「プルキンエ細胞」の版間の差分

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 プルキンエ細胞は、[[小脳]][[皮質]]における唯一の出力神経細胞であり、[[小脳核]]または[[前庭神経核]]の神経細胞に[[GABA]]を[[神経伝達物質]]とする抑制性の[[シナプス]]を形成している。プルキンエ細胞特異的に発現するタンパク質のノックアウト[[マウス]]及び、プルキンエ細胞特異的な[[プロモーター]]を用いた遺伝子改変マウスを用いた実験等により、プルキンエ細胞へのシナプス入力とその調節が[[運動制御]]及び[[運動学習・運動記憶]]に重要な寄与をしていることが明らかになっている。[[Image:Image0005.tif (RGB).jpg|thumb|right|300px|'''図1 マウス小脳矢状断面の免疫染色図'''<br>マゼンダ:プルキンエ細胞マーカーである[[カルビンジン]]、緑:顆粒細胞マーカーである[[NeuN]]に対する抗体を用いて染色。]][[Image:Cerebellum circuit figure1.png|thumb|right|400px|'''図2 [[小脳の神経回路]]の模式図''']]
<div align="right"> 
<font size="+1">田中 進介、[http://researchmap.jp/tomohirano 平野 丈夫]</font><br>
''京都大学 大学院理学研究科''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年3月23日 原稿完成日:2013年月日<br>
担当編集委員:[http://www.phy.med.kyoto-u.ac.jp/dw.html 渡辺 大](京都大学大学院 生命科学研究科認知情報学講座・医学研究科生体情報科学講座)<br>
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{{box|text=
 プルキンエ細胞は、[[小脳]][[皮質]]における唯一の出力神経細胞であり、[[小脳核]]または[[前庭神経核]]の神経細胞に[[GABA]]を[[神経伝達物質]]とする抑制性の[[シナプス]]を形成している。プルキンエ細胞特異的に発現するタンパク質のノックアウト[[マウス]]及び、プルキンエ細胞特異的な[[プロモーター]]を用いた遺伝子改変マウスを用いた実験等により、プルキンエ細胞へのシナプス入力とその調節が[[運動制御]]及び[[運動学習・運動記憶]]に重要な寄与をしていることが明らかになっている。
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[[Image:Image0005.tif (RGB).jpg|thumb|right|300px|'''図1.マウス小脳矢状断面の免疫染色図'''<br>マゼンダ:プルキンエ細胞マーカーである[[カルビンジン]]、緑:顆粒細胞マーカーである[[NeuN]]に対する抗体を用いて染色。]]
[[Image:Cerebellum circuit figure1.png|thumb|right|400px|'''図2.[[小脳の神経回路]]の模式図''']]


==形態と入出力==
==形態と入出力==
 プルキンエ細胞の[[細胞体]]は、小脳皮質内の[[分子層]]と[[顆粒細胞]]層の間に一層に並び、プルキンエ細胞層を形成している(図1,2)。プルキンエ細胞の[[樹状突起]]はプルキンエ細胞層より脳表側の分子層へ伸び、矢状面上で数回枝分かれし扇状の形態となっている。この樹状突起 の遠位には顆粒細胞由来の平行線維から、近位には[[下オリーブ核]]由来の[[登上線維]]から[[グルタミン酸]]作動性の[[興奮性シナプス]]が形成される。1つのプルキンエ細胞 に対して、約200,000本の[[平行線維]]がシナプスを形成するが<ref>'''Gordon M. Shephred'''<br>The synaptic organization of the brain fifth edition<br>''Oxford University Press, Inc.(New York)'':2004</ref>、 1本の平行線維が1つのプルキンエ細胞に作るシナプスは1から2個と推定されており、その伝達効率も低い。一方、1つのプルキンエ細胞にシナプス形成をする登上線維は1本に限られる。登上線維は1つのプルキンエ細胞上に数百個のシナプスを形成し、個々のシナプスでの伝達効率は高い。また、プルキンエ細胞は 分子層にある2種類のGABA作動性の[[介在ニューロン]]([[星状細胞]]及び[[籠状細胞]])から抑制性の入力も受けている。星状細胞はプルキンエ細胞の樹状突起にシナプスを作り、一方、籠状細胞はプルキンエ細胞体を囲むようにシナプスを形成する。プルキンエ細胞の[[軸索]]は顆粒細胞層を縦断し、小脳核または前庭神経核に投射して、抑制性の出力をする。
 プルキンエ細胞の[[細胞体]]は、小脳皮質内の[[分子層]]と[[顆粒細胞]]層の間に一層に並び、プルキンエ細胞層を形成している(図1、2)。プルキンエ細胞の[[樹状突起]]はプルキンエ細胞層より脳表側の分子層へ伸び、矢状面上で数回枝分かれし扇状の形態となっている。この樹状突起 の遠位には顆粒細胞由来の平行線維から、近位には[[下オリーブ核]]由来の[[登上線維]]から[[グルタミン酸]]作動性の[[興奮性シナプス]]が形成される。1つのプルキンエ細胞 に対して、約200,000本の[[平行線維]]がシナプスを形成するが<ref>'''Gordon M. Shephred'''<br>The synaptic organization of the brain fifth edition<br>''Oxford University Press, Inc.(New York)'':2004</ref>、 1本の平行線維が1つのプルキンエ細胞に作るシナプスは1から2個と推定されており、その伝達効率も低い。一方、1つのプルキンエ細胞にシナプス形成をする登上線維は1本に限られる。登上線維は1つのプルキンエ細胞上に数百個のシナプスを形成し、個々のシナプスでの伝達効率は高い。また、プルキンエ細胞は 分子層にある2種類のGABA作動性の[[介在ニューロン]]([[星状細胞]]及び[[籠状細胞]])から抑制性の入力も受けている。星状細胞はプルキンエ細胞の樹状突起にシナプスを作り、一方、籠状細胞はプルキンエ細胞体を囲むようにシナプスを形成する。プルキンエ細胞の[[軸索]]は顆粒細胞層を縦断し、小脳核または前庭神経核に投射して、抑制性の出力をする。  
                                            


==発生==
==発生==


[[Image:Purkinjedevelopmentfig2a1.png|thumb|right|300px|'''図3 プルキンエ細胞の発生過程'''<br>灰色:小脳およびその原基、マゼンダ:プルキンエ細胞及びその前駆細胞、緑:顆粒細胞及びその前駆細胞、青:登上線維。A:胎生13日目のマウス中枢神経系を上後方から見た模式図。B :A内の四角部の拡大図。C: B内の矢印方向から見た平面図。D-F各時期における小脳皮質冠状断面の模式図。]]
[[Image:Purkinjedevelopmentfig2a1.png|thumb|right|300px|'''図3.プルキンエ細胞の発生過程'''<br>灰色:小脳およびその原基、マゼンダ:プルキンエ細胞及びその前駆細胞、緑:顆粒細胞及びその前駆細胞、青:登上線維。A:胎生13日目のマウス中枢神経系を上後方から見た模式図。B :A内の四角部の拡大図。C: B内の矢印方向から見た平面図。D-F各時期における小脳皮質冠状断面の模式図。]]


[[Image:Spiketrace.jpg|thumb|right|400px|'''図4 プルキンエ細胞の電気生理学的性質'''<br>マウスプルキンエ細胞から記録した単純スパイクA、複雑スパイクB。C:長期抑圧の模式図。]]
[[Image:Spiketrace.jpg|thumb|right|400px|'''図4.プルキンエ細胞の電気生理学的性質'''<br>マウスプルキンエ細胞から記録した単純スパイクA、複雑スパイクB。C:長期抑圧の模式図。]]


 プルキンエ細胞は小脳皮質内で最も早く[[細胞分化|分化]]する神経細胞である。ここでは、マウスにおける発生過程を説明する(図 3)。胎生10日目から、プルキンエ細胞の前駆細胞は[[菱脳唇]]近傍の[[脳室帯]]で最終分裂し、胎生13日目に表層に向けて移動を開始する。胎生後期には、すべてのプルキンエ細胞が移動を完了し、生後数日間で1層に整列してプルキンエ細胞層を完成する。プルキンエ細胞は、生後5~7日目に樹状突起を伸張し、平行線維とのシナプスを形成し始め、生後20日でほぼ生体と同様のシナプス構築となる。
 プルキンエ細胞は小脳皮質内で最も早く[[細胞分化|分化]]する神経細胞である。ここでは、マウスにおける発生過程を説明する(図3)。胎生10日目から、プルキンエ細胞の前駆細胞は[[菱脳唇]]近傍の[[脳室帯]]で最終分裂し、胎生13日目に表層に向けて移動を開始する。胎生後期には、すべてのプルキンエ細胞が移動を完了し、生後数日間で1層に整列してプルキンエ細胞層を完成する。プルキンエ細胞は、生後5~7日目に樹状突起を伸張し、平行線維とのシナプスを形成し始め、生後20日でほぼ生体と同様のシナプス構築となる。


 登上線維末端は誕生直前にプルキンエ細胞に到達する。生後5~7 日目では、それぞれの登上線維の先端は個々のプルキンエ細胞の細胞体を網状を囲むようになる。この時期は、1つのプルキンエ細胞に対して約5本の登上線維末端がシナプスを形成している。しかし、14日までに、1本の登上線維のみがプルキンエ細胞に多数のシナプス形成をした状態となり、他の登上線維のシナプス数は減少する。20日後までには、登上線維とプルキンエ細胞間で1対1の投射パターンが完成する<ref><pubmed>7605067</pubmed></ref>。
 登上線維末端は誕生直前にプルキンエ細胞に到達する。生後5~7 日目では、それぞれの登上線維の先端は個々のプルキンエ細胞の細胞体を網状を囲むようになる。この時期は、1つのプルキンエ細胞に対して約5本の登上線維末端がシナプスを形成している。しかし、14日までに、1本の登上線維のみがプルキンエ細胞に多数のシナプス形成をした状態となり、他の登上線維のシナプス数は減少する。20日後までには、登上線維とプルキンエ細胞間で1対1の投射パターンが完成する<ref><pubmed>7605067</pubmed></ref>。
   
   
==神経活動==
==神経活動==


 プルキンエ細胞はシナプス入力がない状態でも、自発的に[[活動電位]]を連続発火する。プルキンエ細胞では[[電位依存性ナトリウムチャネル]]Nav1.6が発現しているが、Nav1.6は比較的深い[[膜電位]]で活性化し、不活性化状態からの回復が早い。このことがプルキンエ細胞の連続発火に寄与していると考えられている<ref><pubmed>12882229</pubmed></ref>。生体内における活動電位の発火頻度は50-100Hzである。登上線維からのシナプス入力は、樹状突起でのP型[[電位依存性カルシウムチャネル]]を介した[[カルシウム]]イオン流入を引き起こし、複数のピークを持つ特徴的な複雑スパイクを引き起こす。複雑スパイクは、単純スパイクと呼ばれる通常の活動電位と波形により区別される(図4)。生体での複雑スパイクの発火頻度は約1Hzと低い。なお、複雑スパイク後数十ミリ秒間は、単純スパイクの発火が抑えられる。<ref><pubmed>20950649</pubmed></ref>  
 プルキンエ細胞はシナプス入力がない状態でも、自発的に[[活動電位]]を連続発火する。プルキンエ細胞では[[電位依存性ナトリウムチャネル]]Nav1.6が発現しているが、Nav1.6は比較的深い[[膜電位]]で活性化し、不活性化状態からの回復が早い。このことがプルキンエ細胞の連続発火に寄与していると考えられている<ref><pubmed>12882229</pubmed></ref>。生体内における活動電位の発火頻度は50-100Hzである。登上線維からのシナプス入力は、樹状突起でのP型[[電位依存性カルシウムチャネル]]を介した[[カルシウム]]イオン流入を引き起こし、複数のピークを持つ特徴的な複雑スパイクを引き起こす。複雑スパイクは、単純スパイクと呼ばれる通常の活動電位と波形により区別される(図4)。生体での複雑スパイクの発火頻度は約1Hzと低い。なお、複雑スパイク後数十ミリ秒間は、単純スパイクの発火が抑えられる。<ref><pubmed>20950649</pubmed></ref>  


==シナプス可塑性と運動学習==
==シナプス可塑性と運動学習==
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<references/>
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(執筆者:田中進介、平野丈夫 担当編集委員:渡辺大)