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<font size="+1">[http://researchmap.jp/cdg_tricot 井原 涼子]</font><br> | |||
''東京大学大学院医学系研究科 神経内科学''<br> | |||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0170557 井原 康夫]</font><br> | |||
''同志社大学 生命医科学部医生命システム学科''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年4月24日 原稿完成日:2013年10月19日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br> | |||
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英:Alzheimer's disease、英略語:AD 独:Alzheimer-Krankheit 仏:maladie d'Alzheimer | 英:Alzheimer's disease、英略語:AD 独:Alzheimer-Krankheit 仏:maladie d'Alzheimer | ||
多くは老年期に発症し緩徐に進行する、[[記憶障害]]を中心とした[[認知機能障害]]を主な症状とする認知症であり、[[認知症]] | {{box|text= | ||
多くは老年期に発症し緩徐に進行する、[[記憶障害]]を中心とした[[認知機能障害]]を主な症状とする認知症であり、[[認知症]]の中で最も多くを占める。病理学的に[[海馬]]をはじめとする[[大脳皮質]]の萎縮、組織学的には細胞外の[[老人斑]]と細胞内の[[神経原線維変化]]を特徴とする神経変性疾患である。 | |||
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==歴史== | ==歴史== | ||
アルツハイマー病は、1906年にドイツの精神医学者[[wikipedia:ja:アロイス・アルツハイマー|アロイス・アルツハイマー]]によって初めて報告された。当時は認知症のほとんどは[[wikipedia:ja:梅毒|梅毒]]によると考えられていたが、初老期(presenile)に発症し、進行性に記憶障害と[[妄想]]を主徴とする認知症を呈し、剖検の結果病理学的に老人斑と神経原線維変化を認めた女性患者[[wikipedia:Auguste Deter|アウグステ・データー]]の病気をアルツハイマー病として分離した。しかし、最初の症例が40代後半~50代前半と若年発症であったことから(アルツハイマー医師による初診時51歳)、アルツハイマー病は初老期の認知症として、よくある[[老年期認知症|老年期(senile)認知症]]とは区別されていたが、1960年代に盛んに行われた臨床病理学的研究から、同一のものであるとの結論に至った。最初に記載された症例が若年発症だったことについて、病理スライドの再発見に伴い遺伝子検査が施行され、2012年に後述する家族性アルツハイマー病の原因遺伝子[[ | アルツハイマー病は、1906年にドイツの精神医学者[[wikipedia:ja:アロイス・アルツハイマー|アロイス・アルツハイマー]]によって初めて報告された。当時は認知症のほとんどは[[wikipedia:ja:梅毒|梅毒]]によると考えられていたが、初老期(presenile)に発症し、進行性に記憶障害と[[妄想]]を主徴とする認知症を呈し、剖検の結果病理学的に老人斑と神経原線維変化を認めた女性患者[[wikipedia:Auguste Deter|アウグステ・データー]]の病気をアルツハイマー病として分離した。しかし、最初の症例が40代後半~50代前半と若年発症であったことから(アルツハイマー医師による初診時51歳)、アルツハイマー病は初老期の認知症として、よくある[[老年期認知症|老年期(senile)認知症]]とは区別されていたが、1960年代に盛んに行われた臨床病理学的研究から、同一のものであるとの結論に至った。最初に記載された症例が若年発症だったことについて、病理スライドの再発見に伴い遺伝子検査が施行され、2012年に後述する家族性アルツハイマー病の原因遺伝子[[プレセニリン1]] (''[[PSEN1]]'')変異の保因者であったことが判明した。 | ||
== | ==臨床診断と病理診断== | ||
1984年のNINCDS-ADRDA(National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke & the Alzheimer's Disease and Related Disorders Association)によるアルツハイマー病の診断基準では、臨床診断基準を満たすものを「確からしいアルツハイマー病(probable Alzheimer's disease)」、それに加えて病理学的にアルツハイマー病理が確認された症例を「確実なアルツハイマー病(definite Alzheimer's disease)」と同一の病名を用いていたが、しばしば病理学的疾患単位として「アルツハイマー病」、臨床的疾患単位として「アルツハイマー型(老年期)認知症」と区別されて表記される。これは臨床と病理が1対1に対応しない、すなわち臨床的にアルツハイマー病の診断基準を満たすような認知症を呈する症例が必ずしも病理学的にアルツハイマー病ではないこと、また病理学的にアルツハイマー病理を呈するが生前認知症を呈さない症例があることによる。 | 1984年のNINCDS-ADRDA(National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke & the Alzheimer's Disease and Related Disorders Association)によるアルツハイマー病の診断基準では、臨床診断基準を満たすものを「確からしいアルツハイマー病(probable Alzheimer's disease)」、それに加えて病理学的にアルツハイマー病理が確認された症例を「確実なアルツハイマー病(definite Alzheimer's disease)」と同一の病名を用いていたが、しばしば病理学的疾患単位として「アルツハイマー病」、臨床的疾患単位として「アルツハイマー型(老年期)認知症」と区別されて表記される。これは臨床と病理が1対1に対応しない、すなわち臨床的にアルツハイマー病の診断基準を満たすような認知症を呈する症例が必ずしも病理学的にアルツハイマー病ではないこと、また病理学的にアルツハイマー病理を呈するが生前認知症を呈さない症例があることによる。 | ||
2011年に改訂されたNIA-AA(National Institute on Aging & Alzheimer's Association)による臨床診断基準では「アルツハイマー病による認知症(AD dementia)」、病理学的評価ガイドラインでは「アルツハイマー病」と記載されている。近年の[[wikipedia:ja: | 2011年に改訂されたNIA-AA(National Institute on Aging & Alzheimer's Association)による臨床診断基準では「アルツハイマー病による認知症(AD dementia)」、病理学的評価ガイドラインでは「アルツハイマー病」と記載されている。近年の[[wikipedia:ja:バイオマーカー|バイオマーカー]]の発達により、生前にアルツハイマー病理の有無を推測することがある程度可能となり、臨床診断と病理診断の垣根は低くなっている。 | ||
===臨床的特徴=== | ===臨床的特徴=== | ||
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矢頭は典型的な神経原線維変化、矢印が老人斑。海馬に存在する老人斑は「dystrophic neurite」という特徴的な形態を呈している。]] 肉眼的には主に海馬と[[側頭葉]]内側を含み、次いで頭頂葉と[[前頭葉]]に強い大脳萎縮を認める。組織学的には、萎縮部位に一致して神経細胞脱落と反応性[[グリオーシス]]、老人斑(senile plaque)、神経原線維変化(neurofibrillary tangle, NFT)を認める。老人斑、NFTは本疾患に特徴的であるが、いずれも疾患特異的ではない。老人斑の中で最も神経損傷と密接に関連する、周囲に神経突起を伴うものを[[neuritic plaque]]と呼ぶ。また老人斑の主要構成成分[[βアミロイド]]([[Aβ]])の免疫組織化学により、[[アミロイド]]を検出するための[[wikipedia:ja:コンゴーレッド染色|コンゴーレッド染色]]では見えない斑まで検出することが可能となり、現在ではこれらのAβ斑すべてを老人斑と呼ぶことが多い。その中で、中心に核を持った斑をdense-core plaque、核を持たず淡く境界が不明瞭なものをdiffuse plaqueと呼び、後者が圧倒的に多数を占める。 NFTは神経細胞内に形成される糸くずが巻きついたような凝集体であるが、神経突起内(主に樹状突起の水平分枝)に凝集したものをneuropil threadと呼ぶ。[[神経細胞死]]の後にNFTだけが残されたものを、ghost tangleと表現する。 | 矢頭は典型的な神経原線維変化、矢印が老人斑。海馬に存在する老人斑は「dystrophic neurite」という特徴的な形態を呈している。]] 肉眼的には主に海馬と[[側頭葉]]内側を含み、次いで頭頂葉と[[前頭葉]]に強い大脳萎縮を認める。組織学的には、萎縮部位に一致して神経細胞脱落と反応性[[グリオーシス]]、老人斑(senile plaque)、神経原線維変化(neurofibrillary tangle, NFT)を認める。老人斑、NFTは本疾患に特徴的であるが、いずれも疾患特異的ではない。老人斑の中で最も神経損傷と密接に関連する、周囲に神経突起を伴うものを[[neuritic plaque]]と呼ぶ。また老人斑の主要構成成分[[βアミロイド]]([[Aβ]])の免疫組織化学により、[[アミロイド]]を検出するための[[wikipedia:ja:コンゴーレッド染色|コンゴーレッド染色]]では見えない斑まで検出することが可能となり、現在ではこれらのAβ斑すべてを老人斑と呼ぶことが多い。その中で、中心に核を持った斑をdense-core plaque、核を持たず淡く境界が不明瞭なものをdiffuse plaqueと呼び、後者が圧倒的に多数を占める。 NFTは神経細胞内に形成される糸くずが巻きついたような凝集体であるが、神経突起内(主に樹状突起の水平分枝)に凝集したものをneuropil threadと呼ぶ。[[神経細胞死]]の後にNFTだけが残されたものを、ghost tangleと表現する。 | ||
ADの病理学的診断には、老人斑がどのような広がりであり(Thal phase)、神経原線維変化がどのような広がりであり(Braak NFT stage)、neuritic plaqueがどのような密度で存在するか(CERAD score)をスコア化することによって世界的に標準的な診断が可能である<ref>< | ADの病理学的診断には、老人斑がどのような広がりであり(Thal phase)、神経原線維変化がどのような広がりであり(Braak NFT stage)、neuritic plaqueがどのような密度で存在するか(CERAD score)をスコア化することによって世界的に標準的な診断が可能である<ref><pubmed> 22265587 </pubmed></ref>。 | ||
また[[アミロイドアンギオパチー]]が大部分の症例で見られる。これはAβが血管壁に蓄積することによる。 | また[[アミロイドアンギオパチー]]が大部分の症例で見られる。これはAβが血管壁に蓄積することによる。 | ||
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===原因遺伝子=== | ===原因遺伝子=== | ||
ADの約1%が常染色体優性遺伝形式の家族性ADである。これまでに原因遺伝子としてプレセニリン1(''PSEN1'')、[[プレセニリン2]](''PSEN2'')、[[ | ADの約1%が常染色体優性遺伝形式の家族性ADである。これまでに原因遺伝子としてプレセニリン1(''PSEN1'')、[[プレセニリン2]](''PSEN2'')、[[アミロイド前駆タンパク質]](''APP'')の変異が同定されている。プレセニリン1・2は、後述する[[γセクレターゼ]]の構成分子であり、その活性中心を構成する。ほとんどの変異が浸透率100%である。 | ||
====''PSEN1''==== | ====''PSEN1''==== | ||
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====''PSEN2''==== | ====''PSEN2''==== | ||
''PSEN1''と非常に相同性が高いが、[[wikipedia:ja: | ''PSEN1''と非常に相同性が高いが、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]神経細胞では''PSEN2''発現量は''PSEN1''に比して少なく、''PSEN1''よりも変異の報告は少ない。1995年にLevy-Lahadらが[[wikipedia:ja:ヴォルガ・ドイツ人|ヴォルガ・ドイツ人]]の7家系からPSEN2の変異を同定した<ref><pubmed> 7638621 </pubmed></ref>。現在までに13の病的変異の報告がある。変異によっては[[パーキンソニズム]]や[[幻覚]]を伴うものがある。 | ||
====''APP''==== | ====''APP''==== | ||
1990年にLevyらにより[[wikipedia:ja:常染色体優性遺伝|常染色体優性遺伝]]形式のアミロイドーシスを伴う[[遺伝性脳出血]]Dutch typeの病因として21番染色体上の''APP''の変異が同定され<ref><pubmed> 2111584 </pubmed></ref>、翌1991年に早期発症の家族性ADの原因遺伝子として''APP''の変異が報告された<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。これにより、21番染色体トリソミーの[[ | 1990年にLevyらにより[[wikipedia:ja:常染色体優性遺伝|常染色体優性遺伝]]形式のアミロイドーシスを伴う[[遺伝性脳出血]]Dutch typeの病因として21番染色体上の''APP''の変異が同定され<ref><pubmed> 2111584 </pubmed></ref>、翌1991年に早期発症の家族性ADの原因遺伝子として''APP''の変異が報告された<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。これにより、21番染色体トリソミーの[[ダウン症候群]]で若年性に老人斑が出現する理由が''APP''の重複のためらしいと判明した。現在までに9の遺伝子重複と23の点突然変異と1の部分欠失(1アミノ酸欠失であるE693Δ;剖検例はなくADの亜型としてよいか不明だが、ホモ接合体は認知症を呈する)の報告がある。''APP''の遺伝子産物は全長770アミノ酸だが、点突然変異はC末端寄りの膜貫通部位近傍に集中しており、[[βセクレターゼ]]切断部位とγセクレターゼ切断部位付近の変異が多い。全ての変異がAβの配列内に位置するわけではない。最初に変異が同定された家系のように、変異によっては脳アミロイドアンギオパチーが前面に立つ。 | ||
2012年にADや加齢による認知機能低下を生じにくい変異として、''APP'' A673T変異が報告された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異の1/オッズ比(odds ratio、OR)は4.24と高い保護効果が推測されるが、極めて頻度の低い変異である。β切断部位近傍であり、β切断を受けにくくなることがアルツハイマー病の発症に保護的に働くと考えられている。 | 2012年にADや加齢による認知機能低下を生じにくい変異として、''APP'' A673T変異が報告された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異の1/オッズ比(odds ratio、OR)は4.24と高い保護効果が推測されるが、極めて頻度の低い変異である。β切断部位近傍であり、β切断を受けにくくなることがアルツハイマー病の発症に保護的に働くと考えられている。 | ||
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====''APOE''==== | ====''APOE''==== | ||
''APOE''にはε2、ε3、ε4のアレルがあり、アレル頻度は[[wikipedia:ja:コーカシアン|コーカシアン]]ではそれぞれ8%、78%、14%、[[wikipedia:ja:日本人|日本人]]ではそれぞれ4%、87%、9%との報告がある<ref><pubmed> 9343467 </pubmed></ref>。1993年に晩発性の孤発性ADおよび孤発性ADにおいて、''APOE'' ε4アレルが発症のリスクであると複数のグループから報告があった。コーカシアンと日本人の疫学調査によると、ε3/ε3と比較して、ε3/ε4のORは2.7-5.6、ε4/ε4のORは11.8-33.1である。一方、ε2は発症に対して保護的に働き、ε2/ε3のORは0.6-0. | ''APOE''にはε2、ε3、ε4のアレルがあり、アレル頻度は[[wikipedia:ja:コーカシアン|コーカシアン]]ではそれぞれ8%、78%、14%、[[wikipedia:ja:日本人|日本人]]ではそれぞれ4%、87%、9%との報告がある<ref><pubmed> 9343467 </pubmed></ref>。1993年に晩発性の孤発性ADおよび孤発性ADにおいて、''APOE'' ε4アレルが発症のリスクであると複数のグループから報告があった。コーカシアンと日本人の疫学調査によると、ε3/ε3と比較して、ε3/ε4のORは2.7-5.6、ε4/ε4のORは11.8-33.1である。一方、ε2は発症に対して保護的に働き、ε2/ε3のORは0.6-0.9である。apoEタンパク質はADの病態機序のあらゆる段階に作用するという実験データがある。その中で、apoEは[[分泌]]されたAβに結合し、アイソフォームごとにその結合能が異なることが示されており、それによってAβのクリアランスや凝集に関わるという説が重要視されているが、生理的環境下ではAβへの結合はわずかであるとのデータもあり議論の余地が残されている。また、''APOE'' ε4保因者では、アミロイド蓄積の前から脳のfunctional connectivityの破綻が見られることが示されており、Aβを介さない毒性も示唆されている<ref><pubmed> 23296339 </pubmed></ref>。 | ||
==病態生理== | ==病態生理== | ||
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===病態機序に関わる分子=== | ===病態機序に関わる分子=== | ||
====Aβの発見==== | ====Aβの発見==== | ||
1984年にアルツハイマー病の脳に見られる脳血管アミロイドーシス、1985年にはアルツハイマー病と共通の病理所見を呈する[[ダウン症]] | 1984年にアルツハイマー病の脳に見られる脳血管アミロイドーシス、1985年にはアルツハイマー病と共通の病理所見を呈する[[ダウン症]]脳の脳血管アミロイドーシスの沈着物質が未知の配列(Aβ)であることが示された。翌1985年にADおよびダウン症脳実質の老人斑の精製により、その主要構成成分がAβであることが判明した<ref><pubmed> 3159021 </pubmed></ref>。その後のクローニングとアルツハイマー病の原因遺伝子としての''APP''の発見により、''APP''の変異や重複によりAβ産生が増加するとADを発症すると考えられるようになった。 | ||
細胞外に分泌されるAβには主に[[Aβ42]]と[[Aβ40]]があるが、AD脳の免疫組織化学から、老人斑の大部分はAβ42から構成され、またdiffuse plaqueはAβ42のみを含むことからAβ42は最初期に沈着することがわかり<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>、''APP''や''PSEN''の変異によるAβ42の比率の上昇が疾患発症につながる根拠が示された。 | 細胞外に分泌されるAβには主に[[Aβ42]]と[[Aβ40]]があるが、AD脳の免疫組織化学から、老人斑の大部分はAβ42から構成され、またdiffuse plaqueはAβ42のみを含むことからAβ42は最初期に沈着することがわかり<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>、''APP''や''PSEN''の変異によるAβ42の比率の上昇が疾患発症につながる根拠が示された。 | ||
====タウの発見==== | ====タウの発見==== | ||
Aβに続いて、1985~1986年にかけて複数の研究グループにより神経原線維変化の主要構成成分が微小管結合タンパク質タウであり、さらに[[リン酸化]]されていることが明らかにされた。タウをコードする''[[MAPT]]''は1997年に[[進行性核上性麻痺]]の関連遺伝子(H1 haplotype)として、1998年に常染色体優性遺伝形式の17番染色体に連鎖する[[パーキンソン病]]を伴う[[前頭側頭型認知症]]の原因遺伝子として同定されたが、ADと関連する変異や多型は見つかっていない。 | |||
====βセクレターゼ、γセクレターゼ==== | ====βセクレターゼ、γセクレターゼ==== | ||
APPタンパク質は、まず管腔外(AβのN末端側)でβセクレターゼ、続いて膜貫通部位(AβのC末端側)でγセクレターゼによって切断されることによりAβが産生される。 βセクレターゼの正体は[[β-site APP cleaving enzyme 1]]([[BACE1]])という1回膜貫通型の[[アスパラギン酸プロテアーゼ]]である。γセクレターゼは、原因遺伝子としての''PSEN1''、''PSEN2''の発見により9回膜貫通型タンパク質のプレセニリンがγセクレターゼの活性中心を構成することがわかったが、プレセニリン単独では活性を持たず、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]とともに4量体を形成することによって初めて活性を持つことが分かった。γセクレターゼによってAβ40、Aβ42が産生されるが、''PSEN''の変異の中には総Aβ産生が上昇したり、凝集性の高いAβ42の産生比率を増大させるものがあるが、全ての変異について同様の効果が証明されているわけではない。γセクレターゼの切断は段階的切断(sequential cleavage)様式をとることが示されており、[[Aβ49]]→[[Aβ46]]→[[Aβ43]]→Aβ40と[[Aβ48]]→[[Aβ45]]→Aβ42→[[Aβ38]]という、3ペプチドごとに切断する(Aβ42→Aβ38のみ4ペプチド)2つの系列があることが推測されている<ref><pubmed> 19828817 </pubmed></ref>。Aβ42とAβ40の産生比率の違いが病態に関係すると考えられてきたが、トリペプチド仮説により酵素側だけでなく基質側にも関心が集まっている。 | |||
===病態機序の仮説=== | ===病態機序の仮説=== | ||
====アセチルコリン仮説==== | ====アセチルコリン仮説==== | ||
分子生物学的手法の導入される前の1970年代の研究により、AD患者脳では、大脳の各部位で[[アセチルコリン#生合成|コリンアセチル転移酵素]] ([[[アセチルコリン#生合成|choline acetyltransferase]])の活性低下が観察された。また投射元の大脳基底部(主に[[マイネルト核]])の[[コリン]]作動性神経細胞の減少が示され、この減少こそが病態の中心であるとの説である。1990年前後から[[アセチルコリン]] | 分子生物学的手法の導入される前の1970年代の研究により、AD患者脳では、大脳の各部位で[[アセチルコリン#生合成|コリンアセチル転移酵素]] ([[[アセチルコリン#生合成|choline acetyltransferase]])の活性低下が観察された。また投射元の大脳基底部(主に[[マイネルト核]])の[[コリン]]作動性神経細胞の減少が示され、この減少こそが病態の中心であるとの説である。1990年前後から[[アセチルコリン]]仮説に基づきAD治療薬としてアセチルコリンを増加させる作用の[[アセチルコリン#代謝、分解|アセチルコリンエステラーゼ]][[阻害剤]]が開発された。現在では病態の本流ではなく、下流の現象であると考えられている。 | ||
====アミロイドカスケード仮説==== | ====アミロイドカスケード仮説==== | ||
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症状改善薬は症状を緩和する効果はあるが、病態の進行を抑制しない薬を指す。多くはアセチルコリン仮説に基づいて創薬された薬物で、コリン作動性のものが多い。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤の[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体]][[アンタゴニスト]]の[[メマンチン]]が上市されている他、アセチルコリン受容体部分アゴニストや[[セロトニン]]受容体アンタゴニストが臨床開発段階にある。 | 症状改善薬は症状を緩和する効果はあるが、病態の進行を抑制しない薬を指す。多くはアセチルコリン仮説に基づいて創薬された薬物で、コリン作動性のものが多い。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤の[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体]][[アンタゴニスト]]の[[メマンチン]]が上市されている他、アセチルコリン受容体部分アゴニストや[[セロトニン]]受容体アンタゴニストが臨床開発段階にある。 | ||
===疾患修飾薬=== | === 疾患修飾薬 === | ||
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[[Image:Ryokoihara-Fig2.png|thumb|350px|<b>図2.アミロイドカスケード仮説とそれに基づいた創薬</b>]] 疾患修飾薬は病態の進行そのものを抑制あるいは遅らせる薬である。アミロイドカスケード仮説に基づいた研究開発が盛んになされている。Aβの産生抑制、Aβのクリアランス促進、蓄積したAβの除去、Aβが惹起する神経毒性からの神経細胞保護、タウを介した毒性の抑制といった作用を狙った創薬である。残念ながら2013年現在までに第III相試験が成功した薬はないが、以下これまでに[[wikipedia:ja:臨床治験|臨床治験]]に入った薬物について述べる。 | |||
==== Aβ産生阻害薬==== | |||
: γセクレターゼ阻害剤は基質である[[Notch]]を介した重大な副作用のため開発が中止され、総Aβ中のAβ42の比率を低下させるγセクレターゼ修飾薬も開発が中断されている。脳内移行性やbioavailabilityの低さへの対策からγセクレターゼより遅れたが、BACE1阻害剤が臨床開発段階にある。BACE1の全ての基質は十分に明らかになっていないが、BACE1をノックアウトしても重大な形態・機能異常を認めないことから、γセクレターゼ阻害剤ほどの副作用は出現しないと期待されている。 | |||
: γセクレターゼ阻害剤は基質である[[Notch]] | |||
====Aβ除去薬==== | |||
: 抗Aβ抗体、Aβワクチンが開発されている。抗Aβ抗体は臨床開発当初に患者を対象とした際に副作用として[[wikipedia:ja:血管原性浮腫|血管原性浮腫]]を認めたことから開発が難航した。オリゴマーから凝集体まで様々な形態のAβを標的としたものが作られており、オリゴマーを標的としたものはAβの蓄積に抑制的に働き、凝集体を標的としたものは既にある老人斑の除去に働くと想定されている。Aβワクチンは抗体同様Aβ除去を狙ったものである。最初に臨床治験に入った全長Aβを用いたワクチンは6%に[[髄膜脳炎]]の副作用を認めたことから開発中止されたが、副作用軽減のためAβのN末端のワクチンが開発され、臨床治験に入っている。 | : 抗Aβ抗体、Aβワクチンが開発されている。抗Aβ抗体は臨床開発当初に患者を対象とした際に副作用として[[wikipedia:ja:血管原性浮腫|血管原性浮腫]]を認めたことから開発が難航した。オリゴマーから凝集体まで様々な形態のAβを標的としたものが作られており、オリゴマーを標的としたものはAβの蓄積に抑制的に働き、凝集体を標的としたものは既にある老人斑の除去に働くと想定されている。Aβワクチンは抗体同様Aβ除去を狙ったものである。最初に臨床治験に入った全長Aβを用いたワクチンは6%に[[髄膜脳炎]]の副作用を認めたことから開発中止されたが、副作用軽減のためAβのN末端のワクチンが開発され、臨床治験に入っている。 | ||
====タウ毒性の抑制==== | |||
: タウ病理を抑制する薬物として、タウ凝集阻害剤、タウのリン酸化を担う[[GSK-3β]]の阻害剤などが開発中である。 | : タウ病理を抑制する薬物として、タウ凝集阻害剤、タウのリン酸化を担う[[GSK-3β]]の阻害剤などが開発中である。 | ||
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*[[神経変性疾患]] | *[[神経変性疾患]] | ||
*[[認知症]] | *[[認知症]] | ||
*[[ | *[[アミロイド前駆タンパク質]] | ||
*[[ | *[[微小管結合タンパク質タウ]] | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> | ||