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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0059853 戸島 拓郎]、[http://researchmap.jp/read0080380 上口 裕之]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0059853 戸島 拓郎]、[http://researchmap.jp/read0080380 上口 裕之]</font><br> | ||
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br> | ''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br> | ||
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年11月5日 原稿完成日:2013年8月12日<br> | DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年11月5日 原稿完成日:2013年8月12日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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== サイクリックAMPとは == | == サイクリックAMPとは == | ||
サイクリックAMP(3'-5'-アデノシン一リン酸)は、[[wikipedia:ja:アデノシン|アデノシン]]の[[wikipedia:ja:リボース|リボース]]の3'位、5'位とリン酸が環状になった構造をとる環状ヌクレオチドの一種で、細胞外リガンドに応じた細胞の多種多様な生理的応答を媒介する代表的な細胞内情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)の一つである(図1)。サイクリックAMPは、細胞質においてアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)の働きによりアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate; ATP)から合成され、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiesterase; PDE)の働きにより速やかに分解されてアデノシン5'-リン酸(5'-AMP)となる。この合成と分解のバランスにより細胞内サイクリックAMP濃度が規定される。サイクリックAMPの[[効果器]]分子としては、[[プロテインキナーゼA]] | サイクリックAMP(3'-5'-アデノシン一リン酸)は、[[wikipedia:ja:アデノシン|アデノシン]]の[[wikipedia:ja:リボース|リボース]]の3'位、5'位とリン酸が環状になった構造をとる環状ヌクレオチドの一種で、細胞外リガンドに応じた細胞の多種多様な生理的応答を媒介する代表的な細胞内情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)の一つである(図1)。サイクリックAMPは、細胞質においてアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)の働きによりアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate; ATP)から合成され、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiesterase; PDE)の働きにより速やかに分解されてアデノシン5'-リン酸(5'-AMP)となる。この合成と分解のバランスにより細胞内サイクリックAMP濃度が規定される。サイクリックAMPの[[効果器]]分子としては、[[プロテインキナーゼA]]([[cAMP]]-dependent protein kinase A; PKA)、[[Epac]](exchange protein directly activated by cAMP)、[[CNGチャネル]](cyclic nucleotide gated channel; CNG channel)の3種が良く知られており、多種多様なサイクリックAMP下流シグナルを媒介する(図2)。神経細胞においてサイクリックAMPは、分化、生存、極性形成、突起伸長、軸索ガイダンス、軸索再生、シナプス伝達、シナプス可塑性、ホルモン[[分泌]]など多種多彩な過程に関与する。 | ||
環状構造を持つAMPとしては、RNA[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]の際に中間体として生成される2'-3'-アデノシン一リン酸も存在するが、生理的により重要性の高い3'-5'-アデノシン一リン酸を一般にサイクリックAMPと略記する。本項目においても全て3'-5'-アデノシン一リン酸について解説する。 | 環状構造を持つAMPとしては、RNA[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]の際に中間体として生成される2'-3'-アデノシン一リン酸も存在するが、生理的により重要性の高い3'-5'-アデノシン一リン酸を一般にサイクリックAMPと略記する。本項目においても全て3'-5'-アデノシン一リン酸について解説する。 | ||
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== サイクリックAMPの合成 == | == サイクリックAMPの合成 == | ||
サイクリックAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)<ref><pubmed> 17615394 </pubmed></ref>は、ATPを基質としてサイクリックAMP と[[wikipedia:ja:ピロリン酸|ピロリン酸]] | サイクリックAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)<ref><pubmed> 17615394 </pubmed></ref>は、ATPを基質としてサイクリックAMP と[[wikipedia:ja:ピロリン酸|ピロリン酸]]へ変換する除去付加酵素で、[[形質膜]]に存在する[[膜貫通型アデニル酸シクラーゼ]](transmembrane adenylyl cyclase; tmAC)と、細胞質中に存在する[[可溶性アデニル酸シクラーゼ]](soluble adenylyl cyclase; sAC)に大別される。 | ||
=== 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ === | === 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ === | ||
膜貫通型アデニル酸シクラーゼ(transmembrane adenylyl cyclase; tmAC)は12回膜貫通領域を持ち、その触媒部位は、細胞質側で6番目と7番目の膜貫通領域間を繋ぐ領域に存在するC1ドメインと、同じく細胞質側に露出したC末端に存在するC2ドメインが二量体化して構成される。膜貫通型アデニル酸シクラーゼを介してサイクリックAMP濃度上昇を誘発する細胞外リガンドとしては、[[アドレナリン]]、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[PGE2]]、[[アデノシン]]、[[PACAP]]、[[SDF1]]等多数の[[神経伝達物質]]やホルモンがあるが、これらの[[代謝調節型受容体]]は7回膜貫通型の[[Gタンパク質共役型受容体]]であり、一般に[[Gs]]タイプの[[三量体Gタンパク質]]を介して膜貫通型アデニル酸シクラーゼを活性化する。逆に、[[Gi]]タイプの三量体Gタンパク質を介する受容体は、膜貫通型アデニル酸シクラーゼを抑制することでサイクリックAMP濃度を減少させる。また、[[Ca<sup>2+</sup>]]、[[Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン]]、[[プロテインキナーゼA]]、[[プロテインキナーゼC]]、[[CaMキナーゼ]]等の作用によっても膜貫通型アデニル酸シクラーゼの活性は調節を受ける。哺乳類においては9種類([[AC1]]―[[AC9]] | 膜貫通型アデニル酸シクラーゼ(transmembrane adenylyl cyclase; tmAC)は12回膜貫通領域を持ち、その触媒部位は、細胞質側で6番目と7番目の膜貫通領域間を繋ぐ領域に存在するC1ドメインと、同じく細胞質側に露出したC末端に存在するC2ドメインが二量体化して構成される。膜貫通型アデニル酸シクラーゼを介してサイクリックAMP濃度上昇を誘発する細胞外リガンドとしては、[[アドレナリン]]、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[PGE2]]、[[アデノシン]]、[[PACAP]]、[[SDF1]]等多数の[[神経伝達物質]]やホルモンがあるが、これらの[[代謝調節型受容体]]は7回膜貫通型の[[Gタンパク質共役型受容体]]であり、一般に[[Gs]]タイプの[[三量体Gタンパク質]]を介して膜貫通型アデニル酸シクラーゼを活性化する。逆に、[[Gi]]タイプの三量体Gタンパク質を介する受容体は、膜貫通型アデニル酸シクラーゼを抑制することでサイクリックAMP濃度を減少させる。また、[[Ca<sup>2+</sup>]]、[[Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン]]、[[プロテインキナーゼA]]、[[プロテインキナーゼC]]、[[CaMキナーゼ]]等の作用によっても膜貫通型アデニル酸シクラーゼの活性は調節を受ける。哺乳類においては9種類([[AC1]]―[[AC9]])の膜貫通型アデニル酸シクラーゼが同定されており、[[脳神経]]系においては全種類が存在しているが、特にAC1と[[AC8]]が強い発現が見られる。 | ||
=== 可溶性アデニル酸シクラーゼ === | === 可溶性アデニル酸シクラーゼ === | ||
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プロテインキナーゼA(cAMP-dependent protein kinase A; PKA)<ref><pubmed> 11749379 </pubmed></ref>は、サイクリックAMP依存的に活性化される[[セリン/スレオニンリン酸化酵素]]で、最も重要かつ広範に働くサイクリックAMP効果器である。プロテインキナーゼAは、サイクリックAMP 結合部位を持つ調節サブユニット二つと、リン酸化触媒部位を持つ触媒サブユニット二つにより構成される四量体ホロ酵素であり、サイクリックAMPが調節サブユニットに結合すると、調節サブユニットと触媒サブユニットの結合が解離し、これにより触媒サブユニットのリン酸化活性が出現する。調節サブユニットは[[RIα]]、[[RIβ]]、[[RIIα]]、[[RIIβ]]の4種、触媒サブユニットは[[Cα]]、[[Cβ]]、[[Cγ]]の3種があり、[[wikipedia:ja:ホロ酵素|ホロ酵素]]としては調節サブユニットの種類によってタイプIとタイプIIの二種のアイソフォームに分類される。サイクリックAMP親和性はタイプIの方がより高い。 | プロテインキナーゼA(cAMP-dependent protein kinase A; PKA)<ref><pubmed> 11749379 </pubmed></ref>は、サイクリックAMP依存的に活性化される[[セリン/スレオニンリン酸化酵素]]で、最も重要かつ広範に働くサイクリックAMP効果器である。プロテインキナーゼAは、サイクリックAMP 結合部位を持つ調節サブユニット二つと、リン酸化触媒部位を持つ触媒サブユニット二つにより構成される四量体ホロ酵素であり、サイクリックAMPが調節サブユニットに結合すると、調節サブユニットと触媒サブユニットの結合が解離し、これにより触媒サブユニットのリン酸化活性が出現する。調節サブユニットは[[RIα]]、[[RIβ]]、[[RIIα]]、[[RIIβ]]の4種、触媒サブユニットは[[Cα]]、[[Cβ]]、[[Cγ]]の3種があり、[[wikipedia:ja:ホロ酵素|ホロ酵素]]としては調節サブユニットの種類によってタイプIとタイプIIの二種のアイソフォームに分類される。サイクリックAMP親和性はタイプIの方がより高い。 | ||
プロテインキナーゼAによりリン酸化を受ける基質タンパク質は、[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[電位依存性ナトリウムチャネル|電位依存性Na<sup>+</sup>チャネル]]、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、[[IP3受容体|IP<sub>3</sub>受容体]] | プロテインキナーゼAによりリン酸化を受ける基質タンパク質は、[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[電位依存性ナトリウムチャネル|電位依存性Na<sup>+</sup>チャネル]]、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、[[IP3受容体|IP<sub>3</sub>受容体]]等の[[イオンチャネル]]、[[Ena/VASP]]、[[SCG10]]等の[[細胞骨格]]制御因子、[[低分子Gタンパク質]][[RhoA]]、[[細胞接着分子]][[α4インテグリン]]、[[ミオシン軽鎖キナーゼ]]等、非常に多くの種類が同定されている。また、[[CREB]]([[cAMP response element binding protein]])<ref name="ref2"><pubmed> 20223527 </pubmed></ref>、[[NF-κB]]、[[NFAT]]等の転写因子をリン酸化することで遺伝子発現をも制御する。 | ||
=== Epac === | === Epac === | ||
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== サイクリックAMPシグナルの局在化機構 == | == サイクリックAMPシグナルの局在化機構 == | ||
プロテインキナーゼAの触媒サブユニットは、[[A kinase anchoring protein]]([[AKAP]])と総称されるタンパク質に結合することで特定の細胞内コンパートメントに局在化される<ref><pubmed> 15573134 </pubmed></ref>。AKAPはプロテインキナーゼA以外にも多くの機能タンパク質と結合することでシグナル分子複合体形成のプラットホームとなる。環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼの多くもAKAPと結合する。これにより、サイクリックAMPシグナルの局在化が可能になると考えられている。例えば、[[AKAP79/150]]はプロテインキナーゼAを[[シナプス後肥厚]]に局在させ、シナプス後膜上の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]、AMPA型グルタミン酸受容体、[[L型電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]等の活性を制御することでシナプス伝達を調節する。また、AKAPの一種である[[Wiskott-Aldrich verprolin-homology protein 1]]([[WAVE1]] | プロテインキナーゼAの触媒サブユニットは、[[A kinase anchoring protein]]([[AKAP]])と総称されるタンパク質に結合することで特定の細胞内コンパートメントに局在化される<ref><pubmed> 15573134 </pubmed></ref>。AKAPはプロテインキナーゼA以外にも多くの機能タンパク質と結合することでシグナル分子複合体形成のプラットホームとなる。環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼの多くもAKAPと結合する。これにより、サイクリックAMPシグナルの局在化が可能になると考えられている。例えば、[[AKAP79/150]]はプロテインキナーゼAを[[シナプス後肥厚]]に局在させ、シナプス後膜上の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]、AMPA型グルタミン酸受容体、[[L型電位依存性カルシウムチャネル|L型電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]等の活性を制御することでシナプス伝達を調節する。また、AKAPの一種である[[Wiskott-Aldrich verprolin-homology protein 1]]([[WAVE1]])は、神経成長円錐の[[アクチン]]骨格にプロテインキナーゼA、[[Rac]]、[[Arp2/3]]複合体などを局在化させることで細胞運動に関与する。 | ||
== 神経系におけるサイクリックAMPの作用 == | == 神経系におけるサイクリックAMPの作用 == |