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ラットにおいては、一側の視交叉上核に8000個の細胞が存在している<ref name=ref2 />。視交叉上核の神経細胞は中枢神経系においてもっとも小さなものの一つであり、直径は10 μm以下で、[[小脳]]や[[海馬]]の[[顆粒細胞]]と同程度の大きさである。視交叉上核は均一な細胞集団ではなく、いくつかの異なった細胞群の集まりである。一般組織染色による細胞構築的観察により、視交叉上核は、背内側部と腹外側部の二つの部位に分かれる。背内側部は、最も細胞密度が大きい部位である。細胞は小さく、直径約7-8 μmで、楕円形の細胞が多い。腹外側部は背内側部と比較してやや疎に細胞が分布する。構成する細胞はやや大きく、直径約8-10 μmの円形の細胞が多い。この腹外側部の領域に視交叉上核へのほとんどの求心性線維が終止するのが特徴で、背内側部に入力する神経投射は少ない。上記の2部位は共に明らかに周囲の前視床下部野よりは細胞密度が大きいが、視交叉上核の背外側部は細胞密度が特に疎で、通常の染色では前視床下部野との境界がはっきりしない。 | ラットにおいては、一側の視交叉上核に8000個の細胞が存在している<ref name=ref2 />。視交叉上核の神経細胞は中枢神経系においてもっとも小さなものの一つであり、直径は10 μm以下で、[[小脳]]や[[海馬]]の[[顆粒細胞]]と同程度の大きさである。視交叉上核は均一な細胞集団ではなく、いくつかの異なった細胞群の集まりである。一般組織染色による細胞構築的観察により、視交叉上核は、背内側部と腹外側部の二つの部位に分かれる。背内側部は、最も細胞密度が大きい部位である。細胞は小さく、直径約7-8 μmで、楕円形の細胞が多い。腹外側部は背内側部と比較してやや疎に細胞が分布する。構成する細胞はやや大きく、直径約8-10 μmの円形の細胞が多い。この腹外側部の領域に視交叉上核へのほとんどの求心性線維が終止するのが特徴で、背内側部に入力する神経投射は少ない。上記の2部位は共に明らかに周囲の前視床下部野よりは細胞密度が大きいが、視交叉上核の背外側部は細胞密度が特に疎で、通常の染色では前視床下部野との境界がはっきりしない。 | ||
== 神経伝達物質の分布 == | === 神経伝達物質の分布 === | ||
[[image:図1視交叉上核.jpg|thumb|300px|'''図1.視交叉上核のペプチド産生細胞の局在と網膜から視交叉上核への神経線維の模式図'''<br>アルギニンバソプレッシン (AVP) 、血管作動性腸管ポリペプチド (VIP)、ガストリン放出ペプチド (GRP)、ソマトスタチン (SST)]] | [[image:図1視交叉上核.jpg|thumb|300px|'''図1.視交叉上核のペプチド産生細胞の局在と網膜から視交叉上核への神経線維の模式図'''<br>アルギニンバソプレッシン (AVP) 、血管作動性腸管ポリペプチド (VIP)、ガストリン放出ペプチド (GRP)、ソマトスタチン (SST)]] | ||
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視交叉上核を構成する神経細胞には多くの種類のペプチド産生細胞が存在する (図1)。ラットにおいて、背内側部には[[アルギニンバソプレッシン]] (AVP) 産生細胞が、腹外側部には[[血管作動性腸管ポリペプチド]] (VIP) や[[ガストリン放出ペプチド]] (GRP) 産生細胞が存在する。また、背内側部と腹外側部の間の狭い中間部には、[[ソマトスタチン]](SST)や[[サブスタンスP]](SP)を産生する細胞が存在する。これらのペプチド産生細胞の分布様式は、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]や[[wikipedia:ja:ハムスター|ハムスター]]など[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]のみならず、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]や[[wikipedia:ja:サル|サル]]といった[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]でも基本的に同様であり、なんらかの生理的意義があると考えられている。 | 視交叉上核を構成する神経細胞には多くの種類のペプチド産生細胞が存在する (図1)。ラットにおいて、背内側部には[[アルギニンバソプレッシン]] (AVP) 産生細胞が、腹外側部には[[血管作動性腸管ポリペプチド]] (VIP) や[[ガストリン放出ペプチド]] (GRP) 産生細胞が存在する。また、背内側部と腹外側部の間の狭い中間部には、[[ソマトスタチン]](SST)や[[サブスタンスP]](SP)を産生する細胞が存在する。これらのペプチド産生細胞の分布様式は、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]や[[wikipedia:ja:ハムスター|ハムスター]]など[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]のみならず、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]や[[wikipedia:ja:サル|サル]]といった[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]でも基本的に同様であり、なんらかの生理的意義があると考えられている。 | ||
===AVP細胞=== | GABAあるいはGABAの合成酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼ (GAD) に対する免疫組織化学や[[in situ hybridization]]により、視交叉上核のほとんどの神経細胞はGABA作動性であることが示されている。GABA及びGAD 陽性の線維もまた、視交叉上核に豊富に存在している。二重標識in situ hybridizationを用いて、VIP、AVP、SSTの各々の神経細胞は、GABA作動性の神経細胞であることが確かめられている。 | ||
====AVP細胞==== | |||
背内側部に密に存在するAVP細胞については、直径8-9 μmの楕円形あるいは円形のものが多い。電子顕微鏡による超微形態学的観察によると、[[wikipedia:ja:粗面小胞体|粗面小胞体]]、[[wikipedia:ja:ミトコンドリア|ミトコンドリア]]、[[ゴルジ体]]、[[ニューロフィラメント]]等が発達している。AVP含有線維終末は視交叉上核の背内側領域に密に存在するが、腹外側部にはほとんどないのが特徴である。AVPの発現は、視交叉上核において、明暗条件下のみならず、恒常暗条件下においても、明期(主観的昼)に高く、暗期(主観的夜)に低い概日振動を示す。視交叉上核には、AVP[[受容体]]である[[V1]]aおよび[[V1b受容体]]が発現するとされるも、遺伝的にAVPが欠損した[[Brattleboroラット]]では行動異常は無く、V1a受容体で若干の行動周期延長が認められるのみである。このようにAVPおよびその受容体は視交叉上核内に大量に発現しているにもかかわらず、その働きが分っておらず、その役割の解明が待たれる。 | 背内側部に密に存在するAVP細胞については、直径8-9 μmの楕円形あるいは円形のものが多い。電子顕微鏡による超微形態学的観察によると、[[wikipedia:ja:粗面小胞体|粗面小胞体]]、[[wikipedia:ja:ミトコンドリア|ミトコンドリア]]、[[ゴルジ体]]、[[ニューロフィラメント]]等が発達している。AVP含有線維終末は視交叉上核の背内側領域に密に存在するが、腹外側部にはほとんどないのが特徴である。AVPの発現は、視交叉上核において、明暗条件下のみならず、恒常暗条件下においても、明期(主観的昼)に高く、暗期(主観的夜)に低い概日振動を示す。視交叉上核には、AVP[[受容体]]である[[V1]]aおよび[[V1b受容体]]が発現するとされるも、遺伝的にAVPが欠損した[[Brattleboroラット]]では行動異常は無く、V1a受容体で若干の行動周期延長が認められるのみである。このようにAVPおよびその受容体は視交叉上核内に大量に発現しているにもかかわらず、その働きが分っておらず、その役割の解明が待たれる。 | ||
===VIP細胞=== | ====VIP細胞==== | ||
VIP細胞は、視交叉上核の腹外側部において非常に密に存在する。その多くは、直径8-13 μmの小球形あるいは楕円形の細胞であり、AVP細胞と同様に[[wikipedia:ja:細胞小器官|細胞小器官]]が発達している。腹外側部のVIP細胞は背内側のAVP細胞に投射し、視交叉上核内で神経回路を形成している。この回路の伝達物質はVIP/PHIで受容体は[[VPAC2]]である。VIPあるいはVPAC2欠損マウスにおいては、視交叉上核の神経細胞間の脱同調や[[概日行動リズム]]の著明な異常が認められる<ref name=ref3><pubmed>15750589</pubmed></ref>。 | VIP細胞は、視交叉上核の腹外側部において非常に密に存在する。その多くは、直径8-13 μmの小球形あるいは楕円形の細胞であり、AVP細胞と同様に[[wikipedia:ja:細胞小器官|細胞小器官]]が発達している。腹外側部のVIP細胞は背内側のAVP細胞に投射し、視交叉上核内で神経回路を形成している。この回路の伝達物質はVIP/PHIで受容体は[[VPAC2]]である。VIPあるいはVPAC2欠損マウスにおいては、視交叉上核の神経細胞間の脱同調や[[概日行動リズム]]の著明な異常が認められる<ref name=ref3><pubmed>15750589</pubmed></ref>。 | ||
===GRP細胞=== | ====GRP細胞==== | ||
同じく腹外側部に存在するGRP細胞は、その領域はかなりの部分がVIP細胞の分布と重複しているが、VIP細胞よりもさらに外側に存在する傾向がある。VIPとGRPは明暗条件下において、対称的な[[概日振動]]を示す。すなわち、VIPおよびその[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]は明期に低く暗期に高いのに対して、GRPとそのmRNAは、明期に高く、暗期に低い振動を示す。しかしながら、これらの振動は恒暗条件下では消失する。GRP受容体も視交叉上核に発現し、この[[ノックアウトマウス]]は光に対する反応性が落ちている<ref name=ref4><pubmed>11752203</pubmed></ref>。また、分泌タンパク質である[[prokineticin 2]] (PK2)およびその受容体[[PKR2]]も視交叉上核に発現する。PKR2は視交叉上核からの直接投射部位である[[背内側核]]、視床[[室傍核]]、外側中隔核で発現していることや、ラットの脳室内にPK2を活動期に投与すると行動が抑制されるため、PK2は視交叉上核からの出力を担う分子とも考えられている<ref name=ref5><pubmed>12024206</pubmed></ref>。 | 同じく腹外側部に存在するGRP細胞は、その領域はかなりの部分がVIP細胞の分布と重複しているが、VIP細胞よりもさらに外側に存在する傾向がある。VIPとGRPは明暗条件下において、対称的な[[概日振動]]を示す。すなわち、VIPおよびその[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]は明期に低く暗期に高いのに対して、GRPとそのmRNAは、明期に高く、暗期に低い振動を示す。しかしながら、これらの振動は恒暗条件下では消失する。GRP受容体も視交叉上核に発現し、この[[ノックアウトマウス]]は光に対する反応性が落ちている<ref name=ref4><pubmed>11752203</pubmed></ref>。また、分泌タンパク質である[[prokineticin 2]] (PK2)およびその受容体[[PKR2]]も視交叉上核に発現する。PKR2は視交叉上核からの直接投射部位である[[背内側核]]、視床[[室傍核]]、外側中隔核で発現していることや、ラットの脳室内にPK2を活動期に投与すると行動が抑制されるため、PK2は視交叉上核からの出力を担う分子とも考えられている<ref name=ref5><pubmed>12024206</pubmed></ref>。 | ||
===SST細胞=== | ====SST細胞==== | ||
SST細胞は少数で、この中間部より主に腹外側部に突起を伸ばすが、この神経線維は視交叉上核外には投射しないと考えられている。SSTおよびそのmRNAは、明暗条件下・恒暗条件下のどちらにおいても、明期に高く、暗期に低い振動を示す。視交叉上核において、SSTとSPが同一細胞で共存することが示されている。SP陽性線維に関しては[[網膜]]の[[神経節細胞]]から視交叉上核への投射線維にSPが存在するとの説がある。 | SST細胞は少数で、この中間部より主に腹外側部に突起を伸ばすが、この神経線維は視交叉上核外には投射しないと考えられている。SSTおよびそのmRNAは、明暗条件下・恒暗条件下のどちらにおいても、明期に高く、暗期に低い振動を示す。視交叉上核において、SSTとSPが同一細胞で共存することが示されている。SP陽性線維に関しては[[網膜]]の[[神経節細胞]]から視交叉上核への投射線維にSPが存在するとの説がある。 | ||
== 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル == | == 視交叉上核における時計遺伝子の時空間特異的発現プロファイル == | ||