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<font size="+1">[http://researchmap.jp/norio5 堀井 謹子]、[http://researchmap.jp/mayuminishi 西 真弓]</font><br> | |||
''奈良県立医科大学 医学部 医学科''<br> | |||
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年4月5日 原稿完成日:2012年12月10日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | |||
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英語名:steroid 独:Steroide 仏:stéroïdes | 英語名:steroid 独:Steroide 仏:stéroïdes | ||
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ステロイドとは、分子中にステロイド核と称する骨格構造をもつ一連の有機化合物の総称である。ほとんどの動植物で生合成され、コレステロール、胆汁酸、ビタミンD、ステロイドホルモン等がその代表例である。 | ステロイドとは、分子中にステロイド核と称する骨格構造をもつ一連の有機化合物の総称である。ほとんどの動植物で生合成され、コレステロール、胆汁酸、ビタミンD、ステロイドホルモン等がその代表例である。 | ||
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[[Image:Steroid structure.png|thumb|right|300px|'''図1.ステロイド核の構造''']] | |||
==基本骨格== | ==基本骨格== | ||
ステロイド核とは、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核のことを指し、3つのイス型シクロヘキサン環と1つのシクロペンタン環がつながった構造を持つ<ref>'''G. P. Moss'''<br> Nomenclature of Steroids (Recommendations 1989)<br>''Pure & Appl. Chem.'':1989, 61(10);1783–1822</ref>。図1のように[[wikipedia:ja:構造式|構造式]]を書いた場合、それぞれの環を左下から順にA環、B環、C環、D環と呼ぶ。一部あるいはすべての炭素が水素化され、通常はC-10とC-13に[[wikipedia:ja:メチル基|メチル基]]を、また多くの場合C-17に[[wikipedia:ja:アルキル基|アルキル基]]を有する。生体物質としてのステロイドはC-3位が[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル化]]ヒドロキシル化もしくは[[wikipedia:ja:カルボニル基|カルボニル化]]された[[wikipedia:ja:ステロール|ステロール]]類である。 | ステロイド核とは、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核のことを指し、3つのイス型シクロヘキサン環と1つのシクロペンタン環がつながった構造を持つ<ref>'''G. P. Moss'''<br> Nomenclature of Steroids (Recommendations 1989)<br>''Pure & Appl. Chem.'':1989, 61(10);1783–1822</ref>。図1のように[[wikipedia:ja:構造式|構造式]]を書いた場合、それぞれの環を左下から順にA環、B環、C環、D環と呼ぶ。一部あるいはすべての炭素が水素化され、通常はC-10とC-13に[[wikipedia:ja:メチル基|メチル基]]を、また多くの場合C-17に[[wikipedia:ja:アルキル基|アルキル基]]を有する。生体物質としてのステロイドはC-3位が[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル化]]ヒドロキシル化もしくは[[wikipedia:ja:カルボニル基|カルボニル化]]された[[wikipedia:ja:ステロール|ステロール]]類である。 | ||
[[Image:Steroid synthesis.png|thumb|right|500px|''' | [[Image:Steroid synthesis.png|thumb|right|500px|'''図2.ステロイドホルモンの構造と生合成経路'''<br> | ||
P450 scc:コレステロール側鎖切断酵素(cholesterole side chain cleavage)<br> | P450 scc:コレステロール側鎖切断酵素(cholesterole side chain cleavage)<br> | ||
3β-HSD:3β-ヒドキシステロイド脱水素酵素・異性化酵素 (3β-hydroxysteroid dehydrogenase)<br> | 3β-HSD:3β-ヒドキシステロイド脱水素酵素・異性化酵素 (3β-hydroxysteroid dehydrogenase)<br> | ||
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P450arom:アロマターゼ (aromatase) <br> | P450arom:アロマターゼ (aromatase) <br> | ||
17β-HSD: 17β-ヒドキシステロイド脱水素酵素 ]] | 17β-HSD: 17β-ヒドキシステロイド脱水素酵素 ]] | ||
==ステロイドホルモン== | ==ステロイドホルモン== | ||
ステロイド核をもつホルモンをステロイドホルモンと呼ぶ。[[wikipedia:ja:副腎|副腎]]、[[wikipedia:ja:精巣|精巣]]、[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]等の[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]器官より分泌される。特に脳で合成されるステロイドはニューロステロイドと呼ばれる。ステロイドホルモンの特徴は、脂溶性かつ分子量が低いために[[細胞膜]]や[[脳血液関門]]を容易に通過できること、また細胞質に存在する[[wikipedia:ja:ステロイドホルモン受容体|ステロイドホルモン受容体]]に結合し、核内にて標的遺伝子の[[wikipedia:ja:転写|転写]]活性を調節することである。近年、このような核受容体による遺伝子発現を介したステロイドホルモンのゲノミック作用に加え、膜受容体を介した遺伝子発現を伴わないノンゲノミック作用が注目されている<ref><pubmed>21357682</pubmed></ref>。 | ステロイド核をもつホルモンをステロイドホルモンと呼ぶ。[[wikipedia:ja:副腎|副腎]]、[[wikipedia:ja:精巣|精巣]]、[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]等の[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]器官より分泌される。特に脳で合成されるステロイドはニューロステロイドと呼ばれる。ステロイドホルモンの特徴は、脂溶性かつ分子量が低いために[[細胞膜]]や[[脳血液関門]]を容易に通過できること、また細胞質に存在する[[wikipedia:ja:ステロイドホルモン受容体|ステロイドホルモン受容体]]に結合し、核内にて標的遺伝子の[[wikipedia:ja:転写|転写]]活性を調節することである。近年、このような核受容体による遺伝子発現を介したステロイドホルモンのゲノミック作用に加え、膜受容体を介した遺伝子発現を伴わないノンゲノミック作用が注目されている<ref><pubmed>21357682</pubmed></ref>。 | ||
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===生合成=== | ===生合成=== | ||
全てのステロイドホルモンはコレステロールより合成される(図2)<ref name="takemori" />。炭素数27のコレステロールは、コレステロール側鎖切断酵素(P450 scc)の作用により、側鎖(炭素数6)が切断されてプレグネノロン(炭素数21)となる。この過程はすべてのステロイドホルモン分泌器官で共通したプロセスである。最終的に、副腎では炭素数は21の[[糖質コルチコイド]]と[[鉱質コルチコイド]]が、また精巣では炭素数がさらに2個減少した[[アンドロゲン]](炭素数19)が、卵巣では炭素数が1個減少した[[エストロゲン]](炭素数18)が生成される。 | |||
表に挙げるものがステロイドホルモン合成酵素であり、これらのうち、3β-HSDと17β-HSD以外はシトクロムP450である。どの酵素も[[小胞体]]膜か[[ミトコンドリア]]内膜のどちらかに局在する。 | 表に挙げるものがステロイドホルモン合成酵素であり、これらのうち、3β-HSDと17β-HSD以外はシトクロムP450である。どの酵素も[[小胞体]]膜か[[ミトコンドリア]]内膜のどちらかに局在する。 | ||
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====プロゲステロン受容体==== | ====プロゲステロン受容体==== | ||
プロゲステロン受容体(PR)はPR-BとPR- | プロゲステロン受容体(PR)はPR-BとPR-Aの2つのアイソフォームが存在し、これらは同一遺伝子から産生され、PR-AはPR-BのN末端のアミノ酸が164個欠落したものである。PR-Bはリガンドの非存在下では細胞質と核の両方に分布するが、PR-Aはリガンド非存在下でも核内に局在し、いずれも標的遺伝子の転写を調節する。さらに、PR-Bは膜シグナル伝達分子である[[c-Src]]を代表とする[[Srcファミリーチロシンキナーゼ]] ([[Src family tyrosine kinase]], [[SFK]])と相互作用し、SFKを活性化することによりその下流の[[MAPK]]へシグナルを伝達することが報告されている<ref><pubmed>15242342</pubmed></ref>。 | ||
標的遺伝子として、[[プロラクチン]]、[[Sox17]]<ref><pubmed>22638070</pubmed></ref>、[[interleukin-1 receptor type 1|interleukin (IL)-1 receptor type 1]], [[fibulin-1]], [[fibulin-2]], [[microsomal glutathione S-transferase 1|microsomal glutathione ''S''-transferase 1]], [[fumarylacetoacetate hydrolase]] <ref><pubmed>14503970</pubmed></ref>などが知られる。 | 標的遺伝子として、[[プロラクチン]]、[[Sox17]]<ref><pubmed>22638070</pubmed></ref>、[[interleukin-1 receptor type 1|interleukin (IL)-1 receptor type 1]], [[fibulin-1]], [[fibulin-2]], [[microsomal glutathione S-transferase 1|microsomal glutathione ''S''-transferase 1]], [[fumarylacetoacetate hydrolase]] <ref><pubmed>14503970</pubmed></ref>などが知られる。 | ||
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''グルココルチコイドとその受容体に関しては[[グルココルチコイド]]の項目参照。'' | ''グルココルチコイドとその受容体に関しては[[グルココルチコイド]]の項目参照。'' | ||
[[Image:Cholesterol.png|thumb|right|300px|''' | [[Image:Cholesterol.png|thumb|right|300px|'''図3.コレステロールの構造''']] | ||
[[Image:Cholic and deoxycholic.png|thumb|right|300px|''' | [[Image:Cholic and deoxycholic.png|thumb|right|300px|'''図4.コール酸とデオキシコール酸の構造''']] | ||
==コレステロール== | ==コレステロール== | ||
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==ビタミンD== | ==ビタミンD== | ||
[[Image:Provitamin to vitamin.png|thumb|right|300px|''' | [[Image:Provitamin to vitamin.png|thumb|right|300px|'''図5.プロビタミンからビタミンDへの変換''']] | ||
ビタミンDは、ステロイド核のB環が9-10位の間で開環した構造を持つ。ビタミンDは側鎖構造の違いから、D2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)に分けられ、D2は植物に、D3は動物に多く含まれる。ビタミンDは、コレステロールが代謝を受けてプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)となった後、[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]上で[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]によりステロイド核のB環が開きプレビタミンD3((6Z)-タカルシオール)となる(図4)。プレビタミンD3は更に、ビタミンD3(コレカルシフェロール)へと異性化する。ビタミンD自体は生理活性を持たないが、肝臓と腎臓にて3つのP450([[wikipedia:ja: CYP2R1|ビタミンD25-水酸化酵素]]、[[wikipedia:ja:カルシジオール-1-モノオキシゲナーゼ|ビタミンD1α-水酸化酵素]]、[[wikipedia:CYP24A1|ビタミンD24-水酸化酵素]])の働きにより活性型ビタミンD(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)へと変換され、[[wikipedia:ja:ビタミンD受容体|ビタミンD受容体]]を介して[[wikipedia:ja:核|核]]内の標的遺伝子の転写活性を制御することによって作用を発揮する<ref name="takemori">'''武森重樹'''<br>ステロイドホルモン<br>''共立出版'', 1998 </ref>。標的遺伝子の1つとして[[wikipedia:ja:カルシウム|カルシウム]]結合タンパク質である[[カルビンディン]]が挙げられる。ビタミンD受容体は[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]、[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]、[[wikipedia:ja:骨|骨]]組織に存在しておりカルシウム代謝と密接な関わりを持ち、腸管におけるカルシウムの吸収や[[wikipedia:ja:腎尿細管|腎尿細管]]におけるカルシウムの再吸収を促進する。活性型ビタミンDの不足は小児では[[wikipedia:ja:くる病|くる病]]、成人では[[wikipedia:ja:骨軟化症|骨軟化症]]となる。 | ビタミンDは、ステロイド核のB環が9-10位の間で開環した構造を持つ。ビタミンDは側鎖構造の違いから、D2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)に分けられ、D2は植物に、D3は動物に多く含まれる。ビタミンDは、コレステロールが代謝を受けてプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)となった後、[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]上で[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]によりステロイド核のB環が開きプレビタミンD3((6Z)-タカルシオール)となる(図4)。プレビタミンD3は更に、ビタミンD3(コレカルシフェロール)へと異性化する。ビタミンD自体は生理活性を持たないが、肝臓と腎臓にて3つのP450([[wikipedia:ja: CYP2R1|ビタミンD25-水酸化酵素]]、[[wikipedia:ja:カルシジオール-1-モノオキシゲナーゼ|ビタミンD1α-水酸化酵素]]、[[wikipedia:CYP24A1|ビタミンD24-水酸化酵素]])の働きにより活性型ビタミンD(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)へと変換され、[[wikipedia:ja:ビタミンD受容体|ビタミンD受容体]]を介して[[wikipedia:ja:核|核]]内の標的遺伝子の転写活性を制御することによって作用を発揮する<ref name="takemori">'''武森重樹'''<br>ステロイドホルモン<br>''共立出版'', 1998 </ref>。標的遺伝子の1つとして[[wikipedia:ja:カルシウム|カルシウム]]結合タンパク質である[[カルビンディン]]が挙げられる。ビタミンD受容体は[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]、[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]、[[wikipedia:ja:骨|骨]]組織に存在しておりカルシウム代謝と密接な関わりを持ち、腸管におけるカルシウムの吸収や[[wikipedia:ja:腎尿細管|腎尿細管]]におけるカルシウムの再吸収を促進する。活性型ビタミンDの不足は小児では[[wikipedia:ja:くる病|くる病]]、成人では[[wikipedia:ja:骨軟化症|骨軟化症]]となる。 | ||
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