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== 歴史、経緯 == | == 歴史、経緯 == | ||
紀元前より、発生を説明する仮説として、[[wikipedia:ja:受精|受精]]前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の[[wikipedia:ja:受精卵|受精卵]]が徐々に[[分化]]することで複雑な[[wikipedia:ja:器官|器官]]が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者の[[wikipedia:Conrad Hal Waddington|Waddington]]は、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した<ref>'''Waddington CH'''<br>The Strategy of the Genes: a Discussion of Some Aspects of Theoretical Biology<br>'' Allen & Unwin (London)'':1957</ref>。一方、1958年にDavid | 紀元前より、発生を説明する仮説として、[[wikipedia:ja:受精|受精]]前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の[[wikipedia:ja:受精卵|受精卵]]が徐々に[[分化]]することで複雑な[[wikipedia:ja:器官|器官]]が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者の[[wikipedia:Conrad Hal Waddington|Waddington]]は、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した<ref>'''Waddington CH'''<br>The Strategy of the Genes: a Discussion of Some Aspects of Theoretical Biology<br>'' Allen & Unwin (London)'':1957</ref>。一方、1958年にDavid Nanneyが、エピジェネティクスを、体細胞分裂と減数分裂において伝達されうる遺伝子機能の多様性のうち、DNA配列の違いによって説明できないものについての研究と定義し<ref><pubmed> 16590265 </pubmed></ref>、これがRiggsの定義<ref>'''Riggs AD, Russo VEA, Martienssen RA'''<br>Epigenetic mechanisms of gene regulation<br>''Plainview, N.Y: Cold Spring Harbor Laboratory Press'':1996</ref>に受け継がれている。DNAメチル化が細胞分裂において維持されるメカニズムが解明されている一方、現在エピジェネティクス研究の中心的課題の一つであるヒストン修飾が細胞から細胞に伝達されるメカニズムは知られていないなど、エピジェネティクスの定義については未だに議論があるのが現状である。 | ||
== DNAメチル化 == | == DNAメチル化 == | ||
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===DNAメチル化と脱メチル化=== | ===DNAメチル化と脱メチル化=== | ||
発生過程でのDNAメチル化パターンの構築においては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり、脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で脱メチル化がおこると考えられている。発生が進むと、メチル化されていないDNAの最初のメチル化(de novoメチル化)は、DNMT3AやDNMT3Bによって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく<ref name="ref5" /><ref><pubmed> 23400093 </pubmed></ref>。 | |||
===DNAメチル化の解析方法=== | ===DNAメチル化の解析方法=== | ||
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BSを基本とする方法では、[[wikipedia:ja:重亜硫酸ナトリウム|重亜硫酸ナトリウム]] ([[wikipedia:sodium bisulfite|sodium bisulfite]]; NaHSO<sub>3</sub>)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCを[[wikipedia:ja:ウラシル|ウラシル]](U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応では[[wikipedia:ja:チミン|チミン]](T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域を[[wikipedia:ja:PCR|PCR]]増幅、[[wikipedia:ja:大腸菌|大腸菌]]を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後[[wikipedia:Qiagen|Qiagen]]社の[[wikipedia:Pyrosequencing|Pyrosequencer]]や[[wikipedia:Sequenom|Sequenom]]社の[[wikipedia:Sequenom#MassARRAY_Analyzer_4|MassArray]]など専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、[[アレイ技術]]を利用した方法や、[[wikipedia:ja:次世代シークエンサー|次世代シークエンサー]]を用いた解析が行われている。前者では[[wikipedia:Illumina (company)|Illumina]]社の[[wikipedia:Illumina_(company)#Infinium_methylation|Infinium assay]]が広く用いられている。後者では[[wikipedia:ja:制限酵素|制限酵素]]処理により解析部位を限定した[[wikipedia:Reduced representation bisulfite sequencing|Reduced representation bisulfite sequencing]] (RRBS)法や、全ゲノム解析を行う[[wikipedia:Applications: genome-wide methylation analysis|whole genome bisulfite sequencing]] (WGBS)が行われている。 | BSを基本とする方法では、[[wikipedia:ja:重亜硫酸ナトリウム|重亜硫酸ナトリウム]] ([[wikipedia:sodium bisulfite|sodium bisulfite]]; NaHSO<sub>3</sub>)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCを[[wikipedia:ja:ウラシル|ウラシル]](U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応では[[wikipedia:ja:チミン|チミン]](T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域を[[wikipedia:ja:PCR|PCR]]増幅、[[wikipedia:ja:大腸菌|大腸菌]]を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後[[wikipedia:Qiagen|Qiagen]]社の[[wikipedia:Pyrosequencing|Pyrosequencer]]や[[wikipedia:Sequenom|Sequenom]]社の[[wikipedia:Sequenom#MassARRAY_Analyzer_4|MassArray]]など専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、[[アレイ技術]]を利用した方法や、[[wikipedia:ja:次世代シークエンサー|次世代シークエンサー]]を用いた解析が行われている。前者では[[wikipedia:Illumina (company)|Illumina]]社の[[wikipedia:Illumina_(company)#Infinium_methylation|Infinium assay]]が広く用いられている。後者では[[wikipedia:ja:制限酵素|制限酵素]]処理により解析部位を限定した[[wikipedia:Reduced representation bisulfite sequencing|Reduced representation bisulfite sequencing]] (RRBS)法や、全ゲノム解析を行う[[wikipedia:Applications: genome-wide methylation analysis|whole genome bisulfite sequencing]] (WGBS)が行われている。 | ||
BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、[[wikipedia:ja:抗メチル化シトシン抗体|抗メチル化シトシン抗体]] | BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、[[wikipedia:ja:抗メチル化シトシン抗体|抗メチル化シトシン抗体]]やメチル化DNA結合ドメイン(methylated DNA binding domain: MBD)などを用いメチル化DNA断片を濃縮する方法がある。抗メチル化シトシン抗体を用いた解析は、[[wikipedia:ja:メチル化DNA免疫沈降法|メチル化DNA免疫沈降法]] ([[wikipedia:methylated DNA immunoprecipitation|methylated DNA immunoprecipitation]]; MeDIP)と呼ばれる。メチル化DNA断片の濃縮後、[[wikipedia:タイリングアレイ|タイリングアレイ]]や次世代シークエンサーを用いた解析が広く行われている。 | ||
==ヒストン修飾== | ==ヒストン修飾== | ||
DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造を[[wikipedia:ja:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]] (nucleosome)といい、[[wikipedia:ja:クロマチン|クロマチン]]の構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特に[[ヒストンテール]]と呼ばれるヒストンのN末端に位置する[[wikipedia:ja: | DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造を[[wikipedia:ja:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]] (nucleosome)といい、[[wikipedia:ja:クロマチン|クロマチン]]の構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特に[[ヒストンテール]]と呼ばれるヒストンのN末端に位置する[[wikipedia:ja:リジン|リジン]]や[[wikipedia:ja:アスパラギン|アスパラギン]]が高頻度に[[アセチル化]]、メチル化、[[ユビキチン化]]、[[リン酸化]]および[[スモイル化]]など多様な修飾を受ける。 | ||
活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリジン9やリジン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リジン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリジン9やリジン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている([[ヒストンコード仮説]])<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。 | |||
''詳細は[[ヒストン]]、[[アセチル化]]の項目参照。'' | ''詳細は[[ヒストン]]、[[アセチル化]]の項目参照。'' |