「気分安定薬」の版間の差分

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英語名:mood stabilizer 独:Phasenprophylaktikum、Stimmungsstabilisierer 仏:stabilisateur de l'humeur
英語名:mood stabilizer 独:Phasenprophylaktikum、Stimmungsstabilisierer 仏:stabilisateur de l'humeur


 気分安定薬とは「[[躁病]]エピソードと[[うつ病]]エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」と定義される。リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)、バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)が含まれる。
 気分安定薬とは「[[躁病]]エピソードと[[うつ病]]エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」である。リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)、バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)が含まれる。


== 定義 ==
== 定義 ==
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 リチウムは、単純な陽イオンであり、ほぼ100%吸収され、代謝を受けずに、ほとんどが[[wikipedia:ja:腎臓|腎]]から排泄される。副作用としては、[[手指振戦]]、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]、[[wikipedia:ja:多飲|多飲]]、[[wikipedia:ja:多尿|多尿]]、[[wikipedia:ja:吐気|吐気]]、[[wikipedia:ja:下痢|下痢]]などがある。また、[[wikipedia:ja:甲状腺機能低下症|甲状腺機能低下症]]も見られる。[[wikipedia:ja:白血球|白血球]]増多も見られるが、問題となることは少ない。長期のリチウム治療により、腎障害を来すことがある。
 リチウムは、単純な陽イオンであり、ほぼ100%吸収され、代謝を受けずに、ほとんどが[[wikipedia:ja:腎臓|腎]]から排泄される。副作用としては、[[手指振戦]]、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]、[[wikipedia:ja:多飲|多飲]]、[[wikipedia:ja:多尿|多尿]]、[[wikipedia:ja:吐気|吐気]]、[[wikipedia:ja:下痢|下痢]]などがある。また、[[wikipedia:ja:甲状腺機能低下症|甲状腺機能低下症]]も見られる。[[wikipedia:ja:白血球|白血球]]増多も見られるが、問題となることは少ない。長期のリチウム治療により、腎障害を来すことがある。


 リチウムは有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。また、[[wikipedia:ja:心血管|心血管]]系の[[wikipedia:ja:催奇形|催奇形]]性があるため,[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中の使用は禁忌とされている。リチウム中毒では、嘔吐、多尿、[[振戦]]に加え、[[小脳失調]]、[[構音障害]]、[[筋力低下]]、筋の刺激性亢進、[[けいれん]]、[[意識障害]]などの中枢神経症状や、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]血圧低下、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]急性腎不全、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]肺水腫、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]心伝導障害などが現れる。中毒は、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]脱水状態、他の薬剤との併用([[wikipedia:ja:口渇|口渇]]抗炎症薬や[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]利尿薬の併用)、加齢による[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]腎機能低下、自殺目的の服用などに伴って出現することが多い。中毒発生時には、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]輸液、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]人工透析などの[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]対症療法、[[wikipedia:ja:口渇|口渇]]保存的治療を行う。
 リチウムは有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。また、[[wikipedia:ja:心血管|心血管]]系の[[wikipedia:ja:催奇形|催奇形]]性があるため,[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中の使用は禁忌とされている。リチウム中毒では、嘔吐、多尿、[[振戦]]に加え、[[小脳失調]]、[[構音障害]]、[[筋力低下]]、筋の刺激性亢進、[[けいれん]]、[[意識障害]]などの中枢神経症状や、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]低下、[[wikipedia:ja:急性腎不全|急性腎不全]][[wikipedia:ja:肺水腫|肺水腫]][[wikipedia:ja:心伝導障害|心伝導障害]]などが現れる。中毒は、[[wikipedia:ja:脱水|脱水]]状態、他の薬剤との併用([[wikipedia:ja:抗炎症薬|抗炎症薬]][[wikipedia:ja:利尿薬|利尿薬]]の併用)、加齢による腎機能低下、自殺目的の服用などに伴って出現することが多い。中毒発生時には、[[wikipedia:ja:輸液|輸液]][[wikipedia:ja:人工透析|人工透析]]などの[[wikipedia:ja:対症療法|対症療法]][[wikipedia:ja:保存的治療|保存的治療]]を行う。


 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)は、およそ0.4~1.2mM程度である。
 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)は、およそ0.4~1.2mM程度である。
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 GSK-3βは、[[細胞死]]、あるいは[[細胞増殖]]に関わる[[PI3K]] ([[ホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ]]) -[[Akt]]-GSK3β-[[Wnt]]/[[β-カテニン]]系における役割、[[Reverb-α]]→[[Clock]]/[[BmaL1]]を介した[[サーカディアンリズム]]制御系、[[タウ]]の[[リン酸化]]、などにおける役割が注目されている<ref name=ref8><pubmed>15136794</pubmed></ref>。
 GSK-3βは、[[細胞死]]、あるいは[[細胞増殖]]に関わる[[PI3K]] ([[ホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ]]) -[[Akt]]-GSK3β-[[Wnt]]/[[β-カテニン]]系における役割、[[Reverb-α]]→[[Clock]]/[[BmaL1]]を介した[[サーカディアンリズム]]制御系、[[タウ]]の[[リン酸化]]、などにおける役割が注目されている<ref name=ref8><pubmed>15136794</pubmed></ref>。


 その他、リチウムには多くの神経細胞に対する作用が報告されており、[[成長円錐]]の拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>、[[神経新生]]の促進<ref name=ref10><pubmed>10987856</pubmed></ref>、神経細胞保護作用<ref name=ref11><pubmed>16179524</pubmed></ref>、[[脳由来神経栄養因子]][[BDNF]]増加<ref name=ref12><pubmed>17925795</pubmed></ref>、[[小胞体ストレス]]に対する作用などがあるものの、これらもIMPase 阻害作用やGSK-3β阻害作用を介すると推測されている。
 その他、リチウムには多くの神経細胞に対する作用が報告されており、[[成長円錐]]の拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>、[[神経新生]]の促進<ref name=ref10><pubmed>10987856</pubmed></ref>、神経細胞保護作用<ref name=ref11><pubmed>16179524</pubmed></ref>、[[脳由来神経栄養因子]] ([[BDNF]])増加<ref name=ref12><pubmed>17925795</pubmed></ref>、[[小胞体ストレス]]に対する作用などがあるものの、これらもIMPase 阻害作用やGSK-3β阻害作用を介すると推測されている。


 しかしながら、リチウムのどの作用が本質かということについて、一致した見解には至っていない。GSK-3β阻害薬やIMPase阻害薬の双極性障害への臨床応用を目指した開発は、今のところ成功していない。その一因は、双極性障害に対する予防効果を検定できる動物モデルが存在しないことにある。
 しかしながら、リチウムのどの作用が本質かということについて、一致した見解には至っていない。GSK-3β阻害薬やIMPase阻害薬の双極性障害への臨床応用を目指した開発は、今のところ成功していない。その一因は、双極性障害に対する予防効果を検定できる動物モデルが存在しないことにある。
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== ラモトリギン ==
== ラモトリギン ==


 ラモトリギンは、抗てんかん薬として開発され、後に双極性障害への効果が見いだされた。うつ状態の予防効果が最も確立しているが、躁状態の予防効果もあり、また、急性期のうつ状態に対する効果も示唆されている。
 ラモトリギンは、[[抗てんかん薬]]として開発され、後に双極性障害への効果が見いだされた。うつ状態の予防効果が最も確立しているが、躁状態の予防効果もあり、また、急性期のうつ状態に対する効果も示唆されている。


 その作用機序としては、電位依存性Na+チャンネルへの作用などが考えられている<ref name=ref13>'''加藤忠史'''<br>ラモトリギンの気分安定作用のメカニズム<br>''精神科'' 2011;19:45-9.</ref>。また、この作用を介して、グルタミン酸放出を抑制する。
 その作用機序としては、[[電位依存性ナトリウムチャネル|電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネル]]への作用などが考えられている<ref name=ref13>'''加藤忠史'''<br>ラモトリギンの気分安定作用のメカニズム<br>''精神科'' 2011;19:45-9.</ref>。また、この作用を介して、[[グルタミン酸]]放出を抑制する。


 活性代謝物はなく、主にグルクロン酸抱合により代謝される。バルプロ酸との併用で半減期が延長するため、注意を要する。
 活性代謝物はなく、主に[[グルクロン酸抱合]]により代謝される。バルプロ酸との併用で半減期が延長するため、注意を要する。


 副作用としては、まれながら重篤な皮疹や肝障害などを伴うスティーヴンス-ジョンソン(Stevens-Johnson)症候群(SJS)が見られるが、ゆっくり増量することにより、発症の可能性をある程度減らすことができる。その他の副作用としては、頭痛、傾眠、めまいなどがある。
 副作用としては、まれながら重篤な[[wikipedia:ja:皮疹|皮疹]]や[[wikipedia:ja:肝障害|肝障害]]などを伴う[[wikipedia:ja:スティーブンス・ジョンソン症候群|スティーヴンス-ジョンソン(Stevens-Johnson)症候群]](SJS)が見られるが、ゆっくり増量することにより、発症の可能性をある程度減らすことができる。その他の副作用としては、[[頭痛]]、[[傾眠]]、[[めまい]]などがある。


 ラモトリギンも、リチウムと同様の神経保護作用を持つことが示唆されており、これもおそらくは、電位依存性ナトリウムチャネルの阻害という直接作用から、BDNFの増加などを介したものと考えられる<ref name=ref13 />。
 ラモトリギンも、リチウムと同様の神経保護作用を持つことが示唆されており、これもおそらくは、電位依存性ナトリウムチャネルの阻害という直接作用から、BDNFの増加などを介したものと考えられる<ref name=ref13 />。
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 副作用としては、吐き気,嘔吐などの消化器症状の他、投与早期に生じる肝障害などがある。催奇形性があるため,妊娠中の投与は禁忌である。
 副作用としては、吐き気,嘔吐などの消化器症状の他、投与早期に生じる肝障害などがある。催奇形性があるため,妊娠中の投与は禁忌である。


 作用機序としては、電位依存性Na+チャンネルの抑制作用,電位依存性Ca2+チャンネルの抑制作用,ヒストン脱アセチル化阻害作用など,多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用(9)などが知られている。
 作用機序としては、電位依存性Na+チャンネルの抑制作用,[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca2+チャンネル]]の抑制作用,[[アセチル化|ヒストン脱アセチル化酵素|ヒストン脱アセチル化酵素]]阻害作用など,多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>などが知られている。


== カルバマゼピン ==
== カルバマゼピン ==
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 抗てんかん薬として開発されたが、てんかん患者において情動安定化作用を持つことから,双極性障害に試みられ、1970年代初頭に、日本の大熊輝男らにより、躁状態に対する有効性が見出された。その後、病相予防効果も示唆され、気分安定薬の1つとしての地位を確立した。
 抗てんかん薬として開発されたが、てんかん患者において情動安定化作用を持つことから,双極性障害に試みられ、1970年代初頭に、日本の大熊輝男らにより、躁状態に対する有効性が見出された。その後、病相予防効果も示唆され、気分安定薬の1つとしての地位を確立した。


 肝臓で主としてエポキシ化と水酸化により代謝される。副作用としては,SJS、白血球減少症などがある。
 肝臓で主として[[エポキシ化]]と[[水酸化]]により代謝される。副作用としては,スティーヴンス-ジョンソン症候群、白血球減少症などがある。


 双極性障害における有効血中濃度は不明であるが、てんかんにおける有効濃度である5~9μm/mlを目安として治療を行うことが多い。
 双極性障害における有効血中濃度は不明であるが、てんかんにおける有効濃度である5~9μm/mlを目安として治療を行うことが多い。


 作用機序としては,電位依存性Na+チャンネルの阻害作用、アデノシン受容体への作用などが知られている<ref name=ref14 />。
 作用機序としては,電位依存性Na+チャンネルの阻害作用、[[アデノシン受容体]]への作用などが知られている<ref name=ref14 />。


==関連項目==
==関連項目==

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