「行動テストバッテリー」の版間の差分

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===実験環境===
===実験環境===
マウスの行動は実験時の照明の明るさ、温度や騒音などの環境条件によって大きく影響を受けるため<ref name=ref55><pubmed></pubmed></ref>、実験を行う際は環境を可能な限り統制する必要がある。すなわち、できる限り実験室内やテスト装置内の照度を一定にし、防音室のように防音加工が施された独立スペースにおいてテストを行うなどの対策を講じることが望ましい。今日では、多くの行動テストにおいて、被験体の行動をコンピュータプログラムによる画像の取得と自動解析によってデータ化することが可能となっている。自動化された実験では、被験体の近くで実験者が直接的に行動を観察し記録を行うことはなくなった。その結果、実験者は解析中に実験室から離れることが可能となり、実験者の動きや息づかい、匂いなど実験者が意図せず無意識的に発する刺激によってマウスの行動が影響される可能性は小さくなっている。それでも、実験者がマウスを扱う以上は、実験者の影響を完全に排除することは難しい。この他、実験を行う時間帯や順番なども結果に影響を及ぼし得るので注意が必要である(節4.3実験者効果とカウンターバランスを参照)。
 マウスの行動は実験時の照明の明るさ、温度や騒音などの環境条件によって大きく影響を受けるため<ref name=ref55><pubmed></pubmed></ref>、実験を行う際は環境を可能な限り統制する必要がある。すなわち、できる限り実験室内やテスト装置内の照度を一定にし、防音室のように防音加工が施された独立スペースにおいてテストを行うなどの対策を講じることが望ましい。今日では、多くの行動テストにおいて、被験体の行動をコンピュータプログラムによる画像の取得と自動解析によってデータ化することが可能となっている。自動化された実験では、被験体の近くで実験者が直接的に行動を観察し記録を行うことはなくなった。その結果、実験者は解析中に実験室から離れることが可能となり、実験者の動きや息づかい、匂いなど実験者が意図せず無意識的に発する刺激によってマウスの行動が影響される可能性は小さくなっている。それでも、実験者がマウスを扱う以上は、実験者の影響を完全に排除することは難しい。この他、実験を行う時間帯や順番なども結果に影響を及ぼし得るので注意が必要である(節4.3実験者効果とカウンターバランスを参照)。


 Crabbeらは、実験環境が行動解析の結果にどのような影響を与えるかを明らかにするため、3つの異なる研究施設において、機器、プロトコル、餌、ケージ、床敷き、ケージ内のマウスの匹数、明暗サイクル、ケージ交換の頻度、マウスの週齢などの条件を統一した上で、8種類の行動テストを実施した<ref name=ref56><pubmed></pubmed></ref>。これらの条件を統一しても、各研究機関で得られたデータの間には統計的に有意な差が生じることが明らかとなった。研究施設間で統一できていなかった条件としては、実験者、マウスの輸送条件、使用した水道水、実験室の構造、換気用フィルター、湿度などがあげられている。このようにマウスの行動表現型は、実験者が認識していないような要因によっても影響を受ける可能性がある。特に効果の小さい表現型については実験を行った研究室の環境に依存する可能性が高いと考えられ、他の研究室では再現されない場合も想定される。論文で発表されている結果や他の研究室で得られたデータについて、比較あるいは追試する場合は上記のような可能性について考慮しなければならない。また、行動実験プロトコルを作成する際には、他の研究者が追試やデータ比較を行うことができるように実験環境の情報についても詳細に記すべきである<ref name=ref57><pubmed></pubmed></ref>。
 Crabbeらは、実験環境が行動解析の結果にどのような影響を与えるかを明らかにするため、3つの異なる研究施設において、機器、プロトコル、餌、ケージ、床敷き、ケージ内のマウスの匹数、明暗サイクル、ケージ交換の頻度、マウスの週齢などの条件を統一した上で、8種類の行動テストを実施した<ref name=ref56><pubmed></pubmed></ref>。これらの条件を統一しても、各研究機関で得られたデータの間には統計的に有意な差が生じることが明らかとなった。研究施設間で統一できていなかった条件としては、実験者、マウスの輸送条件、使用した水道水、実験室の構造、換気用フィルター、湿度などがあげられている。このようにマウスの行動表現型は、実験者が認識していないような要因によっても影響を受ける可能性がある。特に効果の小さい表現型については実験を行った研究室の環境に依存する可能性が高いと考えられ、他の研究室では再現されない場合も想定される。論文で発表されている結果や他の研究室で得られたデータについて、比較あるいは追試する場合は上記のような可能性について考慮しなければならない。また、行動実験プロトコルを作成する際には、他の研究者が追試やデータ比較を行うことができるように実験環境の情報についても詳細に記すべきである<ref name=ref57><pubmed></pubmed></ref>。
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 日本国内で行動テストバッテリーによるマウス解析を行っている施設としては、先述の藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門および生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室のほか、理化学研究所、遺伝学研究所などがある。各施設で解析されたデータをまとめてデータベース化し、バイオインフォマティクス的な解析を可能にしようという試みがなされている<ref name=ref78><pubmed></pubmed></ref>。得られた大量のデータを解析することで、各種指標間の関係や環境パラメータの行動に与える影響などマウスの行動解析についての基礎的な知見が得られることが期待される。藤田保健衛生大学と生理学研究所では同一のプロトコルによってさまざまな遺伝子改変マウスが解析され、全て同じ形式でデータが蓄積されているため、得られたデータは容易に比較できる。しかし、異なる施設間では通常プロトコルが異なっており、さらにプロトコルの記述方法についても異なることが多いために、得られたデータの比較が難しいという問題がある。この問題を改善するためにプロトコルの記述方法の統一をする試みも進められている<ref name=ref57 />。
 日本国内で行動テストバッテリーによるマウス解析を行っている施設としては、先述の藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門および生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室のほか、理化学研究所、遺伝学研究所などがある。各施設で解析されたデータをまとめてデータベース化し、バイオインフォマティクス的な解析を可能にしようという試みがなされている<ref name=ref78><pubmed></pubmed></ref>。得られた大量のデータを解析することで、各種指標間の関係や環境パラメータの行動に与える影響などマウスの行動解析についての基礎的な知見が得られることが期待される。藤田保健衛生大学と生理学研究所では同一のプロトコルによってさまざまな遺伝子改変マウスが解析され、全て同じ形式でデータが蓄積されているため、得られたデータは容易に比較できる。しかし、異なる施設間では通常プロトコルが異なっており、さらにプロトコルの記述方法についても異なることが多いために、得られたデータの比較が難しいという問題がある。この問題を改善するためにプロトコルの記述方法の統一をする試みも進められている<ref name=ref57 />。


 近年では、ゲノムワイド関連解析 (GWAS, genome-wide association study, 脳科学辞典の該当項目参照) により、疾患や行動特性に関連を示す遺伝子や遺伝子多型が報告されるようになった。ヒトの認知機能に対しても、知能テストや言語機能テストなどで構成されるような高次脳機能テストバッテリーが実施されており、ヒトの各種の脳機能とそれらに関連する遺伝子の情報が得られている<ref name=ref79><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref80><pubmed></pubmed></ref>。これらの遺伝子の欠損や変異を導入したマウスを作製すれば、ヒトには適用できない各種の解析手法を用いて当該遺伝子やその多型の機能的意義をより詳細に評価することができる。また、遺伝子工学の技術が発展したことにより、マウスだけではなくラット<ref name=ref81><pubmed></pubmed></ref>、そして霊長類であるサル(マーモセット)においても遺伝子改変動物を作製することが可能となった<ref name=ref82><pubmed></pubmed></ref>。霊長類のように高等な動物の脳機能は、より人間に近いと考えられており、高次脳機能における遺伝子の機能をさらに詳しく明らかにできると期待されている。このような目的のために、今後はマウスだけではなく、これらの動物種にも適用できる行動テストバッテリーの開発と整備が望まれる。
 近年では、ゲノムワイド関連解析 (GWAS, genome-wide association study, 脳科学辞典の該当項目参照) により、疾患や行動特性に関連を示す遺伝子や遺伝子多型が報告されるようになった。ヒトの認知機能に対しても、知能テストや言語機能テストなどで構成されるような高次脳機能テストバッテリーが実施されており、ヒトの各種の脳機能とそれらに関連する遺伝子の情報が得られている<ref name=ref79><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref80><pubmed>21835680</pubmed></ref>。これらの遺伝子の欠損や変異を導入したマウスを作製すれば、ヒトには適用できない各種の解析手法を用いて当該遺伝子やその多型の機能的意義をより詳細に評価することができる。また、遺伝子工学の技術が発展したことにより、マウスだけではなくラット<ref name=ref81><pubmed>15057803</pubmed></ref>、そして霊長類であるサル(マーモセット)においても遺伝子改変動物を作製することが可能となった<ref name=ref82><pubmed>22225614</pubmed></ref>。霊長類のように高等な動物の脳機能は、より人間に近いと考えられており、高次脳機能における遺伝子の機能をさらに詳しく明らかにできると期待されている。このような目的のために、今後はマウスだけではなく、これらの動物種にも適用できる行動テストバッテリーの開発と整備が望まれる。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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