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 発症年齢は65歳以上が多く,80歳以降になると指数関数的に有病率が増大する.ただし85歳以上の超高齢者ではargyrophilic grain diseaseやtangle-predominant dementia(またはtangle only dementia)といった他の認知症性の変性疾患の割合が増えると考えられている.逆に全体の約3~5%を占める65歳未満の発症例を早発性ADと呼び,遺伝的素因を疑う.2000年頃の疫学調査では我が国の65歳以上のADの有病率は2~3%である(最近のデータでは10%に近い).高齢化に伴い全世界的に有病者が増え続けており,2050年には有病率は85人に1人になると推測されている.
 
 発症年齢は65歳以上が多く,80歳以降になると指数関数的に有病率が増大する.ただし85歳以上の超高齢者ではargyrophilic grain diseaseやtangle-predominant dementia(またはtangle only dementia)といった他の認知症性の変性疾患の割合が増えると考えられている.逆に全体の約3~5%を占める65歳未満の発症例を早発性ADと呼び,遺伝的素因を疑う.2000年頃の疫学調査では我が国の65歳以上のADの有病率は2~3%である(最近のデータでは10%に近い).高齢化に伴い全世界的に有病者が増え続けており,2050年には有病率は85人に1人になると推測されている.
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 典型的な経過としては,記銘力障害(もの忘れ)で発症し,進行と共に視空間認知など他の認知ドメインが障害され,徐々に日常生活の自立性が保てなくなる.さらに進行すると失行や失認,失語が見られるようになり,周囲への無関心さが目立ち,昼夜逆転,せん妄,失禁,徘徊が見られるようになる.大脳皮質が障害されることを反映して,時にてんかんを合併する.稀なケースとして,視空間認知障害や失行,失書といった頭頂葉症状で発症することがあり,臨床的にposterior cortical atrophyと称されるが,その多くは病理学的にADである.
 
 典型的な経過としては,記銘力障害(もの忘れ)で発症し,進行と共に視空間認知など他の認知ドメインが障害され,徐々に日常生活の自立性が保てなくなる.さらに進行すると失行や失認,失語が見られるようになり,周囲への無関心さが目立ち,昼夜逆転,せん妄,失禁,徘徊が見られるようになる.大脳皮質が障害されることを反映して,時にてんかんを合併する.稀なケースとして,視空間認知障害や失行,失書といった頭頂葉症状で発症することがあり,臨床的にposterior cortical atrophyと称されるが,その多くは病理学的にADである.
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 認知障害のみで認知症ではない(即ち日常的にもの忘れはあるが自立して生活できる)段階は,軽度認知障害(mild cognitive impairment,MCI)としてADとは区別するが,長い疾患の軌跡の一部を便宜的に区切った病名と考えることができる.
 
 認知障害のみで認知症ではない(即ち日常的にもの忘れはあるが自立して生活できる)段階は,軽度認知障害(mild cognitive impairment,MCI)としてADとは区別するが,長い疾患の軌跡の一部を便宜的に区切った病名と考えることができる.
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 検査所見としては,CT・MRIで初期は海馬の萎縮,進行性に頭頂葉の萎縮,次第にびまん性の大脳萎縮を認める.PET・SPECTでは初期から後部帯状回~楔前部や頭頂葉の糖代謝・血流低下を認める.検査異常はしばしば臨床症状に先行して出現する.
 
 検査所見としては,CT・MRIで初期は海馬の萎縮,進行性に頭頂葉の萎縮,次第にびまん性の大脳萎縮を認める.PET・SPECTでは初期から後部帯状回~楔前部や頭頂葉の糖代謝・血流低下を認める.検査異常はしばしば臨床症状に先行して出現する.
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 肉眼的には主に海馬と側頭葉内側を含み,次いで頭頂葉と前頭葉に強い大脳萎縮を認める.組織学的には,萎縮部位に一致して神経細胞脱落と反応性グリオーシス,老人斑(senile plaque),神経原線維変化(neurofibrillary tangle, NFT)を認める.老人斑,NFTは本疾患に特徴的であるが,いずれも疾患特異的ではない.老人斑の中で最も神経損傷と密接に関連する,周囲に神経突起を伴うものをneuritic plaqueと呼ぶ.また老人斑の主要構成成分βアミロイド(Aβ)の免疫組織化学により,アミロイドを検出するためのコンゴーレッド染色では見えない斑まで検出することが可能となり,現在ではこれらのAβ斑すべてを老人斑と呼ぶことが多い.その中で,中心に核を持った斑をdense-core plaque,核を持たず淡く境界が不明瞭なものをdiffuse plaqueと呼び,後者が圧倒的に多数を占める. NFTは神経細胞内に形成される糸くずが巻きついたような凝集体であるが,神経突起内(主に樹状突起の水平分枝)に凝集したものをneuropil threadと呼ぶ.神経細胞死の後にNFTだけが残されたものを,ghost tangleと表現する.
 
 肉眼的には主に海馬と側頭葉内側を含み,次いで頭頂葉と前頭葉に強い大脳萎縮を認める.組織学的には,萎縮部位に一致して神経細胞脱落と反応性グリオーシス,老人斑(senile plaque),神経原線維変化(neurofibrillary tangle, NFT)を認める.老人斑,NFTは本疾患に特徴的であるが,いずれも疾患特異的ではない.老人斑の中で最も神経損傷と密接に関連する,周囲に神経突起を伴うものをneuritic plaqueと呼ぶ.また老人斑の主要構成成分βアミロイド(Aβ)の免疫組織化学により,アミロイドを検出するためのコンゴーレッド染色では見えない斑まで検出することが可能となり,現在ではこれらのAβ斑すべてを老人斑と呼ぶことが多い.その中で,中心に核を持った斑をdense-core plaque,核を持たず淡く境界が不明瞭なものをdiffuse plaqueと呼び,後者が圧倒的に多数を占める. NFTは神経細胞内に形成される糸くずが巻きついたような凝集体であるが,神経突起内(主に樹状突起の水平分枝)に凝集したものをneuropil threadと呼ぶ.神経細胞死の後にNFTだけが残されたものを,ghost tangleと表現する.
ADの病理学的診断には,老人斑がどのような広がりであり(Thal phase),神経原線維変化がどのような広がりであり(Braak NFT stage),neuritic plaqueがどのような密度で存在するか(CERAD score)をスコア化することによって世界的に標準的な診断が可能である<ref><pubmed> 22265587 </pubmed></ref>.
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 ADの病理学的診断には,老人斑がどのような広がりであり(Thal phase),神経原線維変化がどのような広がりであり(Braak NFT stage),neuritic plaqueがどのような密度で存在するか(CERAD score)をスコア化することによって世界的に標準的な診断が可能である<ref><pubmed> 22265587 </pubmed></ref>.
 
 またアミロイドアンギオパチーが大部分の症例で見られる.これはAβが血管壁に蓄積することによる.
 
 またアミロイドアンギオパチーが大部分の症例で見られる.これはAβが血管壁に蓄積することによる.
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====''APP''====
 
====''APP''====
 
 1990年にLevyらにより常染色体優性遺伝形式のアミロイドーシスを伴う遺伝性脳出血Dutch typeの病因として21番染色体上の''APP''の変異が同定され<ref><pubmed> 2111584 </pubmed></ref>,翌1991年に早期発症の家族性ADの原因遺伝子として''APP''の変異が報告された<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>.これにより,21番染色体トリソミーのDown症候群で若年性に老人斑が出現する理由が''APP''の重複のためらしいと判明した.現在までに9の遺伝子重複と23の点突然変異と1の部分欠失(1アミノ酸欠失であるE693Δ;剖検例はなくADの亜型としてよいか不明だが,ホモ接合体は認知症を呈する)の報告がある.''APP''の遺伝子産物は全長770アミノ酸だが,点突然変異はC末端寄りの膜貫通部位近傍に集中しており,βセクレターゼ切断部位とγセクレターゼ切断部位付近の変異が多い.全ての変異がAβの配列内に位置するわけではない.最初に変異が同定された家系のように,変異によっては脳アミロイドアンギオパチーが前面に立つ.
 
 1990年にLevyらにより常染色体優性遺伝形式のアミロイドーシスを伴う遺伝性脳出血Dutch typeの病因として21番染色体上の''APP''の変異が同定され<ref><pubmed> 2111584 </pubmed></ref>,翌1991年に早期発症の家族性ADの原因遺伝子として''APP''の変異が報告された<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>.これにより,21番染色体トリソミーのDown症候群で若年性に老人斑が出現する理由が''APP''の重複のためらしいと判明した.現在までに9の遺伝子重複と23の点突然変異と1の部分欠失(1アミノ酸欠失であるE693Δ;剖検例はなくADの亜型としてよいか不明だが,ホモ接合体は認知症を呈する)の報告がある.''APP''の遺伝子産物は全長770アミノ酸だが,点突然変異はC末端寄りの膜貫通部位近傍に集中しており,βセクレターゼ切断部位とγセクレターゼ切断部位付近の変異が多い.全ての変異がAβの配列内に位置するわけではない.最初に変異が同定された家系のように,変異によっては脳アミロイドアンギオパチーが前面に立つ.
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 2012年にADや加齢による認知機能低下を生じにくい変異として,''APP'' A673T変異が報告された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>.この変異の1/オッズ比(odds ratio,OR)は4.24と高い保護効果が推測されるが,極めて頻度の低い変異である.β切断部位近傍であり,β切断を受けにくくなることがアルツハイマー病の発症に保護的に働くと考えられている.
 
 2012年にADや加齢による認知機能低下を生じにくい変異として,''APP'' A673T変異が報告された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>.この変異の1/オッズ比(odds ratio,OR)は4.24と高い保護効果が推測されるが,極めて頻度の低い変異である.β切断部位近傍であり,β切断を受けにくくなることがアルツハイマー病の発症に保護的に働くと考えられている.
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 AD発症に強力なリスク因子として''APOE''遺伝子多型が知られている.近年のGenome-wide association study(GWAS)により''APOE''以外にも複数の疾患関連遺伝子が同定されつつあるが,それらはリスクアレルのOR 1.11-1.38,防御アレルのOR 0.92-0.67であり,それらに比べると''APOE''のAD発症への影響は飛び抜けて高い<ref><pubmed> 17192785 </pubmed></ref>.
 
 AD発症に強力なリスク因子として''APOE''遺伝子多型が知られている.近年のGenome-wide association study(GWAS)により''APOE''以外にも複数の疾患関連遺伝子が同定されつつあるが,それらはリスクアレルのOR 1.11-1.38,防御アレルのOR 0.92-0.67であり,それらに比べると''APOE''のAD発症への影響は飛び抜けて高い<ref><pubmed> 17192785 </pubmed></ref>.
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====*''APOE''====
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====''APOE''====
 
 ''APOE''にはε2,ε3,ε4のアレルがあり,アレル頻度はコーカシアンではそれぞれ8%,78%,14%,日本人ではそれぞれ4%,87%,9%との報告がある<ref><pubmed> 9343467 </pubmed></ref>.1993年に晩発性の孤発性ADおよび孤発性ADにおいて,''APOE'' ε4アレルが発症のリスクであると複数のグループから報告があった.コーカシアンと日本人の疫学調査によると,ε3/ε3と比較して,ε3/ε4のORは2.7-5.6,ε4/ε4のORは11.8-33.1である.一方,ε2は発症に対して保護的に働き,ε2/ε3のORは0.6-0.9である.apoE蛋白質がADの病態機序のあらゆる段階に作用するという実験データがあるが,apoEは分泌されたAβに結合し,アイソフォームごとにその結合能が異なることが示されており,それによってAβのクリアランスや凝集に関わるという説が最も重要視されている.ただし,''APOE'' ε4保因者では,アミロイド蓄積の前から脳のfunctional connectivityの破綻が見られることが示されており,Aβを介さない毒性も示唆されている<ref><pubmed> 23296339 </pubmed></ref>.
 
 ''APOE''にはε2,ε3,ε4のアレルがあり,アレル頻度はコーカシアンではそれぞれ8%,78%,14%,日本人ではそれぞれ4%,87%,9%との報告がある<ref><pubmed> 9343467 </pubmed></ref>.1993年に晩発性の孤発性ADおよび孤発性ADにおいて,''APOE'' ε4アレルが発症のリスクであると複数のグループから報告があった.コーカシアンと日本人の疫学調査によると,ε3/ε3と比較して,ε3/ε4のORは2.7-5.6,ε4/ε4のORは11.8-33.1である.一方,ε2は発症に対して保護的に働き,ε2/ε3のORは0.6-0.9である.apoE蛋白質がADの病態機序のあらゆる段階に作用するという実験データがあるが,apoEは分泌されたAβに結合し,アイソフォームごとにその結合能が異なることが示されており,それによってAβのクリアランスや凝集に関わるという説が最も重要視されている.ただし,''APOE'' ε4保因者では,アミロイド蓄積の前から脳のfunctional connectivityの破綻が見られることが示されており,Aβを介さない毒性も示唆されている<ref><pubmed> 23296339 </pubmed></ref>.
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====Aβの発見====
 
====Aβの発見====
 
 1984年にアルツハイマー病の脳に見られる脳血管アミロイドーシス,1985年にはアルツハイマー病と共通の病理所見を呈するダウン症脳の脳血管アミロイドーシスの沈着物質が未知の配列(Aβ)であることが示された.翌1985年にADおよびダウン症脳実質の老人斑の精製により,その主要構成成分がAβであることが判明した<ref><pubmed> 3159021 </pubmed></ref>.その後のクローニングとアルツハイマー病の原因遺伝子としての''APP''の発見により,''APP''の変異や重複によりAβ産生が増加するとADを発症すると考えられるようになった.
 
 1984年にアルツハイマー病の脳に見られる脳血管アミロイドーシス,1985年にはアルツハイマー病と共通の病理所見を呈するダウン症脳の脳血管アミロイドーシスの沈着物質が未知の配列(Aβ)であることが示された.翌1985年にADおよびダウン症脳実質の老人斑の精製により,その主要構成成分がAβであることが判明した<ref><pubmed> 3159021 </pubmed></ref>.その後のクローニングとアルツハイマー病の原因遺伝子としての''APP''の発見により,''APP''の変異や重複によりAβ産生が増加するとADを発症すると考えられるようになった.
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 細胞外に分泌されるAβには主にAβ42とAβ40があるが,AD脳の免疫組織化学から,老人斑の大部分はAβ42から構成され,またdiffuse plaqueはAβ42のみを含むことからAβ42は最初期に沈着することがわかり<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>,''APP''や''PSEN''の変異によるAβ42の比率の上昇が疾患発症につながる根拠が示された.
 
 細胞外に分泌されるAβには主にAβ42とAβ40があるが,AD脳の免疫組織化学から,老人斑の大部分はAβ42から構成され,またdiffuse plaqueはAβ42のみを含むことからAβ42は最初期に沈着することがわかり<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>,''APP''や''PSEN''の変異によるAβ42の比率の上昇が疾患発症につながる根拠が示された.
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====アミロイドカスケード仮説====
 
====アミロイドカスケード仮説====
 
 AD脳ではAβとタウの両方の蓄積を認めることから,どちらが先に起こる現象か,どちらが病態の中心にあるか,長年議論があった(”BAPtists” vs “TAUists”).正常高齢者の病理学的な検討から,Aβの蓄積は認めるが神経原線維変化を認めない症例があること(逆の症例はない),家族性ADの家系からAβ産生に関係する''APP'',''PSEN1'',''PSEN2''の変異が見つかったことから,Aβが上流であると考えられるようになった.アミロイドカスケード仮説とは,①''APP''や''PSEN1'',''PSEN2''の変異により,②Aβ42の産生と蓄積が増加し,③Aβのオリゴマー化と沈着が起こり,④Aβオリゴマーのシナプスへの毒性が惹起され,⑤シナプスや神経細胞傷害が起こり,⑥神経細胞内で恒常性が変化し,⑦キナーゼ活性が変化し,⑧神経原線維変化を生じ,同時に⑨神経細胞・神経突起の機能障害と遂には神経細胞死が起こり,⑩認知症を生じるという仮説である<ref><pubmed> 12130773 </pubmed></ref>.タウの毒性発揮には必ずしも神経原線維変化を伴わないと考えられており(神経原線維変化はむしろ保護的に働くと考えらえている),⑧は脇道である.孤発性ADをこの仮説に則って説明するために,孤発性ADでも何らかの要因によるAβの産生上昇,Aβ42比率の上昇,Aβのクリアランスの低下が想定されている.''APP''にAD抵抗性変異が見つかり,その変異はAβ産生を減少させる効果があることは,この仮説を支持するデータである.また,ADのモデルであるAPPトランスジェニックマウスでも,タウをノックアウトするとAβの蓄積があるにも関わらず認知機能障害が起こらなくなることも,ADの病態においてタウがAPPの下流にあることを支持する<ref><pubmed> 17478722 </pubmed></ref>.
 
 AD脳ではAβとタウの両方の蓄積を認めることから,どちらが先に起こる現象か,どちらが病態の中心にあるか,長年議論があった(”BAPtists” vs “TAUists”).正常高齢者の病理学的な検討から,Aβの蓄積は認めるが神経原線維変化を認めない症例があること(逆の症例はない),家族性ADの家系からAβ産生に関係する''APP'',''PSEN1'',''PSEN2''の変異が見つかったことから,Aβが上流であると考えられるようになった.アミロイドカスケード仮説とは,①''APP''や''PSEN1'',''PSEN2''の変異により,②Aβ42の産生と蓄積が増加し,③Aβのオリゴマー化と沈着が起こり,④Aβオリゴマーのシナプスへの毒性が惹起され,⑤シナプスや神経細胞傷害が起こり,⑥神経細胞内で恒常性が変化し,⑦キナーゼ活性が変化し,⑧神経原線維変化を生じ,同時に⑨神経細胞・神経突起の機能障害と遂には神経細胞死が起こり,⑩認知症を生じるという仮説である<ref><pubmed> 12130773 </pubmed></ref>.タウの毒性発揮には必ずしも神経原線維変化を伴わないと考えられており(神経原線維変化はむしろ保護的に働くと考えらえている),⑧は脇道である.孤発性ADをこの仮説に則って説明するために,孤発性ADでも何らかの要因によるAβの産生上昇,Aβ42比率の上昇,Aβのクリアランスの低下が想定されている.''APP''にAD抵抗性変異が見つかり,その変異はAβ産生を減少させる効果があることは,この仮説を支持するデータである.また,ADのモデルであるAPPトランスジェニックマウスでも,タウをノックアウトするとAβの蓄積があるにも関わらず認知機能障害が起こらなくなることも,ADの病態においてタウがAPPの下流にあることを支持する<ref><pubmed> 17478722 </pubmed></ref>.
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 現在開発過程にあるADの病態に作用する疾患修飾薬(根本治療薬)の多くは,この仮説に基づいてAβの産生や蓄積に焦点を当てて開発されたものである.
 
 現在開発過程にあるADの病態に作用する疾患修飾薬(根本治療薬)の多くは,この仮説に基づいてAβの産生や蓄積に焦点を当てて開発されたものである.
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 バイオマーカーとは疾患の病態(病理変化)を反映する定量的な指標を意味する.診断や病期のステージングに用いられる.
 
 バイオマーカーとは疾患の病態(病理変化)を反映する定量的な指標を意味する.診断や病期のステージングに用いられる.
 体液バイオマーカーには,ADの二つの特徴的な微細構造物,老人斑と神経原線維変化を反映するものとして,脳脊髄液(cerebrospinal fluid, CSF)Aβとタウが用いられる.Aβの蓄積が始まるとCSF中のAβ42が減少し,Aβ42/40比率が低下する.また,タウの変化が始まるとCSF中の総タウ,リン酸化タウが上昇する.総タウは他疾患でも上昇するが,リン酸化タウの上昇はADに特異性が高い.血漿や血清AβではCSFを超える感度・特異度は得られていない.
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 また画像バイオマーカーとしては,Aβ凝集を検出するアミロイドPET,シナプス機能障害を表す機能MRI,神経細胞傷害を反映した糖代謝低下を検出するFDG-PET,神経細胞死を反映する構造的MRIによる海馬や側頭葉の容積定量が挙げられる.
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 体液バイオマーカーには,ADの二つの特徴的な微細構造物,老人斑と神経原線維変化を反映するものとして,脳脊髄液(cerebrospinal fluid, CSF)Aβとタウが用いられる.Aβの蓄積が始まるとCSF中のAβ42が減少し,Aβ42/40比率が低下する.また,タウの変化が始まるとCSF中の総タウ,リン酸化タウが上昇する.総タウは他疾患でも上昇するが,リン酸化タウの上昇はADに特異性が高い.血漿や血清AβではCSFを超える感度・特異度は得られていない.また画像バイオマーカーとしては,Aβ凝集を検出するアミロイドPET,シナプス機能障害を表す機能MRI,神経細胞傷害を反映した糖代謝低下を検出するFDG-PET,神経細胞死を反映する構造的MRIによる海馬や側頭葉の容積定量が挙げられる.
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 アミロイドカスケード仮説に基づくと,バイオマーカーの変化は,①脳内アミロイド沈着〔CSF Aβ,アミロイドPET〕→②シナプスおよび神経細胞機能不全〔FDG-PET,機能的MRI〕→③タウによる神経変性〔CSFタウ〕→④神経細胞死・脳萎縮〔構造的MRI〕→⑤認知機能障害→⑥全般機能障害の順で出現すると考えられており<ref><pubmed> 20083042 </pubmed></ref>,家族性ADの未発症保因者の観察研究から概ね正しいことが示されている<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>.
 
 アミロイドカスケード仮説に基づくと,バイオマーカーの変化は,①脳内アミロイド沈着〔CSF Aβ,アミロイドPET〕→②シナプスおよび神経細胞機能不全〔FDG-PET,機能的MRI〕→③タウによる神経変性〔CSFタウ〕→④神経細胞死・脳萎縮〔構造的MRI〕→⑤認知機能障害→⑥全般機能障害の順で出現すると考えられており<ref><pubmed> 20083042 </pubmed></ref>,家族性ADの未発症保因者の観察研究から概ね正しいことが示されている<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>.
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 Aβ沈着が始まってから認知症発症まで15年前後の時間差があることが推測されている.このようにバイオマーカー変化は症状に先立って出現することが示されており,2011年のNIA-AAの診断基準改訂の際に, Aβ沈着を示唆するバイオマーカーデータを認めるが認知機能は正常あるいはMCIとは言えない程度の軽微な障害のみである段階として,「preclinical AD」という診断区分が研究目的のみに利用が制限されるものとして提言されている<ref><pubmed> 21514248 </pubmed></ref>.健常高齢者におけるpreclinical ADの割合は,オーストラリアの大規模観察研究(Australian Imaging, Biomarkers and Lifestyle, AIBL)によると,177例の60歳以上の認知機能健常者のうち33%がPiBを用いたアミロイドPET陽性であり,60代では18%だが80歳以上では65%に上ることが示されている<ref><pubmed> 20472326 </pubmed></ref>.日本でもJapanese Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(J-ADNI)という観察研究が施行されており,60歳以上のアミロイド沈着バイオマーカー陽性率は20数%と目されている.疾患修飾薬の治験の失敗から,疾患修飾薬による治療介入は病理変化が少ない段階ほど効果を得やすいと考えられてきている.その点でpreclinical ADという病期は良い対象であり,2013年中の開始を目指してpreclinical ADを対象とした治験が計画されている.
 
 Aβ沈着が始まってから認知症発症まで15年前後の時間差があることが推測されている.このようにバイオマーカー変化は症状に先立って出現することが示されており,2011年のNIA-AAの診断基準改訂の際に, Aβ沈着を示唆するバイオマーカーデータを認めるが認知機能は正常あるいはMCIとは言えない程度の軽微な障害のみである段階として,「preclinical AD」という診断区分が研究目的のみに利用が制限されるものとして提言されている<ref><pubmed> 21514248 </pubmed></ref>.健常高齢者におけるpreclinical ADの割合は,オーストラリアの大規模観察研究(Australian Imaging, Biomarkers and Lifestyle, AIBL)によると,177例の60歳以上の認知機能健常者のうち33%がPiBを用いたアミロイドPET陽性であり,60代では18%だが80歳以上では65%に上ることが示されている<ref><pubmed> 20472326 </pubmed></ref>.日本でもJapanese Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(J-ADNI)という観察研究が施行されており,60歳以上のアミロイド沈着バイオマーカー陽性率は20数%と目されている.疾患修飾薬の治験の失敗から,疾患修飾薬による治療介入は病理変化が少ない段階ほど効果を得やすいと考えられてきている.その点でpreclinical ADという病期は良い対象であり,2013年中の開始を目指してpreclinical ADを対象とした治験が計画されている.
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*'''Aβ産生阻害'''
 
*'''Aβ産生阻害'''
 γセクレターゼ阻害剤は基質であるNotchを介した重大な副作用のため開発が中止され,総Aβ中のAβ42の比率を低下させるγセクレターゼ修飾薬も開発が中断されている.脳内移行性やbioavailabilityの低さへの対策からγセクレターゼより遅れたが,BACE1阻害剤が臨床開発段階にある.BACE1の全ての基質は十分に明らかになっていないが,BACE1をノックアウトしても重大な形態・機能異常を認めないことから,γセクレターゼ阻害剤ほどの副作用は出現しないと期待されている.
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: γセクレターゼ阻害剤は基質であるNotchを介した重大な副作用のため開発が中止され,総Aβ中のAβ42の比率を低下させるγセクレターゼ修飾薬も開発が中断されている.脳内移行性やbioavailabilityの低さへの対策からγセクレターゼより遅れたが,BACE1阻害剤が臨床開発段階にある.BACE1の全ての基質は十分に明らかになっていないが,BACE1をノックアウトしても重大な形態・機能異常を認めないことから,γセクレターゼ阻害剤ほどの副作用は出現しないと期待されている.
    
*'''Aβ除去'''
 
*'''Aβ除去'''
 抗Aβ抗体,Aβワクチンが開発されている.抗Aβ抗体は臨床開発当初に患者を対象とした際に副作用として血管原性浮腫を認めたことから開発が難航した.オリゴマーから凝集体まで様々な形態のAβを標的としたものが作られており,オリゴマーを標的としたものはAβの蓄積に抑制的に働き,凝集体を標的としたものは既にある老人斑の除去に働くと想定されている.Aβワクチンは抗体同様Aβ除去を狙ったものである.最初に臨床治験に入った全長Aβを用いたワクチンは6%に髄膜脳炎の副作用を認めたことから開発中止されたが,副作用軽減のためAβのN末端のワクチンが開発され,臨床治験に入っている.
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: 抗Aβ抗体,Aβワクチンが開発されている.抗Aβ抗体は臨床開発当初に患者を対象とした際に副作用として血管原性浮腫を認めたことから開発が難航した.オリゴマーから凝集体まで様々な形態のAβを標的としたものが作られており,オリゴマーを標的としたものはAβの蓄積に抑制的に働き,凝集体を標的としたものは既にある老人斑の除去に働くと想定されている.Aβワクチンは抗体同様Aβ除去を狙ったものである.最初に臨床治験に入った全長Aβを用いたワクチンは6%に髄膜脳炎の副作用を認めたことから開発中止されたが,副作用軽減のためAβのN末端のワクチンが開発され,臨床治験に入っている.
    
*'''タウ毒性の抑制'''
 
*'''タウ毒性の抑制'''
 タウ病理を抑制する薬物として,タウ凝集阻害剤,タウのリン酸化を担うGSK-3βの阻害剤などが開発中である.
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: タウ病理を抑制する薬物として,タウ凝集阻害剤,タウのリン酸化を担うGSK-3βの阻害剤などが開発中である.
    
==関連項目==
 
==関連項目==
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==参考文献==
 
==参考文献==
 
<references />
 
<references />
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(執筆者:井原 涼子、井原 康夫)
 
(執筆者:井原 涼子、井原 康夫)
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