「パッチクランプ法」の版間の差分

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== 基本的技術 ==
== 基本的技術 ==
[[image:パッチクランプ図.jpg|thumb|350px|'''図1.オシロスコープ上での電流応答のモニターと回路図'''<br>Rp: 電極抵抗、Rs: 直列抵抗、Rseal: シール抵抗、Rm: 膜抵抗(入力抵抗)、Raccess: アクセス抵抗、Cm: 膜容量、Cp: 電極による浮遊容量、Vp: ピペット電位、Vm: 膜電位、Ip: ピペット電流<br>例:矩形波パルス-1mVを与えた際、図に表記した電流応答が得られたとする。オームの法則(V=IR)により、Rpは5MΩ、Rsは10MΩ、Rmは66MΩとなる。]]
===顕微鏡===
 
 スライス標本ではスライスの上層にある細胞から測定することが多い為、[[wikipedia:ja:正立型微分干渉顕微鏡|正立型微分干渉顕微鏡]]を用いる。[[wikipedia:ja:赤外線微分干渉|赤外線微分干渉]](IR-DIC)カメラを通したビデオ映像を利用することにより、厚いスライスの深部の細胞を捉えることができる。[[ブラインドパッチ法]]では細胞を捉える必要が無い為、[[wikipedia:ja:実体顕微鏡|実体顕微鏡]]を利用する。単層の培養細胞では、[[wikipedia:ja:位相差顕微鏡|位相差顕微鏡]]を使用する。
===手技===
 先端が開口しているガラス電極に実験目的に応じて選択された電極内液を満たす。電極内液を満たす際は、フィルターを介して行い、電極内部へのゴミの侵入を防ぐ。また、電極内部に気泡が入った場合は電極を軽く叩いて、気泡を取り除く。[[wikipedia:ja:塩化銀|塩化銀]]の金属線が付いた電極ホルダーへ電極を装着する。電極内液と接触している塩化銀の金属線により、プレアンプへ電流・電圧が伝えられる。電極内部へ繋がっているチューブを介し陽圧をかけることで、電極先端へのゴミや組織の付着を防ぎ、ギガシールを形成し易くする。矩形波電位パルスを与え(通常数mV)、電極抵抗Rp(通常2-10MΩ)を測定し、矩形波電流をオシロスコープ上でモニターする(図1A)。
 
 [[wikipedia:ja:顕微鏡|顕微鏡]][[wikipedia:ja:マニュピレーター|マニュピレーター]]を操作し、標的細胞へ電極先端を近づける。細胞に電極先端が近づくと矩形波電流が小さくなる(図1B)。また、陽圧によって細胞表面にくぼみ(dimple)が観察される。
 
 陽圧の解除により、細胞膜が電極先端へ接着させる。吸引により内部に軽い陰圧をかけることで、細胞膜とピペット先端を密着させ、ギガシール(1GΩ以上の抵抗)を形成する。矩形波電流はゼロに近くなり、電流ノイズも小さくさる(図1C)。このギガシールにより、漏れ電流(leak current)が非常に小さくなり、イオンチャネルの開閉による小さな電流を測定することが可能となる。
 
 ギガシール形成後、電極による浮遊容量Cpをアンプを介して補正する(図1D)。
 
 さらに陰圧をかけることで、細胞膜を穿孔し、ホールセルの状態にする(図1E)。矩形波電流は直列抵抗に応じた容量性サージ電流(capatitative surge current)としてモニターされる。
 
 細胞が大きい場合、膜容量Cmに荷電する電流が大きくなり、時定数の早いイオンチャネルなどの電流応答を正確に記録できないため、膜容量Cmの補正(membrane capacitance compensation)を行う。また、細胞が大きいとピペット電流Ipが大きくなるため、[[直列抵抗]]Rsによるクランプ電位誤差(Vm=Vp- Ip・Rs)が生じる。そのため、直列抵抗Rsの補正(Series resistance compensation)をアンプを介して行う(図1F)。


===電極===
===電極===
 先端が開口しているガラス微小ピペットを電極として用いる。材質は軟質[[wikipedia:ja:ソーダガラス|ソーダガラス]]、誘電率が低くてノイズの少ない硬質の[[wikipedia:ja:ホウケイ酸ガラス|ホウケイ酸ガラス]]が用いられる。これらのガラス管を、プラーにより電極先端の径が1-5μm程度の電極を作製する。より高いギガシールの形成には、電極先端を[[wikipedia:ja:マイクロフォージ|マイクロフォージ]]により更に熱加工し(ファイアーポリッシュ)、電極先端表面を滑らかにする。ノイズを軽減するために、ファイアーポリッシュした電極先端を[[wikipedia:ja:シルガード|シルガード]]や、[[wikipedia:ja:シリコン|シリコン]]でコーティングする場合もある。
 先端が開口しているガラス微小ピペットを電極として用いる。材質は軟質[[wikipedia:ja:ソーダガラス|ソーダガラス]]、誘電率が低くてノイズの少ない硬質の[[wikipedia:ja:ホウケイ酸ガラス|ホウケイ酸ガラス]]が用いられる。これらのガラス管を、プラーにより電極先端の径が1-5μm、電極抵抗(Rp)2-10MΩ程度の電極を作製する。より高いギガシールの形成には、電極先端を[[wikipedia:ja:マイクロフォージ|マイクロフォージ]]により更に熱加工し(ファイアーポリッシュ)、電極先端表面を滑らかにする。ノイズを軽減するために、ファイアーポリッシュした電極先端を[[wikipedia:ja:シルガード|シルガード]]や、[[wikipedia:ja:シリコン|シリコン]]でコーティングする場合もある。


===電極内液===
===電極内液===
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#その他:細胞内因子に対する[[阻害剤]]や[[抗体]]を電極内液に加えることで、機能を担っている分子の同定ができる。また、[[wikipedia:RNase|RNase]]を除去した電極内液を使用することで、ホールセル記録後の細胞から、[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]を回収し、[[wikipedia:RT-PCR|RT-PCR]]により記録細胞に発現している[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]を解析することが可能である。
#その他:細胞内因子に対する[[阻害剤]]や[[抗体]]を電極内液に加えることで、機能を担っている分子の同定ができる。また、[[wikipedia:RNase|RNase]]を除去した電極内液を使用することで、ホールセル記録後の細胞から、[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]を回収し、[[wikipedia:RT-PCR|RT-PCR]]により記録細胞に発現している[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]を解析することが可能である。


===顕微鏡===
===手技===
 スライス標本ではスライスの上層にある細胞から測定することが多い為、[[wikipedia:ja:正立型微分干渉顕微鏡|正立型微分干渉顕微鏡]]を用いる。[[wikipedia:ja:赤外線微分干渉|赤外線微分干渉]](IR-DIC)カメラを通したビデオ映像を利用することにより、厚いスライスの深部の細胞を捉えることができる。[[ブラインドパッチ法]]では細胞を捉える必要が無い為、[[wikipedia:ja:実体顕微鏡|実体顕微鏡]]を利用する。単層の培養細胞では、[[wikipedia:ja:位相差顕微鏡|位相差顕微鏡]]を使用する。
[[image:パッチクランプ図.jpg|thumb|350px|'''図1.オシロスコープ上での電流応答のモニターと回路図'''<br>Rp: 電極抵抗、Rs: 直列抵抗、Rseal: シール抵抗、Rm: 膜抵抗(入力抵抗)、Raccess: アクセス抵抗、Cm: 膜容量、Cp: 電極による浮遊容量、Vp: ピペット電位、Vm: 膜電位、Ip: ピペット電流<br>例:矩形波パルス-1mVを与えた際、図に表記した電流応答が得られたとする。オームの法則(V=IR)により、Rpは5MΩ、Rsは10MΩ、Rmは66MΩとなる。]]
 
 先端が開口しているガラス電極に実験目的に応じて選択された電極内液を満たす。電極内液を満たす際は、フィルターを介して行い、電極内部へのゴミの侵入を防ぐ。また、電極内部に気泡が入った場合は電極を軽く叩いて、気泡を取り除く。[[wikipedia:ja:塩化銀|塩化銀]]の金属線が付いた電極ホルダーへ電極を装着する。電極内液と接触している塩化銀の金属線により、プレアンプへ電流・電圧が伝えられる。電極内部へ繋がっているチューブを介し陽圧をかけることで、電極先端へのゴミや組織の付着を防ぎ、ギガシールを形成し易くする。


===直列抵抗===
 矩形波電位パルス(通常数mV)を繰り返し与え、矩形波電流をオシロスコープ上でモニターする事で電極先端の抵抗を測定し、その状態を把握しつつ実験を進めていく。(図1A)。
series resistance, Rs


 膜容量に対して直列に配置される抵抗成分であり、[[電極抵抗]]Rpと[[アクセス抵抗]]Raccess(電極と細胞の間の抵抗成分)の和である。直列抵抗Rsを測定するには電位固定し、矩形波パルスを与えた時の電流を測定する。この電流は容量性サージ電流(capatitative surge current)と呼ばれ、この振幅値は直列抵抗に反比例することから、容量性サージ電流とピペット電位Vpから直列抵抗Rsの値を算出することができる(図1E)。また、膜抵抗Rm(入力抵抗)も算出することができる(図1E)。
;'''細胞へのアプローチと接触'''
:[[wikipedia:ja:顕微鏡|顕微鏡]]と[[wikipedia:ja:マニュピレーター|マニュピレーター]]を操作し、標的細胞へ電極先端を近づける。細胞に電極先端が近づくと矩形波電流が小さくなる(図1B)。また、陽圧によって細胞表面にくぼみ(dimple)が観察される。
;'''ギガシール形成'''
:陽圧の解除により、細胞膜が電極先端へ接着させる。吸引により内部に軽い陰圧をかけることで、細胞膜とピペット先端を密着させ、ギガシール(1GΩ以上の抵抗)を形成する。矩形波電流はゼロに近くなり、電流ノイズも小さくさる(図1C)。このギガシールにより、漏れ電流(leak current)が非常に小さくなり、イオンチャネルの開閉による小さな電流を測定することが可能となる。<br>ギガシール形成後、電極による浮遊容量Cpをアンプを介して補正する(図1D)。
;'''ホールセル形成'''
:さらに陰圧をかけることで、細胞膜を穿孔し、ホールセルの状態にする(図1E)。矩形波電流は直列抵抗に応じた容量性サージ電流(capatitative surge current)としてモニターされる。この振幅値は直列抵抗に反比例することから、容量性サージ電流とピペット電位Vpから直列抵抗 (series resistance, Rs)の値を算出することができる(図1E)。これは膜容量に対して直列に配置される抵抗成分であり、[[電極抵抗]]Rpと[[アクセス抵抗]]Raccess(電極と細胞の間の抵抗成分)の和である。直列抵抗Rsは電極の形状に依存しており、電極の先端径が大きく、テーパーが短い(電極先端まで太く、急に細くなる)ものは、直列抵抗Rsは小さくなる。また、膜抵抗Rm(入力抵抗)も算出することができる(図1E)。


 膜電位Vmはピペット電位Vpよりも直列抵抗によってIp・Rs分の電圧降下が見られる。膜電位固定下で、細胞が小さい場合、電流Ipは小さいため大きな電圧降下は認められないが、細胞が大きい場合は、電流Ipは大きくなる為、膜電位Vmとピペット電位Vpの差が大きくなり、膜電位の制御が正しく行われなくなる。その為、大きな細胞の膜電位を制御するには、直列抵抗Rsを小さくする必要がある。直列抵抗Rsは電極の形状に依存しており、電極の先端径が大きく、テーパーが短い(電極先端まで太く、急に細くなる)ものは、直列抵抗Rsは小さくなる。
 膜電位Vmはピペット電位Vpよりも直列抵抗によってIp・Rs分の電圧降下が見られる。膜電位固定下で、細胞が小さい場合、電流Ipは小さいため大きな電圧降下は認められないが、細胞が大きい場合は、ピペット電流Ipは大きくなる為、膜電位Vmとピペット電位Vpの差が大きくなり、膜電位の制御が正しく行われなくなる。その為、大きな細胞の膜電位を制御するには、直列抵抗Rsを小さくする必要がある。あるいは電気的に直列抵抗Rsの補正(Series resistance compensation)をアンプを介して行う(図1F)。また、膜容量Cmに荷電する電流が大きくなり、時定数の早いイオンチャネルなどの電流応答を正確に記録できないため、膜容量Cmの補正(membrane capacitance compensation)を行う。


== 種々の方法 ==
== 種々の方法 ==

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