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2つの蛍光分子がごく近接して存在する場合、一つの蛍光分子からもう一つの蛍光分子へ、エネルギーが移行する。これをFörster共鳴エネルギー移動(FRET)という<ref><pubmed>22352636</pubmed></ref> | 2つの蛍光分子がごく近接して存在する場合、一つの蛍光分子からもう一つの蛍光分子へ、エネルギーが移行する。これをFörster共鳴エネルギー移動(FRET)という<ref><pubmed>22352636</pubmed></ref>。FRETの効率は2つの蛍光体のスペクトルの重なりの大きさ、距離と角度により左右される。特に、近年の緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein, GFP)とその色変異体や様々な蛍光スペクトルを持つ近縁のタンパク質の開発・同定により、FRETを用いて、生細胞の中の微小ドメインでのタンパク質相互作用、生化学反応や細胞内シグナル伝達の可視化が可能となった。脳神経研究においても、神経細胞、脳スライスなどの組織および個体レベルで応用されている。 }} | ||
[[Image:FRET-図1.jpg|thumb|right|300px|<b>図1:蛍光体が蛍光を発する過程を示したヤブロンスキーダイヤグラム</b><br>青色で示した励起光によって、蛍光体の電子が励起状態に到達する。励起された電子は、回転および振動エネルギーを失いながら励起状態の最低準位に行き着く。この電子は緑色で示した蛍光を発して励起状態から基底状態に戻る。実際は、最低準位に行き着く前に基底状態に戻ることもあり、これが蛍光波長の幅に反映される。]] | [[Image:FRET-図1.jpg|thumb|right|300px|<b>図1:蛍光体が蛍光を発する過程を示したヤブロンスキーダイヤグラム</b><br>青色で示した励起光によって、蛍光体の電子が励起状態に到達する。励起された電子は、回転および振動エネルギーを失いながら励起状態の最低準位に行き着く。この電子は緑色で示した蛍光を発して励起状態から基底状態に戻る。実際は、最低準位に行き着く前に基底状態に戻ることもあり、これが蛍光波長の幅に反映される。]] | ||
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ここでf<sub>D</sub>(λ)はピーク値を1としたドナー発光スペクトル、 ε<sub>A</sub>(λ)はアクセプターの[[モル吸光係数]]である。 | ここでf<sub>D</sub>(λ)はピーク値を1としたドナー発光スペクトル、 ε<sub>A</sub>(λ)はアクセプターの[[モル吸光係数]]である。 | ||
これを用い「Förster距離」R<sub>0</sub>が以下のように定義される。これはエネルギー移動効率が50% | これを用い「Förster距離」R<sub>0</sub>が以下のように定義される。これはエネルギー移動効率が50%となるドナーとアクセプターの距離である。通常の蛍光分子の場合、5 nm程度である。 | ||
: <math> {R_0}^6 = \frac{9\,Q_0 \,(\ln 10)}{128 \, \pi^5 \,n^4 \, N_A} \kappa^2 \, J</math> | : <math> {R_0}^6 = \frac{9\,Q_0 \,(\ln 10)}{128 \, \pi^5 \,n^4 \, N_A} \kappa^2 \, J</math> | ||
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蛍光スペクトルが変化しない状態では、ドナーとアクセプター間の距離と角度の変化をFRETの効率の変化として読み取る事が出来る。 | 蛍光スペクトルが変化しない状態では、ドナーとアクセプター間の距離と角度の変化をFRETの効率の変化として読み取る事が出来る。 | ||
==FRETの画像検出== | |||
FRETによって蛍光寿命の減少、ドナーの蛍光強度の減少、アクセプターの蛍光の増加などが観察される。液体サンプルであれば蛍光分光光度計を用いる事で検出する事が可能であるが、画像として取得する場合には観察したい対象の特性を考慮しつつ、方法を選択していく。 | |||
===蛍光強度比イメージング=== | |||
ドナーおよびアクセプターの蛍光を取得後、ドナーとアクセプターの蛍光強度比が計算される。FRETが起きると、ドナーの蛍光強度が減少し、アクセプターの蛍光強度が増加する。現在、最も広く使用されている手法である。タイムラプス解析も行える。現在、多数の遺伝子工学的に作製されたタンパク質FRETプローブにおいて、GFPの色彩変異体、シアン色蛍光タンパク質CFPと黄色蛍光タンパク質YFPのFRETペアが広範に用いられている。近年、CloverとmRuby2が開発され、より良いFRETペアであると報告されている<ref><pubmed>22961245</pubmed></ref>。 | |||
ドナー蛍光強度は、FRET効率Eと次のような関係に有る。 | |||
: <math> E = 1 - {F\,'_{\rm D}}/{F_{\rm D}} \!</math> | |||
< | ただし、F'<sub>D</sub>、F<sub>D</sub>はそれぞれ、アクセプターがある場合と無い場合でのドナー蛍光強度である。つまり、FRET効率が良い程、F'<sub>D</sub>、つまり画像が暗くなる。一方で、FRETによりアクセプター画像は明るくなるので、ドナー画像とアクセプター画像の比を計算する事で、FRETを検出する。 | ||
データを取得、解釈する際に注意しなければいけないポイントがある。 | |||
まず、ドナーの蛍光のアクセプターチャネルへの漏れ込みであり、S/N比の減少の原因となる。漏れ込みを極力抑えるには、適切なバンドパスフィルターを用いる。光量を犠牲にしても、ドナー蛍光が漏れ込まない波長を選ぶ方がFRETは特異的に検出できる。 | |||
また、蛍光画像にバックグラウンドノイズがある事があるが、それがFRET変化に影響を与える。バックグラウンドノイズ引き算することで、より正しいFRET効率が得られる。 | |||
次に、2分子間FRETで起きることであるが(以下参照)、ドナーとアクセプターの局在の違いは疑似FRETを生じる。リンカーで連結し1分子にするか、局在しているアクセプターの蛍光強度を補正することで避けることが可能である。 | |||
=== アクセプターブリーチング法 === | |||
適切な波長の光によって、アクセプターを退色させることでFRETを解消することができる。この解消度合いより生じていたFRETを算出する。つまり、F'<sub>D</sub>がアクセプターの退色によりF<sub>D</sub>と等しくなる事により、E=0となる。その為、退色前後の画像を比較する事によりEが検出可能である。しかしながら、この手法は不可逆的であるために経時的変化を追うことは困難である。 | |||
< | === ドナーの蛍光寿命を測定する方法 === | ||
蛍光体が励起されると、図2に示すような減衰曲線に従って蛍光を発する。蛍光寿命は、蛍光の減衰曲線の速度定数<math>k \ </math>と逆数の関係にある。 N<sub>0</sub>は励起光によって励起された電子の数、kは励起状態にある電子が基底状態に戻る速度定数であり、蛍光として基底状態に戻る際の速度定数、熱を発して基底状態に戻るなどの無放射遷移の速度定数の和として表される。 | |||
FRETを起こしている時のの速度定数<math>k_f \ </math>は、以下の式で規定される。 | |||
:<math>k_f(r,\kappa) = \frac{k_DQ_D\kappa^2}{r^6}\left(\frac{9000In10}{128\pi^5n^4N_A}\right)J</math> | |||
ここで、k<sub>D</sub>はドナーの蛍光の速度定数、Q<sub>D</sub>はドナーの蛍光の量子収率、κはドナーとアクセプターの双極子モーメントの配向、rはドナーとアクセプターの距離、N<sub>A</sub>はアボガドロ数、nは溶媒の屈折率、F<sub>D</sub>は規格化したドナーの発光強度、εはアクセプターのモル吸光係数である。 | |||
: <math> E = 1 - {\tau'_{\rm D}}/{\tau_{\rm D}} \!</math> | |||
ここで<math>\tau'_{\rm D} \ </math>と<math>\tau_{\rm D} \ </math>はそれぞれ、アクセプターが存在する場合と存在しない場合でのドナー蛍光寿命である。つまり、FRETが起きると、蛍光寿命が減少する(図4)。 | |||
蛍光寿命は、GFPは2.5nsec、YFPでは2.9nsec、mCherryでは1.5nsecの値を取る。蛍光寿命プローブとして、ドナーとしてmGFP、アクセプターとしてmRFPもしくはmCherryが用いられる。アクセプターの蛍光は必要ないため、FRETのアクセプターとなるが蛍光を発しないREACh, dark Venus, super REAChなども用いられる。同じ理由により、蛍光寿命は、蛍光強度比測定法に比べて、蛍光の漏れ込み、アクセプターとの局在の違いなどによって生じる疑似FRETを回避できる。 | |||
蛍光寿命の変化を測定する方法は3つある。 | |||
===Time domain=== | |||
Time domainについては、近年、データ処理速度の向上により、メガヘルツオーダーのパルス励起光によって励起された一つ一つの光子を、迅速に検出する[[wikipedia:ja:時間相関単一光子計数法|時間相関単一光子計数法]]が発展してきた。励起光によって発生した一つ一つの光子が検出器まで届くまでの時間(数nsec)の確率分布が減衰曲線を形成するため、時間を横軸としてヒストグラムを作製することができる。Double exponetial fittingによって、FRETの起きている割合が算出できる。 | |||
取得した蛍光を理論上全てデータに反映させることができるが、実際には、time domainにおいて、光子取得後、再び光子を取得する状態に戻るハードウェアのリセット時間(dead time)などがあり全ての光子を取得するには、改善の余地がある。また、秒単位の経時変化を追うためには、64X64ピクセルで画像取得されているのが現状で有り、多数のピクセルから蛍光寿命を取得するためには、処理速度の速いハードウェアが必要となる。さらに、短時間で画像を取得するためには、明るいサンプルであったほうがよい。 | |||
[[Image:FRET-図4.jpg|thumb|right|300px|<b>図4:海馬スライスCA1錐体細胞に発現させたGFPのFLIMイメージおよび減衰曲線</b><br>(横軸は時間、縦軸は光子数)をBecker&Hickl社software、SPC imageにて取得した。実際には、20秒で数千個オーダーの光子を取得する。これらの光子の発生確率分布が減衰曲線を形成し、近似曲線をフィッティングさせることで蛍光寿命を取得する。]] | |||
=== | ===Frequency domain=== | ||
=== 異方性を測定する方法 === | === 異方性を測定する方法 === |