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==== ClC-3・-4・-6・-7 ==== | ==== ClC-3・-4・-6・-7 ==== | ||
ClC-4についてはCl−/H+交換輸送の機能を有することが発現系にて確認されている。その他のClC-3・-6・-7については未だ交換輸送の機能は確定していないが、いずれも主に細胞内小胞膜上に分布していること、そして結晶構造の解かれているバクテリアのClCタンパク質がCl−/H+交換輸送体であり、その機能に特徴的なアミノ酸配列をClC-3・-4・-6・-7のいずれもが共通に持つことから、いずれもCl−/H+交換輸送の機能を有すると考えられている。交換輸送の割合はCl− : H+ = 2 : | ClC-4についてはCl−/H+交換輸送の機能を有することが発現系にて確認されている。その他のClC-3・-6・-7については未だ交換輸送の機能は確定していないが、いずれも主に細胞内小胞膜上に分布していること、そして結晶構造の解かれているバクテリアのClCタンパク質がCl−/H+交換輸送体であり、その機能に特徴的なアミノ酸配列をClC-3・-4・-6・-7のいずれもが共通に持つことから、いずれもCl−/H+交換輸送の機能を有すると考えられている。交換輸送の割合はCl− : H+ = 2 : 1と考えられ、小胞内の酸性化促進(小胞性[[H+ポンプ|H<sup>+</sup>ポンプ]]の駆動により生ずる電荷移動のCl−による中和を通じて)に寄与すると考えられている。 | ||
ClC-3と-4については、過剰発現により一部細胞膜に発現した際の電流が観測されており、急峻な外向き整流性(高い脱分極でのみ活性化)が確認されている。 | |||
ClC-3 KOマウスでは[[網膜]]と[[海馬]]の変性・脱失、ClC-7 KOマウスでも網膜変性やリソソーム蓄積による神経変性が認められることが報告されているが、それぞれのClCの機能との連関は明らかになっていない。 | |||
== カルシウム依存性塩素チャネル == | == カルシウム依存性塩素チャネル == | ||
[[Image:CaCC.JPG|thumb|right|270px|'''図2.カルシウム依存性塩素チャネルの一つAno1(TMEM16A)チャネルの構造'''<br>細胞質側にN末端とC末端を持ち、8回膜貫通領域から成る構造が示唆されている。(<ref name=ref8 />より転載)。]] | [[Image:CaCC.JPG|thumb|right|270px|'''図2.カルシウム依存性塩素チャネルの一つAno1(TMEM16A)チャネルの構造'''<br>細胞質側にN末端とC末端を持ち、8回膜貫通領域から成る構造が示唆されている。(<ref name=ref8 />より転載)。]] | ||
細胞内Ca<sup>2+</sup> | |||
細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇に応じて活性化される塩素チャネルである。古くから神経系の細胞を含む、様々な細胞種で確認されていた最も典型的なCaCCの主な責任分子が、近年[[Anoctamin]]/[[TMEM16]]ファミリーの[[Ano1]]/[[TMEM16A]]及び[[Ano2]]/[[TMEM16B]]であることが確定した<ref name="ref2"><pubmed>22090471</pubmed></ref><ref name="ref3"><pubmed>19827947</pubmed></ref>。また、[[卵黄状黄斑ジストロフィ]]([[ベスト病]])の原因遺伝子として主に[[網膜色素上皮]]に発現し、神経系全般にも或る程度の発現が認められているBestrophinファミリー(Best1-4)もCaCC活性を持つことが知られている<ref name="ref4"><pubmed>18391176</pubmed></ref>。(なお、かつてCaCCの候補として挙げられていた[[CLCA]]及び[[TTYH]]ファミリーのCaCCとしての機能については、現在否定的な見解が占める。) | |||
=== 構造 === | === 構造 === | ||
==== Anoctamin/TMEM16ファミリー ==== | ==== Anoctamin/TMEM16ファミリー ==== | ||
Ano1/TMEM16Aについては、近年二量体を形成していることが示され、アミノ酸疎水性度の解析から、各サブユニットは8回膜貫通領域を持ち、細胞質側に大きなN末端とC末端から成る構造物を持つことが示唆されている(図2)。ポア領域やCa<sup>2+</sup> | Ano1/TMEM16Aについては、近年二量体を形成していることが示され、アミノ酸疎水性度の解析から、各サブユニットは8回膜貫通領域を持ち、細胞質側に大きなN末端とC末端から成る構造物を持つことが示唆されている(図2)。ポア領域やCa<sup>2+</sup>結合部位及び[[電位センサー]]部位は未だ同定されていないが、他のCa<sup>2+</sup>依存性・電位依存性イオンチャネルでよく知られる構造との類似性は認められていない。 | ||
==== Bestrophinファミリー ==== | ==== Bestrophinファミリー ==== | ||
Bestrophinチャネルも少なくとも二量体以上の多量体を形成し、各サブユニットは少なくとも4つの膜貫通領域を持つことが示唆されている。各サブユニットのC末端側に、酸性アミノ酸のクラスター領域と[[EFハンドモチーフ]]で構成されるCa<sup>2+</sup>結合部位がある。Ca<sup>2+</sup>結合後にN末端とC末端領域の相互作用が起こり活性化することが、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]Best1で示されている。 | |||
=== 発現 === | === 発現 === | ||
Ano1/ | Ano1/TMEM16Aは神経系では主に[[末梢神経]]系([[後根神経節]]や[[交感神経節]]細胞)に強い発現が認められる。Ano2/TMEM16Bは特に網膜や[[嗅神経]]で多く、脳内では[[大脳皮質]]・[[中脳]]・[[脳幹]]部に或る程度の発現が報告されている。 | ||
BestrophinファミリーのBest1は広く神経・グリア双方で発現が報告されており、Best2は特に嗅神経での発現が認められている。Best3・Best4は神経系でのタンパク質レベルでの発現は未だ確認されていないが、mRNAは脳内の神経・グリア双方で或る程度の発現が確認されている。 | BestrophinファミリーのBest1は広く神経・グリア双方で発現が報告されており、Best2は特に嗅神経での発現が認められている。Best3・Best4は神経系でのタンパク質レベルでの発現は未だ確認されていないが、mRNAは脳内の神経・グリア双方で或る程度の発現が確認されている。 | ||
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=== 機能 === | === 機能 === | ||
Ano1/TMEM16Aが発現する後根神経節細胞は細胞内Cl<sup>–</sup>濃度が高く(>30 | Ano1/TMEM16Aが発現する後根神経節細胞は細胞内Cl<sup>–</sup>濃度が高く(>30 mM)、古くからCaCC活性化による[[活動電位]]の後[[脱分極]]相の形成が知られている。即ち、この神経でのAno1/TMEM16Aの活性化は膜興奮性を高め、それが例えば発痛物質[[ブラジキニン]]の作用後の細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇に伴う[[痛覚神経]]の発火頻度上昇に関わることが知られている<ref name="ref13"><pubmed>20335661</pubmed></ref>。また、嗅神経の[[嗅毛]]では、におい物質の[[Gタンパク質共役型受容体]]への結合により、[[cAMP依存性陽イオンチャネル]]とともにAno2/TMEM16Bが活性化され、ともに脱分極性の電流をもたらすことで嗅神経の発火を誘起することが知られている。但し、Ano2/TMEM16B KOマウスでそのCaCC成分が消失しても、嗅覚自体にはそれほど強い影響を与えないことも報告されている<ref name="ref14"><pubmed>21516098</pubmed></ref>。 | ||
一方、細胞内Cl<sup>–</sup>濃度が低い(<10 mM)多くの成熟神経細胞では、CaCC活性は膜興奮性を抑制する。例えば海馬の[[錐体細胞]]では、活動電位中のCa<sup>2+</sup>流入により活性化されたAno2/TMEM16Bによる活動電位の再分極の促進や、興奮性シナプス入力時のCa<sup>2+</sup>流入により活性化されたAno2/TMEM16Bによるシナプス後電位の抑制が認められている<ref name="ref15"><pubmed>22500639</pubmed></ref>。 | |||
Best1については、近年[[アストログリア]]の主なCaCCであると報告されると同時に、同チャネルを通じてグルタミン酸や[[GABA]]がアストログリアから周囲に放出されることにより、シナプス機能や神経興奮性の調節が行われるとの報告がなされた<ref name="ref16"><pubmed>20929730</pubmed></ref><ref name="ref17"><pubmed>23021213</pubmed></ref>。Best2はかつて嗅神経でのCaCC候補の1つであったが、Best2 KOマウスとWTマウスでCaCCに大きな相違が認められず、後に嗅神経でのCaCCは上記のようにAno2/TMEM16Bによることが確定している。 | |||
Best3・Best4の神経系での機能は未だ調べられていない。 | |||
BestrophinチャネルはHCO<sub>3</sub><sup>–</sup>に対する透過性が高く、また[[L型電位依存性Ca2+チャネル|L型電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]との相互作用を介してCa<sup>2+</sup>流入量も変化させうることから、細胞内Ca<sup>2+</sup>動態やpHの恒常性維持にも寄与している可能性が示唆されている<ref name="ref3" /><ref name="ref4" />。 | |||
== 細胞容積感受性塩素チャネル == | == 細胞容積感受性塩素チャネル == | ||
典型的には細胞容積の増大に伴い開口する塩素チャネルである。神経系の細胞を含む、あらゆる細胞種で容積増大により最も多く活性化されるのが、細胞容積感受性外向整流性アニオンチャネル(volume-sensitive outwardly rectifying anion channel; VSOR)と呼ばれるものであるが、その分子実体はまだ解明されていない<ref name="ref5"><pubmed>19171657</pubmed></ref> | 典型的には細胞容積の増大に伴い開口する塩素チャネルである。神経系の細胞を含む、あらゆる細胞種で容積増大により最も多く活性化されるのが、細胞容積感受性外向整流性アニオンチャネル(volume-sensitive outwardly rectifying anion channel; VSOR)と呼ばれるものであるが、その分子実体はまだ解明されていない<ref name="ref5"><pubmed>19171657</pubmed></ref>。 | ||
その他、マキシアニオンチャネル(maxi-anion channel)<ref name="ref6"><pubmed>19340557</pubmed></ref>と呼ばれるものや、上述のClC-2・Best1も容積感受性があることが知られている。 | |||
=== 構造 === | === 構造 === | ||
細胞容積感受性塩素チャネルとして代表的なVSORやマキシアニオンチャネルの分子実体は未だ明らかになっていないが、様々な大きさの[[ポリエチレングリコール]]によるチャネル電流の抑制程度の検討から、それぞれのポアの内径が約0.6 nm、1.3 nmと推定されている<ref name="ref6" /><ref name="ref9"><pubmed>15498575</pubmed></ref>。このことはVSORがグルタミン酸(分子径~0.35 nm)透過性を持つこと、マキシアニオンチャネルが[[ATP]](~0.65 nm)透過性を持つことと合致する。 | |||
=== 発現 === | === 発現 === | ||
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細胞膨張時の細胞容積感受性塩素チャネル活性化の主たる役割は、細胞内Cl<sup>–</sup>の流出を促して細胞内浸透圧を減少させることにより、細胞容積を元の大きさに戻すこと(調節性容積減少; regulatory volume decrease; RVD)である。但し、その達成にはK<sup>+</sup>流出も同時に起こって電気的中性が保たれることで、持続的な正味の溶質(KCl)の流出が起こる必要がある。生理的範囲の神経活動においても、高頻度神経発火中は神経細胞内に向かって正味NaClの流入が起こり、また活動電位の再分極中に神経から放出されたK<sup>+</sup>がCl<sup>–</sup>とともに隣接するアストログリアに流入することで、双方の細胞とも膨張しうるが、細胞容積感受性塩素チャネルはそれらの膨張の緩和及び容積の復旧に関わると考えられる。 | 細胞膨張時の細胞容積感受性塩素チャネル活性化の主たる役割は、細胞内Cl<sup>–</sup>の流出を促して細胞内浸透圧を減少させることにより、細胞容積を元の大きさに戻すこと(調節性容積減少; regulatory volume decrease; RVD)である。但し、その達成にはK<sup>+</sup>流出も同時に起こって電気的中性が保たれることで、持続的な正味の溶質(KCl)の流出が起こる必要がある。生理的範囲の神経活動においても、高頻度神経発火中は神経細胞内に向かって正味NaClの流入が起こり、また活動電位の再分極中に神経から放出されたK<sup>+</sup>がCl<sup>–</sup>とともに隣接するアストログリアに流入することで、双方の細胞とも膨張しうるが、細胞容積感受性塩素チャネルはそれらの膨張の緩和及び容積の復旧に関わると考えられる。 | ||
VSORは細胞膨張時のみならず、種々の[[受容体]]刺激を通じて細胞膨張を伴わずに活性化されうることが知られている。その場合は同様に細胞内溶質が流出することにより、細胞容積の縮小が誘起される。この機序はアポトーシスの必要条件となっていることが知られている<ref name="ref5" />。また、近年この受容体刺激を介するVSOR活性化は、1細胞上で局所的に誘導されうることが判明し<ref name="ref18"><pubmed>21690189</pubmed></ref>、VSOR活性化が局所的な容積調節を伴う細胞の形態変化や移動を駆動する役割を持つことも示唆されている。< | |||
また、VSORはグルタミン酸、マキシアニオンチャネルはグルタミン酸及びATPに対する透過性を持つことから、これらは細胞間情報伝達にも寄与しうることが知られている<ref name="ref5" /><ref name="ref6" />。 | また、VSORはグルタミン酸、マキシアニオンチャネルはグルタミン酸及びATPに対する透過性を持つことから、これらは細胞間情報伝達にも寄与しうることが知られている<ref name="ref5" /><ref name="ref6" />。 | ||
== CFTR塩素チャネル == | == CFTR塩素チャネル == | ||
[[嚢胞性線維症]](cystic fibrosis)の原因遺伝子として同定されたCFTRは、神経系でも或る程度の発現が報告されている。[[cAMP依存性リン酸化酵素]]([[PKA]])によるリン酸化を通じて活性化される塩素チャネルである<ref name="ref7"><pubmed>18304008</pubmed></ref>。 | |||
=== 構造 === | === 構造 === | ||
[[Image:CFTR.gif|thumb|right|350px|'''図3.CFTRチャネル'''<br>リン酸化領域(R domain)により結ばれた2つの膜貫通領域(MSD)とATP結合領域(NBD)のペアが向かい合ってチャネルが形成される(<ref name=ref8 />より転載)。]] | [[Image:CFTR.gif|thumb|right|350px|'''図3.CFTRチャネル'''<br>リン酸化領域(R domain)により結ばれた2つの膜貫通領域(MSD)とATP結合領域(NBD)のペアが向かい合ってチャネルが形成される(<ref name=ref8 />より転載)。]] | ||
CFTRチャネルは12個の膜貫通部位を持ち、そのうちの6個ずつが1組で1つの膜貫通領域(membrane-spanning (transmembrane) domain; MSD (TMD))を構成し、それぞれのMSDについて細胞質側に1つのATP結合領域(nucleotide-binding domain; | |||
CFTRチャネルは12個の膜貫通部位を持ち、そのうちの6個ずつが1組で1つの膜貫通領域(membrane-spanning (transmembrane) domain; MSD (TMD))を構成し、それぞれのMSDについて細胞質側に1つのATP結合領域(nucleotide-binding domain; NBD)が連結する。 | |||
さらに、PKA によるリン酸化を受ける調節領域(Rドメイン)が2つのMSD-NBDペアを連結し、それらのペアが向かい合わせの配向を取ることにより、チャネルが形成されると考えられている(図3)。Rドメインがリン酸化を受けた状態でNBDにATPが結合すると、NBDの二量体化に伴ってチャネルゲートが開き、その後ATPの加水分解によりNBD二量体が解離し、チャネルゲートが閉じると考えられている<ref name="ref10"><pubmed>23284076</pubmed></ref>。 | |||
=== 発現 === | === 発現 === | ||
神経系での発現は[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]に比して少ないが、脳内の広範な部位の神経細胞、但し細胞膜上よりもむしろ細胞質内に多くチャネルの発現が認められるとの報告がある<ref name="ref12"><pubmed>19654104</pubmed></ref>。一方、グリアではあまり発現は認められていない。 | |||
=== 機能 === | === 機能 === | ||
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<references /> | <references /> | ||
(執筆者:秋田天平、熊田竜郎、福田敦夫 担当編集委員:林康紀) | (執筆者:秋田天平、熊田竜郎、福田敦夫 担当編集委員:林康紀) |