の誘導はLMX1Aのみに依存するが、Dreherマウスにおける蓋板形成異常はLMX1Bの過剰発現で部分的に回復するので、機能的には重複があると考えられる。ただし、LMX1BにLMX1Aと似た蓋板誘導能があるのか、LMX1Aとは異なる蓋板誘導経路を活性化しているのかは弁別できない。  


<br> BMPシグナルのターゲットであるMSXファミリーはマウスではMsx1、Msx2およびMsx3の3つの遺伝子から成り、すべて初期の脊髄背側に発現している。発生が進むにつれ、Msx1とMsx2は背側正中領域に限局するようになり、Msx3は神経管の背側1/3で蓋板を除く領域に発現する。マウスMsx1をニワトリ脊髄に発現させるといくつかの蓋板マーカーの発現を誘導できる<ref name=Liu/>。  
<br> BMPシグナルのターゲットであるMSXファミリーはマウスではMsx1、Msx2およびMsx3の3つの遺伝子から成り、すべて初期の脊髄背側に発現している。発生が進むにつれ、Msx1とMsx2は背側正中領域に限局するようになり、Msx3は神経管の背側1/3で蓋板を除く領域に発現する。マウスMsx1をニワトリ脊髄に発現させるといくつかの蓋板マーカーの発現を誘導できる<ref name=Liu/>。  
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=== 脊髄  ===
=== 脊髄  ===


 蓋板が脊髄背側の神経の運命決定に関わっていることを示す最初の知見は、未分化な神経板に蓋板を移植するとdI1とdI3という背側の介在神経細胞(dorsal interneuron)が誘導されるという発見であった&lt;&lt;Liem et al., 1997&gt;&gt;。その後、蓋板に特異的なGdf (growth differentiation factor) 7遺伝子のプロモータを利用してジフテリアトキシンを発現させるGdf7-DTAマウスを用いて蓋板を欠失させると、最も背側のdI1-3は誘導されず、これを補うように腹側のdI4-6が余計に誘導されること、また、dI1-3の前駆細胞が失われたことによってではなく、蓋板からのシグナルが発信されないことによってdI1-3が誘導されないことがわかり、背側の介在神経細胞はデフォルトではdI4-6になるが、蓋板に近い領域では蓋板からのシグナルがそれを抑制してdI1-3に方向付けることが明らかになった&lt;&lt;Lee 2000&gt;&gt;。<br> 一方、dreherマウスでは蓋板の欠失だけでなくdI1の減少も認められた。Lmx1aは蓋板でのみ発現しているので、これは蓋板からのnon-autonomousなシグナルが働いていることを示唆している&lt;&lt;Millonig 2000, Millen 2004&gt;&gt;。このnon-autonomousな蓋板のシグナルの存在は、ニワトリ神経板でLmx1aやLmx1bを発現させて異所性に蓋板をつくると、その場所ではdI2-6の代わりにdI1がnon-autonomousに誘導されることからも示された&lt;&lt;Chizhikov 2004Dev,JN&gt;&gt;。  
 蓋板が脊髄背側の神経の運命決定に関わっていることを示す最初の知見は、未分化な神経板に蓋板を移植するとdI1とdI3という背側の介在神経細胞(dorsal interneuron)が誘導されるという発見であった<ref name=Liem/>。その後、蓋板に特異的なGdf (growth differentiation factor) 7遺伝子のプロモータを利用してジフテリアトキシンを発現させるGdf7-DTAマウスを用いて蓋板を欠失させると、最も背側のdI1-3は誘導されず、これを補うように腹側のdI4-6が余計に誘導されること、また、dI1-3の前駆細胞が失われたことによってではなく、蓋板からのシグナルが発信されないことによってdI1-3が誘導されないことがわかり、背側の介在神経細胞はデフォルトではdI4-6になるが、蓋板に近い領域では蓋板からのシグナルがそれを抑制してdI1-3に方向付けることが明らかになった<ref><pubmed>10693795</pubmed></ref>。<br> 一方、dreherマウスでは蓋板の欠失だけでなくdI1の減少も認められた。Lmx1aは蓋板でのみ発現しているので、これは蓋板からのnon-autonomousなシグナルが働いていることを示唆している<ref name=Millonig/>, <ref name=Millen><pubmed>15183721</pubmed></ref>。このnon-autonomousな蓋板のシグナルの存在は、ニワトリ神経板でLmx1aやLmx1bを発現させて異所性に蓋板をつくると、その場所ではdI2-6の代わりにdI1がnon-autonomousに誘導されることからも示された<ref name=Chizhikov/>,<ref name=ChizhikovJN/>。  


<br> 蓋板からの背側化シグナルの分子実体は主にBMPとWNTである。LiemらはBMPファミリーの分子はdI1とdI3を誘導できることをニワトリ神経板のexplantを用いて示した&lt;&lt;1995,1997&gt;&gt;。その後、Timmerらがマウス神経管に活性化BMPレセプターを発現させる実験により、BMPシグナルの強度依存的にdI1-3を誘導することを示した。BMPシグナルが強い(高BMP濃度の)領域ではdI1が、逆にシグナルが低い領域ではdI3がより優勢に誘導される&lt;&lt;2002&gt;&gt;。このBMPの局所的な濃度勾配は、BMPとヘパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycans, HSPG)との相互作用によって形成される。N末端付近の塩基性アミノ酸に富むHSPGとの結合に重要な領域の5残基を欠失させたBMP4を神経管背側部に強制発現させると、野生型のBMP4を発現させた場合と比較してより広い範囲で背側化認められた&lt;&lt;Hu et al 2004&gt;&gt;。ただし、個々のBMPタンパク質はそれぞれに特有の役割を果たしている。例えばBMPファミリーの関連因子で蓋板特異的に発現するGDF7をノックアウトするとdI1の一部の細胞のみが欠失する&lt;&lt;Lee et al 1998&gt;&gt;。また、蓋板特異的に発現するBMP4はdI1の誘導に必要であるがdI2-5には必要ないのに対し、より広い神経管背側部に発現するBMP7はdI1, 3, 5の誘導に必要である&lt;&lt;LeDreau 2012&gt;&gt;。  
<br> 蓋板からの背側化シグナルの分子実体は主にBMPとWNTである。LiemらはBMPファミリーの分子はdI1とdI3を誘導できることをニワトリ神経板のexplantを用いて示した<ref><pubmed>7553857</pubmed></ref>,<ref name=Liem/>。その後、Timmerらがマウス神経管に活性化BMPレセプターを発現させる実験により、BMPシグナルの強度依存的にdI1-3を誘導することを示した。BMPシグナルが強い(高BMP濃度の)領域ではdI1が、逆にシグナルが低い領域ではdI3がより優勢に誘導される<ref><pubmed>11973277</pubmed></ref>。このBMPの局所的な濃度勾配は、BMPとヘパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycans, HSPG)との相互作用によって形成される。N末端付近の塩基性アミノ酸に富むHSPGとの結合に重要な領域の5残基を欠失させたBMP4を神経管背側部に強制発現させると、野生型のBMP4を発現させた場合と比較してより広い範囲で背側化認められた<ref><pubmed>15218525</pubmed></ref>。ただし、個々のBMPタンパク質はそれぞれに特有の役割を果たしている。例えばBMPファミリーの関連因子で蓋板特異的に発現するGDF7をノックアウトするとdI1の一部の細胞のみが欠失する<ref><pubmed>9808626</pubmed></ref>。また、蓋板特異的に発現するBMP4はdI1の誘導に必要であるがdI2-5には必要ないのに対し、より広い神経管背側部に発現するBMP7はdI1, 3, 5の誘導に必要である<ref><pubmed>22159578</pubmed></ref>。  


<br> 蓋板を含む神経管の背側部で発現するWnt1やWnt3aも背側のパターニングに関与している。Wnt1/Wnt3aのダブルノックアウトマウスでは蓋板の形成は正常であるが、dI1-3が激減する&lt;&lt;Muroyama et al 2002&gt;&gt;。反対に、WNTシグナルの下流に当たる&beta;-cateninの活性を上げると背側(Pax7陽性)から中央部(Pax6陽性)の神経前駆細胞が増加して、Nkx6.1、Olig2、Nkx2.2などを発現する腹側の前駆細胞が減少する。それに伴って、背側の介在神経細胞が多く誘導され、腹側の神経細胞は失われる&lt;&lt;Alvarez-Medina et al 2008, Yu et al 2008&gt;&gt;。また、Dreherマウスでは蓋板からのBMPシグナルが放出されないにもかかわらず、ある程度のdI1-3が誘導されるのは、残存しているWNTシグナルによるものだと考えられる&lt;&lt;Millen et al 2004&gt;&gt;。  
<br> 蓋板を含む神経管の背側部で発現するWnt1やWnt3aも背側のパターニングに関与している。Wnt1/Wnt3aのダブルノックアウトマウスでは蓋板の形成は正常であるが、dI1-3が激減する<ref><pubmed>11877374</pubmed></ref>。反対に、WNTシグナルの下流に当たる&beta;-cateninの活性を上げると背側(Pax7陽性)から中央部(Pax6陽性)の神経前駆細胞が増加して、Nkx6.1、Olig2、Nkx2.2などを発現する腹側の前駆細胞が減少する。それに伴って、背側の介在神経細胞が多く誘導され、腹側の神経細胞は失われる<ref><pubmed>18057099</pubmed></ref>, <ref><pubmed>18927156</pubmed></ref>。また、Dreherマウスでは蓋板からのBMPシグナルが放出されないにもかかわらず、ある程度のdI1-3が誘導されるのは、残存しているWNTシグナルによるものだと考えられる<ref name=Millen/>。  


<br> BMPとWNT以外で脊髄背側部のパターニングに関与すると考えられている分子としては、Lbx1が挙げられる。Lbx1のノックアウトマウスでは蓋板の形成は正常で、dI1-3も誘導されるが、dI4あるいはdI5が誘導されるべき領域でdI2あるいはdI3が誘導される&lt;&lt;Gross 2002, Muller2002&gt;&gt;。  
<br> BMPとWNT以外で脊髄背側部のパターニングに関与すると考えられている分子としては、Lbx1が挙げられる。Lbx1のノックアウトマウスでは蓋板の形成は正常で、dI1-3も誘導されるが、dI4あるいはdI5が誘導されるべき領域でdI2あるいはdI3が誘導される<ref><pubmed>12062038</pubmed></ref>, <ref><pubmed>12062039</pubmed></ref>。  


=== 吻側中枢神経系  ===
=== 吻側中枢神経系  ===
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<references/>
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<br>
(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
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