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'''4.基質特異性''' | '''4.基質特異性''' | ||
ネプリライシンは一般に5kDa以下のペプチド(アミノ酸としては40残基ほど)に作用して、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う。酵素反応の至適pHが中性(やや弱酸性のpH 6.0)であることが、中性エンドペプチダーゼの由来となっている。特異的阻害剤として、チオルファン(thiorphan)がある<ref name=ref1 /><ref name=ref2 />。酵素化学的基質にはエンケファリン、ニューロペプチドY、ソマトスタチン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、ブラジキニンおよびタキキニン類(サブスタンス Pなど)のような神経ペプチドが知られている( | ネプリライシンは一般に5kDa以下のペプチド(アミノ酸としては40残基ほど)に作用して、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う。酵素反応の至適pHが中性(やや弱酸性のpH 6.0)であることが、中性エンドペプチダーゼの由来となっている。特異的阻害剤として、チオルファン(thiorphan)がある<ref name=ref1 /><ref name=ref2 />。酵素化学的基質にはエンケファリン、ニューロペプチドY、ソマトスタチン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、ブラジキニンおよびタキキニン類(サブスタンス Pなど)のような神経ペプチドが知られている(図1[[メディア:NEPの基質.png]])<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /><ref name=ref3 /><ref name=ref12><pubmed> 9750180 </pubmed></ref>。また、アルツハイマー病の発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチド(Aβ)の分解に関与する脳内主要酵素である <ref name=ref3 /><ref name=ref4 /><ref name=ref13><pubmed> 10655101 </pubmed></ref><ref name=ref14><pubmed> 11375493 </pubmed></ref>。Aβについては単量体Aβだけでなく、より神経毒性が強いオリゴマー型Aβも分解することができる唯一のペプチダーゼである<ref name=ref15><pubmed> 12972166 </pubmed></ref>。従って、プレシナプスに局在するネプリライシンの活性を増強してやれば、オリゴマー型Aβによる毒性からシナプスを保護できることを意味する。 | ||
'''5.遺伝子欠損マウスの表現型と生理的役割''' | '''5.遺伝子欠損マウスの表現型と生理的役割''' | ||
遺伝子欠損マウスは生存可能で、繁殖能力も見掛け上正常であるが、末梢組織では幾つかの表現型を呈する。たとえば、エンドトキシン [脚注1]ショックによる感受性<ref name=ref16><pubmed> 7760013 </pubmed></ref>や低酸素負荷による換気応答<ref name=ref17><pubmed> 10517751 </pubmed></ref>が著しく増大している。消化管では血管透過性が2〜3倍亢進しているが、これはリコンビナントのネプリライシンやブラジキニンまたはサブスタンスPの受容体アンタゴニストの投与によって回避される<ref name=ref18><pubmed> 9256283 </pubmed></ref>。また、遺伝子欠損マウスでは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分解が抑制されるため、血圧が20%程度低下している<ref name=ref18 />。しかし、慢性的低酸素負荷を与えると、野生型マウスに比較して、肺動脈の血管平滑筋細胞が異常増殖するため、肺組織内は高血圧状態になることが示されている<ref name=ref19><pubmed> 19234135 </pubmed></ref>。サブスタンスP誘発アレルギー性接触皮膚炎<ref name=ref20><pubmed> 11145711 </pubmed></ref>やブラジキニン誘発痛覚過敏<ref name=ref21><pubmed> 11931342 </pubmed></ref>に対する感受性の亢進も観察されることから、ネプリライシンは末梢組織でブラジキニン、サブスタンスPやANPに作用して炎症反応や血圧の調節に携わると考えられている。また、カルシトニンに作用して、カルシウム濃度の恒常性維持にも関与する。後述のように、骨芽細胞のネプリライシンはカルシトニンで発現が誘導されることも知られている。 | 遺伝子欠損マウスは生存可能で、繁殖能力も見掛け上正常であるが、末梢組織では幾つかの表現型を呈する。たとえば、エンドトキシン[[脚注1]]ショックによる感受性<ref name=ref16><pubmed> 7760013 </pubmed></ref>や低酸素負荷による換気応答<ref name=ref17><pubmed> 10517751 </pubmed></ref>が著しく増大している。消化管では血管透過性が2〜3倍亢進しているが、これはリコンビナントのネプリライシンやブラジキニンまたはサブスタンスPの受容体アンタゴニストの投与によって回避される<ref name=ref18><pubmed> 9256283 </pubmed></ref>。また、遺伝子欠損マウスでは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分解が抑制されるため、血圧が20%程度低下している<ref name=ref18 />。しかし、慢性的低酸素負荷を与えると、野生型マウスに比較して、肺動脈の血管平滑筋細胞が異常増殖するため、肺組織内は高血圧状態になることが示されている<ref name=ref19><pubmed> 19234135 </pubmed></ref>。サブスタンスP誘発アレルギー性接触皮膚炎<ref name=ref20><pubmed> 11145711 </pubmed></ref>やブラジキニン誘発痛覚過敏<ref name=ref21><pubmed> 11931342 </pubmed></ref>に対する感受性の亢進も観察されることから、ネプリライシンは末梢組織でブラジキニン、サブスタンスPやANPに作用して炎症反応や血圧の調節に携わると考えられている。また、カルシトニンに作用して、カルシウム濃度の恒常性維持にも関与する。後述のように、骨芽細胞のネプリライシンはカルシトニンで発現が誘導されることも知られている。 | ||
一方、大脳皮質・海馬ではネプリライシンがどのような内因性基質の代謝に関わり、どのような機能を調節するかについては、阻害剤を用いた実験のみで、欠損マウスを用いた解析は行われていないので、厳密な意味で脳における役割はほとんど判っていない。ネプリライシンは元々エンケファリンを分解するエンケファリナ-ゼとして同定されたペプチダ−ゼであるが、欠損マウス脳ではエンケファリン量は大脳皮質、脳幹のどちらにおいてもほとんど変化していない<ref name=ref22><pubmed> 9347938 </pubmed></ref>。従って、エンケファリンの分解にはネプリライシンの欠損または活性低下を補償する別の分解経路が存在すると考えられている。しかし、Aβの分解に関しては補償的分解経路が十分でないために、ネプリライシン活性が低下しただけで脳内Aβ濃度が上昇する。前脳特異的に発現するように遺伝子操作したネプリライシントランスジェニックマウスでは脳内のニューロペプチドYレベルが顕著に低下することが明らかにされている<ref name=ref23><pubmed> 19176820 </pubmed></ref>。この研究では、ネプリライシンによって限定分解を受けたニューロペプチドYのカルボキシル末端フラグメント(NPY-CTF: NPY21-36またはNPY 31-36)が神経保護作用をもつことが示されている。しかし、ネプリライシン欠損マウス脳ではNPY-CTF 量は減少しているがNPY量はほとんど変化していないので、ニューロペプチドYの場合にも脳内で分解を補償する系が十分に機能していると考えられる。 | 一方、大脳皮質・海馬ではネプリライシンがどのような内因性基質の代謝に関わり、どのような機能を調節するかについては、阻害剤を用いた実験のみで、欠損マウスを用いた解析は行われていないので、厳密な意味で脳における役割はほとんど判っていない。ネプリライシンは元々エンケファリンを分解するエンケファリナ-ゼとして同定されたペプチダ−ゼであるが、欠損マウス脳ではエンケファリン量は大脳皮質、脳幹のどちらにおいてもほとんど変化していない<ref name=ref22><pubmed> 9347938 </pubmed></ref>。従って、エンケファリンの分解にはネプリライシンの欠損または活性低下を補償する別の分解経路が存在すると考えられている。しかし、Aβの分解に関しては補償的分解経路が十分でないために、ネプリライシン活性が低下しただけで脳内Aβ濃度が上昇する。前脳特異的に発現するように遺伝子操作したネプリライシントランスジェニックマウスでは脳内のニューロペプチドYレベルが顕著に低下することが明らかにされている<ref name=ref23><pubmed> 19176820 </pubmed></ref>。この研究では、ネプリライシンによって限定分解を受けたニューロペプチドYのカルボキシル末端フラグメント(NPY-CTF: NPY21-36またはNPY 31-36)が神経保護作用をもつことが示されている。しかし、ネプリライシン欠損マウス脳ではNPY-CTF 量は減少しているがNPY量はほとんど変化していないので、ニューロペプチドYの場合にも脳内で分解を補償する系が十分に機能していると考えられる。 | ||
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'''6.2アルツハイマー病脳での発現レベル''' | '''6.2アルツハイマー病脳での発現レベル''' | ||
アルツハイマー病脳におけるネプリライシンレベルの低下については、独立した複数の研究グループで一致した結果が報告されている<ref name=ref2 /><ref name=ref26><pubmed> 16226260 </pubmed></ref><ref name=ref27><pubmed> 11121879 </pubmed></ref><ref name=ref28><pubmed> 11689168 </pubmed></ref><ref name=ref29><pubmed> 14511676 </pubmed></ref><ref name=ref30><pubmed> 17021406 </pubmed></ref>。アルツハイマー病の前段階(Braak stage II [脚注2])の海馬および側頭葉で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている<ref name=ref28 /><ref name=ref29 />。アミロイド病理に抵抗性を示す小脳ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。アミロイド病理が進んだ剖検脳(Braak stage V)ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている<ref name=ref30 />。 | アルツハイマー病脳におけるネプリライシンレベルの低下については、独立した複数の研究グループで一致した結果が報告されている<ref name=ref2 /><ref name=ref26><pubmed> 16226260 </pubmed></ref><ref name=ref27><pubmed> 11121879 </pubmed></ref><ref name=ref28><pubmed> 11689168 </pubmed></ref><ref name=ref29><pubmed> 14511676 </pubmed></ref><ref name=ref30><pubmed> 17021406 </pubmed></ref>。アルツハイマー病の前段階(Braak stage II [[脚注2]])の海馬および側頭葉で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている<ref name=ref28 /><ref name=ref29 />。アミロイド病理に抵抗性を示す小脳ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。アミロイド病理が進んだ剖検脳(Braak stage V)ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている<ref name=ref30 />。 | ||
一方、脳血管にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーにおいても、ネプリライシンの発現低下で病理形成を説明する報告もある<ref name=ref31><pubmed> 12387451 </pubmed></ref><ref name=ref32><pubmed> 9416930 </pubmed></ref>。 | 一方、脳血管にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーにおいても、ネプリライシンの発現低下で病理形成を説明する報告もある<ref name=ref31><pubmed> 12387451 </pubmed></ref><ref name=ref32><pubmed> 9416930 </pubmed></ref>。 | ||
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'''7. がんとの関連'''<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /> | '''7. がんとの関連'''<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /> | ||
別名、急性リンパ性白血病共通抗原(CALLA)としても知られているように、白血病小児の特定のリンパ球の細胞表面に一過性に過剰発現するため、診断マーカーとしても用いられている。また、血液系以外にも、前立腺、子宮内膜、腎臓および肺などのがんの進行にも関与している。特に注目されているのは前立腺がんで、ネプリライシンの発現レベルの低下により、ボンベシンなどの細胞増殖作用を持つペプチドの分解低下を通してアンドロゲン非依存的にがんの進行に関わるとされている。実際、''in vitro''で前立腺がん細胞にネプリライシン遺伝子を過剰発現させると腫瘍の増殖が抑制されることが示されている。 | |||
'''8. 参考文献''' | '''8. 参考文献''' | ||
<references /> | <references /> | ||
[[脚注1]]エンドトキシ(内毒素):グラム陰性菌の外膜に存在する耐熱性の毒素.糖脂質と糖鎖からなるリポ多糖で,免疫系などに作用してマクロファージや好中球を活性化してサイトカインなどの炎症性因子の放出を促す. | |||
[[脚注2]]Braak stage:アルツハイマー病病理の進行度を示す尺度の一つで,神経原線維変化の進行ステージ.最初に移行嗅内皮質から病変が出現し,辺縁系,新皮質へと広がる.Ⅰ:移行嗅内皮質,Ⅱ:嗅内皮質に進展,Ⅲ: 海馬に進展,Ⅳ: 海馬に多量に出現+新皮質に進展,V:新皮質連合野に多数出現,Ⅵ: 新皮質一次野に多数出現の6段階に分けられる.Ⅰ~Ⅱ:移行嗅内皮質ステージ,Ⅲ~Ⅳ:辺縁系ステージ,V~Ⅵ:新皮質ステージに大別され,各々,認知機能正常,軽度認知障害,認知症に対応する.Braak H, Braak E: Neuropathological stageing of Alzheimer-related changes. Acta Neuropathol. 82: 239-259, 1991. | |||
(執筆者:岩田修永、担当編集委員:尾藤晴彦) | (執筆者:岩田修永、担当編集委員:尾藤晴彦) |
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