16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
11行目: | 11行目: | ||
英:[[Förster]] resonance energy transfer 英略称:FRET 独:Förster-Resonanzenergietransfer 仏:transfert d'énergie entre molécules fluorescentes | 英:[[Förster]] resonance energy transfer 英略称:FRET 独:Förster-Resonanzenergietransfer 仏:transfert d'énergie entre molécules fluorescentes | ||
{{box|text= | {{box|text= 二つの[[wj:蛍光|蛍光]]分子がごく近接して存在する場合、一つの蛍光分子からもう一つの蛍光分子へエネルギーが移行する。これをFörster共鳴エネルギー移動(FRET)という<ref><pubmed>22352636</pubmed></ref>。FRETの効率は2つの蛍光分子の[[wj:スペクトル|スペクトル]]の重なりの大きさ、距離と角度により左右されるため、FRETを測定する事により蛍光分子間の空間配置を間接的に測定する事が可能である。特に近年の[[GFP]]ならびにその類縁タンパク質を用いた遺伝子にコードされるFRETプローブが作成され、タンパク質相互作用、生化学反応や細胞内シグナル伝達を可視化する事が出来るようになった。}} | ||
[[ | |||
==Förster共鳴エネルギー移動とは== | ==Förster共鳴エネルギー移動とは== | ||
[[Image:FRET-図3.jpg|thumb|right|300px|<b>図1. ドナーとアクセプターの励起、蛍光スペクトル</b><br>ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの励起スペクトルに重なりがあるときに、FRETが起きる。黒破線で囲まれたスペクトルは、励起スペクトルを示す。緑色のタンパク質がドナー、赤色タンパク質がアクセプターを示す。]] | |||
二つの蛍光分子がごく近接して存在する場合、一つの蛍光分子からもう一つの蛍光分子へ、エネルギーが移行する事が知られている(図1)。この現象は、1946年[[w:Theodor Förster|Theodor Förster]]によって報告されたことから、Förster共鳴エネルギー移動(FRET)という<ref>'''Förster, T.'''<br>Energiewanderung und Fluorescenz<br>''Naturwissenscaft''. 1946, 33:166–175</ref><ref><pubmed>22352636</pubmed></ref>。かつてFRETは、fluorescence resonance energy transferの略称として用いたが、実際には蛍光を伴わないエネルギー移動であることから、現在ではFörster resonance energy transferと呼ぶ事がIUPACにより推奨されている。 | |||
かつては生細胞にてFRETを検出するのは、非常に煩雑であった。プローブとなるタンパク質を精製、化学的に[[wj:蛍光色素|蛍光色素]]でラベルし、細胞に導入するという操作が必要であり、生物学分野での応用はきわめて限定されたものであった。しかし、GFPとその変異体、類縁タンパク質の発見により今日においては様々な分野において、多くの蛍光タンパク質を基にした、完全に遺伝子によってコードされるFRETプローブが使用されている。 | |||
==FRETの効率を決定する因子== | ==FRETの効率を決定する因子== | ||
52行目: | 50行目: | ||
Förster距離''R<sub>0</sub>''が大きいドナーとアクセプターの組み合わせの方が、FRET効率''E'' | Förster距離''R<sub>0</sub>''が大きいドナーとアクセプターの組み合わせの方が、FRET効率''E''が良い。''R<sub>0</sub>''を大きくするためには蛍光[[wj:量子収率|量子収率]]''Q<sub>0</sub>''がよいドナー、[[wj:モル吸光係数|モル吸光係数]]''ε<sub>A</sub>(λ)''が良いアクセプター、またいずれも長波長域にあるドナーとアクセプターの組み合わせを選択する。 | ||
ドナーとアクセプターの蛍光スペクトルが変化しない状態では、ドナーとアクセプター間の距離''r''と配向''κ''の変化をFRETの効率の変化として読み取る事が出来る。これを利用して、様々な細胞現象に対するプローブをデザインする事が可能である。 | |||
==FRETの画像検出== | ==FRETの画像検出== | ||
74行目: | 72行目: | ||
まず、ドナーの蛍光のアクセプターチャネルへの漏れ込みであり、信号/雑音比の減少の原因となる。漏れ込みを極力抑えるには、適切な[[wj:バンドパスフィルター|バンドパスフィルター]]を用いる。光量を犠牲にしても、ドナー蛍光が漏れ込まない波長を選ぶ方がFRETは特異的に検出できる。 | まず、ドナーの蛍光のアクセプターチャネルへの漏れ込みであり、信号/雑音比の減少の原因となる。漏れ込みを極力抑えるには、適切な[[wj:バンドパスフィルター|バンドパスフィルター]]を用いる。光量を犠牲にしても、ドナー蛍光が漏れ込まない波長を選ぶ方がFRETは特異的に検出できる。 | ||
また、蛍光画像に背景雑音がある事があるが、それがFRET変化に影響を与える。背景雑音を引き算することで、よりFRETが計算できるが、蛍光シグナルが暗いと、少しの背景雑音のぶれがシグナルを左右する。例えば細胞の周辺は暗いので背景雑音の引き算により[[wj:偽陽性|偽陽性]]が出やすいので注意を要する。 | |||
2分子間FRETのイメージングでは、ドナーとアクセプターの局在の違いは偽陽性を生じる。リンカーで連結し1分子にするか、局在しているアクセプターの蛍光強度を補正することで避けることが可能である。 | 2分子間FRETのイメージングでは、ドナーとアクセプターの局在の違いは偽陽性を生じる。リンカーで連結し1分子にするか、局在しているアクセプターの蛍光強度を補正することで避けることが可能である。 | ||
=== アクセプターブリーチング法 === | === アクセプターブリーチング法 === | ||
適切な波長の光によって、アクセプターを褪色させることでFRETを解消することができる。つまり、F'<sub>D</sub>がアクセプターの退色によりF<sub>D</sub>と等しくなる事により、E=0となる。その為、褪色前後の画像を比較する事によりEが検出可能である。しかしながら、この手法は不可逆的であるために経時的変化を追うことは困難である。 | |||
[[Image:FRET-図2new.jpg|thumb|right|300px|<b> | [[Image:FRET-図2new.jpg|thumb|right|300px|<b>図2:励起光によって励起された電子が基底状態に戻る際の減衰曲線</b><br>緑の太い線がFRETが起きていない時のドナー蛍光の減衰曲線。FRETを起こしたドナー蛍光の速度が加わることにより速度定数が大きくなり細い緑の線のように減衰曲線の傾斜が大きくなる。 ''N<sub>0</sub>''は励起光によって励起された電子の数、''k''は励起状態にある電子が基底状態に戻る速度定数。]] | ||
=== 蛍光寿命イメージング=== | === 蛍光寿命イメージング=== | ||
蛍光体が励起されると、図2に示すような減衰曲線に従って蛍光を発する。蛍光寿命は、''k''は励起状態にある電子が基底状態に戻る速度定数''k''の[[wj:逆数|逆数]]である。蛍光として基底状態に戻る際の速度定数、熱を発して基底状態に戻るなどの無放射遷移の速度定数の和として表される。 | |||
FRETを起こしている時の速度定数''k<sub>f</sub>''は、以下の式で規定される。 | FRETを起こしている時の速度定数''k<sub>f</sub>''は、以下の式で規定される。 | ||
98行目: | 96行目: | ||
ここで''τ'<sub>D</sub>''と''τ<sub>D</sub>''はそれぞれ、アクセプターが存在する場合と存在しない場合でのドナー蛍光寿命である。つまり、FRETが起きると、蛍光寿命が短縮する( | ここで''τ'<sub>D</sub>''と''τ<sub>D</sub>''はそれぞれ、アクセプターが存在する場合と存在しない場合でのドナー蛍光寿命である。つまり、FRETが起きると、蛍光寿命が短縮する(図3)。 | ||
蛍光寿命測定法は、アクセプターの蛍光は必要ないため、蛍光強度比測定法に比べて、蛍光の漏れ込み、ドナーとアクセプターの局在の違いなどによって生じる疑陽性を回避できる。 | 蛍光寿命測定法は、アクセプターの蛍光は必要ないため、蛍光強度比測定法に比べて、蛍光の漏れ込み、ドナーとアクセプターの局在の違いなどによって生じる疑陽性を回避できる。 | ||
蛍光寿命の変化を測定する方法は2つある。 | 蛍光寿命の変化を測定する方法は2つある。 | ||
[[Image:FRET-図4.jpg|thumb|right|300px|<b>図3. [[海馬]][[スライス]][[CA1]][[錐体細胞]]に発現させたGFPの蛍光寿命イメージおよび減衰曲線</b><br>(横軸は時間、縦軸は光子数)。実際には、20秒で数千個オーダーの光子を取得する。これらの光子の発生確率分布が減衰曲線を形成し、近似曲線をフィッティングさせることで蛍光寿命を取得する。]] | |||
====時間ドメイン==== | ====時間ドメイン==== | ||
励起光によって発生した一つ一つの光子が検出器まで届くまでの時間(数nsec)を計測することで時定数τを計算する。時間を横軸としてヒストグラムを作製することができる。通常蛍光寿命は指数関数に従い減衰していく。FRETを起こしている分子と起こしていない分子が共存する時には[[wj:二重指数関数|二重指数関数]] | 励起光によって発生した一つ一つの光子が検出器まで届くまでの時間(数nsec)を計測することで時定数τを計算する。時間を横軸としてヒストグラムを作製することができる。通常蛍光寿命は指数関数に従い減衰していく。FRETを起こしている分子と起こしていない分子が共存する時には[[wj:二重指数関数|二重指数関数]]になるため、二重指数関数にフィッティングすることによって、FRETの起きている分子の割合が算出できる。得られる光子の数が少ない時には二重指数関数フィッティングは不正確になりやすい為、単に平均蛍光寿命を計算するだけで済ませる場合も有る。単一指数関数の場合は、平均蛍光寿命はτに等しくなる。 | ||
理論上は取得した蛍光を全てデータに反映させることができるが、実際には光子取得後、再び光子を取得する状態に戻るハードウェアのリセット時間(dead time)などがあり全ての光子を取得する事は出来ない。また、秒単位の経時変化を追うためには、低解像度で画像取得されているのが現状で有り、多数のピクセルから蛍光寿命を取得するためには、処理速度の速いハードウェアが必要となる。 | 理論上は取得した蛍光を全てデータに反映させることができるが、実際には光子取得後、再び光子を取得する状態に戻るハードウェアのリセット時間(dead time)などがあり全ての光子を取得する事は出来ない。また、秒単位の経時変化を追うためには、低解像度で画像取得されているのが現状で有り、多数のピクセルから蛍光寿命を取得するためには、処理速度の速いハードウェアが必要となる。 | ||
光源には[[wj:パルスレーザー|パルスレーザー]]を用いる。神経系の研究によく用いられる[[二光子顕微鏡]]に後付けする事も可能である。 | 光源には[[wj:パルスレーザー|パルスレーザー]]を用いる。神経系の研究によく用いられる[[二光子顕微鏡]]に後付けする事も可能である。 | ||
[[File:FRET-Heterodyning.png|thumb|right|300px|<b>図4. 周波数ドメインによる測定</b><br>光源の強度を高周波で変調させるのと同時に、検出器も高周波で変調させる。その時に光源の周波数(f<sub>ex</sub>)と検出器の周波数(f<sub>s</sub>)をずらし、そこから蛍光寿命を計算により求める。]] | |||
[[File:FRET-Heterodyning.png|thumb|right|300px|<b> | |||
====周波数ドメイン==== | ====周波数ドメイン==== | ||
光源の強度を高周波で変調させるのと同時に、検出器も高周波で変調させる。その時に光源と検出器の周波数をずらしておく(heterodyning)。多数のサイクルを繰り返す事により、間接的に蛍光寿命を計算していく。画像の取得にかかる時間がtime domainと比較して短いのが特徴である。 | 光源の強度を高周波で変調させるのと同時に、検出器も高周波で変調させる。その時に光源と検出器の周波数をずらしておく(heterodyning)。多数のサイクルを繰り返す事により、間接的に蛍光寿命を計算していく。画像の取得にかかる時間がtime domainと比較して短いのが特徴である。 | ||
122行目: | 118行目: | ||
== プローブのデザイン == | == プローブのデザイン == | ||
[[ファイル:FRET Probes.png|thumb|right|350px|''' | [[ファイル:FRET Probes.png|thumb|right|350px|'''図5. 様々なフレットプローブの類型'''<br>]] | ||
GFPとその変異体、類縁タンパク質の発見により今日においては様々な細胞生物学の分野において、多くの蛍光タンパク質を基にしたFRETプローブが使用されている。 | GFPとその変異体、類縁タンパク質の発見により今日においては様々な細胞生物学の分野において、多くの蛍光タンパク質を基にしたFRETプローブが使用されている。 | ||
これらのプローブを分類すると、以下のように分類される(表1、図5)。 | |||
===プローブの分解に伴うFRETの変化を検出するプローブ=== | ===プローブの分解に伴うFRETの変化を検出するプローブ=== | ||
この原理は、FRETプローブの最も初期に導入されたデザインである( | この原理は、FRETプローブの最も初期に導入されたデザインである(図5A)。プロテアーゼによって分解される配列の両端にドナーとアクセプターを連結する。プロテアーゼによって、この配列が分解されるとドナーとアクセプターの間に起きていたFRETが解消されることによって、プロテアーゼの活性を評価する。例として、[[wj:第X因子|第X因子]]、[[wikipedia:ja:カスパーゼ|カスパーゼ]]などの[[wikipedia:ja:プロテアーゼ|プロテアーゼ]]活性のプローブが挙げられる<ref><pubmed>8707050</pubmed></ref><ref><pubmed>9518501</pubmed></ref><ref><pubmed>12409609</pubmed></ref><ref><pubmed>21637712</pubmed></ref><ref><pubmed>17946841</pubmed></ref>。このプローブのデザインの短所としては、反応が不可逆的であるために、一つの実験系で何度も測定することが困難であることである。 | ||
===二分子間相互作用を利用したFRETプローブ=== | ===二分子間相互作用を利用したFRETプローブ=== | ||
興味のあるタンパク質同士の相互作用を測定する際に、この原理が用いられる。一方にドナー、他方にアクセプターを連結する。タンパク質同士が結合していないときにはFRETは起きていないが、結合することによってFRETを生じる(図5B)。 | |||
距離のファクターを生かせるために、比較的大きなシグナルが得られる一方、内在性のタンパク質が反応に関与するために、その分FRET応答が減少する。ドナーとアクセプターの発現量の差によるFRETの応答の変化も問題になる。特に、アクセプターと結合しないドナーが多量に存在するとFRET応答が小さくなる。一般にアクセプターが多い系が、使用に適している。 | 距離のファクターを生かせるために、比較的大きなシグナルが得られる一方、内在性のタンパク質が反応に関与するために、その分FRET応答が減少する。ドナーとアクセプターの発現量の差によるFRETの応答の変化も問題になる。特に、アクセプターと結合しないドナーが多量に存在するとFRET応答が小さくなる。一般にアクセプターが多い系が、使用に適している。 | ||
137行目: | 133行目: | ||
タンパク質相互作用を測定する事により間接的にシグナル伝達系の活性化も測定する事が可能である。例えば、[[低分子量Gタンパク質]]が活性化に伴い、エフェクタータンパク質と相互作用が起こる事を利用し、低分子量Gタンパク質活性を測定する事が可能である。 | タンパク質相互作用を測定する事により間接的にシグナル伝達系の活性化も測定する事が可能である。例えば、[[低分子量Gタンパク質]]が活性化に伴い、エフェクタータンパク質と相互作用が起こる事を利用し、低分子量Gタンパク質活性を測定する事が可能である。 | ||
また、タンパク質相互作用はポリマーでも良い。これを利用して[[アクチン]]の重合状態の測定にも用いられた<ref name=ref15361876><pubmed>15361876</pubmed></ref>。 | また、タンパク質相互作用はポリマーでも良い。これを利用して[[アクチン]]の重合状態の測定にも用いられた<ref name=ref15361876><pubmed>15361876</pubmed></ref>(図5C)。 | ||
===一分子内FRETプローブ=== | ===一分子内FRETプローブ=== | ||
143行目: | 139行目: | ||
====タンパク質の構造変化==== | ====タンパク質の構造変化==== | ||
興味のあるタンパク質が、活性化の際に構造変化を誘起することが知られている場合には構造変化を利用することができる(図5D)。タンパク質のC末およびN末にドナーおよびアクセプターを連結する。この手法は、[[CaMKII]]<ref><pubmed>15788767</pubmed></ref>、[[カルシニューリン]]<ref><pubmed>18493642</pubmed></ref>、[[raf]]<ref><pubmed>15711535</pubmed></ref><ref><pubmed>16858395</pubmed></ref>、[[膜電位]]測定<ref><pubmed>18622396</pubmed></ref>、などに用いられている。 | |||
====タンパク質結合に伴う構造変化==== | ====タンパク質結合に伴う構造変化==== | ||
ある種のタンパク質は活性化、不活性化に伴い、下流のタンパク質と結合する。このような相互作用を利用してタンパク質の活性化、不活性化を測定することができる。 | ある種のタンパク質は活性化、不活性化に伴い、下流のタンパク質と結合する。このような相互作用を利用してタンパク質の活性化、不活性化を測定することができる。 | ||
例えば[[カルシウム]]FRETプローブ、カメレオンはこの原理を利用している<ref><pubmed>9278050</pubmed></ref>。 | 例えば[[カルシウム]]FRETプローブ、カメレオンはこの原理を利用している<ref><pubmed>9278050</pubmed></ref>。 この場合、ドナー、[[カルモジュリン]]、カルモジュリン結合配列であるM13ペプチド、アクセプターを1つの分子に融合する。カルモジュリンがCa<sup>2+</sup>と結合すると、M13ペプチドと結合し、蛍光強度が変化する。 | ||
また、[[低分子量Gタンパク質]]の活性化プローブは、低分子量Gタンパク質、シグナル伝達下流の結合タンパク質の結合ドメインをドナーとアクセプターで挟んだ形状をしている(図5E)。低分子Gタンパク質が[[GDP]]から[[GTP]]結合型になり活性化すると、結合ドメインと相互作用によりFRETが生じる<ref><pubmed>16429133</pubmed></ref>。 | |||
====共有結合修飾によって生じる構造変化==== | ====共有結合修飾によって生じる構造変化==== | ||
このプローブは、ドナー、アクセプター、[[wj:共有結合|共有結合]] | このプローブは、ドナー、アクセプター、[[wj:共有結合|共有結合]]修飾を受けるドメイン、これを認識するドメインからなる。プローブが共有結合修飾を受けると、認識するドメインが結合し、ドナーとアクセプターの距離が縮まりFRETが起きる(図5F)。 | ||
このプローブは、[[キナーゼ]]の活性化を測定するために使用される<ref><pubmed>11875431</pubmed></ref><ref><pubmed>11752449</pubmed></ref>。この場合、キナーゼの基質となるタンパク質に[[14-3-3タンパク質]]のような[[リン酸化]]タンパク質を認識するドメインを融合し、その結合に伴うタンパク質構造変化を、両端に結合させたドナーとアクセプター間のFRETで測定する。 | このプローブは、[[キナーゼ]]の活性化を測定するために使用される<ref><pubmed>11875431</pubmed></ref><ref><pubmed>11752449</pubmed></ref>。この場合、キナーゼの基質となるタンパク質に[[14-3-3タンパク質]]のような[[リン酸化]]タンパク質を認識するドメインを融合し、その結合に伴うタンパク質構造変化を、両端に結合させたドナーとアクセプター間のFRETで測定する。 | ||
====生体膜上の小分子==== | ====生体膜上の小分子==== | ||
このプローブは、主に、[[wj:脂質|脂質]] | このプローブは、主に、[[wj:脂質|脂質]]分子に応用されてきた(図5G)。ドナー、脂質結合ドメイン、アクセプターがヘリックス構造で連結され、[[グリシン]]-グリシン配列をその途中に導入することで、そこを中心に一方の蛍光タンパク質が回転することができる。膜結合ドメインを用いて、プローブを結合させる。脂質分子が増えた際に、脂質結合ドメインが脂質分子を認識し、構造変化が起き、ドナーとアクセプターの距離が縮まりFRETが生じる。[[ジアシルグリセロール]]<ref><pubmed>16990811</pubmed></ref>、[[ホスファチジルイノシトール|イノシトールリン脂質]]群<ref><pubmed>14528311</pubmed></ref><ref><pubmed>18685081</pubmed></ref><ref><pubmed>18685081</pubmed></ref><ref><pubmed>18685081</pubmed></ref>を測定するために用いられている。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
343行目: | 341行目: | ||
現在多くの場合GFPあるいはその関連タンパク質が用いられている。 | 現在多くの場合GFPあるいはその関連タンパク質が用いられている。 | ||
蛍光強度比イメージングの場合は、GFPの色彩変異体であるシアン色蛍光タンパク質CFPと黄色蛍光タンパク質YFPのFRETペアがよく用いられている。CFPの中でも、Ceruleanが明るい蛍光を示すためこれを用いるべきである。YFPの変異体の中では、Venus、Ypetがよい。いずれも若干の凝集傾向が有り、これはタンパク質表面にある三つのアラニン残基のメチル基によるものとされており、それを変異させたmonomeric GFP (A206K変異体)で凝集を避ける事が出来る<ref name=ref11988576><pubmed>11988576</pubmed></ref><ref name=ref18512154><pubmed>18512154</pubmed></ref>。一方で、プロテアーゼプローブなどでは、FRETダイナミックレンジが改善するという報告もある<ref name=ref15696158><pubmed>15696158</pubmed></ref> | |||
<ref name=ref17586775><pubmed>17586775</pubmed></ref>。CFPとYFPはいずれもGFPの変異体で殆ど同一の配列である為か、トランスジェニック動物が作りにくい事が経験的に知られている{kamioka, 2012}。 | <ref name=ref17586775><pubmed>17586775</pubmed></ref>。CFPとYFPはいずれもGFPの変異体で殆ど同一の配列である為か、トランスジェニック動物が作りにくい事が経験的に知られている{kamioka, 2012}。 | ||
359行目: | 358行目: | ||
個体においてもFRET測定法が導入されている。神経回路ネットワークにおける[[シナプス]]の役割を解明する目的で、[[フェレット]]の[[大脳皮質]][[視覚野]]にCaMKIIプローブを発現し、[[片眼剥奪]]によって、神経回路ネットワークに変化を起こした時のCaMKIIの活性化の変化を観測している<ref><pubmed>22160721</pubmed></ref>。また、神経活動をモニターする膜電位プローブを開発し[[マウス]]の[[洞毛]]刺激の投射先である[[体性感覚野]][[バレル皮質]]での入力特異的な神経の活性化を観察している<ref><pubmed>20622860</pubmed></ref>。 | 個体においてもFRET測定法が導入されている。神経回路ネットワークにおける[[シナプス]]の役割を解明する目的で、[[フェレット]]の[[大脳皮質]][[視覚野]]にCaMKIIプローブを発現し、[[片眼剥奪]]によって、神経回路ネットワークに変化を起こした時のCaMKIIの活性化の変化を観測している<ref><pubmed>22160721</pubmed></ref>。また、神経活動をモニターする膜電位プローブを開発し[[マウス]]の[[洞毛]]刺激の投射先である[[体性感覚野]][[バレル皮質]]での入力特異的な神経の活性化を観察している<ref><pubmed>20622860</pubmed></ref>。 | ||
病態との関係では、神経細胞内のカルシウム濃度を測定するために、[[ | 病態との関係では、神経細胞内のカルシウム濃度を測定するために、[[オレゴングリーンBAPTA]]の蛍光寿命の変化から、カルシウム濃度を測定し、[[アストロサイト]]でのカルシウム濃度が、[[アルツハイマー病]]モデル[[マウス]]と正常マウスで異なることが報告されている<ref><pubmed>19251629</pubmed></ref>。 | ||
Homo-FRETも応用されている。CaMKIIは12量体を形成しているが、異方性の変化を基に、その構造中に二量体の単位が存在し、活性化に伴う二量体同士の位置関係が変化することが明らかにされている<ref><pubmed>19339497</pubmed></ref>。 | Homo-FRETも応用されている。CaMKIIは12量体を形成しているが、異方性の変化を基に、その構造中に二量体の単位が存在し、活性化に伴う二量体同士の位置関係が変化することが明らかにされている<ref><pubmed>19339497</pubmed></ref>。 | ||
== 将来展望 == | == 将来展望 == | ||
脳研究は、生動物の脳の神経細胞の活動を、広範囲で、より深部で観察したり、逆に神経細胞内の超微細構造を観察する方向に移るであろう。現在、FRETを基にした''in vivo''イメージングは、応答の低さ、蛍光の弱さなどの難点はあるものの、蛍光タンパク質の蛍光強度や顕微鏡の性能の改良は日進月歩であり改善されていくであろう。また、神経活動に必要なシグナル伝達を同時に観察するために、マルチカラーイメージングの試みもなされるであろう。その際には、2つの波長を必要とする蛍光強度比変化を基にするFRET測定よりも、蛍光寿命イメージングが適している。 | |||
==外部リンク== | ==外部リンク== | ||
*[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/phogemon/index.htm Phogemon Project] 京都大学医学部 松田道行よるFRETセンサー開発とイメージング方法の解説。文字化けする時にはブラウザーの設定をShift-JISにするよい。 | *[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/phogemon/index.htm Phogemon Project] 京都大学医学部 松田道行よるFRETセンサー開発とイメージング方法の解説。文字化けする時にはブラウザーの設定をShift-JISにするよい。 | ||
*[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/e-phogemon/index.htm] | *[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/e-phogemon/index.htm] 同英語版。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |