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英語名: disabled 1、Dab1 遺伝子名: disabled homolog 1(ヒト)、disabled 1 (マウス)、遺伝子シンボル:Dab1 (ヒト)、DAB1 (マウス) | 英語名: disabled 1、Dab1 遺伝子名: disabled homolog 1(ヒト)、disabled 1 (マウス)、遺伝子シンボル:Dab1 (ヒト)、DAB1 (マウス) | ||
{{box|text= Dab1は[[中枢神経系]]において[[神経細胞]]の正常な[[神経細胞移動|移動]]・配置に必須の細胞内アダプター分子で、神経細胞の[[樹状突起]]の発達等にも関与していると考えられている<ref><pubmed>16512359</pubmed></ref><ref name="honda"><pubmed>21253854</pubmed></ref>。''dab1''遺伝子の欠損は層構造を形成する[[大脳新皮質]]、[[海馬]]、[[小脳]]、あるいは核構造を形成する[[脳幹]]、[[脊髄]]等の神経細胞の配置に異常を引き起こす。同様な表現型は、[[リーリン]]遺伝子に変異のある[[リーラー|''reeler'']]マウスと、[[Low density lipoprotein receptor-related protein 8|''low density lipoprotein receptor-related protein 8'']] ([[apoER2|''apoER2'']])と[[VLDL receptor|''very-low-density-lipoprotein receptor'']] ([[vldlr|''vldlr'']])のダブル[[ノックアウトマウス]]でも観察されている。様々な実験結果により、細胞外のリーリンがApoER2/VLDLRにより受容され、Dab1が細胞内でシグナルを伝達するシグナル伝達経路を形成していると考えられている。また、リーリン刺激によって[[リン酸化]]を受けるDab1の[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]5所を[[wikipedia:ja:フェニルアラニン|フェニルアラニン]]に変異させたマウスでは、''dab1''遺伝子の変異と同じ神経細胞の配置異常が引き起こされることから、Dab1の[[チロシンリン酸化]]はこのシグナル伝達経路に必須であることが示されている。チロシンリン酸化されたDab1により活性化される経路が調べられ、中でも[[Crk]]/[[CrkL]]-[[Rap1]]経路が、[[N-カドヘリン]] | {{box|text= Dab1は[[中枢神経系]]において[[神経細胞]]の正常な[[神経細胞移動|移動]]・配置に必須の細胞内アダプター分子で、神経細胞の[[樹状突起]]の発達等にも関与していると考えられている<ref><pubmed>16512359</pubmed></ref><ref name="honda"><pubmed>21253854</pubmed></ref>。''dab1''遺伝子の欠損は層構造を形成する[[大脳新皮質]]、[[海馬]]、[[小脳]]、あるいは核構造を形成する[[脳幹]]、[[脊髄]]等の神経細胞の配置に異常を引き起こす。同様な表現型は、[[リーリン|''reelin'']]([[リーリン]]遺伝子に変異のある[[リーラー|''reeler'']]マウスと、[[Low density lipoprotein receptor-related protein 8|''low density lipoprotein receptor-related protein 8'']] ([[apoER2|''apoER2'']])と[[VLDL receptor|''very-low-density-lipoprotein receptor'']] ([[vldlr|''vldlr'']])のダブル[[ノックアウトマウス]]でも観察されている。様々な実験結果により、細胞外のリーリンがApoER2/VLDLRにより受容され、Dab1が細胞内でシグナルを伝達するシグナル伝達経路を形成していると考えられている。また、リーリン刺激によって[[リン酸化]]を受けるDab1の[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]5所を[[wikipedia:ja:フェニルアラニン|フェニルアラニン]]に変異させたマウスでは、''dab1''遺伝子の変異と同じ神経細胞の配置異常が引き起こされることから、Dab1の[[チロシンリン酸化]]はこのシグナル伝達経路に必須であることが示されている。チロシンリン酸化されたDab1により活性化される経路が調べられ、中でも[[Crk]]/[[CrkL]]-[[Rap1]]経路が、[[N-カドヘリン]](N-cadherin)や[[インテグリンα5β1]](Integrin α5β1)の制御を行うことで神経細胞の移動調節を行っている可能性が示唆されている。 }} | ||
== 歴史的推移 == | == 歴史的推移 == | ||
(編集 コメント イントロが長目なので、発見の歴史までとして、最近の内容は「機能」の所に移して頂けないでしょうか。) | (編集 コメント イントロが長目なので、発見の歴史までとして、最近の内容は「機能」の所に移して頂けないでしょうか。) | ||
1997年、チロシンキナーゼ[[Src]]に結合するタンパク質が探索され、当時未知のタンパク質であった、Disabled 1 (Dab1)([[ショウジョウバエ]]で同定されていた[[disabled-1|''disabled-1'']]遺伝子と相同性があった為命名)が同定された<ref name="ref1"><pubmed>9009273</pubmed></ref>。Dab1はN末端に[[Phosphotyrosine-binding domain]] (PTBドメイン)を持つ[[アダプタータンパク質]]で、Srcによりリン酸化されることが明らかになった<ref name="ref1" />。''dab1''ノックアウトマウスが作成された所、大脳新皮質、海馬、小脳において神経細胞の配置異常が観察された<ref><pubmed>9338785</pubmed></ref> | 1997年、チロシンキナーゼ[[Src]]に結合するタンパク質が探索され、当時未知のタンパク質であった、Disabled 1 (Dab1)([[ショウジョウバエ]]で同定されていた[[disabled-1|''disabled-1'']]遺伝子と相同性があった為命名)が同定された<ref name="ref1"><pubmed>9009273</pubmed></ref>。Dab1はN末端に[[Phosphotyrosine-binding domain]] (PTBドメイン)を持つ[[アダプタータンパク質]]で、Srcによりリン酸化されることが明らかになった<ref name="ref1" />。''dab1''ノックアウトマウスが作成された所、大脳新皮質、海馬、小脳において神経細胞の配置異常が観察された<ref><pubmed>9338785</pubmed></ref>。この表現型は1951年に報告されその原因遺伝子[[リーリン]]が1995年に報告されたリーラー(''reeler'')マウスの表現型(リーラー表現型)<ref>'''Two new mutants trembler and reeler, with neurological actionss in the house mouse'''<br>J. Genet..: 1951, 51, 192-201[http://link.springer.com/article/10.1007%2FBF02996215 論文掲載サイト]</ref>と酷似していた。さらに、リーラー表現型を示すことが知られていた[[Yotari|''yotari'']]マウスと[[Scrambler|''scrambler'']]マウスの原因遺伝子が''dab1''であることが明らかになり<ref><pubmed>9338784</pubmed></ref><ref><pubmed>9436647</pubmed></ref><ref><pubmed>9292716</pubmed></ref><ref><pubmed>10648895</pubmed></ref>、Dab1とリーリンとの関連性が示唆された。 | ||
実際、リーラーマウスでは、 | 実際、リーラーマウスでは、 | ||
#''dab1''のmRNA量は変化しないが、タンパク質量が上昇していること、<ref name="rice"><pubmed>9716537</pubmed></ref>、 | #''dab1''のmRNA量は変化しないが、タンパク質量が上昇していること、<ref name="rice"><pubmed>9716537</pubmed></ref>、 | ||
# | #リーリンは大脳皮質表層(辺縁帯)に分布する[[カハールレチウス細胞]](Cajal-Retzius cell)に主に発現が観察されるが、Dab1はそれに隣接する神経細胞に発現が観察され、相補的な発現パターンになっていること<ref name="rice" />、 | ||
#リーリン刺激によりDab1のチロシンリン酸化が観察されること<ref><pubmed>10090720</pubmed></ref> | #リーリン刺激によりDab1のチロシンリン酸化が観察されること<ref><pubmed>10090720</pubmed></ref> | ||
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== 発現== | == 発現== | ||
[[In situハイブリダイゼーション|''In situ''ハイブリダイゼーション]]により、''dab1'' [[wikipedia:mRNA|mRNA]]の発現分布を調べた報告<ref><pubmed>9716537</pubmed></ref>によると、発生期の[[マウス]]大脳新皮質では、胎生11.5日目の[[神経上皮細胞]]に弱く発現が観察される。胎生12.5日目には[[皮質板]](cortical plate:CP)での強い発現が顕著になり、[[脳室帯]](ventricular zone:VZ)での弱い発現も引き続き観察される。その後、生後0日にかけて、強い皮質板での発現が維持されるが、[[脳室]]帯での発現は弱くなり、[[中間帯]](intermediate zone: | [[In situハイブリダイゼーション|''In situ''ハイブリダイゼーション]]により、''dab1'' [[wikipedia:mRNA|mRNA]]の発現分布を調べた報告<ref><pubmed>9716537</pubmed></ref>によると、発生期の[[マウス]]大脳新皮質では、胎生11.5日目の[[神経上皮細胞]]に弱く発現が観察される。胎生12.5日目には[[皮質板]](cortical plate:CP)での強い発現が顕著になり、[[脳室帯]](ventricular zone:VZ)での弱い発現も引き続き観察される。その後、生後0日にかけて、強い皮質板での発現が維持されるが、[[脳室]]帯での発現は弱くなり、[[中間帯]](intermediate zone:IMZ)の上部で弱い発現が観察されるようになる。成獣のマウスでも生後0日に比べて弱くはなるが、皮質板において発現が観察される。大脳新皮質では、Dab1の発現部位はリーリンを発現しているカハールレチウス細胞が存在する[[辺縁帯]](marginal zone:MZ)と相互排他的なパターンになっている。 | ||
海馬では妊娠12.5日目には神経上皮細胞に弱く''dab1''のmRNAが観察され、妊娠14.5日目までに海馬の辺縁帯、[[錐体細胞層]]、脳室帯の三層が別れ、[[錐体細胞]]層に強い発現が観察されるようになる。また隣り合う歯状回の顆粒細胞層にも''dab1''の発現が観察される。海馬についても''dab1''の発現は生後3日でも維持される。また、大脳新皮質と同様、Dab1の発現領域はリーリンを発現するカハールレチウス細胞の存在する辺縁帯に隣接した領域で観察される。 | 海馬では妊娠12.5日目には神経上皮細胞に弱く''dab1''のmRNAが観察され、妊娠14.5日目までに海馬の辺縁帯、[[錐体細胞層]]、脳室帯の三層が別れ、[[錐体細胞]]層に強い発現が観察されるようになる。また隣り合う歯状回の顆粒細胞層にも''dab1''の発現が観察される。海馬についても''dab1''の発現は生後3日でも維持される。また、大脳新皮質と同様、Dab1の発現領域はリーリンを発現するカハールレチウス細胞の存在する辺縁帯に隣接した領域で観察される。 | ||
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====欠損による異常==== | ====欠損による異常==== | ||
[[Image:Migration.png|thumb|400px|<b>図2.大脳新皮質の正常発生とリーリン、''dab1''変異マウス、''apoER2/vldlr'' ダブルノックアウトマウスの発生異常</b><br> (A) 発生期のマウス脳の模式図。下図は上図の点線部分で冠状断にした際の断面図。薄い赤色部分を拡大した図をBとCに示す。(B, C) 野生型 (B)、または ''reeler''、''yotari'', ''scrambler''マウス、及び"dab1"ノックアウトマウスと ''apoer2/vldlr''ダブル[[ノックアウトマウス]] (C)の大脳新皮質の発生過程を示す。脳の表面は上方向、脳室側は下方向。数字は野生型マウスで配置される予定の層を示す。RG: 放射状グリア細胞 (radial glia cell)、VZ: 脳室帯(ventricular | [[Image:Migration.png|thumb|400px|<b>図2.大脳新皮質の正常発生とリーリン、''dab1''変異マウス、''apoER2/vldlr'' ダブルノックアウトマウスの発生異常</b><br> (A) 発生期のマウス脳の模式図。下図は上図の点線部分で冠状断にした際の断面図。薄い赤色部分を拡大した図をBとCに示す。(B, C) 野生型 (B)、または ''reeler''、''yotari'', ''scrambler''マウス、及び"dab1"ノックアウトマウスと ''apoer2/vldlr''ダブル[[ノックアウトマウス]] (C)の大脳新皮質の発生過程を示す。脳の表面は上方向、脳室側は下方向。数字は野生型マウスで配置される予定の層を示す。RG: 放射状グリア細胞 (radial glia cell)、PP: プレプレート (preplate)、VZ: 脳室帯(ventricular zone)、CR: カハールレチウス細胞(Cajal-Retzius cell)、SP: サブプレート(subplate)神経細胞、MZ: 辺縁帯(marginal zone)、CP: 皮質板 (cortical plate)、SPP:スーパープレート(super plate)、IPZ: 内網状帯(internal plexiform zone)]] | ||
上記のように、大脳新皮質の神経細胞は脳室近くで誕生後、脳の表面方向に放射状に移動し、最初期に誕生した神経細胞で形成される[[プレプレート]] | 上記のように、大脳新皮質の神経細胞は脳室近くで誕生後、脳の表面方向に放射状に移動し、最初期に誕生した神経細胞で形成される[[プレプレート]]と呼ばれる細胞層の間に入り込んで、これをカハールレチウス細胞を含む辺縁帯と[[サブプレート]]と呼ばれる二つの層に分離する(プレプレートスプリッティング)(図2B, iからii)。神経細胞は辺縁帯の直下で移動を終了し、樹状突起を発達させて最終[[分化]]を行なう。神経細胞は次々に脳室帯で誕生して脳表面方向に移動するが、誕生時期の遅い神経細胞は誕生時期の早い神経細胞を追い越し、より脳の表層側に配置されるようになる(図2B, iii)。この細胞配置の仕組みは“インサイドアウト”様式と呼ばれ、哺乳類の大脳新皮質でのみ観察される特徴的な組織構築様式である。 | ||
''dab1'' | ''dab1''欠損マウスでは神経細胞は正常に産生されるが、神経細胞はプレプレートの間に入って分割することが出来ず、プレプレートスプリッティングが起らない。また、肉眼的に同定出来る辺縁帯が形成されず、皮質板を構成する神経細胞が脳表面近くまで分布する。後続の神経細胞は正常に移動出来ずに、脳表面から脳室方向に異所性に配置され、“アウトサイドイン”と呼ばれる異常な組織構築を行うようになり、全体として層構造が逆転する異常な大脳新皮質が形成される。異常な構造中には、内網状帯(internal plexiform zone)と呼ばれる細胞密度の低い領域が散在し、神経細胞の樹状突起がこの領域に向かい展開される傾向がある<ref><pubmed>12205665</pubmed></ref>。 | ||
====分子機能 ==== | ====分子機能 ==== | ||
''dab1''欠損により引き起こされるこれらの神経細胞の移動障害が、''dab1''が欠損した細胞自身の障害によるものなのか、あるいは、''dab1''を欠損した周囲の細胞によって引き起こされた二次的な原因によるものなのか、あるいは両方なのか、Dab1の機能を解明する上で焦点となった。この問題を解決するため、野生型''dab1''を発現する細胞と''dab1''を欠損した細胞の[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]マウスが作成された<ref><pubmed>11698592</pubmed></ref>。その結果、野生型の''dab1を''発現する細胞群が''dab1'' | ''dab1''欠損により引き起こされるこれらの神経細胞の移動障害が、''dab1''が欠損した細胞自身の障害によるものなのか、あるいは、''dab1''を欠損した周囲の細胞によって引き起こされた二次的な原因によるものなのか、あるいは両方なのか、Dab1の機能を解明する上で焦点となった。この問題を解決するため、野生型''dab1''を発現する細胞と''dab1''を欠損した細胞の[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]マウスが作成された<ref><pubmed>11698592</pubmed></ref>。その結果、野生型の''dab1を''発現する細胞群が''dab1''を欠損した細胞群の上に配置されるような異常な皮質構造(スーパー皮質)が形成される一方、少数の野生型細胞が''dab1''欠損細胞群中に取り込まれることが示された。この結果より、''dab1''欠損による細胞の移動障害は主には細胞内因性の障害によって引き起こされているが、一部は周囲の細胞の障害にも影響されていることが示唆された。 | ||
また、''dab1''を欠損した''scrambler''マウスや''yotari''マウスに''dab1''を[[wikipedia:ja:レトロウイルス|レトロウイルス]]や[[電気穿孔法#胎仔や組織の細胞の電気穿孔法|''in utero'' エレクトロポレーション法]]により導入し、''dab1''の発現をレスキューした場合においても、''dab1''を導入された神経細胞は''dab1''を欠損した神経細胞を追い越して脳表層まで到達し<ref name="sanada"><pubmed>15091337</pubmed></ref><ref name="morimura"><pubmed>19796633</pubmed></ref>、プレプレートスプリッティングも引き起こす<ref name="morimura" />ことから、''dab1''欠損による移動障害が主には細胞内在性に引き起こされていることが示唆されている。 | また、''dab1''を欠損した''scrambler''マウスや''yotari''マウスに''dab1''を[[wikipedia:ja:レトロウイルス|レトロウイルス]]や[[電気穿孔法#胎仔や組織の細胞の電気穿孔法|''in utero'' エレクトロポレーション法]]により導入し、''dab1''の発現をレスキューした場合においても、''dab1''を導入された神経細胞は''dab1''を欠損した神経細胞を追い越して脳表層まで到達し<ref name="sanada"><pubmed>15091337</pubmed></ref><ref name="morimura"><pubmed>19796633</pubmed></ref>、プレプレートスプリッティングも引き起こす<ref name="morimura" />ことから、''dab1''欠損による移動障害が主には細胞内在性に引き起こされていることが示唆されている。 | ||
では、''dab1'' | では、''dab1''の欠損により、何が一次的に障害されているのか?この問題を解明する為に、周囲の細胞が正常な環境下で、一部の神経細胞でのみDab1の機能を阻害し、''dab1''の欠損によりどのような移動障害が引き起こされるのかが詳細に観察された。大脳新皮質の神経細胞は誕生時期の違いにより、異なる移動過程を経ることが知られている<ref><pubmed>20182622</pubmed></ref>。早生まれの神経細胞は脳室帯で誕生した後、もともと脳の表層にアンカリングしてあった突起を用いて[[細胞体]]を引き上げる、細胞体トランスロケーション(somal translocation)と呼ばれる形式で移動する<ref><pubmed>11567613</pubmed></ref>。一方、遅生まれの神経細胞の多くは、脳室帯で誕生した後、その直上で多極性の形態(多極性細胞)をとって突起を繰り返し伸縮する多極性移動(multipolar migration)と呼ばれる移動を行い、その後、紡錘形の形態にトランスフォームして脳表面にロコモーション(locomotion)と呼ばれる方式で移動する<ref><pubmed>14602813</pubmed></ref>。さらに、脳表面付近では神経細胞の進行方向に長く伸びた先導突起(leading process)の先端が辺縁帯に届くと、細胞体は放射状グリア線維から離れ、先導突起が先端をアンカリングしたまま短縮して細胞体を引き上げる様に移動するターミナルトランスロケーションと呼ばれる移動様式により移動を行う<ref><pubmed>11175874</pubmed></ref>。 | ||
''In utero'' | ''In utero''エレクトロポレーションによって移動神経細胞の''dab1''のノックダウンが行われた結果、神経細胞は脳の表層近くまで移動するが、移動の最終過程であるターミナルトランスロケーションが障害されることがわかった<ref name="dab1KD" /><ref name="sekine1"><pubmed>21697392</pubmed></ref><ref><pubmed>20720102</pubmed></ref>。さらに、Dab1依存的に神経細胞がターミナルトランスロケーションを始める部位は、移動を終えたばかりの未成熟神経細胞が辺縁帯直下で密に集まった領域である[[原始皮質帯]] (primitive cortical zone:PCZ) の下端近くであることが示されている<ref name="sekine1" />。また、''dab1''のコンディショナルノックアウトマウスを用い、''in utero''エレクトロポレーションにより一部の細胞でdab1をノックアウトした実験では、早生まれの細胞では細胞体トランスロケーションが阻害され、遅生まれの細胞ではターミナルトランスロケーションが阻害されていることが示された<ref name="ncad2" />。一方、これらの実験では樹状突起形成にも異常が生じる結果が報告されているが、ターミナルトランスロケーションも阻害されていることから、樹状突起形成の[[発達障害]]は二次的な影響との可能性も考えられる。 | ||
しかしながら、海馬において生後3日に時期特異的に''dab1''をノックアウトした場合に、樹状突起形成に異常が生じること<ref name="matsuki" />、''dab1''ノックアウトマウスから得られた神経細胞を培養した場合にも樹状突起の形成に障害が生じること<ref name="Niu" />等から、dab1には樹状突起形成を促進する働きがあることが示唆されている。 | しかしながら、海馬において生後3日に時期特異的に''dab1''をノックアウトした場合に、樹状突起形成に異常が生じること<ref name="matsuki" />、''dab1''ノックアウトマウスから得られた神経細胞を培養した場合にも樹状突起の形成に障害が生じること<ref name="Niu" />等から、dab1には樹状突起形成を促進する働きがあることが示唆されている。 | ||
[[Image:Dab1 signaling pathway2.png|thumb|400px|<b>図3.大脳新皮質層形成時におけるDab1を介するシグナル伝達系の模式図</b><br> | [[Image:Dab1 signaling pathway2.png|thumb|400px|<b>図3.大脳新皮質層形成時におけるDab1を介するシグナル伝達系の模式図</b><br>主にカハールレチウス細胞から分泌されたリーリンは移動神経細胞に発現するApoER2やVLDLRに結合し、FynあるいはSrc等のSrcファミリーチロシンキナーゼの活性化により、Dab1をリン酸化する。リン酸化されたDab1にはPI3K, SOCS3, Nckβ, Crk等が結合する。Crkの下流でC3GがRap1をGDP結合型からGTP結合型に変換し、活性化されたRap1はインテグリンα5β1の活性を制御すると考えられている(青線で示された経路)。一方、N-カドヘリンについては、他のGEFを介したRap1の活性化によって機能制御を受けている可能性が示唆されている(緑線の経路)。NotchとDab1の結合にDab1のリン酸化が必要かは明らかになっていない。]] | ||
===シグナル伝達機構=== | ===シグナル伝達機構=== | ||
Dab1が神経細胞移動を制御する分子メカニズムについては、チロシンリン酸化Dab1に結合する分子を中心に解析が進められて来ている。特に''crk''と''crkl''のダブルノックアウトマウス<ref name="crk" />と''c3g''のジーントラップ系統マウス<ref name="c3g" />でリーラーフェノタイプが観察されることから、その下流分子として[[Rap1]]が注目された。Rap1は[[Rasファミリー低分子量Gタンパク質]]に属する[[低分子量Gタンパク質]]で、[[カドヘリン]]やインテグリンを介して細胞接着を制御する重要な分子であり、リーリンにより活性化されることが以前に報告されている<ref name="crk" />。 | |||
最近の報告により、リーリン-Dab1シグナルはCrk-C3G-Rap1経路を介して、ロコモーションの過程ではN-カドヘリンを制御し<ref name="ncad1" /><ref name="ncad2" />、ターミナルトランスロケーションの過程ではインテグリンα5β1を介して神経細胞の移動過程をコントロールしていること<ref name="sekine2" />が示唆されているが、N-カドヘリンについてはRap1ではなく他の[[GDP-GTP交換因子]] ([[guanine nucleotide exchange factor]], [[GEF]])を介して機能制御している可能性が示唆されている<ref name="sekine2" />。インテグリンを介した神経細胞移動に関しては、インテグリンα3の関与も指摘されている<ref name="sanada" />。しかしながら、N-cadhelinを''dab1''ノックアウトマウスに導入するのみでは、神経細胞の移動がレスキューされないこと<ref name="ncad1" />、また、インテグリンβ1のノックアウトマウスやコンディショナルノックアウトマウスではリーラーフェノタイプにはならない<ref><pubmed>11516395</pubmed></ref><ref><pubmed>18077697</pubmed></ref>ことから、これらの働きは部分的である可能性が示唆されている。 | 最近の報告により、リーリン-Dab1シグナルはCrk-C3G-Rap1経路を介して、ロコモーションの過程ではN-カドヘリンを制御し<ref name="ncad1" /><ref name="ncad2" />、ターミナルトランスロケーションの過程ではインテグリンα5β1を介して神経細胞の移動過程をコントロールしていること<ref name="sekine2" />が示唆されているが、N-カドヘリンについてはRap1ではなく他の[[GDP-GTP交換因子]] ([[guanine nucleotide exchange factor]], [[GEF]])を介して機能制御している可能性が示唆されている<ref name="sekine2" />。インテグリンを介した神経細胞移動に関しては、インテグリンα3の関与も指摘されている<ref name="sanada" />。しかしながら、N-cadhelinを''dab1''ノックアウトマウスに導入するのみでは、神経細胞の移動がレスキューされないこと<ref name="ncad1" />、また、インテグリンβ1のノックアウトマウスやコンディショナルノックアウトマウスではリーラーフェノタイプにはならない<ref><pubmed>11516395</pubmed></ref><ref><pubmed>18077697</pubmed></ref>ことから、これらの働きは部分的である可能性が示唆されている。 | ||
また、Dab1のチロシンリン酸化非依存的にDab1に結合する分子として、[[Notch]]<ref name="notch"><pubmed>18957219</pubmed></ref>、[[Dab2IP]]<ref><pubmed>12877983</pubmed></ref>、[[N-WASP]]<ref><pubmed>15361067</pubmed></ref> | また、Dab1のチロシンリン酸化非依存的にDab1に結合する分子として、[[Notch]]<ref name="notch"><pubmed>18957219</pubmed></ref>、[[Dab2IP]]<ref><pubmed>12877983</pubmed></ref>、[[N-WASP]]<ref><pubmed>15361067</pubmed></ref>が知られている。特にNotchについては、その活性化型フォームをリーラーマウスの移動神経細胞に導入した場合に神経細胞の移動をほぼ完全にレスキューすることから、リーリン-Dab1シグナルにおいて何らかの重要な役割を果たしていることが考えられるが、その作用メカニズムは不明である<ref name="notch" />。 | ||
制約上、引用出来なかった多くの関連論文があることをお詫び致します。 | |||
== 関連項目== | == 関連項目== |
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