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<font size="+1">[http://researchmap.jp/mtaka 高橋 将文]</font><br> | |||
''自治医科大学 分子病態治療研究センター 細胞生物研究部''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年2月25日 原稿完成日:2013年3月25日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | |||
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英語名:antero-posterior axis、rostral-caudal axis 独:anteroposterioren Achse、rostrokaudalen Achse 仏:axe antéro-postérieur、axe rostro-caudal | 英語名:antero-posterior axis、rostral-caudal axis 独:anteroposterioren Achse、rostrokaudalen Achse 仏:axe antéro-postérieur、axe rostro-caudal | ||
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[[オーガナイザー]]により[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]から誘導された初期[[神経板]]の性質は、[[後方化シグナル分子]]の濃度勾配にしたがって、前後軸に沿った異なる性質をもつ領域へと変換される。さらに、二次シグナリングセンターからのシグナル分子の作用により、各脳領域には特徴的な前後軸パターンが形成される。 | [[オーガナイザー]]により[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]から誘導された初期[[神経板]]の性質は、[[後方化シグナル分子]]の濃度勾配にしたがって、前後軸に沿った異なる性質をもつ領域へと変換される。さらに、二次シグナリングセンターからのシグナル分子の作用により、各脳領域には特徴的な前後軸パターンが形成される。 | ||
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== 神経誘導と前後軸パターン形成モデル == | == 神経誘導と前後軸パターン形成モデル == | ||
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前後軸は、神経の発生において最も早く確立される軸である。シュペーマンらによる神経外胚葉の誘導現象の発見は、その後の前後軸形成機構の研究に大きな影響を与えた。 | 前後軸は、神経の発生において最も早く確立される軸である。シュペーマンらによる神経外胚葉の誘導現象の発見は、その後の前後軸形成機構の研究に大きな影響を与えた。 | ||
1920年代後半、[[wikipedia:ja:シュペーマン|シュペーマン]]と[[wikipedia:Hilde Mangold|ヒルデ・マンゴルト]]は[[wikipedia:ja:両生類|両生類]]胚を用いて、[[中枢神経系]]の前後軸パターン形成に関わる重要な領域を明らかにした<ref name=ref1><pubmed>11252999</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:イモリ|イモリ]]初期[[wikipedia:ja:原腸胚|原腸胚]]の[[ | 1920年代後半、[[wikipedia:ja:シュペーマン|シュペーマン]]と[[wikipedia:Hilde Mangold|ヒルデ・マンゴルト]]は[[wikipedia:ja:両生類|両生類]]胚を用いて、[[中枢神経系]]の前後軸パターン形成に関わる重要な領域を明らかにした<ref name=ref1><pubmed>11252999</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:イモリ|イモリ]]初期[[wikipedia:ja:原腸胚|原腸胚]]の[[原口背唇部]]を本来神経組織に分化しない表皮外胚葉に移植すると、完全な頭部と胴部を含む二次軸が誘導された。後期原腸胚の原口背唇部を表皮外胚葉に移植すると、頭部が欠損した胴尾部組織が異所的に生じた。シュペーマンらはこのような実験結果に基づき、外胚葉から神経組織([[神経外胚葉]])を誘導する活性をもつ原口背唇部を、オーガナイザー(形成体)と名付けた。特に、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。神経外胚葉は中枢神経系の原基である神経板を形成し、原口背唇部からは、その後神経外胚葉下を前方向に移動する[[wikipedia:ja:中内胚葉|中内胚葉]](mesendoderm)細胞および[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]] (mesoderm) 細胞が派生する。先に移動する中内胚葉細胞は[[脊索前板]]を形成し、それに続き移動する中胚葉細胞は[[脊索]]を形成する。 | ||
オットー・マンゴルトは1930年代前半に、前方神経板下の中内胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると頭部が誘導され、後方神経板下の中胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると胴体および尾部が誘導されることを示した。このようなことから、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。これら一連の実験から、原口背唇部の神経誘導活性は時間とともに性質が変化し、オーガナイザー細胞が前方へ移動する過程において、オーガナイザーとの接触により異なるシグナルを受け取った外胚葉には、前後軸に沿って異なる性質をもつ領域が形成されると考えられた。 | オットー・マンゴルトは1930年代前半に、前方神経板下の中内胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると頭部が誘導され、後方神経板下の中胚葉細胞を表皮外胚葉領域に移植すると胴体および尾部が誘導されることを示した。このようなことから、初期原腸胚の原口背唇部は頭部オーガナイザー、後期原腸胚の原口背唇部は尾部オーガナイザーと呼ばれている。これら一連の実験から、原口背唇部の神経誘導活性は時間とともに性質が変化し、オーガナイザー細胞が前方へ移動する過程において、オーガナイザーとの接触により異なるシグナルを受け取った外胚葉には、前後軸に沿って異なる性質をもつ領域が形成されると考えられた。 | ||
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== 神経板の後方化 == | == 神経板の後方化 == | ||
[[file:masanoritakahashi_fig2.jpg|thumb|250px|'''図2. Hox遺伝子と前後軸'''<br>(A) 菱脳の分節構造(ロンボメア)ラット胎齢10.75日胚の切片(DAPI染色)<br>(B) Hox遺伝子の発現境界と分節境界との関係]] | [[file:masanoritakahashi_fig2.jpg|thumb|250px|'''図2. Hox遺伝子と前後軸'''<br>(A) 菱脳の分節構造(ロンボメア)ラット胎齢10.75日胚の切片(DAPI染色)<br>(B) Hox遺伝子の発現境界と分節境界との関係]] | ||
原始線条や結節には[[線維芽細胞増殖因子]]8([[fibroblast growth factor 8]]: [[FGF8]]) が発現している。ニワトリ初期神経板前方領域の組織片にFGF8を添加し、しばらく培養すると、FGF8の濃度依存的に中脳や[[菱脳]]前方領域の性質が誘導される<ref name=ref6><pubmed>12006981</pubmed></ref>。このような脳の領域は、前後軸に沿って発現する[[転写制御因子]]の発現を指標にすることで区別可能である。例えば、前脳では[[Pax6]]、中脳では[[Engrailed 1]]/[[Engrailed 2|2]] ([[En1]]/[[En2|2]])、菱脳では[[Krox20]]、菱脳・脊髄では各種[[Hox遺伝子群|ホックス(Hox) 遺伝子]]が発現する(図1)。このような一連の実験から、初期神経板には前後軸に沿ってFGF8の濃度勾配が形成され、FGF8は神経板の後方化シグナル分子として機能することが明らかとなった。 | 原始線条や結節には[[線維芽細胞増殖因子]]8([[fibroblast growth factor 8]]: [[FGF8]]) が発現している。ニワトリ初期神経板前方領域の組織片にFGF8を添加し、しばらく培養すると、FGF8の濃度依存的に中脳や[[菱脳]]前方領域の性質が誘導される<ref name=ref6><pubmed>12006981</pubmed></ref>。このような脳の領域は、前後軸に沿って発現する[[転写制御因子]]の発現を指標にすることで区別可能である。例えば、前脳では[[Pax6]]、中脳では[[Engrailed 1]]/[[Engrailed 2|2]] ([[En1]]/[[En2|2]])、菱脳では[[Krox20]]、菱脳・脊髄では各種[[Hox遺伝子群|ホックス(Hox) 遺伝子]]が発現する(図1)。このような一連の実験から、初期神経板には前後軸に沿ってFGF8の濃度勾配が形成され、FGF8は神経板の後方化シグナル分子として機能することが明らかとなった。 | ||
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神経板の前後軸極性の確立にともない、初期脳原基には[[ニューロメア]]([[neuromere]])と呼ばれる分節構造が形成される。分節の形成は、神経管を構成する神経上皮細胞の形態変化によって引き起こされ、神経管の基底膜側におけるくびれとして認識される。そのくびれの位置における神経管の脳室面側では、逆に隆起が見られる。菱脳ではロンボメア(rhombomere)と呼ばれる分節が存在する(図2)<ref name=ref5 /> | 神経板の前後軸極性の確立にともない、初期脳原基には[[ニューロメア]]([[neuromere]])と呼ばれる分節構造が形成される。分節の形成は、神経管を構成する神経上皮細胞の形態変化によって引き起こされ、神経管の基底膜側におけるくびれとして認識される。そのくびれの位置における神経管の脳室面側では、逆に隆起が見られる。菱脳ではロンボメア(rhombomere)と呼ばれる分節が存在する(図2)<ref name=ref5 />。Hox遺伝子群の発現は、第一分節には見られないが、第二分節より後方では、Hox遺伝子群の発現前方境界が、ロンボメア間の境界と一致している(図2)。発生初期段階のマウス胚やニワトリ胚にレチノイン酸を投与すると、菱脳におけるHox遺伝子の発現境界が前方へシフトする。またレチノイン酸が欠乏した胚では、菱脳におけるHox遺伝子の発現境界が後方にシフトする。これらのことから、生体内では、菱脳後方から前方に向かって形成されるレチノイン酸の濃度勾配が、菱脳の前後パターン形成に関与すると考えられている<ref name=ref5 />。 | ||
また、[[中脳・後脳境界]](midbrain hindbrain boundary: MHB)の後脳側に発現するFGF8の作用により、菱脳第一分節は小脳へと運命づけられる<ref name=ref5 />。各ロンボメア間では、[[エフリン]] ([[ephrin]]) や[[エフリン受容体]] ([[Eph]]) による反発作用により境界を超えて前後に細胞が混じり合わない(注: 細胞移動が起こらない境界で囲まれた領域はコンパートメントと呼ばれ、コンパートメント間の境界はコンパートメント境界と呼ばれている)。さらに、ロンボメア境界付近の細胞は、[[ロンボメア境界細胞]](rhombomere boundary cell)と呼ばれる特殊化した細胞群に変化し、FGFやWntなどのシグナル分子を前後軸方向に分泌し、近接する細胞の神経分化を制御するシグナリングセンターとして機能することが示唆されている<ref name=ref5 />。 | また、[[中脳・後脳境界]](midbrain hindbrain boundary: MHB)の後脳側に発現するFGF8の作用により、菱脳第一分節は小脳へと運命づけられる<ref name=ref5 />。各ロンボメア間では、[[エフリン]] ([[ephrin]]) や[[エフリン受容体]] ([[Eph]]) による反発作用により境界を超えて前後に細胞が混じり合わない(注: 細胞移動が起こらない境界で囲まれた領域はコンパートメントと呼ばれ、コンパートメント間の境界はコンパートメント境界と呼ばれている)。さらに、ロンボメア境界付近の細胞は、[[ロンボメア境界細胞]](rhombomere boundary cell)と呼ばれる特殊化した細胞群に変化し、FGFやWntなどのシグナル分子を前後軸方向に分泌し、近接する細胞の神経分化を制御するシグナリングセンターとして機能することが示唆されている<ref name=ref5 />。 | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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