「精神科遺伝学」の版間の差分

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2000年代前半からは連鎖解析の結果を参考にして、連鎖領域の原因遺伝子変異/多様性を追求することにより、関連遺伝子を同定する位置的クローニング法や位置的候補遺伝子法が用いられるようになり、NRG1, DTNBP1, DAOAなどの遺伝子が統合失調症の新たな候補遺伝子として注目された。これとは別に、統合失調症、うつ病が連鎖していた染色体転座の家系からDISC1がクローニングされた。  
2000年代前半からは連鎖解析の結果を参考にして、連鎖領域の原因遺伝子変異/多様性を追求することにより、関連遺伝子を同定する位置的クローニング法や位置的候補遺伝子法が用いられるようになり、NRG1, DTNBP1, DAOAなどの遺伝子が統合失調症の新たな候補遺伝子として注目された。これとは別に、統合失調症、うつ病が連鎖していた染色体転座の家系からDISC1がクローニングされた。  


2000年代後半からゲノムワイド関連解析 (GWAS)の時代になり、2007年のWellcome Trust Case Control Consortiumによる2000人の症例と3000人のコントロールによる解析の報告が精神科遺伝学のGWAS時代の幕開けとなった1。2010年代になるとGWASは万単位の被験者を対象とするようになり、遺伝統計学的手法の改良も続き、より確かな関連の所見が得られるようになっている。並行して、SNPチップでも検出できる頻度の低い100 kb以上の大きなコピー数変異 (CNV)のなかに知的発達障害、自閉性障害、統合失調症、双極性障害、てんかんなどのリスクを大きく高めるものがあることが発見され、これまで得られた精神科遺伝学の分子遺伝学研究成果の中で最も確実な発見となった。  
2000年代後半からゲノムワイド関連解析 (GWAS)の時代になり、2007年のWellcome Trust Case Control Consortiumによる2000人の症例と3000人のコントロールによる解析の報告が精神科遺伝学のGWAS時代の幕開けとなった<ref><pubmed> 17554300 </pubmed></ref>。2010年代になるとGWASは万単位の被験者を対象とするようになり、遺伝統計学的手法の改良も続き、より確かな関連の所見が得られるようになっている。並行して、SNPチップでも検出できる頻度の低い100 kb以上の大きなコピー数変異 (CNV)のなかに知的発達障害、自閉性障害、統合失調症、双極性障害、てんかんなどのリスクを大きく高めるものがあることが発見され、これまで得られた精神科遺伝学の分子遺伝学研究成果の中で最も確実な発見となった。  


2010年代はエクソームや全ゲノムリシークエンスなどによりより解析が容易になった低頻度の多型や稀な変異に注目が集まるようになり、民族特異的な変異にも注目が集まるようになっている2。
2010年代はエクソームや全ゲノムリシークエンスなどによりより解析が容易になった低頻度の多型や稀な変異に注目が集まるようになり、民族特異的な変異にも注目が集まるようになっている<ref><pubmed> 23237318 </pubmed></ref>。


候補遺伝子解析は1990年代はじめから盛んに実施されており、ターゲットリシークエンスの時代となり、精力的に研究が進められている。  
候補遺伝子解析は1990年代はじめから盛んに実施されており、ターゲットリシークエンスの時代となり、精力的に研究が進められている。  


ゲノムの多様性や変異(遺伝型)と疾患や行動(表現型)との関連を追求する他に、遺伝子の発現調節に関係するエピゲノム解析、非コードRNA解析も2000年代に入ってから活発に行われている。
ゲノムの多様性や変異(遺伝型)と疾患や行動(表現型)との関連を追求する他に、遺伝子の発現調節に関係するエピゲノム解析、非コードRNA解析も2000年代に入ってから活発に行われている。  


== 精神科遺伝学の主な所見  ==
== 精神科遺伝学の主な所見  ==


遺伝学的研究は連鎖解析が基本であるが、統合失調症とうつ病の大家系を用いた解析ではDISC1を除いて根拠のある原因遺伝子は同定されていない。そのDISC1に関しても、1家系のみでの所見であり、遺伝学的証拠としては十分ではない。3
遺伝学的研究は連鎖解析が基本であるが、統合失調症とうつ病の大家系を用いた解析ではDISC1を除いて根拠のある原因遺伝子は同定されていない。そのDISC1に関しても、1家系のみでの所見であり、遺伝学的証拠としては十分ではない。<ref><pubmed> 10814723 </pubmed></ref>


候補遺伝子解析では1,000以上の遺伝子内やその近傍のゲノム多様性と精神疾患の関連解析が実施されている。疾患との関連の他に内部表現型、治療反応性、副作用リスクとの関連解析もすすめられているが、日常臨床を変えるほどの所見には至っていない。
候補遺伝子解析では1,000以上の遺伝子内やその近傍のゲノム多様性と精神疾患の関連解析が実施されている。疾患との関連の他に内部表現型、治療反応性、副作用リスクとの関連解析もすすめられているが、日常臨床を変えるほどの所見には至っていない。  


ゲノムワイド関連解析は比較的頻度の高い主にSNPを使ったゲノムワイド関連解析が実施されている。 米国のNational Human Genome Research InstituteのGWASに関するデータベース[https://www.genome.gov/26525384#searchForm]によれば、2013年1月現在、統合失調症、気分障害に関するGWASの論文が24にのぼっている。このなかで、一般的に有意な関連とされているP値を示しているSNP数は8論文である。一方、依存症に関しては1編の論文のみであり、有意なSNPは検出されていない。自閉症に関しては6編の論文があり、2編が有意で、有意な関連を示しているのはAlzheimer病では31編の論文があり、6編の論文である。ただ、有意であってもいずれもオッズ比は小さく、比較的頻度の高い多型で大きな関連を示しているものはアルツハイマー病のApoE以外はない。  
ゲノムワイド関連解析は比較的頻度の高い主にSNPを使ったゲノムワイド関連解析が実施されている。 米国のNational Human Genome Research InstituteのGWASに関するデータベース[https://www.genome.gov/26525384#searchForm]によれば、2013年1月現在、統合失調症、気分障害に関するGWASの論文が24にのぼっている。このなかで、一般的に有意な関連とされているP値を示しているSNP数は8論文である。一方、依存症に関しては1編の論文のみであり、有意なSNPは検出されていない。自閉症に関しては6編の論文があり、2編が有意で、有意な関連を示しているのはAlzheimer病では31編の論文があり、6編の論文である。ただ、有意であってもいずれもオッズ比は小さく、比較的頻度の高い多型で大きな関連を示しているものはアルツハイマー病のApoE以外はない。  


稀な変異、とくにde novoの変異では精神疾患の病因に大きく寄与している可能性のものが発見されつつある。その代表はCNVであり、11領域のCNVがとくに複数の精神疾患のリスクに関わっいることが知られている。4
稀な変異、とくにde novoの変異では精神疾患の病因に大きく寄与している可能性のものが発見されつつある。その代表はCNVであり、11領域のCNVがとくに複数の精神疾患のリスクに関わっいることが知られている。<ref><pubmed> 22424231 </pubmed></ref>


== 精神科臨床に与えた影響  ==
== 精神科臨床に与えた影響  ==
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日常臨床では以前より遺伝負因は精神診断に参考にされてきたものの、分子遺伝学的研究成果はこれまでのところ診断に大きな影響を与えていない。薬理ゲノム学の所見は今後日常臨床に利用されていく可能性がある。  
日常臨床では以前より遺伝負因は精神診断に参考にされてきたものの、分子遺伝学的研究成果はこれまでのところ診断に大きな影響を与えていない。薬理ゲノム学の所見は今後日常臨床に利用されていく可能性がある。  


ヒトゲノムプロジェクトが期待された成果の一つに多因子疾患の画期的な治療法、予防法の開発がある。しかし、がんを除けば、現時点ではまだ期待通りになっておらず、精神疾患の研究も例外ではない。NIHの支出した精神科関係の研究費の中で分子遺伝学的研究に費やされた研究費は数%程度で多くはないものの、現時点では研究成果が日常臨床に影響をあたえるような影響を与えていないことから、費用対効果について批判的に見る目もある5。
ヒトゲノムプロジェクトが期待された成果の一つに多因子疾患の画期的な治療法、予防法の開発がある。しかし、がんを除けば、現時点ではまだ期待通りになっておらず、精神疾患の研究も例外ではない。NIHの支出した精神科関係の研究費の中で分子遺伝学的研究に費やされた研究費は数%程度で多くはないものの、現時点では研究成果が日常臨床に影響をあたえるような影響を与えていないことから、費用対効果について批判的に見る目もある。<ref><pubmed> 21625325 </pubmed></ref>
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