「エレベーター運動」の版間の差分

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英語名:elevator movement、interkinetic nuclear migration、またはinterkinetic nuclear movement
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0080364 宮田卓樹]</font><br>
''名古屋大学 大学院医学系研究科 機能構築医学専攻 大学院医学系研究科 機能構築医学専攻''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年5月8日 原稿完成日:2012年10月30日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名:elevator movement、interkinetic nuclear migration、または[[interkinetic nuclear movement]]
{{box|text=
 [[神経前駆細胞]](neural progenitor cells)が自身の[[細胞周期]]進行に伴って示す[[核]]移動のことを指す(最近の総説<ref><pubmed>18070110</pubmed></ref><ref><pubmed>20869589</pubmed></ref><ref><pubmed>21881827</pubmed></ref><ref><pubmed>22415322</pubmed></ref><ref><pubmed>22524603</pubmed></ref>)。Interkinetic nuclear migration(またはinterkinetic nuclear movement)との呼称が国際的には一般的である(INMあるいはIKNMと略される:INMに対する日本語訳はない)。神経前駆細胞は[[脳原基]]の壁の頂端面と基底面を結ぶ細長い形態をとるが、細胞周期の[[G2期]]に頂端方向へ、また[[G1期]]に基底方向へ核を動かす。エレベーター運動は、すべての[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]に備わるが、「頂端-基底」距離が長い神経前駆細胞において際立つ。脳原基においては、胎生初期の「[[神経上皮]]」、および胎生中期以降の「[[脳室帯]]」のなかでエレベーター運動が起きており、それぞれの組織は「[[wikipedia:ja:偽重層|偽重層]]」の様相を呈する。エレベーター運動についての研究は、1897年の [[wikipedia:Schaper|Schaper]]による萌芽的発想、1935年の [[wikipedia:FC Sauer|FC Sauer]]による概念提唱、1959年からの[[wikipedia:ME Sauer|ME Sauer]],[[wikipedia:Sidman|Sidman]],[[wikipedia:ja:藤田晢也|藤田]]らによる実験的証明へと進み、ライブ観察がなされるようになった現在、分子機構や意義についての解析が行なわれている。
 [[神経前駆細胞]](neural progenitor cells)が自身の[[細胞周期]]進行に伴って示す[[核]]移動のことを指す(最近の総説<ref><pubmed>18070110</pubmed></ref><ref><pubmed>20869589</pubmed></ref><ref><pubmed>21881827</pubmed></ref><ref><pubmed>22415322</pubmed></ref><ref><pubmed>22524603</pubmed></ref>)。Interkinetic nuclear migration(またはinterkinetic nuclear movement)との呼称が国際的には一般的である(INMあるいはIKNMと略される:INMに対する日本語訳はない)。神経前駆細胞は[[脳原基]]の壁の頂端面と基底面を結ぶ細長い形態をとるが、細胞周期の[[G2期]]に頂端方向へ、また[[G1期]]に基底方向へ核を動かす。エレベーター運動は、すべての[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]に備わるが、「頂端-基底」距離が長い神経前駆細胞において際立つ。脳原基においては、胎生初期の「[[神経上皮]]」、および胎生中期以降の「[[脳室帯]]」のなかでエレベーター運動が起きており、それぞれの組織は「[[wikipedia:ja:偽重層|偽重層]]」の様相を呈する。エレベーター運動についての研究は、1897年の [[wikipedia:Schaper|Schaper]]による萌芽的発想、1935年の [[wikipedia:FC Sauer|FC Sauer]]による概念提唱、1959年からの[[wikipedia:ME Sauer|ME Sauer]],[[wikipedia:Sidman|Sidman]],[[wikipedia:ja:藤田晢也|藤田]]らによる実験的証明へと進み、ライブ観察がなされるようになった現在、分子機構や意義についての解析が行なわれている。
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== 発見の歴史==  
== 発見の歴史==  


 「エレベーター運動・INM」の概念の萌芽は 1897年、Schaperによる。それまで支配的であった「神経上皮中に分裂細胞とそれ以外の支持的細胞との2種類の細胞が存在する([[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]と[[wikipedia:Wilhelm His, Sr.|His]]による)」との考え方とは別の可能性として「両者は同じ細胞の2つの異なる局面ではないか」と考えた。1935年、[[wikipedia:FC Sauer|FC Sauer]]は、核の大きさと頂端面からの距離とに相関を見いだし、神経上皮細胞の分裂に向けた営みの局面進行に応じた核移動の概念を正式に唱え、INMの言葉を送り出した。1959年から1962年にかけて[[wikipedia:ja:トリチウム|トリチウム]]標識した[[wikipedia:ja:チミジン|チミジン]]を用いた[[wikipedia:ja:パルスチェイス法|パルスチェイス法]]によって、ME Sauer(FC Sauer夫人)ら、Sidmanら、藤田晢也が相次いでこの現象の実験的証明を果たした。すなわち、トリチウムチミジンを投与してすぐに対象を固定し組織切片を観察すると基底域に標識が集中しているのだが、投与から少し後に固定し同様の観察を行なうと、頂端面に存在する分裂中の[[細胞体]]に標識が認められた。「エレベーター運動」の命名は藤田による。その後、パルスチェイスの技法向上によってNowakowskiらは頂端向けの核移動がG2期に、基底側への核移動がG1期に起き、[[S期]]の間は核移動があまり起きないことを2000年に報じた。
 「エレベーター運動・INM」の概念の萌芽は 1897年、Schaperによる。それまで支配的であった「神経上皮中に分裂細胞とそれ以外の支持的細胞との2種類の細胞が存在する([[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]と[[wikipedia:Wilhelm His, Sr.|His]]による)」との考え方とは別の可能性として「両者は同じ細胞の2つの異なる局面ではないか」と考えた。1935年、[[wikipedia:FC Sauer|FC Sauer]]は、核の大きさと頂端面からの距離とに相関を見いだし、神経上皮細胞の分裂に向けた営みの局面進行に応じた核移動の概念を正式に唱え、INMの言葉を送り出した。1959年から1962年にかけて[[wikipedia:ja:トリチウム|トリチウム]]標識した[[wikipedia:ja:チミジン|チミジン]]を用いた[[wikipedia:ja:パルスチェイス法|パルスチェイス法]]によって、ME Sauer(FC Sauer夫人)ら、Sidmanら、藤田晢也が相次いでこの現象の実験的証明を果たした。すなわち、ト[[リチウム]]チミジンを投与してすぐに対象を固定し組織[[切片]]を観察すると基底域に標識が集中しているのだが、投与から少し後に固定し同様の観察を行なうと、頂端面に存在する分裂中の[[細胞体]]に標識が認められた。「エレベーター運動」の命名は藤田による。その後、パルスチェイスの技法向上によってNowakowskiらは頂端向けの核移動がG2期に、基底側への核移動がG1期に起き、[[S期]]の間は核移動があまり起きないことを2000年に報じた。


== 神経前駆細胞の形態・極性との関係==  
== 神経前駆細胞の形態・極性との関係==  
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[[ファイル:INM.jpg|thumb|right|400px| '''図 神経上皮(マウス網膜)におけるエレベーター運動・INMの例'''<br>散発的に蛍光色素([[DiI]])を施してラベルした単一神経前駆細胞(左端のタイムポイント)が頂端面に核・細胞体を移動させ,分裂した(2番目のタイムポイント)。誕生した娘細胞それぞれが,まず基底側(画面の上)に向けて,そしてやがてアピカル面にまで核・細胞体を移動させる様子がわかる。<ref><pubmed>12828683</pubmed></ref>に発表したケースを改変して掲載。パネルの縦辺の長さが120マイクロメートル。]]
[[ファイル:INM.jpg|thumb|right|400px| '''図 神経上皮(マウス網膜)におけるエレベーター運動・INMの例'''<br>散発的に蛍光色素([[DiI]])を施してラベルした単一神経前駆細胞(左端のタイムポイント)が頂端面に核・細胞体を移動させ,分裂した(2番目のタイムポイント)。誕生した娘細胞それぞれが,まず基底側(画面の上)に向けて,そしてやがてアピカル面にまで核・細胞体を移動させる様子がわかる。<ref><pubmed>12828683</pubmed></ref>に発表したケースを改変して掲載。パネルの縦辺の長さが120マイクロメートル。]]


 中枢神経系の形成過程において、原基である[[神経管]]・[[脳胞]]の壁には、神経前駆細胞が満ちている。発生初期、まだニューロンが誕生していないステージにおいては、[[脳]]・[[脊髄]]の原基の壁は、神経上皮(neuroepithelium)と組織学的に呼称されるのだが、壁を構成する細胞([[神経上皮細胞]] neuroepithelial cellsと称される)は未分化な神経前駆細胞である。
 中枢神経系の形成過程において、原基である[[神経管]]・[[脳胞]]の壁には、神経前駆細胞が満ちている。発生初期、まだニューロンが誕生していないステージにおいては、[[脳]]・[[脊髄]]の原基の壁は、神経上皮(neuroepithelium)と組織学的に呼称されるのだが、壁を構成する細胞([[神経上皮細胞]] neuroepithelial cellsと称される)は未[[分化]]な神経前駆細胞である。


 神経上皮では、壁の最内面(頂端 [apical] 面または脳室面)において近隣の神経上皮細胞群が[[ジャンクション]]によって接着し、面の維持に貢献している。また、神経前駆細胞が頂端面から壁の最外面(基底 [basal] 面または脳膜面)までをつなぐ形態をしていることも「上皮」との呼称の根拠である。一般的な上皮に対して神経上皮を際立たせている特徴は、それを構成する神経上皮細胞の各々が細長く伸びた(数十マイクロメートル〜百マイクロメートル)形態をしているということである(図参照)。
 神経上皮では、壁の最内面(頂端 [apical] 面または[[脳室]]面)において近隣の神経上皮細胞群が[[ジャンクション]]によって接着し、面の維持に貢献している。また、神経前駆細胞が頂端面から壁の最外面(基底 [basal] 面または脳膜面)までをつなぐ形態をしていることも「上皮」との呼称の根拠である。一般的な上皮に対して神経上皮を際立たせている特徴は、それを構成する神経上皮細胞の各々が細長く伸びた(数十マイクロメートル〜百マイクロメートル)形態をしているということである(図参照)。


 神経上皮細胞の核・細胞体はG2期に頂端面に向けて動き、[[細胞分裂]]が頂端面で起きる。そこで誕生した娘細胞は、胎生初期においては、親細胞と同様に未分化な神経上皮細胞としてふるまう場合が多いが、G1期に頂端面から離れる方向に(基底方向へ)核移動を示す。核・細胞体は神経上皮中の基底域でS期を過ごし、G2期に頂端面を目指す。こうした核の反復的運動(数十マイクロメートル〜百マイクロメートルにも及ぶ)が「エレベーター」と通称される理由である(図中の赤色および青色の軌跡)。
 神経上皮細胞の核・細胞体はG2期に頂端面に向けて動き、[[細胞分裂]]が頂端面で起きる。そこで誕生した娘細胞は、胎生初期においては、親細胞と同様に未分化な神経上皮細胞としてふるまう場合が多いが、G1期に頂端面から離れる方向に(基底方向へ)核移動を示す。核・細胞体は神経上皮中の基底域でS期を過ごし、G2期に頂端面を目指す。こうした核の反復的運動(数十マイクロメートル〜百マイクロメートルにも及ぶ)が「エレベーター」と通称される理由である(図中の赤色および青色の軌跡)。
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<references />
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(執筆者:宮田卓樹 担当編集委員:村上富士夫)

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